福岡@渋谷

7月7日 火曜日 曇り 

 このごろとみに思うんだけれど。

 福岡で生まれたことが面倒くさいと感じたこともある。例の文脈でひとくくりに語られるたびに「オレはそんなんじゃねー」と反抗したくなる気持ちが湧いてきた。でも浦田賢一という第一船団の男とその仲間たちが故郷の荒地でロックンロールを始めてくれたこと。昨日の仙台じゃないけど、それを裏通りの文化まで引き上げてくれたこと。

 そしてオレが母親の強制力で田舎の中途半端な進学校に通わされたこと。

 いろんなファクターが絡み合って僕はミュージシャン、あるいはアーティストと呼ばれる道を歩くことになった。

 そのことに今は感謝しかない。博多には「博多」、あるいは九州としか書きようのない無駄な男の流儀があって、たいていは男尊女卑でくだらないものだけれど、まれに一本まっすぐに通った筋ってものもある。笑。それが伝わったとするなら、昨夜の渋谷はほとんど九州だったんじゃないかな。魚ちゃんは中標津だったりするけど。

 筑豊に炭鉱があって、川筋と呼ばれ、遠賀川にのってそれが運ばれ、若松から運び出されたことを知る人も少ない。それってある種ロックンロールの源泉だったりもする。子供の頃の写真を見てみると、見事に戦後。色濃く戦争の影響がある。いろんな意味で。

 そしてたとえば「金田」みたいな苗字のやつは中学になるととつぜんいなくなる。たいていは強制的に半島から連れて来られた子孫で、通う学校が違うのだ。訳もなく、そこの生徒たちと抗争が勃発する。笑。電車の中で一学年下のやつから「タバコ持っとうや?」とタメ口で訊かれたので「もたん!」と伝えて、電車から降りた途端、10人くらいに囲まれてボコボコにされる。んなことに怯えたりするほど情けなくはないけど、男子はそうやって理不尽の意味を学ぶ。今なら、あいつらと笑いながら一緒に酒が飲めると思うけど。

 二人のドラマーに挟まれて、どのタイミングでロックンロールのトラディションを刻むのか。本能に任せて演奏していたけれど、たしかに「それ」は存在していた。無言で受け継がれる類のもの。それは血に流れてるんじゃないかな。

 そしてテックのスペシャリスト、マサミさんとつくづく話したんだけど、こういうときに当たり前のように存在していたスマイリー原島がいないのは寂しい。昨日は渋谷にいたのかな。いなかったのかな。

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福岡@渋谷 への2件のコメント

  1. ポレポレジャスミン より:

    おったに決まっとる。おったに決まっとるでしょうもん。スマイリー原島さん。
    若松は、シーナさんの出身地。
    生まれつきロックの血が流れとったかもしれませんね。
    私も北九州出身やけど、同じ血が流れとるといいなあと憧れます(^^)

  2. 溝口健治 より:

    今から40年前くらいの記憶で話します。
    当時、僕は中標津で暮らしていました。
    そこに、何故か、シーナ&ロケッツがライブに来たのです。
    こんなド田舎に、何故か。
    しかもちゃんとしたホールは当時はなく(今は有りますが)
    なんと会場は町の体育館。みんな座布団を持参して出向く。
    そんなロックンロールからかけ離れた環境で、シーナ&ロケッツは見事に
    自分たちのロックンロールをぶちかました。
    周りの人達はどう感じていたのか、わからないけれど、
    僕には、ひとつの生きる「光」が見えた。
    その3年後、僕は町を出た。当然親の力も借りずに、自力で。
    そして東京って街で、自分の本当の「光」を探しまくった。

    今日の記事を読んで、そんな遠い思い出が蘇りました。

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