日別アーカイブ: 2026年5月12日

遅れてきた軍国少年S

5月12日 火曜日 晴れ まず、HW応援グッズですが、少なからず応援してもらったことにとっても喜んでいたら、スタッフから「道のりはまだ半ば」と指摘がありました。なので、引き続きよろしくお願いします。大汗。   本日はジョー・横溝の誘いで「能登に想いを馳せる」イベントに出演しています。ステージで使用したハーモニカやカポなど、安価で出品しておきます。ハーモニカなら、誰でも音出せるしね。気軽に来てください。   ————————— 昨夜から今朝にかけて。新鮮な体験をしました。 夢とうつつの世界の中で、茫然とした意識の中で明確に作曲するという体験。荒漠とした風景の中をバンジョー1本抱えて進んでいく少年。キメのフレーズも全部あります。こういうのとっても珍しいことです。 軍国少年S(←オレの父親だと思われます)、父親(祖父)が日本人学校の校長だったので、満州と朝鮮で育ちました。つまり侵略した側だったのです。ところが日本の敗戦が決まった瞬間、ロシア兵が攻めてきて、命からがら逃げ帰ることになる。山脈を越える途中に妹を亡くす(実話)、なんとか日本に帰ったものの、それまでの教科書は黒塗りに。いったい軍国教育とはなんだったのか。 愚かな戦争の実態を知るにつけ、軍国少年は生涯「反戦」を貫くことを決意する。 ————————— そんなストーリーが完璧なアレンジ、メロディー、リズムとともに、寝ている間にもたらされたのです。今あるのはイメージだけで、歌詞を書くのは難儀しそうだけれど。 ————————— たぶん、父親からの時空を超えたメッセージだと思われ。これは時間をかけてもモノにしなければ、と思っています。 —————————- 異国での少年時代、天皇が祀られた祠のようなものに背を向けているだけで教師に殴られたと僕に語りました。全員軍国少年で、国のために戦争に行くのだと信じて疑わなかった、と。彼の考えが変わったのは、命からがら引揚げて、アメリカが進駐し、それまでの教育のベクトルが180度変わったからだ、と。あれだけの殺戮、戦死、疲弊、そして洗脳はいったいなんだったのか、と 僕に対してなんの教育もしなかったけれど、身体が弱かった僕にキャッチボールだけは教えてくれた。そしてときどき今はなき平和台球場に野球を観に連れていってくれて、国歌斉唱のとき、彼は僕にこう言うのです。「オレは立たないけど、お前がどうするかは自分で決めろ」。わずか5〜6歳だったけれど、今となっては素晴らしい教育だったかな、と。 志半ばで倒れた彼の無念が、このあり得ない時代を生きる中で、とつぜん僕に引き継がれた。そんな感じです。ほんとうのメッセンジャーならば、命の輝きを忘れることなく、自分の役目をまっとうしたいと思います。        

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