窯焚き、そしてセーラー服と唐揚げ

2009/08/10, 17:14 | 固定リンク

8月10日 月曜日 晴れ 

 君は女子中学生(14歳)の作った唐揚げ(しかも二度揚げ)を食したことがあるか?オレはある。

 大分県日田市の山中に小鹿田(おんだ)焼の里はある。ここの焼き物は近代的な力を一切使わない。山から土を堀り、水車でひと月かけてそれを砕き、水と混ぜて濾過することによって粘土を作り、ろくろは蹴ることによって回し、「とびかんな」という独特の文様が掘られ、釉薬は灰を使い、のぼり窯によって、器になる。書けば簡単だけれど、信じ難いほどの原始的な作業の繰り返し。そして、すべての行程は家族によって分担される。
 そこの名陶工、坂本某はオレの悪友である。一日中heatwaveを聞いて、器を作り、日本一の称号を手にした変人でもある。山の家の洗面器を作ってくれたことで知り合ったのだが、あまりの奇人っぷりに一瞬にして意気投合し、オレはこの里で村人のために密かにライヴをやったりもする。余談だが、奴の家は寅さんのファーストシーンに出てくる。日田市が舞台の、確か後藤久美子がヒロインのやつだ。山田監督でなくても、ここが失われし日本の原風景だってことは、誰しもが理解するだろう。故筑紫哲也さんが幼少期に疎開していた場所でもある、と。なるほど。
 突然、奴に会いたくなったので、アポなしで訪ねた。奴は居間で仮死状態に陥っていた。聞けば、今「窯焚き」の真最中なのだと云う。オレは東京からやってきた格好のまま、急遽参加させてもらうことにした。これがね、とてつもない作業でね。窯の中の温度を知るのは炎の色と、体感するものと、わずかに垣間見える器の状態のみ。火勢はすべて投入する薪の量によってコントロールする。ド素人のオレも、薪投入係(大役)に任命されて頑張ったのだが、この熱量たるや、サウナなんて云うに及ばず。筆舌に尽くし難い「地獄」のような熱さなのである。悔しいので、「あぢーーーっ」とか「きちーーーー」とか口にはしなかったが、終わった頃には心も身体も燃えカスになった因幡の白うさぎ。オレんちの器の大半は小鹿田焼なのであるが、あの器たちはこんな末恐ろしい作業の末に出来ていたのかと知ると、もはや粗末にはできん。すごい。すごすぎる。
 作業を終えた後、寅さんが座っていたその日本家屋で、オレも仮死状態に陥った。そしてオレは唐揚げの匂いで目を覚ました。坂本某んちの末っ子Aちゃん(14歳)は窯焚きのときから、このオヤジ二人組にかいがいしくスイカを運び、絶え間なく麦茶を運び、何て気が利く中学生なんだ、と感嘆してはいたが、オレは目の前の地獄絵図と対峙することで頭が一杯で、そこまで気が回らなかった。まさか、とは思ったが、台所に目をやると、Aちゃんが頑張った家族と客人のために、唐揚げを作っていた。家のおかんはおかんで、朝から晩まで、とてつもない量の仕事があるのだ。そのような母親を観て育った彼女は何も云わずとも自然とこのような所作を身につけたのだ、と。オレは「セ、セーラー服と唐揚げ」と口にして、この国の未来を垣間みて、再び気絶した。
 田舎には都会には存在し得ない「しがらみ」がある。聞いてるだけで吐きそうになる人間関係が腐るほどある。けれど、「健全だ」と思えるものもたくさんある。どっちが良いとは一概には云えない。けれど、何も知ることなく、カネでいろんなことを解決して、寂しさを抱えて生きている都会人もたくさん知っている。オレは自分の手を汚すニンゲンで居たい。いろんなことを教えてくれる。タフネスの本当の意味を教えてくれる。机上の空論は信じない。この灼熱地獄を知ったなら、器に対する愛おしさが変わる。だいたい、何で土に熱を加えたら、固い器になるのかがますます不思議でならん。何でなん?と坂本某に聞いたなら、「そんな難しいこと分からん」とのたもうた。「多分、縄文人かなんかが、土に穴掘って、器を焼いてみて、それを発見したんよ」、と。
 結局、オレは日本家屋に泊めてもらった。嗚呼、懐かしき畳の匂い。大家族の匂い。ここの家の子供たちはオレの子供たちでもある。君たちに幸あれ。多謝&再見。
 

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by 山口 洋