月別アーカイブ: 8月 2013

全日本無責任祭

8月20日 火曜日 晴れ 怒りは自分に盛る毒なのですよ。 数年に渡って、自分が存在していた場所は「全日本無責任祭」みたいなところだったのです。本当にしんどかった。振り返ってみても、自分が好んでそのポジションに行った覚えはないんだけれど、無駄に責任感が強い分だけ、気がつくといろんな事象が肩の上に乗っかってきて、逃げることはままならぬ状態に置かれる。まったく吐き気がするくらい不潔。オレがいい人な訳がないし、なりたくもないけど、それにしても不潔。 本業はミュージシャン。でも、その時間をひねり出すために、こなさなければならないことが山ほどあるのです。HWのアルバムにたどり着くまで7年もかかったんだぜ。そっとしといてくれんかね。そして一言だけ云わせてもらうけど、何でもオレに乗っかってくるんじゃねぇ!自分でやったことは自分で責任を取りたまえ。小学生じゃあるまいし、これ以上オレの口から云うことはない。 ほんとうに、ひさしぶりに、我慢が限界を超えたので、青い魚を喰うためだけにクルマを飛ばした。そして雪山の道具を買った。青魚さん、怒って喰ってごめんよ。そして、怒りは自分に盛る毒だよ、アゲイン。  

カテゴリー: 未分類 | 8件のコメント

レコーディング直前

8月19日 月曜日 晴れ 実に7年振りのHWのレコーディング。今週末からです。ワォ。 それに向けて、スタジオでは音楽に集中するために避けては通れない、様々な打ち合わせをマネージャーや関係諸氏と都内にて。思うこと、いろいろあります。ただ、いつまでパッケージ作品をリリースできるのか、不明な情勢でもあります。アルバムで育ったからこそ、その恩義は音楽で返したいと思うのです。 レコーディングに向けて長期入院していたギターを引き取りに。なんと僕のレスポールJr1958年製はネックが折れていたそうです。すべてのオーバーホールを施されて、別人になって還って参りました。職人ってすごいなぁ。普段リペアをやってるかどうかは不明なのですが、アムリタ・ギター。チャボ先輩のメインギターも作ってるんだそうです。素晴らしい腕です。 http://amritaguitars.com/top.html

カテゴリー: 未分類 | 6件のコメント

ミュージシャンと加齢

8月18日 日曜日 晴れ ロック・ミュージック自体の歴史が浅いからして、理想的な加齢なんて何処を探してもない。キース・リチャーズにも憧れないし、ジミ・ヘンが今生きてたら、なんてことを考えても仕方ないし。27歳で死ぬってのはある種反則だよね。 幸か不幸か、生き残った我らはどうすればいいのか?オリジナルな加齢を本能的に模索するしかないのである。まーでも、誰にも似ていたくないって欲望が尽きないことはとってもやりがいがあるんだけどね。

カテゴリー: 未分類 | 6件のコメント

走りながら泳いで、ジェノベーゼを作るワンダフルな一日

8月17日 土曜日 晴れ とつぜんですが、ネットのニュースにこんな見出しが。 「楽天の田中、21連勝達成 プロ野球新、稲尾抜く」。これって、僕らの神様、仏様、稲尾様を抜いたってことなのです。すごいね。すばらしいね。 で、わたくすはやってみましたよ。走りながら泳ぐ。僕が走っているマラソンコースは往復15.4キロあります。すべてが海沿いなのです。いつだって、あなたが望むなら、海に飛び込めるのです。 あぢー日でした。わざと一番暑い時間に走りました。効果を確かめるために。2キロくらいで脳味噌が沸騰しそうになります。たぶん、気温は37度くらいか。熱中症寸前。上半身は元から裸なので、そのまま海に走っていって「どっぷーーーーーーん」。いやぁ、最高。どうして気づかなかったんだろ、オレ。どうせ汗まみれなので、ぐしょぐしょのパンツでも、そのままフツーにRUNに復帰できます。また2キロ走って「どっぷーーーーん」。わたくす、海育ちなので、泳げと云われたなら、何処までも泳げます。ふと、気づいたのだけれど、あと、チャリに乗ったらトライアスロンじゃん。やらないけど。 いやーー。これ素晴らしいわ。15キロ走る間に何回海に飛び込んだんだろ。走って泳いだら、お腹も減ります。今日はジェノベーゼだーーーーー。 うまかったーーーーーー。こんな小学生みたいなブログで許してね。今年、僕は50歳になりまちゅ。わんわん。    

カテゴリー: 未分類 | 4件のコメント

暴力野菜の勧め

8月16日 金曜日 晴れ わたくす、無駄に頑固につき、ご存知だとは思いますが、自分が良いと思っていないものを他人様に勧めたりはしませぬ。 ぴんぽーん。郵便局でーす。 二日酔いの頭で玄関に出てみると、最近はゆうぱっくのクール便みたいなものがあるのね、ともだちの農家から野菜の詰め合わせが届いていました。奴らの野菜がどれだけ美味いかってことは前から知っていたので、今年はお世話になっているともだちにも詰め合わせを送ってもらったのです。 これがね。喜ばれる。喜ばれる。 何故かっつーと、厳重に包装されているにも関わらず、我が家はバジルの匂いがぷーーーーーーん、と。バジル・マニアのオレにとって、バジルが枝のまま家にあるってことは夢のジェノベーゼを作ることが出来るってことなのです。あの、バジルの美しい緑。一切劣化していないあの緑のジェノベーゼ。嗚呼。食べたいかーい?食べさせてあげるよ。いい子にしてたら。 これらの野菜、もちろん無農薬です。って書くと、語弊があるなぁ。僕のともだちなので農場主の毒入りです。ひひ。今が最高に旬だと思うので、イケてる贈り物ができないなぁ、と嘆いているあなた、わたくすに騙されたと思って是非どうぞ。これらの野菜のあまりの元気さは、もはや暴力的でさえあります。喰うあなたが負けないようにね。 http://panwithin-farm.com/ そんでもって、こちらの製品を作っている男も、かなりイカれております。わたくす、奴が作った塩しか使っておりません。一度喰ったら、やみつきです。合わせてどうぞ。 http://organickelp.jp/ いえーーい。今日の晩ご飯は何にしようかな。わくわく。

カテゴリー: 未分類 | 3件のコメント

悪だくみ

8月15日 木曜日 晴れ 画家である親友の家を写真家、グラフィック・デザイナー、映像作家、そしてミュージシャンのオレで訪ねて悪だくみをする。実にクリエイティヴな時間だったぞよ。

カテゴリー: 未分類 | 3件のコメント

走ること

8月14日 水曜日 晴れ 外野の声がうるさくなってきたのなら、がーーーーーーーっと走ってリセットするのがよろしい。ただし、このところ暑すぎて、夕暮れどきに走っても脳味噌が沸騰しそうだ。今日はやんごとなき理由で電話がかかってくるかもしれなかったので、原始人、iphoneを持ったまま走っていたから、写真を撮ってみたぞよ。 で、オレはナイスなアイデアを思いついた。つーか、どうして今まで気づかなかったんだろう。オレが走ってるところは海沿いなのである。熱中症になりそうになったら、海に飛び込めばいいだけの話じゃん。 つーか、海辺でBBQのみなさん。酔って楽しかったのは分かるけどさ、ゴミくらい持って帰れよ。そんでもってひとつしかない水道の蛇口で延々コンロ洗ってんじゃねーよ。ランナーは頭に水かぶんなきゃぶっ倒れるつーんだよ。 追伸 新・相馬盆歌。朝日新聞が記事にしてくれたとな。公開されたものと違う動画も観れるとな。あーこりゃこりゃ。39! 記者。

カテゴリー: 未分類 | 3件のコメント

新・相馬盆歌、公開

8月13日 火曜日 晴れ 遠藤ミチロウさんと僕による、新・相馬盆歌。関係者のマッハの情熱と仕事によって、お盆に公開の運びとなりました。多くは語りません。是非。監督はmood filmsの渡辺太朗です。ありがとう。 MY LIFE IS MY MESSAGEのサイトからも飛べます。    

カテゴリー: 未分類 | 10件のコメント

迎え火と送り火の間

8月12日 月曜日 晴れ 「山口」と名のつく者は今や僕だけなのです。たったひとりの「山口」を名乗る者で当主でもあります。僕は無宗教ですが、盆の風習はとっても好きなので、自分流に毎年やります。だって、申し訳ないもん。先祖の皆さんに。 ベランダで火を焚いて還ってきてもらいます。こっちですよー、皆さん。このところ海の近くに住んでます。九州じゃなくてごめんなさいねー。見えますかー。たぶん、一生流れるので許してくださいねー。子供ですかーーー。それを聞かれると、謝るしかないですねー。すいません、自分勝手に生きてきたもので。このまま行けば絶滅ですねー。ほんとうにすいません。でも、ちゃんと生きて、世界のために役に立ちたいと思ってます。それが僕の子供ってことでゆるしてくださいましーー。 みたいな会話をします。悪くないです。まぁ、僕の場合、海沿いを走るときに、こういうことも含め、宇宙と会話してるので、特別にやる必要もないんでしょうが、なんちゅーか、その。心が落ち着きますね。こういうジャパニーズの心はとても好きです。

カテゴリー: 未分類 | 4件のコメント

新・相馬盆歌

8月11日 日曜日 晴れ ひっさしぶりに宇宙に達するくらい眠り、ベッドの中で「安住紳一郎の日曜天国」を聞いたら、元気になりました。惰眠って大事だなぁ。続いてポッドキャストで「あまちゃん」の音楽を担当されている大友さんの話を聞いていたら、本格的に元気になりました。8/15にはPROJECT FUKUSHIMAでたくさんのやぐらを組んで福島駅の前で盆踊りをやるんだそうです。その音頭は大友さんが作曲し、ミチロウさんが歌ってるそうです。何だか、元気出ました。感謝です。こちらは、孤軍奮闘って感じで、残念ながら盆踊りまでは実現できなかったんですけど、浜通りと中通りと世界を繋ぐために、ひとりで背負うのはもう止めにして、来年目指してがんばりマッスル。 事の経緯を簡単に。 始まりは今年の3月11日、福島県いわき市でのことです。興味がある人はその日のblogを読んでちょんまげ。 http://no-regrets.jp/wordpress/?p=7176 ミチロウさんは前年の盆に、浪江町から避難している人たちの盆踊り大会を二本松の仮設住宅で催したのですね。福島県はとっても大きいのです。浜通り、中通り、会津と大まかに云って3つの地域に分かれます。そのうち、浜通りと中通りでは「相馬盆歌」が盆踊りの歌として広く歌われていることが分かったのです。じじばばがその歌が流れると表情が変わったのだそうです。ミチロウさんがいわきの楽屋で、僕の目をまっすぐに観て、放った言葉がすべてです。 「山口クン、オレたちがミュージシャンとして初めて音楽でできること、見つけたんだよ」。 云うまでもなくミチロウさんも僕もミュージシャンである前に人間ですから、どんな時もできることをやり続けてきました。でも、正直しんどかった。今だから書けるけれど、例えばスーツを着て、スポンサーを説得するのは僕には向いていなかった。私腹なんて一銭も肥やしていないし、お金は出ていっただけなのに、どうしてありもしないことで誹謗中傷されなければいけないのか分からなかった。大事な場面になると必ず誰かが逃げた。人間がこんなにいい加減で、嘘つきで、中途半端な生き物だとは知らなかった。気がつくと、僕は担ぎ出されたはずなのに、責任と集客と集金と広告塔の殆どを負わされ、どこにも逃げられなくなっていた。苦しかった。人が僕に期待したり、何かを託してくれるほどに苦しかった。 同時に福島の事態は悪化しかしていなかった。分からなくなったとき、僕はいつも原点に戻る。あの電気を使っていたのは関東に住んでいる僕だった。だから、相変わらずそれは僕の問題なのだった。 そんなとき、PROJECT FUKUSHIMAを牽引してきたミチロウさんから前述の言葉をかけられたのです。彼や彼らがどれだけの困難を乗り越えてきたのか、僕なりに知っています。でもミチロウさんたちはメゲなかった。そんな彼から「力を貸して欲しい」と云われて燃えないなら、僕は在日九州人のプライドを捨てなきゃならない。 ってここまで書いて、こんなに力が入るから疲れるのかもね、と思う。 閑話休題。 「相馬盆歌」を皆で歌い踊る。死者の魂を弔い、生者と交わり、浜通りと中通りを繋ぎ、世界に福島を知らせる。真ん中にあるのは音楽。誰も傷つかない。なんて素晴らしいアイデア。 いわきからの帰りの車中でだいたいの仕事を終えたはずだった。でも、信じられないことに、そのアイデアは福島では認められなかった。このことに関しては多くを語りたくない。僕なりに原因も分かってはいるし、その理由は墓場まで持っていく。ただ、さすがに僕も傷ついた。まぁいい。この事に関してはこのくらいにしておこう。 お互い日本中を飛び回っているミチロウさんと僕。顔を合わせられることは滅多にない。相馬で盆踊りをやれる可能性はすべて消えてしまった。じゃ、どうする?諦めるか、二人のロッカー。 ところがどっこい。僕らはオーディエンスが一人も居ないところから這い上がってきた叩き上げなのです。誰が聞いてくれなくてもいい。死者を弔い、生者と交わる。相馬のお寺が快く場所を提供してくれました。多くの人が亡くなった海で、僕らは演奏することにしました。誰も居ないところから心を込めて始めよう、昇ってくる朝陽とともに。それを映像に撮って、相馬の人たち、この国の人たち、世界の人たちに観てもらおうと思っています。できればお盆の時期に間に合うように。 僕はどんなに困難なときも、自分の手を汚し、誰よりも矢面に立ち、決して私利私欲のためではなく、行動し、道を創る人を尊敬します。ミチロウさんは相馬での最後の行動で、僕に道を創ってくれました。内容?それは秘密です。

カテゴリー: 未分類 | 10件のコメント