Running on empty

2010/04/12, 17:57 | 固定リンク

4月12日 月曜日 雨 

 フランス語にはまったく明るくないけれど、ギターはきっと女性名詞だろう。僕の感覚では、それは間違っても男じゃない。奏でれば奏でるほど、そのボディーには傷が刻まれる。でも、それは決して憎しみがつけたものではない。愛によってもたらされたものだ。
 もう十年以上前のこと。呆然とするほど、深い感銘を受けた本があって、記憶が正しければ、訳者のあとがきに「人間には治療不可能な傷がもたらされることがある。そして、それは、もはや傷のまま完治するしかないのだ」と。医学に「完治」ではなく「かんかい」と云う言葉があるように、それと共生していくのは残酷だとしか云いようがないけれど、長い歴史の間、その傷こそが文章をつむぎ、音楽を創造してきたひとつの確かな力だと、僕は信じている。

 アムステルダムのゴッホ美術館には、失意と裏切りと絶望の数年の間に、彼が描き続けた作品が、時系列を追って展示されているコーナーがある。僕は圧倒されて、しばらくその場を動けなかった。彼の中に渦巻く巨大な想いが、二次元である平面に「立体的に」浮き彫りにされていたからだ。それは美しいと云う言葉では表現できない類いのもので、だからこそ人は絵画を観にいくのだ、と。そして、それらの作品は彼が生きている間、一枚も売れなかった。何とアイロニックなんだろう、と思う。けれど、作家にとっての一番の喜びは、例えば僕ならば、100年経過しても、誰かが何処かでその歌を口ずさんでくれていることだろう。願って叶うことではないし、そのようなものを書いた実感なんてある訳もない。だから、道に生きるしかないのだと思う。「Running on empty」。

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by 山口 洋