old man

2009/12/16, 11:34 | 固定リンク

12月16日 水曜日 曇り 

 亡父命日。
 死んで28年も経つと、そもそも彼を知っている人物そのものが少なくなってしまった。もはや誰からの連絡もなく。でも、それでいいのだ。
 オレは14歳で彼から灰皿を与えられた。「隠れて吸うなら、堂々と吸え。その代わり、缶ピースな。それ以外はタバコじゃない」。いい教育だ。高校生になると、週末はいつも友人と酒を飲んでいたが、唯一の心残りは一度も彼と飲めなかったこと。彼が誰かと楽しく酒を飲むようなことはなかった。いつも自分を破壊するように、追いつめるように、独りで飲んでいた。まるで忌まわしい記憶から逃げるように。今になって思うに、聞いておきたかったことが山ほどある。よっぽどの事がなければ、彼は貝のように口を閉ざして語ろうとしなかったが、満州や朝鮮で彼は何を観て、感じて、あれだけの心の闇が形成されてしまったのか。酔ったときに彼が思わず吐いてしまった言葉の断片を拾い集めて、それを繋ぎ合わせて、自分の胸にしまって、オレは生きている。中国に行ったとき、中国語が話せないので、「盧溝橋」と書いた紙を持って、どうにかその場所にたどり着いた。彼の人生を変えてしまった始まりの場所を目に焼き付けておきたかった。そこには「抗日資料館」が併設されていて、直視がはばかられるような資料を観て、どんよりと落ち込んでいたら、中国人に、あれは何語で云われたんだろう、「来てくれて、ありがとう」と。オレは書き上げたばかりの「ハピネス」を歌って、弔いをした。
 今なら、何でもどーんと聞いてやれるのに、と思う。でも、それはもう叶わない。だから、親が生きている友人にはたくさんたくさん話をして欲しいと思う。聞くのも、話すのも辛いこともあると思う。けれど、それは失われるには貴重すぎる「経験」だと思う。
 今夜は静かに親父の魂と乾杯しよう。そう思っていたら、玄関のチャイムがなって、友人から線香が届いた。「私たちは元気に生きていきましょう」と。嬉しかった。

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by 山口 洋