バベルの塔に行く

2009/12/18, 18:05 | 固定リンク

12月18日 金曜日 晴れ 

 けだし貧血気味。42キロを走った代償を払っているところ。もりもり喰って、酒を控えて、栄養について学んで、気持ちを前に向けて、今日は練習を休んで、その分、身体にメインテナンスを施そう。ふくらはぎが、見たこともない不気味な物体になってきた。ちょっとキモい。オレの足は細いけれど、それは太ももの話であって、ふくらはぎは決して細くない。心なしか骨まで太くなった気がする。鉄分と亜鉛が何に含まれるのか、勉強しよう。足りないものはサプリメントで摂ろう。台所のカウンターには各種のスポーツ系摂取物が置いてあって、まるでサイボーグの部屋みたいだ。友人がブドウ糖の塊をビニールに入れてプレゼントしてくれたのだが、これはヤバい薬物にしか見えないし。トホホ。今までの野菜中心の粗食では、まったくエネルギーが足りない。足りないんだから、仕方ない。

 閑話休題。

 沖縄で、おばぁはオレをぎゅっと抱きしめて、「お前は私の息子さ」と云った。何でそんなことになるのか、まったく分からないのだけれど、確かにそれは深い愛だった。どうして彼女がオレの電話番号を知っていたのかも知らないが、そんな野暮なことは聞くだけ無駄だと思った。いつだって、彼女はお見通しだ。連絡があるときには理由がある。雨の中、無理をして走った。身体の芯まで冷えた。ちょっとだけ身の危険を感じた。すると電話が鳴る。「お前はバカさ」。お見通しだ。そして昨日また、電話が鳴った。怒られる前に、「オレはまっすぐに生きてるよ」と云った。事実だからだ。「それは分かってる。お前が決して嘘をつかないことも。まっすぐなことも。だから助けてやりたくなるのさ。でもよ、お前の優しさが誰かに誤解を生んでることがどうして分からない。世間ってものはそんなものじゃないんだよ」。確かにオレには思い当たることがあった。オレは世間にどう思われてもいいと思ってた。自分にやましいことが何もなければ。持っているものなら、分かち合う。それでいいと思ってた。そこに幾ばくかの甘えがあったことも認める。それが人を傷つけていたことにどうして気づかなかったんだろう。どんなに光を目指して走っていても、青い。青すぎる。けれど、クサクサしたってしょうがない。誰かの言葉じゃないけど、過去と他人は変えられなくても、自分と未来は変えることができる。ならば、そうしよう。
 おばぁは最後にこう云った。「お前は外国に行くことになる」。ほぇ?????? 「オレ、パスポート切れてんだけど」。「お前はバカさ」、アゲイン。「今すぐ取ってきなさい」。何なんだろ、このオレの日々は。根拠がなくても、おばぁの言葉には素直に従うだけの愛があった。調べてみると、今日申請すれば、年内に発給されることが分かった。ふーん。行くことになろうがなるまいが、必要なものには違いなかった。近年、ドメスティックな活動が多すぎて、渡航する必然性も充分に感じてはいた。でも、面倒臭かったのだ。役所に行くことが。パスポートが切れていることで、ま、いっか、今回行かなくてもと思ったことも何度かある。つまりtime has comeなのだ、と理解した。

 オレの本籍は杉並区に、住民票は渋谷区に、そして仕事場は神奈川県にある。墓は福岡にあって、家は阿蘇だ。無茶苦茶だ。だいいち、オレは自分の本籍をソラで云うことも出来なかった。えーっと何だっけ。きちんと整理しなければ、と思った。おばぁが云ってたのはこういうことでもあるのか、と。デラシネだとかバカボンドにも程がある。ついでにおばぁは金のことにも言及して、オレがあまりに無頓着なことに怒って、「お前が思ってるみたいに、金を稼ぐのは汚いことでも何でもない。お前はもっとたくさんいい歌を書いて、人を幸せにする。その役目があるし、才能もある。それには金が必要なのさ。今、3曲あるだろ?そのうちの1曲は誰かが手を入れることになる」。絶句した。3曲とは、その通りだったからだ。

 ままよ。早起きして、電車に乗って、杉並区に行った。ここには2度場所を変えて、都合8年くらいは住んでいただろうか。随分変わった。そしてここに本籍があるのはおかしい、と自分でも思った。それからバベルの塔にしか見えない都庁に行って、パスポートの申請を済ませた。いったい、オレは何処の人間なんだろう。ノーウェアマン。人としての、常識はあるつもりだった。けれど、あまりにも常識が欠落していたことに自分で凹んだ。こういうことか。ちゃんと考えよう。生きていることをシンプルにしよう。寒い冬京の空にそう誓った。青すぎる。

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by 山口 洋