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死とはなにか?

7月25日 金曜日 晴れ   昔ほどの活字中毒ではなくなったけれど。  乗り物の中でスマホを見るのが嫌いなので、たいてい本を読んでいるか、原稿を書いているか。本は持ち歩くと重さがかさばるので、駅や空港で買うことが多い。でも、書店の衰退も激しくて、読みたい本はたいてい売っていない。  でもこの本はどこの空港で買ったのかな、福岡かな?稲垣栄洋さんという方が書かれた「生き物にとって死とはなにか」。  着陸までのあっという間に読みましたが、とっても示唆に富んでいました。「死」を意識するのはほぼ、ホモサピエンスだけなわけで、動物たちが死ぬときに何を想うのか。生き物にとっての「生きる意味」とは何なのか。  根源的なことがとても平たく書かれている本。 ————  熱くなったアスファルトの上で干上がっているミミズたちも、決して死にたいと思っていたわけじゃない。命が尽きる最後の瞬間まで、彼らは生きようとしていたはずだ。中略。「生きる」とは「まだ死んでいない」というだけのこと。死ぬまで、ただただ生き続ける。それが「生命」である。  なぜ大根は畑から引っこ抜かれても葉を出し続けるのか。  ウシは殺されるために生まれてきた動物である。  –わたすがなにかの歌に書いたことと同じことが書かれている。– あなたは生まれる前にすでに数億分の1の奇蹟を起こしている。だから、決して敗者ではない。あなたという勝者の陰には数億の敗者が存在している。だから、生きる悲しみも苦しみも、勝者にだけに許された感情なのだ。  私たちは未来を想像することができる。きっと未来を想像することで、「今」を大切に生きることができるはずだ。その未来を、古人は「希望」と名づけた。 ————  このようなことが書かれている。違うpoint of viewから「死」を見つめるのはとても素晴らしい経験。誰もが一度だけ体験するそのプレシャスなことを想像してみるのは悪くない。  自分に置き換えるなら、「誠実である」ってことはどういうことか?それはどんなときも単純にまっすぐであることではない。臨機応変に智慧を使って、いちばんいい結果に導くことが誠実さじゃないか、とこの頃思う。

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