郷土の味と、岩のような精神、そして友からの手紙。

2006/04/07, 19:53 | 固定リンク

4月7日 金曜日 曇り 

 何日か前、新聞の折り込み広告に「福岡物産展」っちゅーのが入っていた。そりゃ、気になるわな。俺はムシャクシャしてた。吸い寄せられるように、百貨店の催事場に足を運んで、目玉商品のラーメンを喰って、そして哀しくなった。お前は何度、同じ過ちを繰り返すのか。
 スコットランドのスモークサーモン、沖縄の泡盛、エトセトラ。その土地で喰らうからこその味っつーもんがあるのだ。「ラーメン喰うには空が狭い」。ラーメン喰うには空が狭いんだよ。
 辺見庸さんの新作を読んでいる。重い病床に於いてなお、彼の精神は岩の如し。言葉に平手打ちを喰らったり、ずいずいと脳髄に(辛いものを喰った時みたいに)染みてくるものもある。頭がカーっと熱くなる。「不屈」と云う言葉はもはや当てはまらず。愉しいなんて事からもほど遠い。決して軽くはないが、必要以上に重くもない。この面倒くさい世の中に生を授かったのは、俺の所作じゃない。かと云って、明日東京湾に浮かぶ訳にもいかん。だとするなら、せめて俺が愛の産物であった事を確認したら、やるべき事をやることでしかないっちゅー、いつものところに着地するのだった。

 イタリアに滞在中の親友から葉書が届いた。奴は日常の中の深遠さをいつも見つめている男で、画家だ。文章がいつものように風のようだった。本当に心に風が吹いていった。なぁ、友よ。お前に会ってから、随分長い時が流れた。何もかも変わってしまったような、何ひとつ変わってないような、そんな気分だよ。気をつけてな。帰ってきたら、一杯やろうぜ。

by 山口 洋