生活の中の音楽

2006/08/28, 19:12 | 固定リンク

8月28日 月曜日 晴れ 

 「生活の中の音楽」って言葉を良く使う。作り手として、リスナーの日々の中で響いて欲しいと、いつも思ってる。ところが、送り手である俺は、文字通り朝から晩まで音楽漬け。例えば、ひとりで北海道に行った。短い夏。空は広く、空気は美味く、人はとてもあったかく、食い物は云うまでもなく、飲み屋には最高の音楽が流れていた。だったら、しばらく居ればいいじゃん、と思う。そーだ、稚内の方に行ったことねーな、沙流川はどうなったんだろう、噂の富良野のコーンを喰ってみたい、中標津のオオカミたちにもう一度会いにいこう、旭川の弟は元気か、函館の兄貴は元気かな、とか。若い頃のように、どうしてフラフラ流れていかないのか、自分でも分からん。ただ、俺には責任があって、約束した日にアルバムを出すためには帰るしかなかっただけのことで。
 そんな意味で、北海道のミュージシャン達は本当にのびのびと音楽を「暮らしの中」で愉しんでいた。パーカッションの彼はいつ会っても「明日ライヴなんすよ」と云い、シンガーの彼女は「来週、オーロラの撮影でーす」と云い、もうひとりのシンガーは「家で猫が待ってまーす」と云い、ギターの彼は俺なんかよりすぐれた技術を持ちながら、絃の張り方を知らなかった。はは。俺が日本一好きな飲み屋はね、トマトスのキヨシさんの店。俺たちがバンドを始めた頃、どこの小屋にもあった4115ってスピーカーから、客に合せた極上の音楽が流れてくる。今回はね、「Tatto you」のB面から始まった。一緒に飲んでたWが「山口さん、B面からっすよ」。とコーフン気味に話してたけど、最後の曲「Waiting on a friend」になる頃にはしっかり店にあったギターを握ってバカになってた。そして、ランディー・ニューマン。キヨシさんは俺にグラッパを飲ませて、店の窓を全開にした。冷えた札幌の空気が一気に入ってくる。うーん。深夜になると、キヨシさんの店に行くことしか考えてないんだけど、いつもベロベロに酔っ払ってるから、あの極上の店が何処に位置してんのか、分からない。たぶん、有名なニッカの看板の近くだよ。毎回、死力を尽くして(そんなに大げさでもないか)キヨシさんの店を探すのさ。それがまたいいんだ。
 有名とか無名とか、いくら稼いだとか、そんな話じゃないんだ。みんなそれぞれに生活のためにお金を稼ぐのは大変だと思う。だけど、そんな日々の中で、音楽に夢中になってる。本当に「無理」がないんだ。俺はまた、東京の地下のスタジオで、彼等の顔を思い出しながら、音楽を作ってる。彼等の日々に響いてくれることを願って。

 次に訪れる街は富山の高岡市。売り出し中の唐揚げ王子、近藤智洋と行くことになってる。主催者の渡辺君はとっても熱くて、「暮らしの中での音楽」についてメールを送ってくる。そうかい、そうかい。じゃ、「旅」をテーマにライヴをやってみようか、と思う。翌日の金沢は「熱い」のがテーマかな。地下室に居ながらにして、遠い街のことを想うのも悪くない。そうそう、北海道からヘロヘロになって(それは毎晩飲んでた俺のせい)帰ってきたら、富山からは名産の「呉羽梨」が、四国からは新米が、北海道からはじゃがいもが届いてた。ありがとう。本当に嬉しいよ。いろんなものが新しいアルバムの中に込められいくのが。
 

by 山口 洋