日別アーカイブ: 2026年8月5日

インスピレーション

8月5日 水曜日 晴れ   よくよく考えてみると、逆説的な意味に於いてこの世界はインスピレーションに満ちているのかも。  昨日一日に起きたこと。  まずMacをゆっくりと使えるように戻していく。もう時代の言いなりにはならんぞ、という固い意志。笑。以前に使っていた状態に戻すのではなく、無駄なAppleへの出費を抑えつつ、自分のやりたいことが滞りなくやれる方法を探す。時間を見つけて、不要なファイルを整理。いい機会だったかも。  このところ、エンドレスで流れているストーンズの新譜。浮き彫りになってくるのはミック・ジャガーの生命力。これまで彼が好きだったことはないけれど、ここに来てほんとうに凄いな、と感嘆。まず声がまったく衰えていないこと。単純にそれだけでも凄い。好きか?と訊かれるなら、それはまた別の話だけれど。たぶん、一度も書いたことないと思うけれど、彼のハープは昔からほんとうに素晴らしい。まさかのミックからの気づきに感謝。  昨年の夏の2daysのミックスを一年かけてやっている。あのコンサートは敢えて映像に残さなかった。その方がHWとして凛としていると思ったから。その代わり作品にはしようと思っていたけれど、なにせ2025年は新作にかかりきりだったから、ここまで辿り着くのに一年もかかってしまった。  でも。記録されているものが素晴らしい。30年間、諦めなかった円環としてぜひ聴いてほしいと思う。フィジカルなメディアが存在しているうちに。「君を連れてゆく」。あらゆる意味に於いて素晴らしい。記録していたことによるインスピレーション。映像がないからこそ、見えてくる風景。アナログの極致だけれど、僕はこういう表現が好きだし、プライドがある。  道東や小樽が忘れられない。たぶん、細胞の深いところに憧憬として刻まれてしまったんだね。ランニングしながら、北海道のことを深く知ろうと調べている。これもまた2026年の得難いインスピレーション。僕は生涯の流れ者。だから土着にずっと憧れているんだと思う。アイルランド人がその大地の顔をしているように。釧路や小樽。あるいは北海道の小さな町には人としての個性がまだ生き生きとある。たとえ町が寂れていたとしても。そのことが逆説的に僕を励ます。たいせつなことは文明ではない。ずっとウォールデンに憧れてきた身としては、これから自分がどこにmoveするのか。いつかそんな場所が見つかるだろうと思ってきたけれど、ちょっとだけ急いだ方がいいのかもしれない。自然の中で、インスピレーションを受けて毎日音楽を創ることができたら、どんなに幸福だろうと思う。それには都会暮らしは雑音が多すぎる。  グレンの葬式がポーグスのシェーンとはまた違った意味で、若干の湿り気があって、素晴らしかった。リアムが歌い、ローナンがバウランを叩いていて、その後ろにボノとエッジが佇んでいた。教会にいたみんなが「forever young」を歌う。葦で編んだ棺が教会から出ていくとき拍手に包まれていた。グレン、あんたはこんなに愛されてたんだね。ありがとう。オレも家族を悲しませないようにバイクには気をつける。  アイルランドのお母さんが亡くなったとき。手前の村で大量の花を買って、スーツに着替えて村に現れた僕を見て、村人が指をさして笑った。「ヒロシ、オレたちは彼女の素晴らしい人生を祝福するんだ」って。確かにこの日「死」に対する考えが変わった。  グレン。素晴らしい音楽と生き方をありがとう。書き忘れたけど、フレイムスのときから、君は誰とも違っていて、そしてめっちゃアイリッシュだった。事故の前の夜もパブで演奏してたんだってね。きっと、ちょっとだけ飲んで、仮眠して、家族のところで帰るつもりだったんじゃないかなって。優しい君のことだから。だから、君からの教えとして僕もほんとうに気をつける。バイクは安全第一。身体がついていかないと思ったら、すぐに降りることにする。たくさんの愛をありがとう!  書きたくないけど。書かないわけにはいかない。  高市が被災地を訪問する官邸制作の映像を見てしまった。マトモな神経を持っているなら、奴らがどこを向いて生きているのか、自分たちで証明しているような稚拙極まりない映像だった。選ばれた被災者と話すために台本と別室を用意。甚だ出来の悪い高市とその一味のPV。それが税金で作られる。あれを見て、なにかを感じないなら、化けの皮が剥げないのなら、Japanはかなり致命的だと思う。  高市は私利私欲のもとに一貫して、国民を攻撃してきた。向上心と上昇志向は違う。予測では、自民党にもブレーンはいないわけだから、支持率が高かったとしても、その実、風前の灯だとは思うけれど。  じゃぁ、どうすればいいんだって?  あいつらに今更なにを期待するのか?  僕が、あなたが、自分の暮らしをちゃんと生きるんだよ!自分ができることをやるんだよ。言い訳なしに。誠実に。  小樽の文学館に、獄中にいる小林多喜二にむけて文盲のお母さんが書いた手紙がある。この手紙と、アムステルダムのゴッホ美術館にあるある一時期の絵。それが僕にもたらしてくれた2大インスピレーション。前者にはほんとうの愛が、後者にはニンゲンとしての深い苦悩がある。そのふたつのベクトルの間に、人として生きる道は必ずあると僕は信じてる。  ほんとだよ。

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