9月13日 日曜日 曇り
何度か書いたかもしれないけれど。
画学生でよかったと思うこと。
静物を3時間見つめたりするのです。たとえば果物とか牛骨とか。描くために。これって、なかなかの苦痛を伴うんだけど、苦痛を通り過ぎると、見えないはずの反対側が見えてくる。The dark side of the moon。訳して「狂気」。ベリーナイス。物事には表があって裏がある。裏が表を支えている。その逆もまたしかり。メインストリートはバックストリートがあって、初めて成り立つ。
もっというと、ほんとうは表も裏もないんじゃないか、と。清濁併せのんで、内包してるだけじゃん、みたいな。
そういう視点を持つと、世界の見え方が変わってくる。どうして自分はいつもマイノリティーなんだ、と嘆く必要はないわけです。wholeの視点で見てみれば、互いが支え合っているわけで。対立に意味はない。その上での許容というか、相互理解、つまり対話のようなものがハーモニーとグルーヴを創る。ただし、そこに敬意がなければなにも生まれないけれど。微妙にズレてるからいいんです。
生まれたからには、誰も到達できなかった視点を目指せばいいと思っています。誰かと比べる必要もない。自分のオリジナルなやり方で。修練度を悩む必要もないし。前を向いていれば。いくつになっても。
山の中にいると、毛穴さえなにかを感じ取ってるんです。全身がセンサーみたいな。風やひかりの動きが変わったのを感じます。それは疲れるとか疲れないとか、そんなことじゃなくて、本来誰にでも備わってる能力だと思います。日々、それが研ぎ澄まされていくのが面白い。ものごとをwholeで捉えることができるようになります。
なんとなく、これからこうなるな、という近未来が予測できる。
音楽家が創るフロウは近未来を予測して、「今」を考えることなく感覚で演奏しているから、これってとっても大事な視点なのです。決して、頭で考えることじゃない。感じてるだけ。
去年の正月から得意じゃない英語に取り組んでるって書いたと思います。ありとあらゆることをやって、今のところ、まぁ確かに改善はしてるけど、感覚として遅々として進まない。ほぼ1年半以上取り組んでるのに。
考察。頭で考えてることはわかっていたので。それを切り離そうと相当な努力をした。でもね、染み付いてるんです。中学あたりの学校教育。うちの母親は英語教師でもあったので、SVOとかSVOCとか、教え込まれた。あの教育ママめ!笑。僕はそういう学習は向いてないんです。徹底的な経験主義だから。あの頃、外国にひとりで放り込まれたら、それが英語であれ、フランス語であれ、タガロク語であれ、身につけるしかないわけで。たぶん、そうすれば身についた、はず。笑。
知識が感覚の邪魔をするんです。染み付いたものをどうやって取り除くのか。今も悪戦苦闘中。
ギターなんて誰にも習ってないのです。それがよかったんだと。個性を創る上で。野良ギター。笑。だから、人に教えるのは難しい。てか、無理。
今、毎日絵を描いていて、裏側まで「見切る」感覚が蘇ってきています。それも数々の経験のおかげで進化した形で。
来週の旅は「記録員」としての旅でもあります。なんのことかわからないと思うけど、そのうち形として報告するので。それゆえ、中古の一眼レフを買いました。今持っているカメラに機動性がなかったから。自分にどういう変化があるのか、楽しみにしています。
いわきのソロはベリー平日ですが、ぜひ来てください。来週の旅はとっても意味あるもので、えっと、それは来てくれればわかります。
知識が感覚の邪魔をする。
まさに!です。 とても的を得た、そしてすべての現実に言える言葉。
ありがとうございます! 自分なりにいろいろな表現を試してきたけれど、
山口さんのこのワンフレーズで、すべてが腑に落ちました。