林檎がたわわに実るとき - 青森県弘前市にて

2006/09/13, 23:27 | 固定リンク

9月13日 水曜日 晴れ 

 これから語る話は長くなるかもしれんけど、読んでくれると嬉しい。
 
 飛行機に乗るのはたまらなく面倒くさい。でも、変わりゆく空を眺めているのは愉しい。とても愉しい。青森は当たり前のように空が広かった。街道沿いには林檎がたわわに実っていた。2月に見た風景とは、全く違うものだったけれど、そこには季節感が溢れていて、都会に暮らすものにはこたえられない風景だった。

 俺が弘前に行くことが出来るのは、商店街の真ん中に君臨する「JOY POPS」と云う名の素晴らしく怪しいレコード屋があるからだ。店主ヒロシさんはデビュー間もないヒートウェイヴのライヴを仙台で観た。俺にとっては忘却の彼方の出来事だけれど、若き日のヒロシ(26)はステージで暴れ回り、ドラムセットにケリを入れていたそうな。客を客とも思わぬその振る舞いに店主ヒロシさんはいたく感激(ほんとかよ?)してくれたらしい。彼は弘前に帰り、長い時間をかけて、俺たちの音楽を広めてくれた。そして、多くのリスナーたちが育った。メガ・ストアにはほぼあり得ないレコード店のあるべき姿がここにはある。
 空港に迎えに来てくれた竹内君(彼はここの店員で、かつシンガーでもある)とまずはヒロシ兄に挨拶に行った。俺は最近忙しくて、レコード屋に行く暇もなかった。かと云って、ネットで買い物するのも好きになれず。俺はレコードは「人」から買いたいのだ。ディラン、トム・ペティー、コステロとアラン・トゥーサン、マーク・ノップラーとエミルー・ハリス、ジム・オルーク、その他もろもろ。欲しかった新譜をほぼ「全て」ゲットした。ヒロシさんは商品を熟知している。売っているものにモーレツなこだわりがある。店内には俺でさえ、10何年も聴いていないような、某ヒートウェイヴの編集モノがガンガン流れていた。俺がガキだった頃、レコードが思うように買えなかった頃。コワモテの店主がこだわりのラインナップで店を開いていた頃。こう云う店が街にあってこそ、文化は育つ。
 ヒロシさんの竹馬の友である、奈良美智さんによる展覧会「A to Z」に半ば強引に拉致される。これがね、凄かったのなんのって、彼の脳味噌に拡がる世界が古い酒造会社のレンガ倉庫にあり得ない規模で展開されていた。俺はほとんど「怨念」のようなものを感じた。やりたい事を「ド」がつく位にまっすぐにやり続けること。しばし、ボーゼンとした後、身体にはエネルギーが満ちてきた。勝手だけれど、俺も「負けられん」みたいな。ここでヘタレてる場合じゃないって云うか。おーし、俺もやったるぞ、っつーか。うまく行かないのは時代や社会のせいじゃない、と云うことをこの展覧会は教えてくれる。だって、俺、ここまでやってねーもん。ってことはまだやり残してることが山ほどあるってことじゃん。この展覧会は10/22まで。JOY POPSと「A to Z」に行くだけで、充分な旅の理由になると、俺は思う。

 で、俺は身体にエネルギーが満ちていた。逆説的な話だけど、こう云う時は得てして「空廻る」ことが多い。俺の場合。弘前のオーディエンスがシャイだろうが何だろうが、それは関係のない話で、それでも音楽の力を伝えるのが俺のプロとしての仕事なのだけれど。ところで、愉しんでくれたかい?そうそう、オープニングで竹内君と俺の弟みたいなショウイチが演奏してくれたんだけど、彼等の音楽は確かに空港からこの街に向かう途中に観た「空」のような音がしたよ。その独自性を忘れることなく、この街からずっと音楽を発信して欲しい、と心から思う。

 もうひとつ。
 お世話になった人たちに驚異の料理屋さん「うまい屋」に連れて行ってもらった。お店は住宅街の真ん中にある。分かりにくいだろうから、住所を記しておくよ。弘前市大字川先2-1-8。電話は0172-27-6712。そこにはエンペラーと云う名の凄い火力を誇る厨房機器を操る親方が居るよ。「レバニラ」とか「カニ玉」とか、エトセトラ。とにかくそれを喰ったら、今まで喰ってたものは何だったんだって思うよ、きっと。

 何だかね、もらってばっかりの一日だったんだ。だから、新しいアルバムを創ったら、それを返しに行かなきゃね。足を運んでくれた人たち、ありがとう。それから力を尽くしてくれた人たち。心から礼を云います。手には親方からもらった林檎がひとつ。そして身体はアイリッシュ・ウイスキーで火照っています。多謝&再見。

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by 山口 洋