この夏の収穫

2010/08/31, 10:49 | 固定リンク

8月31日 火曜日 晴れ 

 この夏いちばんの収穫。それは肩甲骨の役目についてだった。僕があえぎながら走っていたとき、師匠のゲンちゃんがこう云ったのだ。「ヒロシさん、キツいときは肩甲骨を引いてみてください。すると足が前に出ますから」。ウソつけ、師匠。とっさにそう思ったが、やってみてびっくり。右の肩甲骨を引くと、左の足が前に出る。その逆もまたしかり。僕らギタリストの身体は長年に渡る酷使によってシンメトリックな身体からほど遠いところにある。肩甲骨まわりは特にヒドい。だから、大げさに云えばパンドラの箱を開けてしまったと云うか。それから僕は身体の有機的な繋がりについて考えるようになった。大事なのは多分、肩甲骨、丹田、骨盤。その三つ。丹田を重心にして、肩甲骨を引き、骨盤を回転させる。その感覚が分かりつつある。大事なのはパワーじゃなくて、そのバランスなんだと思う。僕がギターを弾いているのを観た人が「どうしてあんなに激しく弾いて、弦が切れないんですか」と云うのだが、実のところ力は殆ど入ってないのだ。多分、それと同じ感覚。

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by 山口 洋  

ダンシング・ベアフット

2010/08/30, 10:47 | 固定リンク

8月30日 月曜日 曇り 

 かれこれ一週間、新聞もテレビもニュースも観ていない。この何日か、誰にも会っていない。多分、そんな隔絶された時間が必要だったのだ、と満天の星空を見上げながら思う。目覚めて、喰って、労働して、排泄して、走って、音楽に向き合って、寝る。僕が必要としているものは全部ここにある。やるべきことはすべて自分でやるしかない。そして、あまり肉類は必要としない。地元で採れた野菜をワシワシと食らう。栄養について学んだことがないから不明だけれど、必要な栄養素はすべてこの中にある、と身体が云っている。多分、そんなに的外れでもないだろう。クソ暑い都会を逃れたおかげで、どうにか8月も月間300キロを超えた。この頃はランニングシューズさえも煩わしく思える。裸足で草原を走ったら、どんなに気持ちがいいだろう、とか思う。ザトペックは「愛」のために走ったとモノの本で読んで、モーレツに感動を覚えた。自身の身体の感覚に耳を澄ませることほど、官能的なことはない。人生で大事なことは最後まで走りきることだけだ。 
 多くのランナーが走る時に音楽を聞いている。一度だけ僕も試してみたことがある。でも、まったく必要なかった。潮騒や風の歌や、何よりも自分の心の声が聞こえなくなる。あの「官能的」な感覚がなくなってしまう。その代わりに、走るときに、マントラのように唱えることができる歌があれば、とずっと思っていた。苦しいときに自分を鼓舞するような歌。僕は8ビートで育った。後天的に16ビートと、その裏のリズムを身につけた。僕はその両方のリズムで走っている。テンポは150bpmくらいがいい。そして劇的な展開がなく、シンプルでいて、「ジャックと豆の木」みたいにどこまでも伸びていけるような、ゆっくりと、トランスして天まで走っていけそうな、そんな曲がいい。

緑の台地(メサ)を登り 
風を味方につけたとき   
痛みと君は友達さ 
もう独りじゃない

自らの手を汚し 
風を受けて明日へと進め
働くことの尊さと 未来への感覚を研ぎすますとき
きっと君は自由になれる

ザトペック
きっと気がつくはずなんだ 
走るために生まれてきたことを

あまりにも多くのことが
言葉にはされなかった
でも何も考えるな 
感じるだけさ

荒れた手は君の勲章
世界は相変わらず 君と共にある
さなぎのままで くち果てながら
今は 生きることの深さを知る

どこまでも熱病にうなされて
道を作ろう 明日へと続く
痛みを友に 駆け抜けるのさ

ザトペック
きっと気がつくはずなんだ 
走るために生まれてきたことを

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by 山口 洋  

夏の総仕上げ30キロ走と物欲

2010/08/29, 10:44 | 固定リンク

8月29日 日曜日 晴れ 

 この夏の総仕上げ、標高1000メートルでの30キロ走。今日は日曜日で観光客も多く、上半身裸のランナーは(て云うか、こんなところにランナーは居ない)かなり痛めの視線を浴びますが、そんなことは気にしません。平地に比べてあまりに凡庸なタイムですが、心肺はきっと鍛えられているでしょう。折り返し地点にある唯一の自動販売機でコーラを飲んで、またもや大量の痛い視線を浴びて、どうにか走りきりました。
 さて、またもや物欲。山の家の掃除は本当に大変なのです。昼間に迷い込んだ虫くんたちは出来るだけ、外に出してやるのですが、それでも大量の虫が絶命します。とてもじゃないけど、家庭用の掃除機じゃ間に合いません。そんな訳で手に入れました。その名も「乾湿両用集塵機&ブロア」。読んで字の如く、濡れていようが乾いていようが、ガオーッと吸い込んで、おまけに逆噴射で塵を吹き飛ばすこともできる優れものです。いつものように麓のホームセンターで入念にスペックを比較して、買ってきました。うーん、確かに凄いんだけど、イマイチ燃えないなぁ。今のところ、草刈り機(仮払い機)、チェインソー、高圧洗浄機に次いで「男の道具」第四位です。
 さ、それでは晩飯を喰って、音楽に向かいます。

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by 山口 洋  

退路を断つ

2010/08/28, 10:42 | 固定リンク

8月28日 土曜日 曇り 

 先日、あるミュージシャンである友人が、若手のミュージシャンと話していたときのこと。「僕は退路を断って、音楽に没頭したから、今の自分があるんだと思う」と若者にサジェッションしているのを聞いて、これはとても分かりやすいなぁ、と思ったのです。僕の頭の中には「人は追い込まれて初めて、本当に生き始める」と云う言葉が常にあるのですが、ほぼ同義だなぁ、と。「慣れ」とは違うけれど、退路を断って、ずっと矢面に立っていたなら、やがてその緊張感が当たり前になり、自分で諦めない限り、可能性は無限大だと思えるようになる。与えられたひどい試練もいわば、レッスンのようなものだと思えるようになる。まぁ、そんなに簡単ではないけれど、どんなに追い込まれたとしても、必ず光は見いだせる。暗闇の中に居るからこそ、くっきりと見えてくる光がある。そのようなことを今度のツアーで中空に描きたいと思っています。どんな時代であれ、無軌道なニンゲン達でしか描けない奇蹟、それを観に来てほしいと思っています。
 大竹しのぶさんが「ミューズの晩餐」と云う番組で、僕のバージョンの「満月の夕」を歌ってくれたのだと、連絡がありました。歌はリリースした時点で自分のものだとは思っていません。誰かに歌い継がれることは、その人の有名無名に関わらず、作者の本望です。オンエアは9/4(土)だそうです。
http://www.tv-tokyo.co.jp/bansan/

 山の生活にも慣れました。力仕事もほぼ終え、ひとりきりで音楽に向かっています。ランニングも激しすぎたので、今日は休みです。高原には秋の風が吹き、虫たちも涼しい音色を奏でています。

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by 山口 洋  

勝手に実家

2010/08/27, 10:41 | 固定リンク

8月27日 金曜日 晴れ 

 山里にある、ちょー親しい友人の家に立ち寄る。甚だ迷惑だとは思うが、僕は勝手に「実家」だと思っていて、その古い日本家屋の座敷に足を踏み入れると、アラレもなくくつろげて、畳の上で瞬時に怠惰な格好になる。一応足りないまでも、礼節をわきまえているニンゲンだと思ってはいるが、どうにもこうにも自分らしく振る舞えるのは、昔から行き交う旅人を受け入れてきた懐の深さが成せる技か。ここには携帯の電波も届かないし、コンピュータも使用不能。「犬が自由に走るのなら、何故人にそれができない」と云ったのはディランだけれど、束の間の野犬状態が嬉しいことこの上なし。
 ちょー可愛い娘たちが居る暮らしってこんな感じなのか。はふーっ。親思いの息子ってのはこう云うことなのか。何でもかんでも自分でやるしかない僕にはあまりに新鮮な光景。末娘の通知表に「保護者」のサインをしたのは僕である。いいのか、そんなことで。それもまたあの娘の優しさなんだろう。はふーっ。普段、喰えない愛のこもった食べ物と、アホな会話と、麓までの上半身裸走と、エトセトラ。解毒とチャージは完璧だ。心からありがとう。

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by 山口 洋  

走りの科学

2010/08/26, 10:39 | 固定リンク

8月26日 木曜日 晴れ 

 昨夜は「酸素運動」に関するレクチャー。長距離を走っていてスピードを上げていくと、苦しくなるポイントがあるのだけれど、そのあたりが有酸素運動と無酸素運動の分かれ目である、と。そのポイントを心拍系で計り、心拍数を覚えて、自分のポテンシャルをまずは知る。トレーニングによって、有酸素運動の限界を上げて、そのギリギリのところで走り続けているのが、もっとも効率が良い走りである。などなど。どうでもいい人にはまったくもってどうでもいい話だけれど、とりあえず46歳になっても、まだ伸びしろがあるってことは、悪い気はしないものです。
 さて、僕の名前をつけたのは祖父なのですが、詩歌や絵をたしなむ風流な人でした。片付けていて、僕が生まれたときに彼が詠んだ句を発見しました。いわく、「青一髪 洋の初陽に 鴨現るる」。うーん、彼の想いとは随分遠いところに来てしまった気がするなぁ。

by 山口 洋  

高地トレーニング2日目

2010/08/25, 10:38 | 固定リンク

8月25日 水曜日 晴れ 

 空いた時間は草刈りなどの労働に明け暮れます。師匠は夜方なので、ぐっすり眠っています。僕が包丁を握り、師匠が皿を洗うという分業制も確立されてきました。男二人で、ヴォルケーノの力を浴びに行き、そのまま尾根の20キロ走に取り組みました。師匠は「もう20キロ行けるぜ」とのたもうてますが、僕はボロボロです。お気づきのように、まだギターを握ってません。すいません。都会でたっぷり浴びた毒やその他もろもろ、でっかい風景に力づくでアースしてもらっています。師匠は四人前くらいご飯を食べます。小学生みたいな文章ですみません。夕食バンザイ、今日は標高1000メートルからお届けしました。スタジオにお返しします。
 写真は九州が誇るヴォルケーノの火口、ランニング用眼鏡、普段の眼鏡、草刈り用眼鏡、運転用眼鏡。ややこしいことこの上なし。弟子と師匠のランニング用時計。 

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by 山口 洋  

高地トレーニング開始

2010/08/24, 10:36 | 固定リンク

8月24日 火曜日 晴れ 

 高地トレーニング開始しました。見かけは師匠より僕の方が陽焼けもしてるし、筋肉質なのですが、いかんせん師匠はサブ3ランナーなので、実力が違います。ひーひー云いながら師匠の背中を追いかける、通称「コバンザメ走法」で食らいついています。ひーっ。夕方の二度目のトレーニングは途中から激しい雷雨に見舞われ、コーフンしながら走りました。悪天候フェチなのです。見事にそこだけタイムが上がっていました。

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by 山口 洋  

爆走800キロ

2010/08/23, 13:57 | 固定リンク

8月23日 月曜日 晴れ 
 
 約800キロの爆走の果て、途中でマラソンの師匠ゲンちゃんを拾って山に還る。これから、労働、ランニング、作曲の日々。山の状況で写真をアップするのは面倒なので、都会に戻ってからってことで。

by 山口 洋  

胴体着陸、三重県亀山市にて

2010/08/22, 13:52 | 固定リンク

8月22日 日曜日 あまりにも晴れ 

 三重県亀山市、僕のともだち、故マサルが営んでいた「月の庭」にて、おおはた君と演奏する。僕らは先日、横浜で素晴らしい演奏を繰り広げたからして、同じライヴは二度とないことは知ってはいるが、二人の演奏に関して何の不安もなかった。
 近頃。「月の庭」近辺で起きたことを詳細に語るのは止めておこうと思う。僕はオカルティックな話がしたい訳ではないから。ただ、奴ならそんなこともあり得るかもなぁ、と僕は苦笑したのだけれど。とにかく、ステージ(あれはステージと呼んでいいのだろうか、機材は土まみれだったな)に上がってからと云うもの、無駄な芸歴30年をもってしても、遭遇したことのない類いのトラブルが次々に勃発した。「何だか、近所ででっかい花火が上がってるなぁ」と思ったら、僕のギターからその音が出ていたり(云っておくけど、僕の信頼しているヤイリギターからこの手のトラブルが発生したことはない)、エトセトラ。遂にはウンともスンとも云わなくなった。さて、どうする?機転をきかせたおおはた君が「ここは僕がソロで何とかしますから」とどうにか一部を終えた。幕間に、何とかギターを復活させようとしたが、もはや手の施しようがなかった。何故音が出ないのか、考えられるあらゆる手を尽くしても、理由はまったく不明のまま。出ないものはどうしようもない。僕らは70年代のフォークデュオのように、生音をマイクで拾い、生まれて初めて椅子に座って、極小の音で演奏するしかなかった。でも、次第にそれに慣れてきた。このままじゃ終われない、その気持ちも強かったし、おおはた君の即興ソングも素晴らしかったし、客席もそれを楽しんでくれていたし。さすが、恐るべしは「月の庭」。演奏を終える頃には妙なカンドーを覚えてさえいた。根拠はないけど、マサルは確かに還っていった。居合わせた全員の力で、確かに奴は還っていったのだ。僕とおおはた君はバックステージに戻り「こりゃ、胴体着陸だね」と云って笑った。不思議な一日だったよ。ありがとう。

by 山口 洋  

育ち盛りのフォトグラファー

2010/08/21, 00:49 | 固定リンク

8月21日 土曜日 晴れ 

 先日の横浜でのおおはた君とのライヴ。最近、僕のライヴをずっと撮影してくれているフォトグラファーの大木君が写真を送ってくれました。彼の写真はだんだん「真実」に近づいている。そして、自分がこんなに笑っていることを、それらの写真に教えられました。大木君、ありがとう。で、明日はおおたた君と故マサルが育んだ、三重県亀山市、「月の庭」でライヴです。残念ながらチケットは売り切れだそうです。でも、音楽を通じて僕らはひかりを描きます。是非。

photo by Ohiki Daisuke(オフィス・インテンツィオ)

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by 山口 洋  

身体の声に耳を澄ます

2010/08/20, 21:21 | 固定リンク

8月20日 金曜日 晴れ 

 とにかく、諸説ありすぎる。また走る話かと、云うことなかれ。どの道を辿ったところで、似かよってると思うから。
 たとえば、走る前に。ストレッチは不可欠だと云う説がある。それが不要だと云う説もある。僕も何となく、それをやった方が故障しないだろう。それだけの理由でせっせとそれに励んでいた。でも、ある日こう思ったのだ。ライオンに狙われた草食動物がストレッチするか?な訳がない。問題はライオンより速く走れるかどうか、スタミナがあるかどうか。ただ、それだけだ。この世で何かに夢中になると、何だかんだと器具やら、やらなきゃいけないことが増えて、煩雑になる。一度そのスパイラルに陥ってしまうと、次から次へと煩雑さが増えていく。いつも途中で立ち止まって、「ん?」と考えるのだ。これが僕のやりたかったことか?いや、違う。もっとシンプルだったはずだ。何だか訳の分からない「恐怖」を煽る情報に踊らされてるだけだ、と。身体の声に耳を澄ませば、応えは簡単に見つかるはずだ。
 誰にも勧めないけれど、この夏は敢えて、炎天下を選んで走った。太陽系のすべてのエネルギーの源は太陽である。だったら、そのエネルギーがどれほど凄まじいのか、身体の声を聞きながら、無茶はしないところで、そのエネルギーをもらった方がいいではないか。僕はそう考えた。北海道から八重山まで、あらゆる種類の炎天下を経験した。結果、僕は変わった。何だか、しじゅう燃えてるような感じがする。疲れることがあまりない。汗腺が増えたのかどうかは定かじゃないが、ライヴ中にかく汗の量が格段に増えた。要するに新陳代謝が良くなっている。悪影響と云えば、確かに目には悪かった。サングラスはすべきだったと思う。そして長時間クーラーの効いた部屋に居ると、調子が悪くなる。でも、総じて僕の原人化は進んでいる。思考のそれも同じだ。

by 山口 洋  

淡い悪意のやり過ごし方

2010/08/19, 18:10 | 固定リンク

8月19日 木曜日 晴れ 

 くらってしまった。気をつけてたのに。イノセンスが時に「残酷」を意味するように、淡い悪意はタチが悪い。みぞおちにグイグイと時間をかけて食い込んできて、やがて息が出来なくなる。ちくしょう、とうめきながら考えた。悪意を連鎖させてはいけない。更なる悪意を生み出すだけだ。断ち切らなければ。
 いつだって僕に出来ることは、走ることでしかない。本当に地球はその程度のことなら、アースしてくれる。その代わり、いつもより強力に負荷をかける。訳も分からず走り始めた頃のように、久しぶりに全力で走る。ついでに本当に僕はサブ3を目指すべきなのか検証しながら。マラソンで3時間を切るための1キロあたりのラップタイムは4分15秒である。最初の方こそ、それは可能だ。数キロで良ければ3分台でも走れる。でも、それをキープするだけの力がまったくない。喘いでいるうちにラップは4分20秒まで落ちてくる。このわずか5秒を詰めていくのは、今の僕には並大抵のことじゃない。走り終えて、僕は砂浜に倒れ込む。ひーっ。やっぱり道は遠い。汗まみれの身体に砂がまぶされ、きなこ餅みたいになる。もうどうでもいい。見上げる空には鳶が高く舞い、潮騒が聞こえてくる。えっと、僕はどんな悪意をくらったんだっけ?もうそれすらも考える気力がない。またひとつ、僕を強くしてくれて、ありがとう。そう思うのだ。心から。

by 山口 洋  

ザ・同級生

2010/08/18, 13:36 | 固定リンク

8月18日 水曜日 晴れ 

 30年振りに「同級生」に会った。お互いホンモノのおっさんになっていたし、母国語の博多弁もかなり怪しい。けれど、会った瞬間から「お前、てめー、この野郎」てな感じで、何のタイムラグを感じることもなく話せることにびっくりする。同窓会と名の付くものに一度も出席したことがないし、奴に会ったところで、懐かしさを感じる訳でもないが、あの時代の、あの街の空気を吸って育った、うーん、同じ畑で育った違う種類の野菜のような感覚はある。
 奴は頭のキレる男で、勉学に励み(ここで僕は離脱)、通信社に入って、外国に住み、結婚して、子供を持ち、家と車を買って、両親を介護して、今がある。僕のことは云わずもがな。二人を再び出会わせたのは「マラソン」で、奴は80年代から走りはじめ、マラソンはもちろん、トレイルランをくぐり抜け、今や立派なトライアスリートになっていた。そう云えば、確かにあいつは泳いだら、無茶苦茶に速かった。一度も勝てなかった。いや、待て。平泳ぎは僕の方が速かったような。まぁ、いいや。とにかく奴はblogで僕を見かけて、「お前の身体ならサブ3(3時間切り)いけるぜ」と連絡があったのだ。
 もう書くことにするか。僕の次の目標はレースで3時間を切ることだった。走り始めてから、順調に記録は伸びてきたし、このまま努力を重ねれば、それは不可能ではなかろう、と。でも、出来るとするなら年齢から逆算して、この数年だろう、と。だから、僕は走り続けた。でも、それは簡単ではないことが次第にはっきりしてきた。何せ、才能がない。伸びない。仕事も放り出して、すべてそのためだけに努力を重ねたとして、それでも達成できるかどうか、ギリギリのところだ、と。おまけにこれ以上無茶をしたなら、しばらく回復不能なくらいには何処かが故障する可能性がある。そこまでしてやる意味が果たしてあるのかどうか。まだ走り始めて一年足らず。そんなに急がなくてもいいではないか。次のレースは3時間15分を目指すのでいいじゃないか。それだって、大した努力がこのロートルな身体には必要な訳だし。
 奴は「100キロマラソンに出てみなよ」と。「ほう」。「見える風景がぜんぜん違うぜ」。100キロってことは、キロ6分で10時間、ロスタイムを含めて、11時間以内ってことか。凄い世界なんだろうけど、3時間切りよりは遥かに現実的だ。って云うか、100キロ走ると云うその無意味な発想が好きだ。よっしゃ、その話、乗った。
 てな訳で、僕らは来年それにチャレンジすることにした。アホだと思う。でもアホで結構。僕らは幸福者なのだ。自分の意思でやるんであって、誰に強制された訳でもない。所詮、趣味である。42.195キロの先にどんな世界があるのか、それを見てみたいだけなのだ。
 奴は海を見ながら、こう言った。「仕事があって、家族があって、家も車も手に入れて、もう欲しいものなんて何もない。贅沢だと思う。そこに至って始めて、自分の役目を考えるようになった。世の中を良くしたいんだ」。僕とはその過程があまりに違ったとしても、考えることはほぼ同じだった。さ、老骨にムチを入れて走りますか、同輩。
 
 「私は世代を代弁も共感もしない。新しい現実を歌うだけだ。」Bob Dylan

by 山口 洋  

破格の才人、横浜にて

2010/08/17, 04:17 | 固定リンク

8月17日 火曜日 晴れ 

 おおはた雄一が破格の才人であることは、僕の中では揺るぎのない事実であって、何でかと云うと、「そうだ、京都に行こう」じゃなかった「そうだ、音楽やろう」とはるか彼方、何光年も昔に抱いた気持ちでステージに立たせてくれるからだ。僕らは過度なリハーサルはしないし、軽くメールでやりとりするだけ。日によって多分キーも違うし、曲順なんてあってないようなものだし、出てきたものを互いに瞬時に受け止めるだけ。書くと簡単だけれど、それが出来るミュージシャンはとても少ない。ほんとだよ。例えばリハーサルを入念にしたとしよう。確かになにがしかの手応えを得る。でも、失われるものもたくさんある。僕らが本番で、滴のついた演奏をしたとしよう。二度とできないような。おいおい、いったいこの曲は何処に行くんだ?誰にも分からない。そんな瞬間に生きているとき、僕は至福だ。勝手だけれど。
 言っておくけど、緊張感はある。僕の五感は研ぎすまされている。だから、笑いが止まらない。ちょー、愉しい。そんな瞬間を過ごしていることが。今日はね、おおはた君のバンドと一緒に演奏した。ドラマーは女性で、人格と母性が演奏ににじみ出ていた。モーリン・タッカーを初めて生で観たとき。母性がリズムを刻むってこんな事なんだ、と感じたことを思い出した。そりゃ、パワーは男には劣る。でもね、じわじわと染みてくる何かがある。女性のリズムは。そして、彼女と共にリズムを刻むベーシストも素晴らしかった。
 人を信じるのは難しい。でもステージに上がった以上は信じるしかない。こんな僕でも、その時だけは全面的に人を信じることができる。だから、音楽が好きなんだと思う。やがてそのエネルギーがオーディエンスに波及したとき。この世は捨てたもんじゃないと思う。忙しい中、足を運んでくれてありがとう。愉しかったよ、心から。

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by 山口 洋  

Doin' The Things That We Want To

2010/08/16, 20:04 | 固定リンク

8月16日 月曜日 晴れ 

 「Doin' The Things That We Want To」って、ルー・リードが80年代に残した特別に好きな曲。DとG。誰でも弾けるたった2つのコードを延々と繰り返しながら歌われるのは「Doin' The Things That We Want To」(意味、分かるよね?)。この曲が入ったアルバムが出たのは、まだ僕が大学に通っていた頃だけれど、今も変わらず、僕がロックンロールに焦がれる全てがここにある。こんな曲が書けたら、もう思い残すことはないと思う。

 さぁ、明日はおおはた雄一君と横浜でライヴです。「Doin' The Things That We Want To」。エレクトリックギターが弾きたいと本能が申しております。なので、明日は持っていこうかな。

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by 山口 洋  

古都を往く

2010/08/15, 18:26 | 固定リンク

8月15日 日曜日 晴れ 

 鉢に生きる蓮の花。古からずっと変わらないであろう小径。作りかけの梅干し。「まぁまぁ、お茶でも飲んで行きませんか?」。寺がコミュニティーの中心に凛として、存在する風景。若い頃には何とも思わなかった、これらの事がひどく心に染みる。

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by 山口 洋  

続・ブレイクスルー

2010/08/14, 14:24 | 固定リンク

8月14日 土曜日 曇り 

 8月11日の続き。

 この一年、殆ど本を読まなかった。どちらかと云うと活字中毒だった自分が、本を読んでいると具合が悪くなる。ベッドの枕元に置かれた、たくさんの未読の本のうち、眠れずに手に取るのは、いつも小林秀雄が放った言葉をまとめたものだった。ひとつの言葉にぐっと来たら、それ以上読まずに意味を考える。そのくらいが丁度良かった。いわく、

 「人間は、憎悪し拒絶するものの為には苦しまない。本当の苦しみは愛するものからやってくる」、とか
 「誤解されない人間など、毒にも薬にもならない。そういう人は、何か人間の条件に於いて、欠けているものがある人だ」、とか。
 「眼の前に一歩を踏み出す工夫に精神を集中している人が、馬鹿だと言われ、卑怯と言われ乍ら終いには勝つであろう。四百年も前にデカルトが「精神には懐疑を、実行には信念を」という一見馬鹿みたいな教えを書いた。人々は困難な時勢にぶつかって、はじめてそういう教えに人間の智慧の一切があることを悟るのである」。

 僕は肉体で突破することを選んで、がむしゃらに走り続けて、ヘンなヴィジョンを見るようになった。あるようで、なさそうで、あって、ないもの。でも、それは逃避ではなく、激しく向き合った上での「現実」だった。それらを音楽にするのは、とてつもなく時間がかかることだけれど、僕はバンドと共にツアーに出ようと思った。いつもの直感だけれど、time has come。その時が来たのだ。僕はこの「あるようで、なさそうで、あって、ないもの」を表現するために映像チームに声をかけた。彼らの感覚は天才的だ。そして、僕らが分かりあえていないところが好きなのだ。理解と誤解の狭間から、表現の幅が生まれてくる。どちらかがどちらかに、にじり寄っていくと、その奇跡的なバランスは崩壊する。だから、言葉は少ない方がいい。たまに甚だ不完全な状態の新しい曲の断片なんかを送る。そして映像が返ってくる。今日、お見せするのはそのごく一部。この猫が現れた瞬間に僕は「はっ」とした。何故、猫なのだ、って僕には分からない。でも、そういう関わり方が僕は好きなのだ。では、楽しんでください、にゃん。

http://www.youtube.com/watch?v=EzqxgmGJIfc

 このようにツアーの制作は進んでいます。彼らから送られてきたスティルの映像も載せておきます。それらをマッキントッシュのデスクトップに貼って、僕はギターを弾いています。

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HEATWAVE TOUR 2010 "光"

9月17日(金) 名古屋・HeartLand STUDIO
開場/開演=18時30分/19時30分
チケット料金=4,500円(税込/ドリンク代別途500円)
チケット販売=6月19日(土)より、チケットぴあ、ローソンチケット、HeartLand STUDIO店頭にて発売
問=HeartLand STUDIO Tel_052-202-1351

9月19日(日) 大阪・umeda AKASO (旧BANANA HALL)
開場/開演=18時/19時
チケット料金=4,500円(税込/ドリンク代別途500円)
チケット販売=7月3日(土)より、チケットぴあ、ローソンチケット、e+、CNプレイガイドにて発売
問=ソーゴー大阪 (Tel_06-6344-3326)

9月20日(月・祝) 福岡・DRUM Be-1
開場/開演=18時/19時
チケット料金=4,500円(税込/ドリンク代別途500円)
チケット販売=6月19日(土)より、チケットぴあ、ローソンチケット、e+にて発売
問=TSUKUSU (Tel_092-771-9009)

9月24日(金) 東京・duo MUSIC EXCHANGE
開場/開演=18時30分/19時30分
チケット料金=4,500円(税込/ドリンク代別途500円)
チケット販売=6月19日(土)より、チケットぴあ、ローソンチケット、SOGO TOKYO WEB SITE、e+にて発売
問=SOGO TOKYO (Tel_03-3405-9999)

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 入魂のボックスセット、ツアーの会場で一足早く手にしてもらうことができます。残念ながら、ツアーで行けない地方のみなさんは通販を利用してください。
 

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by 山口 洋  

迎え火と送り火の間

2010/08/13, 18:28 | 固定リンク

8月13日 金曜日 晴れ 

 去年、親しい友人が暮らしている山あいの里で、素晴らしい盆の儀式を見て、どえらいカンドーを覚えた。この一年間に亡くなった人のために村人総出で火を囲んで踊る。歌を歌う。当主の挨拶で「これで親父も無事に還ってくることができました」と云う言葉を聞いて、涙腺が緩んだ。たまたま来日していた外国在住の僕の兄貴分の息子は、浴衣をおばあさんに着せられ、訳も分からず踊らされ、カルチャーショックを受けていた。ひひ。あいつ、きっと、日本って何て野蛮な国なんだと思ったんだろうな。
 僕の育った環境は、母親が外国文化かぶれ(ごめん)だったこともあって、盆だと云っても何もなかった。でも、みーんな死んで、姓を残すのは僕ひとりになり、このままだと山口家絶滅っちゅー状況になって、「盆ぐらい還ってきんしゃい、僕しかいないけど」と博多弁で思うのだった。見かねたともだちが、草伸び放題のボーボーハウスをきれいにしてくれ(ありがとう!!)、仏壇をきれいにしてくれた。アイルランドでパブを経営してるともだちから強奪してきた灰皿の上で、ボーボー迎え火を燃やしましたとも。さぁ、みんな還ってきんしゃい。じいちゃん、ばあちゃん、父ちゃん、母ちゃん、可愛がってた犬や猫たち。今日は誰も喰ったことがないであろうキーマカレーを山口家当主が作ってあげます。

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by 山口 洋  

ブレイク・スルー

2010/08/11, 10:44 | 固定リンク

8月11日 水曜日 晴れ 

 まずはこの映像を見てください。

 http://www.youtube.com/watch?v=dAhs6rTG0UM

 ここ数年、共にモノを作ってきた映像チーム「mood films」との最初のやり取り。僕が発した「あの、ひかりなんで、どうぞよろしく」と云う無茶なリクエストに対する最初の応えがこの映像。彼らの頭にも当初でっかい「?」が浮かんだはずで、この映像を観た僕の頭にも「?」が浮かびます。でも誤解を怖れずに云えば、このふたつの「?」の間にある距離こそが、僕の望んでいるものだったりもします。しばらくして、敢えて「狭い」風景にこだわった彼らの心意気を理解します。「狭い」ことは「広い」のです。やがてそこにおぼろげに次の道が見えてきます。僕は彼らのヒントになりそうな、あられもない新しい曲を彼らに送りつけます。また新しい「?」がきっと彼らの頭に浮かび、航海は続きます。いつも彼らと会って話すことはただひとつ。怖れずにとことん行こう、と。もちろん多少の恐怖はあります。本当に何処かに着地するのか?でも、その恐怖を喜びに変えていくのが僕らの仕事だと思っています。見せすぎて、皆さんの愉しみを奪わない程度に、今回のツアーはモノ作りの現場も伝えていきたいと思っています。迷わず、足を運んでください。

 ボックスセットのグラフィック・デザイナー、スントー・ヒロシから更なる修正原稿が送られてきました。全力を尽くして、いいモノが完成し、アホな打ち上げも済ませたはずなのに、まだ諦めない。その心意気に頭が下がります。はからずも、その原稿には「船を建造している」図版が追加されていました。「ほほーーっ」と僕は唸ります。確かにずっと僕らが取り組んできたこと、映像チームが唸っていること。それをヴィジュアル化すると、このようなことだ、と。また力をもらうのです。

 そんな事を考えながら、僕は車のハンドルを握っています。ときどき、移動しながら考えるのです。定点に居ないことによって「動く発想」が得られることもあります。僕の右手にはジュエリー・デザイナーNくんが作ってくれた新しいリングが装着されています。随分馴染んできました。このように「根拠のない確信」はすれすれのところで、繋がっているのです。あとはそれらの精神をバンドという肉体で突破する。ブレイクスルーする。ふつふつと気持ちは盛り上がっています。

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by 山口 洋  

脱・シュールな伝言

2010/08/10, 10:43 | 固定リンク

8月10日 火曜日 晴れ 

 未だに蚊取り線香をうまく外せません。あれって、コツがあるのかな?

 さて。魚先生が曲を作ってくれました。それにギターをダビングしておくように、と。「この間二人でツアーした時、夜に高速を走ってた時の感じ。 話したり考えたりしたことを後ろに置き去りにしていく感じ。淡々と静かで速い。とか。」だそうです。相変わらずシュールです。たいていの場合、云われてることが?????なのですが、その世界にintoしていくと、あるべき場所にたどり着くのです。誰かと音楽を作る醍醐味っすね。二人でアルバムを作りながら、一度も会っていません。ネットでビューンとファイルが飛び交っています。不思議な時代です。その昔、重たいマルチトラックのテープを抱えて国際線に乗っていたのが嘘のようです。

 とりあえず、このクールの僕の仕事は終了です。伸び放題の草がすごいことになっていて、「ボーボーハウス」化しています。何とかしなければ。てな訳で、ようやく僕は新しい曲を書くことに没入できそうです。ふーっ。

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by 山口 洋  

響いた言葉

2010/08/09, 14:30 | 固定リンク

8月9日 月曜日 曇り 

 ようやく上昇気流に乗ったかと思うと、強力な下降気流に巻き込まれたりする。それが世の中と云うもので、自分が今地球上の何処を、どの高度で飛行し、何処に向かおうとしているのか、燃料はどれだけ残っているのか、エトセトラ。人は皆、自分の人生のパイロットであらねばならない。
 僕のところには様々なSOSが持ち込まれる。断っておくが、僕は人を救えない。まずは自分を愛で満たしている最中の人間が、他人を救えるなんて、滅相もない。だから、今日見かけた素晴らしい言葉を書いておこう。

「人間はどこまで耐えられるのか」/フランセス・アッシュクロフト

「十分に順化した登山家がエベレストの山頂に立ったとき、肺の中の酸素分圧は36トルで、それはちょうど人間の生命にとっての限界である。地球上で一番高い場所が、人間が自力で生命を維持できる最高地点と同じだというのは、驚くべき偶然だ」。

 君はエベレストの山頂に立ったことがあるかい?僕はない。じゃ、可能性は無限大ってことさ。

by 山口 洋  

Oh Shenandoah

2010/08/08, 17:31 | 固定リンク

8月8日 日曜日 晴れ 

 「場を清める」。魚さんが放ったその一言をずっと考えながら、仕事場の録音機材を常にオンにして、何かが降りてくるのを待っていた。キーはC。まずはハーモニックスだけでグルーヴを作っておいた。これならドローンみたいに何が湧いてきても、「永遠の」ベーシックトラックとして通用するだろう。それから昼寝をして、頭の中を真っ白にした。
 寝ている間にうなされていたらしい。寝汗をびっしょりとかいていた。いつもの事だ。もう長い間熟睡したことはない。でも、何かが出てきそうな気がしたから、ギターをケーブルに繋ぎ、マイクの前に座って、一回だけ歌った。突然出てきたのは古いトラッドの「Oh Shenandoah」だった。とても美しくて、悲しい歌だ。突然のことだったから、歌詞も間違えたけれど、それは僕にしか出来ない類いのものだった。音楽には妙な希望があった。不思議な感動を覚えた。

Oh Shenandoah,
I long to see you,
Away you rolling river,
Oh Shenandoah,
I long to hear you,
Away, I'm bound away
'Cross the wide Missouri.

'Tis seven years,
since I last saw you,
Away you rolling river,
'Tis seven years,
since I last saw you
Away, I'm bound away
'Cross the wide Missouri.

Oh Shenandoah,
I long to hear you,
Away you rolling river,
I'll take her cross your rollin' water
Away, I'm bound away
'Cross the wide Missouri.

by 山口 洋  

唸る日々

2010/08/08, 09:45 | 固定リンク

8月7日 土曜日 晴れ 

 僕の脳味噌は甚だ「男脳」で、同時にふたつのことができない。新しいものを作り出すには、じわじわとそのモードに入っていって、周囲の雑音を遮断する必要がある。さて、山の中で原人暮らしをするか、と準備していたら、魚さんに丸投げしていたファイルが戻ってきた。まったくタイミングが良いのか悪いのか。彼のリクエストは相変わらずシュールで、「このアルバムはヒロシのギターから始まるんで、あの、ライヴの時に、場を清めるみたいなギター弾くじゃん?キーはCで。それやっといてください、以上」みたいな。うーん、僕も例えば映像チームにそんなリクエストを出したりするので、人のことは云えぬ。仕事場の録音機材の前で、僕はまったく「場を清められず」、うんうん唸る日々です。

by 山口 洋  

やるせない夜

2010/08/06, 15:42 | 固定リンク

8月6日 金曜日 晴れ 

 やりきれない夜。こういう時に行く場所がない。バーに行って一人で静かに酒を飲んで、やっぱりやりきれなくて、もう一度同じバーの門をくぐった。マスターに「何も食べてないでしょ?」と見抜かれて、ごちそうになった。その気遣いが嬉しかった。 

 毎年この日がくる度に僕は同じ話を書いているような気がする。でも、脳裏に焼き付いて離れない風景がある。だから、生きている間、僕はずっと語り続けようと思う。

 僕は原爆記念式典に、ラジオのゲストとして呼ばれたことがある。それは「棘 - the song of Hiroshima」と云う曲を書いたからで、正直なところ、荷が重かったけれど、断ることはできなかった。生放送で式典の最中にコメントを求められる。でも、僕は何も言葉を発することができなかった。隣のテレビブースには某歌手が居て、いろいろと語っていたけれど、そのように話すことができる自分になりたいとも思わなかった。僕らの目の前に当時の首相、ミスター小泉がSPと共に現れ、原稿を読んだ。何も響いてはこなかった。でも、僕は見たのだ。会場の外で、一輪の赤い花を手に、震えながら一心に祈るおばあさんの姿を。その所作に僕はひどく胸を打たれた。彼女の胸に去来しているものを知る由もないけれど、心から平和を願う姿とはこのようなものなのだと。

 過日。加藤和也がやって来て、男二匹で海を見ながら飲んだ。肴は確か「焼いたイカ」だったかな。いい時間だった。お互い波瀾万丈だった。で、幸か不幸か生き残った。「幼い頃、ぎゅーっと抱きしめられたかっただけだよな?」、「その通りっすよ」と不良中年どもは大笑いした。多くを語らなくても、通じるものが彼にはある。最後のビールが空になる頃、「なぁ、和也。笑うなよ。世の中を良くしようぜ」、「僕もそれが云いたかったんすよ」。ああ、いいともだちだ。彼から連絡があって、「来週月曜日の夕刊フジのコラムに書くけどいいすか?」と。「あー、ぜんぜんオッケー、それより、またキャンプに行こうぜ」。彼が何を感じたのか僕は知らないけれど、それでいいのだ。じゃ、愉しみにしてるよ。ありがとう、和也。 

by 山口 洋  

鎮魂

2010/08/05, 16:00 | 固定リンク

8月5日 木曜日 晴れ 

 その地方に僕らの音楽を広めてくれたのは君とその友人たちだった。それまでプロモーションで訪れたことは何度もあったけれど、実際に演奏したことはなかった。恥ずかしながら、僕らの音楽にとって不毛の地だと思っていた。もう10年以上前の話だろうけど、君が住んでいた街にある野外の能楽堂で、稲妻かつ豪雨の下、魂こめて演奏したことは一生忘れない。オーディエンスも僕もズブ濡れになって、感電が怖かったけれど、素晴らしいライヴだった。それから僕らはともだちになり、一年に一度は必ずツアーで訪れるようになった。道を切り拓いてくれた、その感謝を忘れたことはない。
 君はいつもヘンな歌を歌ってくれた。その歌が僕は好きだった。ジョナサン・リッチマンを更にヘナチョコにしたような演奏で、郷土や鉄道の事を歌った。そのくせ、妙に人間として芯があって、ガリガリに痩せた「郵便局時代」のブコウスキーのような側面もあった。今年、初めて細海魚と一緒にその地方を訪れたとき、君の歌を初めて聞いた魚が「あの人、すごい才能だね」と云ったのは本当だよ。僕もずっとそう思ってきた。
 いつものように海辺をガシガシ走って、熱中症になりそうになったら「海に飛び込めばいいんだ」と云う新しい方法を見つけて、「どうして今までそれに気づかなかったんだ」と汗まみれで帰ってきて、その知らせを聞いた。僕は言葉を失って、激しい目眩に襲われた。でも、僕は君を責めることはできなかった。長い間、ずっと苦しんできたのを知っている。そして苦しんでいるときに、絶対に人前に顔を見せなかった。どうしてそこまで気を遣うんだ。僕らはともだちじゃないか。何度も云おうとしたけど、云えなかった。君にはそれを云わせないだけの品格のようなものがあって、そこだけは不可侵だ、と僕は感じていた。
 君が居なくなって本当に悲しい。でも、ひとつだけ救いがあるとするなら、もう苦しまなくていい。君が愛した街や鉄道や音楽や家族をずっと見守ってくれ。僕は君が切り拓いてくれた道を行けるところまで行く。それが僕に出来る唯一の鎮魂だ。生まれてきてくれて、ありがとう。ゆっくり休んでくれ。沢山の愛をこめて。R.I.P。

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by 山口 洋  

日々雑感

2010/08/04, 20:59 | 固定リンク

8月4日 水曜日 晴れ 

 炎天下を走るのは半ば「行」。3キロおきには水道から水をかぶらないと脳味噌が沸騰しそうで危険だ。夜は速い靴を履いて、自由に走る。何にせよ、僕はこの夏に鍛えられて、随分タフになった。
 ようやく自分で料理を作る時間が持てた。カビカビの台所で、冷製トマトのカッペリーニを作って食べた。悪くなかった。某グラフィック・デザイナーから謎の暑中見舞いが送られてきた。若干意味不明なのだが、開いた瞬間大笑いしたので、皆さんもどうぞ。

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by 山口 洋  

バカな買い物

2010/08/03, 19:08 | 固定リンク

8月3日 火曜日 晴れ 

 映像チームと打ち合わせをした。ツアー、期待していてください。それから我が人生でもっともオバカな買い物をして、気持ちがぐっと上がった。グレッチを18歳で買ったときと同じ気分を味わった。「大根買うみたいに、こんなもの買う人間初めて観た」と云われたが、僕は直感を信じる。 

by 山口 洋  

2010/08/02, 18:57 | 固定リンク

8月2日 月曜日 晴れ 

 いい日だ。僕が宴を主催することなんて滅多にないのだが、ボックスの制作にあたって、財産とは才能ある人間たちとの「人間関係」だってことをあらためて教えられた。だから、みんなに集まってもらって、無礼講の酒池肉林(うそです)をやろうと思い立った。ルールはただひとつ。仕事の話は禁止。そんなこと云わなくても、みんな分かってる連中なのだが。
 まぁ、みんな波乱だらけの人生を送ってきただけあって、話が尽きぬ。抱腹絶倒、こんなに笑ったのは久しぶりだ。腹筋が痛い。あー、愉しかった。

by 山口 洋  

作業完了

2010/08/01, 14:01 | 固定リンク

8月1日 日曜日 晴れ 

 夕刻、すべての作業が終了した。はぁ、とでっかいため息をついた瞬間、ぷつりと音がして、発熱。作業中も床が揺れてフワフワしていたから、そろそろ限界だな、とは思っていたが、ちゃんと最後までエネルギーが持つところがおかしかった。さすがに今日は走る気にもならなかったが、大丈夫、明日には回復します。さぁ、ボックスセット、情熱を込めました。受け取ってください。

 完成したボックスのジャケット部分です。素晴らしい。

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by 山口 洋  
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