Mastering day #1 青春の轍と光と影

2010/07/19, 21:05 | 固定リンク

7月19日 月曜日 晴れ 

 20年の時を経て、ソニーのスタジオの門をくぐる。感慨深し。今日は祭日で人影もまばら。逆にそれで良かったのかもしれない。僕らが足繁くスタジオに通っていた頃、ソニーのスタジオは信濃町と六本木にあった。今は乃木坂。僕に縁もゆかりもない何とか「ミッドタウン」が近くにそびえ立ち、昔とはすっかり様変わりしてしまった。そこで20年前のマスターテープと再会する。それはつまり20年前の自分たちと対面することでもある。僕は普段、自分たちの作品を聴かない。レコーディングの間にうんざりするくらい聴いているし、リリースした時点で気持ちは次に向かっているからだ。これから5日間かけて、一日にアルバムを一枚づつリ・マスタリングしていく。今日はデビューアルバム「柱」。1990年の作品。ちょっと怖い。

 今回のボックスセットのリ・マスタリングを担当してくれるエンジニア、酒井さんは僕より一回りくらい若いのだが、聞けば、初めて研修でレコーディングの現場を目撃したのが、僕らのアルバム「1995」のトラックダウンだったのだと。これも何かの縁なんだろう。スピーカーから20年前の自分たちの音が再生された。正直に云って、驚いた。演奏は20台半ばと思えないほど確かだった。あの頃、僕らは一年に300日は音を出していたから、当然と云えば当然なのだが、音塊と奥行き。その二つを既に有していた。そして多少の気恥ずかしさを込めて、その音には溢れる情熱が刻まれていた。緊迫感があり、「俺たちは他の誰とも違うんじゃ」と雑草のように、声高に主張していた。嬉しいことに、まったく古さを感じさせない演奏だった。恥ずかしいのだが、その情熱はエヴァー・グリーンなものだったのだ。次第に当時の風景が蘇ってきた。あの曲じゃ音をデッドにするために、メンバー全員の実家から毛布を運んだなぁ、とか、あの曲が録音できなくてディレクターと大酒飲んで喧嘩したなぁ、とか、このギターは彼女のテレキャスター借りて弾いたんだとか、すべて過剰な情熱に突き動かされてたなぁ、とか、俺、前歯がなかったなぁ、とか、栄養失調で49キロだったなぁ、とか、エトセトラ。世はバブルのまっただ中だった。音楽は完全に逆行していた。ニンゲン臭いにも程があって、クールさは微塵もなかった。でも、驚いたことに、僕はこの音楽が好きだった。無軌道さの中に妙に品格があった。これを今誰かに聞かされたなら、「いいバンドが居るんだよ」と誰かに紹介するだろう。青春の轍と光と影。そんなに悪い経験じゃなかったのかもしれん。

 僕らは近年、マスタリングの巨匠でビクターの至宝、小鐵さんと仕事をしてきた。けれど、酒井さんの腕は確かなものだった。二つのスピーカーの間に上映される情熱の短編映画に、見事な奥行きをつけてゆく。若い世代がしっかりと育っていることが嬉しかった。

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by 山口 洋