セミが居ない夏

2006/08/01, 19:35 | 固定リンク

8月1日 火曜日 曇り 

 8月。盛夏。
 俺がずっと地下に居たせいもあるけれど、実のところ今年、まだ夏を感じたことはない。梅雨も未だ体験したことのない長くて暗いものだったし。
 はたと気づいた。今年、俺はまだセミの声を聞いていない。俺がガキだった頃なんて、この時期になると、朝、セミが「あぢーーーーっ」と一斉に大合唱を始めるので、寝ていられなかった。「貴様ら、皆殺しにするぞ!」ちゅーくらいうるさくて、でもそんな事できるわけなくて、耐えられなくて、海に行って泳ぐ。それが盆までのありがちな一日。バンドを始めてからも、俺たちのスタジオには壁にメンバー分の水中マスクとシュノーケルがあった。渡辺君はウニの密猟をさせたら、天下一品。俺はそれを水中で集める係。そうやって飢えをしのいだっつー、ウソのような本当の話。俺たちの海は岩場で、さぶんと飛び込むと、既に水深5メートルはあった。セミの声と、夏草の焦げる匂いと、目の前に拓ける海は3点セットで俺の夏。セミの成虫としての一生は一週間あまりだと聞く。だから、彼等も「咲きどころ」を地中でいろいろ考えてるんだと思うけど、早くしないと、夏終わっちゃうよ。っつーか、早く出てきてね、セミさん、セミさん。俺は寂しい。
 大学を出て、「造り酒屋のラベルデザイナー兼配達係」っちゅーバイトをしてた時期がある。遠くまでトラックで配達に行って、昼頃に河原で弁当を喰いながら、NHKのAMラジオを聞く(昔のトラックにFMなんてついてなかったのよ)。各地の農林通信員みたいな特派員が、それぞれの夏を伝えてくれる。沖縄がギンギンに夏の時、北海道の人は長袖を着てたりする。俺は遠くに想いを馳せて、詩を書いたりする。いい番組だったなぁ。その頃の俺の夢は「新日本紀行」のテーマを作曲することだった。
 外国に居る知人に、「日本の夏が恋しくなったら、夏っちゅー歌、ききなよ」とメールを書いた手前、どんな曲だったっけ、と自分で聞いてみたら、ものの見事に、「あの夏」が蘇ってきた。音楽って不思議なもんだね。レコーディングしたのは、ずっと後だけれど、書いたのは俺が22歳の頃だった。何だか、知ってる人のようで他人のような不思議な気分になる。たまには、いいもんだね。

 昨夜、ようやく曲を書き上げた。本日、依頼主に渡した。気に入ってくれて、俺も嬉しい。何だか、難産の末に生まれた曲だったんで、しばらく時間を置いたら、俺も歌ってみようと思ってる。でもって、もう1曲のオファー。あぁ、これでちょっとだけ夏を感じられると思った俺が甘かった。また地下に逆戻り。嗚呼、セミが居ない夏。

by 山口 洋  
- end -