山口 洋(HEATWAVE)
HWNR-008 ¥3,000(税込)
旅をする人は羨ましい。庭のかたすみにイーゼルを据え、その前を離れることの出来ない私は、小さな日々を見つめながら、ここではないどこかへ繋がる道を探しつづけている。雨がトタン屋根をたたき、風が木の枝を揺らす。陽が地べたを焼き、そして山口は歌う。世界の美しさと醜さを、広がりと深みを。たとえ世界が矛盾に満ちていようとも、ただひとりの人間は信じるに値することを。その歌は旅と出会いへの誘いなのだ。
経験の歌。出会ったころは色白で顔立ちの整った少年、きかん坊なところは今も変わらない。そんな山口が四十年近くの歳月を経て、いまも目の前にいる。その顔立ちはもはや昔のようではない。肌には皺が目につき始めた。いくぶん無骨になった顎の線を目で追いながら想像する。この顔を打った雨や吹いた風、この顔を焼いた陽について。そして初めて思った。旅が経験であるようにこの顔を描いてみたいと。喜怒と愛憎、あるいは慈悲。さまざまな鑿で刻まれた旅の刻印を辿るように。
2014年3月 画家 向井三郎