ブレインウォッシュ

2008/09/05, 16:49 | 固定リンク

9月5日 金曜日 晴れ 

 まったく、何て日々だ。旅ガラスだからして、生活の中心が「旅」なのは仕方がない。俺の脳味噌はものすごい「短期的な集中力」を誇るのだが、飽きっぽくて、おまけに複数の事を同時に処理できない。だから、何かを考えている時に、いろんな事を持ちかけられると「瞬時」に頭がウニになる。ひとつひとつの事案をものすごいスピードで解決していく以外は、生き延びる方法はない。

 朝、目覚める。コンピュータにはたくさんのメールが届いている。でも今日は繋がらなかった。無線LANを調べ、コンピュータを換えて、調べ。問題は俺ではない。回線だ。カスタマーセンターに連絡する。どうやら、早朝からこのエリアで工事が行われた影響らしい。まったく、もう。ぷんぷん。でも、繋がらない時に「焦る」この感覚は何だろうと、少し背筋が寒くなる。繋がらなくてもいーじゃねーか。俺、生きてるんだし。でも、繋がらないと、妙な「精神的残尿感」があって、落ち着かない。これもひとつの確実な「洗脳」だ。気をつけよう。

 復帰したコンピュータには昨日会ったベーシスト、ローランド君からとてもナイスなメールが届いていた。無機質な文字でも、その人柄がにじみ出ている。黒人ミュージシャンならではの言い回しってものが確実にあって、その手のことはすぐに吸収する俺。まだ俺の音楽を聞いてもいないのに、「僕はその話、乗ったよ。ブライアンにもちゃんと伝えておくね。ナチュラルで正しいことってのは、いつかちゃんと形になるって、僕は思ってる」。みたいな内容。話の展開、はやっ。これは文明の恩恵の素晴らしい例。

 やっと形になりつつある新曲の一行目は、俺が棲んでいる街の駅前で見かけた不気味な光景から始まる。無数のムクドリが駅前の大きな木に群がっている。圧巻と云うよりはヒッチコック的。その下で、人々(老若男女)は、皆同じ首の角度で携帯の画面を見つめている。本当に恐ろしい光景だった。行き交う人々たちの間には何のコミュニケーションもない。けれど、電波を通じて、無数のコミュニケーションが成立している。怖い。寝る前に歯を磨き、携帯の充電をする。出かけるとき、家にそいつを忘れようものなら、一気に不安に陥る。トイレにそれを落としてデータを消失したら、人間関係まで終わってしまったような錯覚に陥る。それって、いったい何だ?

 話の続き。先日、初めてiphoneを使っている人を観た。触らせてもらった。なるほど。こいつはすげぇ。で、通りがかりにパンフレットをもらってしまう俺。俺が生きている世界はもう「マグマ大使」や「鉄人28号」の世界を超えてしまった。ギター一本抱えて、小さな街を廻るなんてうそぶいているけれど、本当は違う。リュックサックには絶対に軽くならないマッキントッシュ、おまけに一眼レフ、それからポータブルなカーナビに携帯。充分、洗脳されてるっちゅーの。現代の芭蕉や寅さんが身軽になるのは難しい。

 そんな事を考えているところにマネージャーから携帯に電話。打ち合わせを済ませて、「じゃ、明日がんばってください」と云われ、俺は「ほえ?」。「明日って何のこと」。「ヤマグチさん、明日千葉でライヴっすよ」。「うそ?」。慌てて、自分のサイトを観たら、確かに明日はライヴになっていた。危ねぇ。俺は明日、ショーン・ペンの映画を観る気満々だった。そこでエネルギーをもらって、日曜日の千葉のライヴにノリノリで乗り込むつもりだった。俺の手帖。土曜日には「ショーン映画封切り」、日曜日には「千葉」と確信を持ってぶっとい字で書かれていた。俺は自分が信用できなくなってきた。何はともあれ、ここで決定的なミスを冒さなかったのは、文明のおかげだ。脆弱。千葉のみなさん、ちゃんと気持ちを切り替えて、行くからご安心を。

 某宗教に洗脳されてしまった人を引き戻すために、更なる「洗脳」を施すのだ、と云う興味深い話を聞いた。その人いわく、現代文明は洗脳そのものだと。そうかもしれん、と思う。

 小さな街を労力を使って、たくさん廻るより、ネットやテレビの恩恵に預かった方が断然早いことは分かっている。でも、それはバーチャルなコミュニケーションだ。否定もしないし、恩恵も感じているけど、決定的に違うのだ。「観たような、分かったような、手にしたような気」になってはいけない。俺は昨夜ライヴに足を運ばなければ、「gift」はもらえなかった。dvdには収録できない「何か」がそこにあるのだ。
 
 我々は総理大臣が「やーめた」と二人も続けてのたもうような国に住んでいるのだ。でも、間接的とは云え、奴らを選んだのは自分たちだ。奴らへの批判は自分にも向かっていることを忘れたくない。

 ニンゲンには危機を察知するためのセンサーが備わっていると思う。あまりに洗脳されてしまうと、いざっちゅー時にそいつはスポイルされて働かなくなる。文明との付き合い方を考え直してみようと思う。

by 山口 洋