高速カモメの夜、heart of 千葉にて

2009/05/31, 02:44 | 固定リンク

5月31日 日曜日 曇り 

 本当にどうしようもないところまで追い込まれると、言葉が出なくなるって。本当だった。しばらく、オレは言葉を失っていた。出ないものはしょうがないから、喋らないことにした。前に進むために、解決するために、何もオレは何もできないってことが、こんなに苦しいことだとは知らなかった。
 それでもライヴはやってくる。オレが生きてることを唯一確認できる場所。ソロのライヴで種を蒔き続けて、フルのバンドで行けるようになるまで、そこまで辛抱強く応援してくれ、おまけにそれが実現するってことは、どれだけの情熱を持っていても簡単じゃない。でも、このANGAのスタッフは素晴らしい。二回ソロで歌って、三回目でトリオに漕ぎ着けた。「heart of Chiba」の看板は嘘じゃなかった。スタッフのNちゃんが女性として見違えるように奇麗になっていたから、てっきり恋をしたんだと思ったら、その逆だった。ごめんね、男って、そのあたりの感覚がガサツなのよ。でも、こうやって人は学び、強く、そして美しくなっていくんだね。トリオのライヴは「生々しさ」を感じて欲しい。だから、ほぼ生音でオーディエンスには楽しんで欲しい。オレは最近のライヴにありがちな、無意味に暴力的なデッカイ音が嫌いだ。先日もフェスでいくつかのライヴを聞いて驚いた。自然界にあんな低音は存在しない。そんなに出さなくても、人間の耳は優秀に出来ている。嘘だと思うなら、落語に行ってみな。小さいよ、音。小さいから、みんな集中して聞くんだよ。だから、どかーんと受けるんだよ。足りない音は人間の優秀な耳が補うんだよ。ここのエンジニアは若いのに、僕らのそんなリクエストにきちんと応えられるだけの技量を一年間で身につけていた。ちょっと、オレはカンドーしたよ。この継続する情熱こそが文化を作るんだよ。
 経験が人を作る。体調が落ちてようが、気持ちが落ちてようが、あの言葉も出ない苦しさに比べたら、何てことはなかった。だって、オレは大好きな音楽を今、この瞬間に奏でてるんだぜ。愛のあるハコで。バンドはサイコーだぜ。こんなにも違う人間たちだからこそ、あの音が出るんだぜ。オーディエンスは汗水たらして働いた金で、俺たちの演奏を愉しみにして来てくれてるんだぜ。ベリー初日でほころびようが何だろうが、そんなこと「ヘ」とも思わない経験を今、オレはしてるんだと思う。 「未来は必ずある」。「悲しいなんて事実はない。それをどう捉えるかだけだ」ってその言葉がびんびんに響いてくる。こんな時代に必死に生きてる連中を元気にしたい。オレだって、元気になりたい。この経験が45歳のオレをでっかくしてくれている。些細なことじゃ、もう悩まないと思う。だから、苦しみにも感謝してる。心からありがとう、と云いたい。現に、ライヴが終わってコンピュータに向かっていたら、言葉が出てくる。すごいよね、音楽って。
 敏さん。「カモメ」、演奏したからね。あり得ない高速カモメだったからね。カモメは不自由で自由だったからね。バンドに伝えたことはただひとつ。オレの事なんて、何も考えず無視して、煙を上げて、突っ走ってくれって。あり得ない飛び方してたからね。それから敏さん、もうひとつ伝言。ブログでも何でもいいから、サイト、立ち上げてくださいね。オレの師匠であるあなたが50の齢を超えて、再び立ち上がる。その言葉が、こんな狂った時代に生きる人々をはどれだけ励ますことか。不格好でいいんですよ。オレは今日、ファンに目の下のクマが「熊」になってますって云われましたからね。だって、「熊」出来てんだからしょうがないじゃないすか。でも、音楽だけは手を抜きませんからね。
 バンドを始めて30年。生まれて始めて、トリオツアー用に「新品」のギターアンプを買いました。小さいものじゃないと、いろんな街に行けないから。まだぜんぜん、オレの音がしません。でも、ひっさしぶりぶりにエレクトリック・ギターを弾きました。アンコールが終わって、客電がついて、突然また弾きたくなったので、頼まれてもないのに、勝手にダブルアンコールにしました。あはは。エレクトリック・ギターって、やっぱり愉しいわ。弾いてると。
 今日も一滴も飲まずに帰ります。明日になったら、また乱高下がやってきて、穴の中に落ちていくのかもしれない。でも経験が人を作る。そのことをheart of Chibaで掴んだのが嬉しい。本当にありがとう。「胸が熱くなってきそうです。何か燃えてくるものがあるはずです。」ある場所に、そう書いてあったんだけど、その通りだった。胸にはぽっかり穴があいて、そこをひゅーひゅー空気が通り抜けて痛くてしょうがないけど、それでも熱いのです。まったく、不思議な経験だよ。

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by 山口 洋