やるせない夜

2010/08/06, 15:42 | 固定リンク

8月6日 金曜日 晴れ 

 やりきれない夜。こういう時に行く場所がない。バーに行って一人で静かに酒を飲んで、やっぱりやりきれなくて、もう一度同じバーの門をくぐった。マスターに「何も食べてないでしょ?」と見抜かれて、ごちそうになった。その気遣いが嬉しかった。 

 毎年この日がくる度に僕は同じ話を書いているような気がする。でも、脳裏に焼き付いて離れない風景がある。だから、生きている間、僕はずっと語り続けようと思う。

 僕は原爆記念式典に、ラジオのゲストとして呼ばれたことがある。それは「棘 - the song of Hiroshima」と云う曲を書いたからで、正直なところ、荷が重かったけれど、断ることはできなかった。生放送で式典の最中にコメントを求められる。でも、僕は何も言葉を発することができなかった。隣のテレビブースには某歌手が居て、いろいろと語っていたけれど、そのように話すことができる自分になりたいとも思わなかった。僕らの目の前に当時の首相、ミスター小泉がSPと共に現れ、原稿を読んだ。何も響いてはこなかった。でも、僕は見たのだ。会場の外で、一輪の赤い花を手に、震えながら一心に祈るおばあさんの姿を。その所作に僕はひどく胸を打たれた。彼女の胸に去来しているものを知る由もないけれど、心から平和を願う姿とはこのようなものなのだと。

 過日。加藤和也がやって来て、男二匹で海を見ながら飲んだ。肴は確か「焼いたイカ」だったかな。いい時間だった。お互い波瀾万丈だった。で、幸か不幸か生き残った。「幼い頃、ぎゅーっと抱きしめられたかっただけだよな?」、「その通りっすよ」と不良中年どもは大笑いした。多くを語らなくても、通じるものが彼にはある。最後のビールが空になる頃、「なぁ、和也。笑うなよ。世の中を良くしようぜ」、「僕もそれが云いたかったんすよ」。ああ、いいともだちだ。彼から連絡があって、「来週月曜日の夕刊フジのコラムに書くけどいいすか?」と。「あー、ぜんぜんオッケー、それより、またキャンプに行こうぜ」。彼が何を感じたのか僕は知らないけれど、それでいいのだ。じゃ、愉しみにしてるよ。ありがとう、和也。 

by 山口 洋