9月14日 月曜日 晴れ
民主主義が崩壊していく。選挙っていったいなんだろう。誠実さってなんだろうね?
でもね。選ぶ自由があるってことは、選んだ未来を引き受ける責任があるってことだから。その覚悟を持っていてほしい、とは思う。高市を選んだのは僕ら。つまり自分が愚かだってこと。他人のせいでは決してない。
エドガー・アラン・ポーが描いた「アッシャー家の崩壊」。それをアラン・パーソンズが音楽化したんだけど、僕は確か中学生だったかな。不穏な世界を感じると、いつもあの音楽が頭の中で鳴る。素晴らしく鳴る。警鐘として。雷鳴とともに。
ひとつだけ思うことがあってね。
あのコロナのせいで、人々は旅をしなくなった。ここでいう「旅」ってのはパックツアーみたいなものを意味しない(揶揄してるわけでもない)。かくいう僕自身、2019年から国外に出ていない。ひょっとするとパスポート失効してるかも。あれだけ旅してたのに、たとえばアイルランドに行くのにエコノミーを乗り換えていくことが耐えられない。ひとことで言えば、億劫。これって僕だけじゃないと思う。何度かアイルランド行きの飛行機、検索してみたけど、びっくりするくらい高い。ビンボーの極みのころ、どうしてNYに居候してたかって、往復3万円みたいなチケットがあったからで。今や、為替も相まって気軽に国外に行ける時代ではない。それが若者にどのように影響しているのか。彼らのパスポート保持率はどんどん下がっているらしい。
こうやってJapanは次第に内向きの島になって、静かに衰退していく。新陳代謝が悪くなり、社会の血流が悪化する。たぶん、僕が今国外に出たなら、その変わりっぷりに目を丸くすると思う。地下鉄の乗り方、チケットの買い方、そんなことすら6年もすりゃ、変わる。たぶんスマホがなきゃなんにもできないと思う。浦島太郎になってる可能性が多いにある。ネットの情報と、自分の目で見て体感することは違う。それを体験するのにスマホがマストだってところに猛烈な違和感を感じる。
こういうことが閉鎖的かつ排他的な社会を作っていることは否めないんじゃないかなぁ。僕自身、とても反省している。宮内勝典さんが80歳のインド旅でbooking.comを使わないって話で、僕は覚醒した。かつて、僕は彼に「若者が旅をしたくなる歌を書いてください」と言われたことがあって。その言葉を60を過ぎて反芻している。
書くぞ、オレ。壮年たちも旅をしたくなる歌。そして、オレは旅を続ける。
レクレーションって和製英語。正確にはリ・クリエイションなのね。つまり「再創造」。ほんとうの意味は「休暇」的なことじゃない。僕にとって旅とはそういうことで。逆説的に覚醒させてくれたって意味では、もう一度エコノミーに乗るかって、そんな気持ちが湧いてきつつある。
先日、阿蘇から故郷福岡に移動して。街を歩いて驚いたのは。
どれだけの人間がスマホを片手に街を歩いているのかってこと。超絶違和感を感じたから、立ち止まって観察した。半分はインバウンド。まぁ、それは仕方がないとして。こういうことが子供たちの原風景になることが残念極まりない。
自分なりの「リ・クリエイション」を再考して僕は旅を続けるつもり。
「壮年たちが旅をしたくなる歌」当方、54歳!楽しみにお待ちしております!先ずは、宮内さんの本を読んでみたいと思います。
洋さん!旅したくなる歌!とても楽しみにしてます!
いわゆるリターンライダーになってバイクにナビ(スマートモニター)を付けてみたのですが、とても便利な反面、道を探す楽しみを失った事に気付きました。せっかく自由な旅に出ているのに、気が付けば機械に決められた道をなぞるだけになってしまうのです。
私らのようなアナログ世代は、途中で迷ったらその都度バイクを停めて地図を確認する。間違えたルートで思いのほか良い景色に出会えたり、遠回りしたおかげでその土地をより深く知ったりする事もあると思うのです。知らない土地で道をロストして、はてどうしたものかと立ち止まっている時間こそが旅の醍醐味で、あとから思い出す旅のワンシーンになるのではないでしょうか。
便利なのは結構ですが、なかには旅のルートや見どころや食べるもの全てAIに決めてもらい、それをひたすら辿るのが効率のよいツーリングだと考える人もいるみたいですね。私には信じられないです。何のための旅なのでしょうか。
スマホもネットもAIも、巷に溢れる情報を上手くまとめてくれるツールに過ぎません。道具はあくまで道具、良く出来た道具なら自分主体で便利に使っていきたいものですね。
>どれだけの人間がスマホを片手に街を歩いているのかってこと。
>超絶違和感を感じた>から、立ち止まって観察した。半分はインバウンド。
>まぁ、それは仕方がないとして。こういうことが子供たちの原風景になることが残念極まりない。
インバウンドの方が地図アプリ片手に目的地を探す姿は理解できますが、日本人のスマホウォーカーの場合、目に入るスマホ画面は感覚値ですが8割がゲームか動画。
子供の時、歩きながら漫画読んだり、食べながら別のことをしていて、親にぶっ飛ばされた世代としては、大人というより人としての所作自体が大きく劣化しているように感じてます。