あるケアマネージャーからの報告

2008/12/04, 00:44 | 固定リンク

12月4日 木曜日 晴れ 

 昨日記した人物とはまた違うケアマネージャーからの報告。自分が母親を介護した経験から云って、それは金銭的にも、体力的にも並みたいていの事ではなかった。俺の場合、まだ若かったからよかったようなものの、東京と福岡を多い時は月に10回以上往復し、同時にアルバムを作り、ツアーをやっていた。それを約2年続けて、俺も疲れ果て、入院した。そんな時、ケアマネージャーと呼ばれる人の助けにどれだけ励まされたことだろう。
 ひとつだけ確かなこと、いつか誰もが老いると云うことだ。老人が敬われない世の中はおかしい。意味不明な大金をばらまく余裕があるのなら、まっとうな金の使い道があるのではないか?そして、そんなアホな政府を選んでいるのは、国民である我々なのだった。嗚呼。いつだって、この世は矛盾に満ちている。そんな中で、理念と現実の狭間に翻弄されながら、人々は音楽を聞きにやってくる。ならば、やっぱり「人生はカーニバル」でなきゃいかんのだと、俺は思う。以下、その現場からの報告。

 知っている人も多いかとは思いますが、国は2003年から毎年2200億円の社会保障費を削減し続けています。これは2011年まで続けられる予定。毎年、2200億円削減です。
 このうち介護保険関連だけで見てみると2003年は2200億円のうち300億円を介護報酬の引き下げでカット。2005年には420億円を施設の居住費・食費を保険対象外としてカット、2006年にはまたまた60億円の介護報酬引き下げでカット、となっております。介護保険の財政難という大義名分がまかり通っていますが、実は多くの自治体で介護保険の財政は黒字となっています。介護給付費準備金という名目で2006年までに2140億円のお金が貯められています。
 また国の介護保険の決算でも2006年度は予算に対して1400億円、2007年度は900億円のお金が使われていません。要するに介護報酬の引き下げや軽度者からの介護の取り上げをした結果、お金が余っていて、きちんと使われていないということです。これに対して国はもっともらしい回答をしていますが、だいたいどのような言い分かはご想像付くと思います。
 財源の話になると賛否両論出てきますが、国家予算全体の中で介護も含めた社会保障をどうするのかという視点が我々にも必要なのではないかと思います。
個人的には防衛費などは殆どいらないと思っているけれど、仮に必要だというのであっても8兆円も要らないだろうって思います。上記の2200億とかいう数字が鼻くそみたいに思えてしまう8兆円。ちなみにF-1戦闘機を1時間飛ばすためには、お年寄りが通うデイサービスの送迎車1台の8年分の燃料になるそうです。
 
 介護従事者の労働条件が厳しいのは、介護報酬の低さに集約されています。要するに収益が上がるようなシステムになっていないということ。福祉に過剰な収益をもたらすことに意義を唱える人もいますし、福祉に市場原理を持ち込むことに意義を唱え、国として行うべきという人もいます。どちらにしても福祉に携わるものが金の話をすること自体タブーな風潮が残っています。市場原理でもすべて国庫で賄うにしろ、我々は月給40万をよこせとか言っている訳ではないのです。この地域のケアマネージャーの給与は手取りで17,8万ってとこです。現場の介護福祉士やヘルパーさんはさらに待遇が悪いです。お年よりはさらに少ない年金でやりくりしていて、生活保護だけは受けたくないといって行商を続けながら必死でがんばってる80歳の人もいます。信じられない話かも知れませんが、この北海道の冬を灯油を買えずにストーブを使用しないですごす高齢者がたくさんいるという事実です。どうやって過ごすか分かりますか?朝はできるだけ布団から出ない、日中は暖房の効いている図書館や市役所の待合室やスーパーの休憩室で時間を潰します。でもこれはカチンコチンの道を自力で歩いて行ける比較的元気な老人の話。援助がなければ外出できない老人はどのようにしているのか、ご想像ください。現場の凄惨さは殆どニュースになりませんし、こんな話は普通にあります。搾取する側とされる側という簡単な図式では括りたくはありませんが、こと介護の現場においては、搾取されているもの同士が支え、支えられているという悲惨な状況なのかも知れません。
 
 老いて行くということは常に「喪失」との戦いという一面が多くあるように思います。友人や伴侶が亡くなり、自身の手足や身体の不自由が奪われていくことにどう折り合いをつけていくのか。その中に今、今日生きている実感と僅かな希望を持って生きていくことは、個人個人が折り合いをつけていくことなのかもしれません。が、最低限の「生きていく希望」や「普通に生きる権利」を奪い取ろうとする今の国、もしくは政治にはやはり?マークがついてまわります。介護に従事している人の笑えるような笑えない合言葉、「お年寄りのケアプランより、自分たちのライフプラン」、「僕たちの生活も毎日がターミナル」。
 
 僕もそうですが、若いときや親が元気なうちは、殆ど関係のない話かもしれません。なので、無理を言っても仕方ないかも知れませんが、ニュースにもならい事実がたくさん日々繰り返されていること、それを発信することも必要、もちろん無知ではなくそれを知ろうとすることも大事。あとはイマジンして、自分にできることをするしかない。そうっすよね?

by 山口 洋