何かが動きはじめている

2010/05/25, 18:34 | 固定リンク

5月25日 火曜日 晴れ 

 もう二度と足を踏み入れることがないだろうと思っていた、大企業の瀟酒なオフィスビルのロビーで打ち合わせをした。巨大迷路に迷い込んだような、浦島太郎になってしまったような不思議な気分だった。それから僕はグラフィック・デザイナーのスントー・ヒロシに会うため、彼のオフィスに出向いた。いつものように僕が仕事のオファーをする前に、「ブヒブヒ・グヒグヒ」彼は語り続けた。変わってねーな、素晴らしい。
 彼が何かを取り出してきた。忘れもしない、1995年3月20日。地下鉄にサリンが撒かれた日、僕はスントー・ヒロシのアイデアで、写真家の藤代冥砂さんによってポラロイドで写真を撮られていた。新宿の街を歩き回って、夜まで撮影は続いた。その写真がほぼ現存していたのだ。たかが15年前。そして、あの日。その写真に記録された自分は、もはや自分ではなく、街の風景はまるで異国のようだった。香港?タイ?高度に発達したチェンマイ?軽く目眩がした。僕もスントー・ヒロシも藤代さんも、その日、それぞれに何かを感じていたと思う。晴れているのに曇っていて、光は遠いところから差してきて、訳もなく鳥肌が立つような感覚。社会なのに魔界。本能が感じる不気味さ。それが如実に記録されていた。僕はその日から一度も藤代さんに会ったことはない。それから彼が世界中を旅して、素晴らしい写真を撮っていたのは知ってはいるが。先日、とある半島の先っぽまで出かけた際、彼がそこに住んでいて、僕の友人と知り合いであることを知って少し驚いた。ふーむ、会うべき人とは会うべきときに会うのだろうから、さして驚くことではないが、何かが1995年を中心に動きはじめている。どこに行こうとしているのか、それはこの仕事を進めていけば、きっと分かるだろう。根拠はないけれど、そう思う。
 続いて。つい先日。ジャーナリストの悪友と会った際に「一度、政治家と呼ばれる人に会ってみたい」と書いた。そして今日。会ったのだ。いや、正確には遭遇した、か。僕は数時間かけて、複数の自民党の国会議員とその秘書らしき人物たち、そしてとある国の元外交官をつぶさに観察する機会を得た。彼らは今まで僕が会った誰とも違う目をしていた。そして、自分の云いたいことを「揺るぎなく」語った。本当に「揺るぎなく」、「よどみなく」。軽く吐き気を催した。逆に云えば、それだけのエネルギーがあるってことだ。その隣で、僕の尊敬する人が憔悴しきった表情で「よどみながら」語っていた。すごくリアルだった。彼の胸に去来するものが「言いよどみ」の中から伝わってくる。政治家がゴミで、彼が素晴らしいなんてことを云いたい訳じゃない。まったくこの世は魔界だ。このシュールとしか言いようのない、善意と悪意と本物と偽物がごちゃ混ぜになった空間の中で、僕もそこに生きていることを実感したのだ。この数ヶ月、自分を世界が剥離してしまったと感じていた。どうしていいのか分からなかった。でも、行けるとこまで行け。でなきゃ、何も見えてはこない。満員の地下鉄に揺られ、そう気づいたのだ。何かが確実に動きはじめている。

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by 山口 洋