日別アーカイブ: 2025年7月30日

Recording days#048

7月30日 水曜日 晴れ 思い返せば、物心がついた頃から、世界に対してずっと「違和感」を感じてきた。それはどうしようもないレベルのもので、60の齢を超えても増えるばかりで減ることはなかった。「違和感」はいつだって「生きづらさ」と直結していた。 とくにバブルの頃はほんとに発狂寸前まで追い込まれた。 1996年に「Tokyo City Man」の中に「ここに君の居場所なんかない」と書いたけれど、否定形で書いてポジティヴに響く離れ業(笑)に到達する以外に生きる場所はなかった。最近この曲のリクエストが多くて、たまに歌ってみるんだけど、妙に熱くなる自分がいる。要するになにも変わってないってことなんだと思う。 ひとつだけ変わったことがあるとするなら。 その「違和感」こそが自分をここまで生かしてくれた燃料だったのかもしれん、と感謝することか。 今月、六か所と福島を自分の目で再確認して、ニンゲンに深い絶望感を覚えた。数日、誰にも会いたくなかった。どうかしてる、とか、狂ってる、を通り越して、喉元を過ぎるとなにもかも忘れてしまって、また同じことを繰り返し、いよいよ取り返しがつかなくなったなら、怯えて泣きじゃくるだけの、目の前のことと、自分のことしか考えないクズみたいな動物なんだ、と深く知覚した。 フジロックでTOSHI-LOWがこう言い放ったんだと。「社会を問え、政治を問え、福島を問え、広島を問え、ガザを問え、何よりも自分自身を深く問え」。 その通りだよ。この言葉、全員が自覚したら、世界は変わるかもな。 絶望したから諦めるのか?いいや、そんなことはない。生きてる限り、問い続けるだけ。答えなんか風の中にはないことも知ってるけど。 このテレキャスターは固有の響きがする。つまりはそういう生き方をしてきたってこと。この人は調和の難しさと、その意味深さを知っている。表現者がやるべきことって、たとえばこういうことだよ。数じゃないんだ、オレにとっては。      

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