カテゴリー別アーカイブ: 夕陽へのファンファーレ / HEATWAVE

夕陽へのファンファーレ official interview #4 最終回

interview 山口洋(HEATWAVE)『夕陽へのファンファーレ』 4. 2014年6〜7月。 CHABOさんが教えてくれたこと。 “丁寧”をパイのように日々重ねていくという生き方。 2014年6月から7月にかけて、『MY LIFE IS MY MESSAGE 2014』と題して、山口洋と仲井戸”CHABO”麗市のツアーが全国12カ所行われた。2013年9月に続く2度目のツアー。山口は、このツアーを通して多くのインスピレーションを受け取ることになる。そこでの経験は、そのままアルバムを作る上で非常に大切な指針として浸透していく。 聞き手、文、野田隆司(ハーベストファーム) 写真、三浦麻旅子   アメリカから帰ってきて、アルバムの本格的な制作の前にCHABOさんとツアーをやらせてもらったことは、すごく大きかった。 未来を作るために人間ができることは、今を一生懸命生きることだっていうことは重々わかっていたよ。でもCHABOさんはそれに加えて、丁寧に生きるということを教えてくれた。より丁寧に人間同士のコミュニケーションをとること。そうやって丁寧を、パイのように毎日重ねていくと、タッチが柔らかくてしなやかに変わるんだよね。本当に情熱のこもった素晴らしいものになるんだよ。そのことを身をもって教えてくれたわけ。 CHABOさんが、あれだけやってるんだから。一回り若い俺がやらないとダメだろうというのが、常に頭の中にあった。あの人はあれだけ丁寧に生きているんだから、身震いしたとはいえ、そこにたどり着かなきゃダメっていうエネルギーをもらったよね。 ◎きちんと先輩から大切なものがバトンタッチされている感じですよね。 CHABOさんが手を抜かずにやってることが俺に影響するわけでしょ。そういうことだと思うんだよ。一つの物事に対してネガティブなことばかり言ってたら、ネガティブなことしか連鎖しないじゃん。 CHABOさんは、この世に居ない人のことも引き受けてるように感じることがある。大変なことだよ。背負ってるんだもん。それを横で見ているとわかるんだよね。人々の期待とか、それに対する努力とかを見ていて、俺が彼を励ますことができる唯一のことは、俺がちゃんと生きることでしかないわけ。出来の悪い弟が、ちゃんと生きてるのを見てもらうというか。そういうことを連鎖させれば、いいのかなって思うよ。 だって、南青山で、(下地)勇とやった日、勇も輝いていたでしょ。本当に俺も客として見せてもらったけど、ジェラシーなんか何もない。素晴らしいよね。なんか、人を輝かせられる何かがあるんだよね。 情熱を携えてヴィジョンへと向かう 長く孤独な闘いの日々。 山口洋のブログ『ROCK’N’ROLL DIARY』で「レコーディング航海日誌」がスタートしたのは、5月22日のこと。以来、断続的に続いてきたシリーズは、マスタリング前の10月8日まで続く。ブログ上では、ツアーなどを挟みながら、レコーディングにおける様々の悪戦苦闘が伝えられた。本格的な作業が始まるのは『MY LIFE IS MY MESSAGE』ツアーを終えた7月後半だった。 ◎16時間分の音源を、一つのアルバムとして再構築していく具体的なプロセスを教えてもらえますか。 例えば『Don’t Look Back』のテイクが10曲あるとすると、この録音のドラムだけは使えるとか地獄耳で楽器のパーツパーツを聴いて組み合わせていく。 一番いいのは、みんなで一緒に演奏してるわけだから、そのままミックスさえすれば使えるという絶妙な演奏があれば、それにこしたことはないんだよね。そういうのが3曲ぐらいあったけど、大抵それは無理だったわけ。 でもテイクが10曲分あると、音の表情は全然違うわけじゃん。選ぶテイクによって全体の印象も変わる訳で。そういうことを考えるのが、すごく大変だった。素材があったらあったで迷うからさ。だから曲によっては3つのテイクに手を付けて一番良くなるものを選んだのもある。はなはだ時間かかったよね。 ◎ライブのテイクがもとになっているのは何曲あるんですか? 『夕陽へのファンファーレ』の中の4曲はライブのテイクがもとになってるんだけど、誰もわからないと思う。1曲目の『Don’t Look Back』とか『プレシャス』ってもとはライブなんだよ。ライブのリズムトラックに、俺が2週間ぐらいかけて、いろんな音を足したり引いたりして、歌を入れたり。でも、そんなのわからないでしょ。でも、それができる時代だし、できる技術があるからさ。 ライブの素晴らしい瞬間を、ライブ盤として出すんじゃなくて、バンドのミラクルなところをパッケージングするためには、そういう手間のかかるやり方しかなかった。誰もそんなことやった人いないと思うけど。 ◎作業が長引くと、見失ってしまったりってことはないですか? … 続きを読む

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夕陽へのファンファーレ official interview #3

interview  山口洋(HEATWAVE)『夕陽へのファンファーレ』 3.2014年1月 。 ソロアルバムのレコーディングで垣間見えた、HEATWAVEのアルバム制作の方向性。 山口洋は、HEATWAVEのアルバム制作を宣言したものの、伊豆でのレコーディングの後、その作業は完全に暗礁に乗り上げる。ソロツアーの行く先々で、多くのファンからHEATWAVEのニューアルバムを待望する声を直接耳にするたびに、その事実は重く響いてきた。 そうした中、HEATWAVEではなく、山口洋のソロアルバム『Songs of Experience』のレコーディングがスタートすることになる。 聞き手、文、野田隆司(ハーベストファーム) 写真、三浦麻旅子 去年8月に伊豆のスタジオでレコーディングしたんけど、アルバムにできなかった失敗が負のトラウマになっていたわけ。でもファンはもうアルバムが出ると思っているわけじゃん。アルバムを断念して全国を回ったときに、みんなが、今新しい曲をアルバムで聴きたがっていることを改めて肌で感じたの。 だからバンドではできなかったけど、俺が一人で実験も含めて録音して届けようと思って、今年の元旦から意を決して、期限を決めて録音をはじめたの。2月のアメリカ行きの飛行機のチケットを買っておいて。その時までにできないんだったらダメだって、ちょっと追い込んでやった感じ。あの時は、もうバンドのアルバムを作れるという自信はなかったんだよね。 ◎ソロのレコーディングをする上で、何か決めごとはあったんですか。 まず、全部一人でまとめるのがいいと思ったのと、期限を決めておいたこと。あとはドラムを叩かない。それ以外は自分のやれることを全部やってみるって感じ。そこでいろんな実験をした。 俺は、シンガーで、ソングライターで、ギタリストで、ほかの雑多な楽器も演って、なおかつプロデューサーなわけでしょ。いろんな人格でやらないと破綻するから、簡単じゃなかった。 2010年、山口洋と細海魚は『SPEECHLESS』というアルバムを発表した。ライブ音源からノイズを取り除き、生身のダイナミクスを壊さないように新たな音を配置して、緻密なミキシングで作り出されたもの。 細海魚は、今回のHEATWAVEのニューアルバムにおいても、『SPEECHLESS』と同様の方法で制作を進めることを山口に提案した。 HEATWAVEのアルバムに関して、バンドのいろんな音源の素材を組み上げて作るという、以前『SPEECHLESS』というアルバムでやったアイデアを、改めて魚が出したんだけど。ソロアルバムの作業をする中で、バンドのアルバムでも同じことが本当にできるのかどうかも測れたんだよね。そこで、ある程度自分が好きな音を作れるという確信がもてた。音がいいというのは、好みの問題で、絶対的な指標はないわけじゃん。でもソロアルバムを作る中で、コンピュータをつかって、自分が好きな音に持っていくことができるという自信ができた。 ◎『Songs of Experience』のレコーディングでやった作業が、『夕陽へのファンファーレ』の橋渡しになった部分もあるんですね。 俺はエンジニアとしての専門教育を受けてないから、そこにたどり着くにはエンジニアの10倍ぐらい時間がかかるけど、たどりつきたい風景は確実にあるわけだから。そこには絶対にいけると信じているからさ。それも結局情熱だよね。そういう実験がソロアルバムで1ヶ月かけて十分にできたよね。 『SPEECHLESS』は当時は画期的だったけど、今回はあの時のクオリティではダメなのことはわかっていたの。あのアルバムの質が低いってわけじゃなくて、もっと進化した形でやらないとダメだった。その可能性は俺が示さないと、誰も能動的には動かないなぁって思ってたからさ。 『SPEECHLESS』での経験を下敷きに、 終わりの見えない孤立無援の作業へ。 ◎具体的な制作のプロセスを教えてもらえますか。 『SPEECHLESS』は1本のライブをもとにできているんだけど、今回は、クオリティを上げるために、リハーサルや『HW SESSIONS』の何本ものライブとか、合計約16時間分の素材があったわけ。『SPEECHLESS』の約10倍だよ。聴くだけでも地獄のように大変だった。(笑) アメリカの山の中にいるときに、自分への毎日のノルマのような感じで、どこがどうなってるのかをきっちり聴いてたの。1曲ごとに設計図みたいなものを描いて、この曲のこのテイクとこのテイクをエディットしてとか。そうすればこういうアルバムになるはずだっていうのが見えたわけ。でも確信はなくて、砂で城を作るみたいな、かなり切ない、はなはだ根拠のない始まりだった。ここに向かっていくっていうことが、本当にできるのか、自分でも身震いするくらいだった。(笑)孤立無援で、誰も助けてくれないし、ちょっとビビってた。 結局、CDが売れないといわれる時代の中で、お金をかけずにいいものをつくるには、ライブで実験をしたり、リハーサルをした時に、すべてマルチ・トラックで録音しておいて、膨大なデータを自分で編集して作っていくしかなかったんだよね。 (続く)

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夕陽へのファンファーレ official interview #2

interview 山口洋(HEATWAVE)『夕陽へのファンファーレ』 2. アルバム制作の決意、実験、そして挫折。 “311”をくぐり抜けて、ようやく立ち上がった山口洋は、HEATWAVEのニューアルバムの制作を決意する。そこからスタートした様々な試みは、なかなか思うようには進まなかった。挫折と失敗ばかりが繰り返され、時間だけが経過していくことになる。 聞き手、文、野田隆司(ハーベストファーム) 写真、三浦麻旅子 2013年2月某日。 アメリカの山中からのメール。 ◎HEATWAVEのニューアルバムを録音すると宣言したのは、2013年2月だったということですが、そこに至るいきさつを教えてください。 “311”の後に、ミュージシャンのほとんどは、音楽をやることに何の意味があるんだろうと考えたと思うんだよね。まさに、そういう経験だったわけじゃん。 俺はミュージシャンである前に人間だと思ったから、人間としてできることとして『MY LIFE IS MY MESSAGE』というプロジェクトを始めたの。ほんとは俺が始めたんだじゃなくて、誘われただけなんだけど、気がついたら、俺が中心になってた。こういう性分だから、やらないという選択肢はなかったし、やるからには全力でやった。すごく傷ついたこともあったけどさ。 傷ついてるときは、思い切り傷つかないとだめなんだよ。もちろん傷つきたくないよ。でもそれは芸の肥やしだからね。本当に辛かったけど、あの時逃げなくてよかった。人間がすごいのはさ、そこから這い上がってくるわけでしょ。そんなこんなで、音楽に戻ってくるのに2年くらいかかってしまったわけ。 アメリカの標高3000mの山の上で、昨日のライブでも演った新曲を改めて聴いてみた時にさ、今、同じ時代に生きていることが一番大事なことだし、それを届けることには意味があるっていう風に思ったから、「HEATWAVEのアルバムを出す」ってマネージャーに連絡をしたの。 ◎その時、すでに今回の収録曲はある程度出揃っていたんですか。 できていたのもあったけど、やっぱり、“311”を経てふるいにかけられるよね。“311”以降に書いたものでも、ソロアルバムには入れたけど、バンドのアルバムから外したものもある。 今回の『夕陽へのファンファーレ』は、自分の表現欲で作らなかった初めてのアルバムなんだよね。今までは、自分を表現したいという欲で作ってた。でも今回は全然そんなことはなくて、世界が少しでもよりよく機能するようになるための音楽を作りたかった。だから、そもそもの動機が違ったわけ。でも、その動機がなかったら、あの果てしない作業を貫徹できなかったと思う。 2013年春〜夏。 「HW SESSIONS」という実験。 2013年5月、千葉のライブハウスでHEATWAVEのライブを聴いた。『HW SESSIONS』と名付けられたライブは、アルバムのレコーディングに向けた公開セッションに近い形で、2013年3月から6月にかけてマンスリーで行なわれていた。(その後、2014年2月にも2回開催されている)ほぼ新曲のみが爆音で演奏されるスリリングなライブ。普段のライブとは異なる、ある種のラボのような不思議な空間だった。 ◎『HW SESSIONS』というライブシリーズがありました。あのシリーズは、新しいアルバムの下敷きにもなったと思うんですが、目的は何だったんですか? 曲をブラッシュアップするという目的もあったし、何よりライブで実験してみようということだった。通常のレコーディング・スタジオでいいものを録るのが難しいのはわかってたから、2回目のライブから、マルチ・トラックを回して録音しておくことにしたの。 100回のリハーサルよりも1回ライブをやった方が、その曲やバンドのポテンシャルがわかるわけ。これは伸びるとか、伸びないとか。ライブの時はみんな本気だからね。 例えば、池畑さんのドラムとか見てくれたらわかるけど、ライブのときにすごいものが出てくるじゃん。 ◎通常のカッチリと構成されたライブとは少し趣が違いましたけど、個人的には“途中”のものが聴けて面白かったですね。結構手応えは感じていたんですか? うーん、『HW SESSIONS』では、手応えを感じたり、感じなかったり。非常に悩みながらやってた。性分としてチャレンジングなことしか燃えないんだろうね。自分で自分を焚き付けるための、逆境が必要というか。 2013年8月、伊豆。 “2013年のロックンロール”はどこに?! ◎『HW SESSIONS』の後、実際にスタジオにも入られてますよね。 『HW SESSIONS』の後、伊豆にすごく古くていいスタジオを見つけたからさ、去年の8月に5日間くらいそこでレコーディングしたの。 ◎HEATWAVEのレコーディングってどういう形でやるんですか? 俺たちは、スタジオでもライブと同じで、歌も含めて全部一緒に本気で録ってる。スタジオでは、こんな風に演奏してくれとは、一言も言わない。俺はただ黙々と真ん中に立って、歌ってギターを弾いているだけ。お互いに影響し合いながら形になるのを待ってるの。 バンドやるってことは、その人のエキスが出ないと意味がないし、エキスを出すのに時間がかかる人もいるわけじゃん。それはもう永遠に演奏をしながら待つ。池畑さんがドラムを叩いてくれるようになってからはそういうスタンス。 … 続きを読む

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夕陽へのファンファーレ、発売日 official interview #1

12月3日 水曜日 晴れ ううっ。嗚咽。遂に発売日でございます。嬉しい。 これから数回に分けて、オフィシャルなインタビューを掲載します。特設サイトにはそのコーナーも設けます。メディアへの露出が少ないので、僕が信頼している音楽文筆家、野田隆司さんにお願いして実現しました。彼はこれだと思った音楽のためなら、住んでいる沖縄から飛んできます。このインタビューも福岡まで来てくれたのです。情熱がある人が僕は好きです。写真は麻旅子姐さんです。 特設サイトはこちらです。試聴もできます。 ———————————— interview  山口洋(HEATWAVE)『夕陽へのファンファーレ』 “情熱”と“丁寧”で紡がれた、新しいロックンロール。 12月3日、多くの人が待ち望んだ、HEATWAVEの7年ぶりのアルバムとなる『夕陽へのファンファーレ』がリリースされる。 2011年3月11日の東日本大震災と、福島第一原子力発電所の事故。多くの人々の暮らしを奪った未曾有のデザスター。深い敗北感や焦燥、憂鬱を乗り越えて、絶望の淵から這い上がり、HEATWAVEの音楽もようやく新しい一歩を踏み出した。アルバム『夕陽へのファンファーレ』を通して紡がれる物語からは、多くの人々を励ます確かな希望が感じられるはずだ。 どんよりとした社会の雰囲気を払拭し、世の中をよりよく機能させるための意思。アルバムには、2014年/2015年を生きる私たちに必要なエッセンスが詰め込まれている。 11月13日の、福岡でのライブの翌日、東京へ発つ前の空港のコーヒーショップで、山口洋にアルバムリリースに至る長い道のりを話してもらった。 聞き手、文、野田隆司(ハーベストファーム) 写真、三浦麻旅子   1. 2014年11月13日、福岡にて。 11月13日、福岡市のDRUM Be-1で、HEATWAVE TOUR 2014「Don’t Look Back」を聴く。 今回は大阪〜福岡〜東京と回る、HEATWAVEとしては実に4年ぶりのツアー。当初は、ニューアルバム『夕陽へのファンファーレ』のリリース記念として準備されていたものの、アルバムの制作が大幅に遅れてしまい、CDが納品されたのが初日の大阪公演の前日。セットリストは急遽書き換えられた。 ◎今回のツアー、大阪と福岡の2本を、やってみた印象はいかがですか? 池畑(潤二)さんと(細海)魚、それに(渡辺)圭一、つまりメンバー全員とても前のめりだし、ツアーをやって意識が変わってきたのがすごくわかる。 魚とも話したけど、彼がステージでおどけたことをするのも、ライブに来た人にいい気持ちで帰って欲しいという、最大の努力なんだよね。あんなにシャイな人物が、ああいうパフォーマンスをやっていることに、ものすごく励まされるわけ。池畑さんは池畑さんなりに、魚とは違うやり方で、生きてることをちゃんとみせてくれるわけでしょ。   平日にも関わらず、会場は年齢層やや高めの観客でフルハウス状態。新旧の楽曲にカバー曲を織り交ぜたセットリストは実に新鮮で、ニューアルバムからは6曲が披露された。バンドは躍動し観客は熱狂した。アルバムに込められたメッセージがきちんと深いところまで届く、とても印象的なライブだった。 ◎昨夜ライブの後、すごい数の人がCDのサイン会に並んでましたよね。 99%おっさんだったよね。(笑)でもさ、彼らが仕事を終わった後にスーツをつけたまま見に来てくれる訳じゃん。俺はああいう人たちを絶対に元気にしてやろうって、無駄に燃える。(笑)で、自分で決めてしまわなければ不可能はないし、人生はもっと豊かなものになるはずだということを、体を張って伝えたいんだよね。 ステージ上で “悪い気は全部魚に送ってくれ”と言ってたのは、あながち嘘じゃないんだよね。俺は、同世代からすごくネガティブなパワーを感じるわけ。そういうエネルギーを魚の方に送ってもらって、俺が場を循環させる。それに応えて魚はピースとかやってるし。(笑) みんなが生きていく上で受けてしまった様々なネガティブなものを浄化じゃないけど、まずは祓っていかないと。だって、みんなそういう厳しい世の中で生きてると思うもん。よくみんな仕事帰りに足を運んでくれるなぁと思うし。 ◎それは、ありがたいですよね。 アルバム作ってツアーに出て、メンバーの変化もわかるし、ようやくバンドも一つになってきたし。ヒロシは本気なんだっていうことがわかってくれていると思うし。お客さんは、それに本気で応えてくれてるから、すごく嬉しいよ。人が生きていける理由というのは、自分が世界の役にたっているという実感じゃん。俺はステージにたっているときだけは、生きてる意味があると思ってやってるからさ。 しんどかったけど、これでちょっと先が見えてきたというか。あと5年ぐらいはいけるかなみたいな。(笑)今年バンドを結成して、35年だから、40年までいけるかなぁみたいな気分になるよね。 ◎昨夜のライブでHEATWAVEとしてのライブは今年わずか4本目です。一般的なバンドだと、もっと頻繁に顔を突き合わせてやってるイメージです。4人で顔を合わせることもほとんどないわけですよね。まるで、サッカーの代表選手みたいに、必要なときに招集されるみたいな感じにも見えます。 そう、そんな感じ。だから、ぐっと会ってぱっと別れる。それぞれに強烈な人たちだから、ずっと一緒にいることに耐えられないと思うよ。だけど、それぞれにすごいものがあるからさ。その一瞬にかけて、集中して、音楽やって、酒飲んで、お疲れ、終わり、みたいな。それが50をすぎたバンドの正しいあり方だと俺は思う。今回の一連のレコーディングを通して、50を過ぎたバンドが長続きしない理由が、本当にわかったもん。それぞれの生き方があるわけだからね。そんなに私生活で仲がいい必要なんてどこにもないし。誰も知りたくないだろうし。(笑)そのためには、俺がかなりの部分で身を粉にして働くしかないわけ。 ◎メンバーのみなさんの、HEATWAVEへの帰属意識みたいなものはあるんですかね。 それぞれに違うと思うけど、帰属していると感じてる人は一人もいないんじゃない。多分、池畑さんは、ヒロシのヴィジョンを実現するために力になりたいって思ってくれてんじゃないかなぁって思うし。魚は多分、音楽の実験とか、音楽をやっている喜びとかオーディエンスを元気にする喜び、可能性とか、一緒にそういう旅をしている感じがする。(渡辺)圭一は、出来の悪い弟っていうか。兄弟みたいなものでしょう。(笑)だれも帰属しているとは思ってないと思う。 ただバンドのメンバーそれぞれが、ミキシングができたり、マスタリングができたり、デザインができたりするケースって、ほとんどないと思うんだよね。だから今回のアルバムではあえて、4人でできる可能性を示したわけ。 … 続きを読む

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HEATWAVE / 夕陽へのファンファーレ #004

11月11日 火曜日 雨 はてさて。 今日はツアー前の最後のリハーサルなのですが、おそらくスーパー全力を出し切って帰ってくるので、帰宅後のblog更新は無理かと思われ(元気があったら、写真だけ更新します)、みなさんに新しいアルバムを是非手にして欲しくて、朝6時にこれを書いております。 —————————————- ミキシングのことです。 ミキシングって、これまた知らない人にはぜんぜん分からない話っすよね。えー、マルチトラックの個々のトラックには大抵の場合、一種類の音が収められています。たとえば、ギターとかヴォーカルとか、ベースとか。昔はたくさんのトラックを使っていましたが、今の僕らは極端に少ないです。たいてい16トラックあれば事足ります。24までいくことは最近あまりないです。隙間で語るバンドになったからだと思います。 それらをどのように混ぜ合わせて音楽を作るかってのがミキシングです。ルールはありません。自分のやりたいようにやればいいのです。ただし、かなり専門的な知識も必要になりますが。 僕の場合は短編映画のような動画がスピーカーの間に見えているので、そこに向かっていきます。空想の動画を実際の音が上回ると、ひじょーにコーフンします。 みなさんの日々に響くファンファーレを創るにあたって。主張が強く、痛く、激しいだけのものを創りたくはなかったのです。それに関して、貼られていた戒めの標語は「強さじゃないんだ、風なんだ」でした。笑。ストロングな方向に行きすぎて、耳が痛くなってきたら、その標語が僕を戻してくれます。 とにもかくにも、次第にいろんなつまみが動かなくなってきます。動く範囲も狭くなってきます。最後は0.2dbくらいの攻防が繰り返されて、行きたかった場所にたどり着きます。そこは絶妙なバランスで成り立っている奇蹟的な場所なのです。早くて3日、手こずると1週間くらいかかります。僕は専門的な教育を受けていないので、技術よりセンスで突破しなければならず、どうしても時間がかかります。通常の現場では平均して1日1曲ぐらいです。 自由に生きるってことは、責任を自分で取れば、どのように生きても自由なのです。でも、たとえば今年はソロアルバムも含めると、約4ヶ月、自分のスタジオにカンヅメになっていました。その間、当然収入はありません。本来作家とはそのような職業です。こんなことでビビるくらいなら音楽なんかやるんじゃねーと、これまた無駄に自分を鼓舞します。僕はもうこういうことにビビったりしませんが(多少の危機感はあります、もちろん)、家族が居たらキビシーかなぁ。ここまで集中できないかも。そして家族が居ようが居まいが、人々が手にしてくれる作品を創れなければ、次はないってことです。アウトです。続きませんから。いつだって崖っぷち。いつも云ってますが、続けることが一番難しいのです。その緊張感もいい風に変えて、作業は続きます。 ミキシングには2週間くらいの余裕を取ってあり、フィニッシュは阿蘇でと考えていましたが、耳の疲れもあって、作業は大幅に遅れ、結局ギリギリでした。細部に渡って、丁寧に、そして大胆に気持ちは込めてあります。約3ヶ月の「途方もない航海」はようやく終わりました。 そこからはマスタリングです。全体のバランスを整え、曲順、曲間を決める重要な作業です。これまた専門職なのですが、今回は魚が担当しました。ケチったのではありません。誤解なきよう。あくまでもバンドの総合力で完成させたかったのです。 ツアーが再開してしまった僕とネットで毎日やり取りをします。どこのポイントをどう変えたのか、周波数と変化の度合いが分かってしまう自分の耳が恨めしかったです。僕らの耳は0.2dbの違いを聞き分けます。ちょっとうんざりします。マスタリングも大抵の場合一日で終わる作業なのですが、これまた困難を極めました。そもそもの録音の成り立ちが変わっているアルバムなので、質感を揃え、ストーリーを創るにはいったいどうしたものか、二人で途方に暮れました。追い込まれた日、深夜に魚が解決方法を見つけたとき。ネットを挟んでガッツポーズをした日のことは忘れられません。それは最後の巨大な壁だったからです。格言、「諦めたら、負けだ」。 最後の最後。僕はツアー先の長野から車をぶっ飛ばして魚のスタジオに行き、二人でフィニッシュしました。お土産は横川の峠の釜飯、どうでもいいか。締め切りの前日。滑り込みセーフです。魚のスタジオの(敢えて)ラジカセから1曲目が流れてきたとき。言葉にならない充実感がありました。 家に着くころ、魚から電話。「釜飯ありがとう」。あれ、ときどき無性に喰いたくなるよね。笑。 最後にアート・ディレクション。デザイナーは渡辺圭一です。バンドのアルバムだからです。彼は演奏してから、音楽がどのように変化しているのか、まったく知りませんでした。物理的に離れた場所に住んでいるし、作業そのものは僕ひとりで続けていたからです。 僕の作業が8割方終了した時点で、音楽を聴いてもらいました。タイトルが見えていると、お互い作業は早いです。浮かんできてからは、フィニッシュに向けて突っ走るだけでした。今回ジャケットにはアルバムタイトルも、バンドの名前も記されていません。そこに込められたデザイナーの想いも受け取ってもらえたらと思います。 こうやって、宣伝のため、仕方なく、言葉で説明していますが、ほんとうはイメージを限定するような行為を何ひとつしたがらないのがHWというバンドの良さだと思っています。「またヒロシが言葉で説明しすぎ」とバンドのみなさんに思われていることでしょうが、今回は僕も云いたい。「じゃ、売ることに協力してくれ」、笑。 てな訳で、ツアー前に、このシリーズの記述は一旦終わりです。読んでくれて、ありがとう。2014年、HW。全身で魂込めました。みなさんの日々で響きますように。 一番大切なことを。どんな状況であれ、僕らをサポートしてくれる皆さんが居てくれなければ、僕らは成り立たないのです。これまでのたくさんの声援にこころから感謝します。ほんとうにありがとう。 とにもかくにも、ツアーに来て、手にしてくれると嬉しいです。今日も大きな声で云うぞ。買ってくれーーーーーーーー。 アルバムに収録されている曲は以下です。僕のソロで知っている曲も多いでしょうが、全部新録です。 夕陽へのファンファーレ / HEATWAVE 1. Don’t Look Back 2. Life Goes On 3. I Believe in You 4. … 続きを読む

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HEATWAVE / 夕陽へのファンファーレ #003

11月10日 月曜日 雨 今回の録音の方法について、「途方もない航海」と書きましたが、経験のない人はまったくちんぷんかんぷんだと思うので、触れておきます。 以前から、資質として、僕はレコーディングスタジオがあまり好きではなかったのです。まず、開放的な音楽を作りたいのに窓がない。都会では防音のため仕方ないのですが。僕が好きな場所には窓があります。阿蘇なんて、窓しかありません。雷が鳴ったら、防ぎようがない。でも、それが音楽だと僕は思うのです。 2000年になったばかりのころ。サウンドトラック「ヒヲウ戦記」で大胆な実験をしました。廃校になった小学校跡の牛小屋にすべての機材を持ち込んで録音するという方法です。曲数が半端なかったので、早起きして、食事をつくり、散歩して曲を作る。昼前からその曲を録音して、夜は飲む、みたいな。晴れた日に、雨の曲ができるはずもなく、甚だ第一次産業的な、自然に思いきり左右される録音は困難でしたが、実りあるものでした。何よりも、あれから10年以上経過しても、まったく独自のサウンドは古くならないのです。 ならば、この時代、無駄に多大な予算をかけることなく、情熱を込めていい作品を作るにはどうしたらいいのか?独自のやり方を模索すべきです。僕らもPRO TOOLSを使います。でも、同じ使い方をしたら、世間と同じ音にしかならないのです。 きっかけは魚さんの発言でした。僕自身のパフォーマンスがスタジオに居るときより、ライヴの方がいい、と。僕もバンドのパフォーマンスはライヴの方がいいと思っていました。二人で作ったアルバム「SPEECHLESS」は殆どが千葉のANGAで録音されたものをベースに作られています。それをバンドに昇華させるのは不可能ではないかもしれない。 「HW SESSIONS」という企画ライヴを立ち上げ、バンドでの実験を繰り返しました。そのリハーサルも、ライヴの瞬間も、マルチトラックで記録されていました。とはいえ、ただ記録したものと、中盤から我々がこころから信頼しているレコーディング・エンジニア、森岡徹也が記録してくれたものは、びっくりするくらい音が違っていました。太さも、艶も、音の伸びも。最初から気づいとけよーーー。 合計15時間分くらいのファイルがありました。それを仔細に渡って「すべて」聞きました。結構、苦痛を伴う作業だったので、それは外国の標高3000メートルの宿で一ヶ月かけて、やりました。毎晩毎晩、修行のようにファイルを聞き、どれをどう使えば一枚のアルバムになる可能性があるのか、考えました。云うまでもなく、殆どがNG。ただし、魚が云った通りに、チャーリー・ワッツに負けないくらいの池畑さんのフィルがあったり(そのフィルだけでテイクをOKにしたこともあります。ロックンロールですから)、とんでもないミラクルが記録されていたりもするわけです。ただし、そのテイクに限って音が良くない、とかね。トホホ。 今回のアルバムはシンプルなものにしようと思っていたので、ストリングスやホーンセクションなど、ゴージャスなダビングをするつもりはありませんでした。もちろん、何も足さない状態で歌まで含めてOKなものも数えるほどありましたが、ほとんどのテイクには大幅な何がしかの作業が必要でした。僕はそのことを「オペ」と呼んでいました。「今日のオペは痺れるぜ」みたいな。笑。 標高3000メートルに居る間に、帰ってからのレコーディングの作業工程を決め、帰国して、チャボさんと全国を廻り、ツアーを終えて、3週間ぶっ倒れた後、いよいよ自分の仕事場で作業にかかりました。7月だったかなぁ。かなり悲壮な覚悟をもって。 コンピュータ時代になって唯一よかったことは、トータルリコールが簡単に可能になったことです。アナログだと、こうはいかない。ある曲が煮詰まったとき、とりあえず放置して、次に行くってことはアナログの作業では難しいのです。 そうやって、全体像とピークを想像しながら、砂の城を作るみたいに、基礎から音楽の家を作っていきました。ときどき大きな波に全部破壊されたりして。 まず無駄なものを取り払い、サイズや演奏を編集し、骨だけにして、本当に必要だと思うものだけ足していきます。そのとき、僕はレコーディング・エンジニアで、プロデューサーで、シンガーで、ギタリストやパーカッショニストで、何よりもソングライターなのです。そしてバジェットの管理もやります。ソファーにふんぞり返って、エンジニアに指示だけ出していたら、もはやバンドは存続できません。つまり、長い間に身につけたスキルによって、バンドはどうにか生きながらえているってことです。 これだけの職務を背負うと、客観性を簡単に失って疲弊します。いつ終わるとも知れない痺れる作業です。自分を鼓舞するのは自分だけなのです。なので、ほんとうに小学校の教室みたいに「標語」がたくさん貼られていきます。もはや、自分のためにエゴで作っているのではないのです。僕に出来ることはこれしかないのだし。 ここで、昨日の記述に戻ります。 ——– “真理”は、自己の思考が完全に終焉したときに、向こうからやってくるものである。 明けても暮れても。僕は毎日、海や夕陽と会話をしていました。ある意味、自分と話していたのですが。それは大切な時間でした。「走る」と云う行為が素晴らしいのは、発想が作為ではなくなるところです。考えないことによって、自分の深層にたどり着くことができます。毎日、飽きずに眺め続けた「夕陽」を、とあるもののメタファーにして、僕はバンドで誰かを鼓舞するのではなく、穏やかな、明日の力になるようなファンファーレを鳴らそうと思ったのです。 ———- (続く)。 ついしん 明後日、大阪でみんなにアルバムを手にしてもらうことになっているのに、まだ僕すらそのアルバムを観ていないというスーパー綱渡り(大汗)、明日リハーサルをするスタジオに届けられるそうです。ほんとうにできたてホヤホヤにも程があるってか。みんなデカイ声で云うぞーーー。買ってくれーーーーーーっ。

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HEATWAVE / 夕陽へのファンファーレ #002

11月9日 日曜日 雨 このシリーズの投稿、人気ないっすね。ヘビーっすか?でも、まぁ、自分にとっては、気持ちを整理して、前に向かうために必要な作業なんで、続けますね。 ——————————————– 昨日書いた、世界は容易に咀嚼できるような状況ではなかったってこと。たとえば、ほんの一例ですけど、こういう感情です。 たとえば、今年の9月15日に原発から2.5キロしか離れていない国道6号線が「開通」しました。この写真は僕の仲間が最近撮影してくれたものです。車内での線量です。狂ってるのはオレすか?世界すか?両方すか?アベちゃん、これは犯罪だよ。どんなに近くてもオレは通りたくない。       ふーーっ。気持ちを落ち着けて、と。       そして、僕を励ましたのはこういう言葉でした。いつものクリシュナムルティーです。 「“真理”は、自己の思考が完全に終焉したときに、向こうからやってくるものである」。 明けても暮れても。僕は毎日、海や夕陽と会話をしていました。ある意味、それは自分との対話なのですが、大切な時間でした。「走る」と云う行為が素晴らしいのは、発想が作為ではなくなるところです。考えないことによって、自分の深層にたどり着くことができます。毎日、飽きずに眺め続けた「夕陽」を、とあるものの比喩にして、僕はバンドで誰かを鼓舞するのではなく、穏やかな、明日の力になるようなファンファーレを鳴らそうと思ったのです。 ある日、その曲が頭の中で鳴りはじめました。誰の曲か不明だけれど、何かの一節であることは分かりました。調べたら、フランシスコ・タレガという人の作品でした。僕の親父が弾こうとして弾けなかった曲だったのですね。笑。だから、彼のギターでその曲をアレンジして弾いて、アルバムに収めました。 タイトルは「Fanfare for the Wasteland」。 とにかく。どんな状況であれ、生きていることが素晴らしいと思える音楽を作りたかった。エゴを超えて、誰かのために音楽を作るのは初めての経験でした。仕事場には自分を鼓舞するための標語がたくさん貼られていきました。いわく「お前ならできる」笑。そうでなければ、この途方もない作業を貫徹することは不可能だったと思います。 もうひとつ。CHABOさんとかなり長い時間を一緒に過ごさせてもらって。 僕が受け取ったものは計りしれません。未来を作る唯一の方法は、今を精一杯生きるってこと。それは分かってました。でも、その精一杯ってのは、得てして、自己満足になりがちなのです。彼はそれに加えて「丁寧に」生きることを背中で教えてくれました。 僕は確実に変わりました。O型特有のいい意味での「ガサツ」な大らかさは残したまま、すべてのことに対して「丁寧に」なりました。結果はおのずと変わってきます。それは新しいアルバムを聴いてもらえば分かると思います。音だけはなく、音の隙間まで、静かな情熱を込めました。 僕らは面倒くさい道を選びます。それしか出来ないとも云えるし、時間がかかっても、誰かのこころに深く染みていく方法を選びます。「いのち」の大切さを伝えるのはその方法しかない、と思うのです。(続く)

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HEATWAVE / 夕陽へのファンファーレ #001

11月8日 土曜日 曇り さぁ、宣伝だー。これから時間のあるときに、数回に分けて、HEATWAVEの新しいアルバムのことを伝えていきます。 ————————————— 制作に取りかかったのはいつのことだったのか(遠い目)。前のアルバムをリリースしたのが2007年。実に7年。決して遊んでいたわけじゃないっす。 その間に起きたことはあらためてここに記すまでもないか、と。個人的な事情と相まって、表現者として、ニンゲンとしての姿勢を根本から問われました。言葉を失っている時期から、音楽へと再び向き合うまで、かなりの時間を必要としました。あたりまえか。 簡単に書けば、世界と自分は容易に咀嚼できるような状況ではなかったということです。でも、そこに生息しているのも紛れもない事実で、世界がより良くファンクションするために、いったい自分は何ができるのか、失敗と挫折と失望を繰り返しながら、考えていたのだと思います。 ある日。 個人的な体験と相まって、エゴとはかなりかけ離れた地点に自分が立っていることに気づきました。表現者たるもの、自我は不可欠。云うまでもなく、僕もまたエゴの塊だったはずなのに。おそらく望まない鍛錬を繰り返すうちに、それが遠くに霞んだのでしょう。自分のことを考える余裕もなかったし、そのつもりもなかったし、実際そんなことはどうでも良かったんです。 数年かけて、日本中を廻るうちに、ようやくいろんな想いが音楽となって渦巻いてきました。 去年の夏。バンドでレコーディングに突入しました。やっと見つけた(僕らにとって)イケてるレコーディング・スタジオ。状況は整っていたはずだけれど、そこで録音されたものにロックンロールを感じなかったのです。理由はうーん。2011年以降のメンバーそれぞれの世界に対する態度の違い。違いはあって当たり前で、それでこそバンドなのだけれど、その「偉大なる差異」をまとめるだけの力量が僕にはなかったってことでしょう。 正直、途方に暮れました。もう限界かも、と思いもしました。50歳を超えるバンドがほぼ存在できない理由も身をもって理解しました。ただ、ここで終止符を打ったなら、後悔を残すことも、ね。 一人でツアーをしながら、僕らの新しい曲が望まれていることを肌で感じていました。同じ時代に生きていること。そんな理由もあって、まずは自分のソロでレコーディングし、アルバムをリリースしました。SONGS OF EXPERIENCE、ウイリアム・ブレイクの言葉を借りて「経験の歌」。読んで字の如し。そのままです。 僕はもう一度チャレンジすることを決めました。バンドの紆余曲折の35年にそのくらいの価値はあるはずだと思いたかったんです。いや、マジで。 レコーディング・スタジオではなく、ライヴやリハーサルの現場で、できるだけマルチトラックで録音しておき、それを僕がまとめあげるという、書けばこれだけのことだけれど、途方もない航海に出てみようと思ったのです。この期に及んで途方もないチャレンジに出たって、誰に迷惑をかける訳でもないじゃん、みたいな。 実際、そのチャレンジはかなり途方もなかったんすけど、その道程を耐えられるだけの言葉、いや、なんだろう、態度。そんなものを見つけたんです。 今日はこのあたりで。続きは次回。

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