たまには自分を褒めてやろう。3時間42分19秒で完走。

2010/03/29, 00:43 | 固定リンク

3月28日 日曜日 雲り 

 ただ、ただ寒かった。筋肉が硬直していた。でもやるしかない。僕の身体が何処まで持つかは不明。ダメなら完璧に壊れる前に棄権しよう。ただ、壊れないのなら、絶対にギブアップはしない。そう決めた。勝手にだけれど、僕はいろんなことを背負っていた。僕が出来るのは、死力を尽くして、目標を達成することだけ。
 一体何度あったのだろう?多分5度くらいだと思うけれど、風と相まって体感気温は限りなく0度に近かった。陸上競技場には総勢2万人の人々が居て、トイレに行くのもままならない。けれどスタートラインに立つ頃には不思議と冷静だった。おまえがやってきたことは間違っていない。ならば、それを存分に発揮するだけだ。イチ市民ランナーとして。オマエは凡庸な男。でも、積み重ねてきた努力は尊重されるべきだ。ただ、それだけだ。

 号砲が鳴った。スタートラインを越えるまでに、ひしめき合う人々で時間がかかる。越えた瞬間に自分の時計をオンにした。ここからは自分との闘いだ。この大会をバックアップしている小出監督がマイクを握って励ましている。何だか、おかしなところに来てしまったなぁ、と思う。僕が立てた作戦は、身体の調子も加味して、キロ5分20秒のラップをとことん貫くと云うものだった。僕は4分50秒で走り続けることが出来る。練習では。身体の調子がどんなに悪くても、30秒のマージンがあれば、それで最後まで行けるだろう、と云う作戦だった。そのまま走り続ければ、ゴールのタイムは3時間45分になる。それでも、この状態の僕には奇跡的なタイムだ。でも、それを目指そう。
 ところがどっこい。マラソン人気で、すごい人の数。まったく前に進まない。最初の一キロのラップは6分20秒。これじゃ4時間を切るのは夢のまた夢。でも、焦るな。お前にはチャンスが来る。必ず。自分で云うのも何だが、僕とヨシミは正直な人間なので、スタートラインに着くときに、フルを4時間のところに並んでしまった。この大会にはペースランナーが居る。彼らに着いていけば必ず4時間が切れますちゅーランナーが8人も居たのだ。彼らが結果的に渋滞を巻き起こしていた。つまり彼らの前を走らなければ、4時間を切れないと云うことでもある。8キロあたりでその原因を突き止め、二度と彼らに会わないように、抜いてから、レースは随分楽になった。そして、そのあたりで、ヨシミも見失った。何度も振り返ったけれど、奴は見えない。後は奴の健闘を祈るしかない。
 15キロまでは快調に走れた。4分台を記録し始めた。愉しかった。でも寒い。走っても走っても、身体が暖まらない。指先から凍るように筋肉が麻痺していく。そして、16キロあたりでとんでもない坂がやってきた。ま、まじすか。こんなん登ったら死ぬぜ。リカバーするのに2キロを費やした。僕は身体にこれ以上落ちたらお前は終わりだっちゅーラップタイムを記していた。このあたりで、ようやく自分の「最低」ラインまで巻き返した。でも、キツい。こりゃ、とんでもない闘いだ。理由は寒さと風。それに尽きる。 
 何のためにこんなバカなことをやっているのか、その理由はここには記さない。ただ、身体とゼッケンには記した。求められていなくても、僕はそこに向かって走る。絶対に諦めない。僕にはそれしか出来ないから。
 それにしても、沿道の声援には何度か涙が出た。人はときどき、どうしてこんなに優しいのだろうと思う。彼らが発する「がんばれー」と云う、普段はまったく反応しない言葉にどれだけ僕は励まされたことだろう。思い返せば、ゼッケンの交換所に居た少女はどう観ても中学生だった。「がんばってくださいね」と云われ、「ありがとう」と云うしかなかった。おばあさんがランナーのために、コップに水を注いでいる。一瞬の一期一会。でも、言葉は「ありがとう」しかない。本当にありがとう。その無数の一期一会に僕は励まされたながら走った。
 25キロを過ぎたあたりで、ふとももが完全におかしくなってきた。こんなことは今までに一度もなかった。階段落ちで打撲した場所が繋がっていって、この状態になっているとしか思えなかった。もうダメだ、と何度も思った。足が云うことを聞かない。つらないことだけが奇蹟なだけで、それがいつ起こるともしれない恐怖しかなかった。それでも、僕のラップタイムは落ちなかった。ひとえに根性だと思う。そして希望だと思う。それさえあれば、人は頑張れる。落ちないラップを時計で観たとき、僕は自分を信じようと思った。お前はあれだけの練習を積んできたはずだ。だから、絶対に大丈夫だ。怖がって、ラップを落とすな。行けるところまで行け。後はどうにかなるはずだ。
 そこからはほぼ地獄だった。周囲に足がつるランナーが増え始め、僕はどんどん追い抜き始めた。抜く時に表情を観ると、僕より辛そうな顔をしている。そっか、みんな辛いんだ。僕も地獄だけれど、そこからはゴボウ抜きショーだった。行けるところまで行け。この辛さはあと一時間で終わりだ。でも、全力を尽くさなかったら、お前が後悔するだけだ。40キロまでラップは落ちなかった。ほぼ奇跡的だと思う。最後の一キロ。陸上競技場が目に入った。同時に、僕をマラソンに導いてくれた、とんでもなく速いS君の後ろ姿も。嘘だろ、と思った。彼と何度レースに出ても、瞬時にして視界から消えていく彼が居る。最後の力を振り絞って、猛然と走った。最後の坂で追いついた。そして抜いた。でも彼も追いかけてくる。これは誰かとの闘いではない。闘っているのは自分だ。トラックに入って、僕らは一緒にゴールした。ネットタイム(自分がスタートラインを通過してゴールするまでのタイム)3時間42分19秒。やりきったぜ。ゴールしてから、もう歩けなかった。こんな平凡なタイムでも、もう歩けなかった。でも、僕は死力を尽くした。目標を達成した。自分の努力と周囲の協力と励ましのおかげで。ところで、ヨシミが帰ってこない。奴が4時間を切れなければ、僕の喜びも半減だ。3時間49分。奴は帰ってきた。良かったな、お前。こうして男たちの闘いは終わった。

 sion氏の歌に「たまには自分を褒めてやろう」ってのがある。僕は40キロから、感動だか、何だか、訳の分からない涙でぐしょぐしょになって走っていた。ここ一年で自分が経験したこととか、人生をゼロからやり直すこととか、エトセトラ。その最終関門に4時間を切ることを自分で設定したのだった。僕は自分が好きになった。今日だけはお前を褒めてやる。それは胸を張って云える。お前は良く頑張った。それも胸を張って云える。そしてお前は一人では生きていない。それだけで充分じゃないか。本当にありがとう。明日はライヴ。音楽に全力を尽くします。是非、来てね。みんな心配かけてゴメンネ。

 写真はゴール直後の灰になった、ヨシミと僕。

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by 山口 洋