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day#022、ここからの人生

9月9日 水曜日 天候不明   今頃フェリーに揺られている(はず)。最近、にゃんと船内でwifiも使えるのですが、そんな時間くらいデジタルデトックスしたいので、船に乗る前の予約投稿。  船が出るのはほぼ24時。なので、阿蘇から再び福岡を通過して(昨日居たやんってツッコミはなしで)、自分の青春を辿る旅をしつつ、故郷のラーメンを決めて、船に乗ろうと画策したのですが、行く先々天候に恵まれそうになく。  ならばと山の家でゆっくりと過ごし、丁寧に掃除をし、このblogを書いてから旅立ちます。夕暮れ前に大分を抜けて帰ります。  約3週間。かけがえのない時間でした。  やることは山のようにあったから、まったくもってゆっくりとは過ごしていないし、招きたかったのに叶わなかったともだちもたくさんいるけれど。  それでも自然が与えてくれるインスピレーションは素晴らしい。年齢とともに、それを強く感じます。感受性は死なないのです、肌が干からびても(笑)こころだけは瑞々しく保つことができます。  どうしてって、自分も自然の一部なんだってことを実感するからです。抗いようのないものが本気で目の前に存在している。地震、噴火、雨、風、エトセトラ。どうにもできないから、ひれ伏すしかない。そう謙虚になったときに、「それ」はもたらされます。  わかりやすく伝えるなら。  読者も考えていると思います。「残りの人生」。  そうかな。僕は違うと思う。それは「これからの人生」だと思う。残りじゃない。そう視点を変えてほしいのです。見えてくるものが違うから。  もちろん僕にもいろいろあります。でもね、「残り」なのか「これから」なのか。そこがはっきり見えていれば、決断は速い。迷わない。たいせつなものがくっきりと見える。もっといえば、どうでもいいことはほんとうにどうでもいい。  「今」をたいせつにして、豊かに生きること。その積み重ねが未来を創るのです。金でも誉でもない、自分にしかできない生き方が確実にある。会社で働いている人は僕がどうやって収入を得てるのか、不思議に思うかもしれない。実は僕も不思議。  でも、意味あることに使えば、入ってくる。川の流れのようなものです。僕は堰き止めないだけで、目の前をmoneyが流れていくだけ。天下の回りもの。あれは微妙に生き物だから、生きた使い方をすればいいんです。たぶん。  老後に2000万なんて。ほんとに最悪。そうやってピープルに恐怖を植えつける。まっぴらごめん。その論理で行けば、これだけ円の価値が下がったなら、足りないと思うよ。  なんであろうと、誠実さを忘れず生きていくだけの逞しさがあればそれでいいじゃんって思います。  えっと。帰ったら音楽家になります。最近のライヴ、ぜひ体験してほしいです。演奏はおかしな領域に達していると思います。まずはいわきから。  月末はThe Yokohama Sessionsの小さなツアーに。これもね、ぜひ体験してほしい。ワールドレベルのロックンロールをお伝えします。「セッション」ってこういうことです。僕は1958年製のレスポールJrを弾きまくる予定です。  チケット、まだ間に合います。てか、これも本気で取り組んでることなので、満員になるといいなぁ。  数日前のblogに書いたんだけど、横浜のサムズアップが繋いでくれた縁なのです。サムズもね、コロナのときにとっても苦しんでたんです。それを見ていて、本気でなにかやれないか、と。  だから、ド平日を選びました。これは意地なんです。みんな土日を奪い合うことに関しての。  閉店が決まったら、どっとみんなが押し寄せて、たぶんスタッフは喜びながらも、めっちゃ働いてんじゃないのかなぁ。僕はね。閉店が決まって行列ができるの、好きじゃない。んなもん、たいへんなときに応援しろよって思います。  はい。面倒なやつですいません。でも、こういうのも一生変わらないと思います。僕は情とか、信頼とか、そういうものが循環する世界であってほしいと、本気で夢見ています。

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