流れを変える

2010/05/12, 12:30 | 固定リンク

5月12日 水曜日 曇り 

 いいニュースもあった。同時に、目覚めたとき、内蔵が腐ってしまったような気持ち悪さもあった。自分の創作と向き合うためには「多少の不義理」を良しとすることと「風邪をひかない」ことだと云った人がいた。その通りだと思う。流れを変えよう。そう思って、汗をかきながら走り、横浜に出向いて、きれいな魂と、情熱に裏打ちされた肉体に会った。電車の中で読んでいた本にトライアスロンに関する記述があって、水泳で3キロ(できる)、自転車で155キロ(多分できる)、マラソンで42.195キロ(できる),,,,,,,,,,,,,,。うーん、僕は何処に向かおうとしてるんだろう。旧知のプロデューサー氏が送ってくれた冊子に、氏が小林多喜二の人生を軸に、中村八大を考察している文章が載っていて、とても興味深かった。いわく、「未来への展望が一向に見えてこない今の日本も、漠とした閉塞感と不安感に押しつぶされそうな社会も、満州事変から太平洋戦争に突入していった大正末期から昭和初期にかけての、多喜二が生きた時代とそれほど変わっていないのかもしれない」。それは僕の実感でもあった。親の世代がそこをどう生きたか、僕は可能な限りそれを検証している。それが彼らの後の人生に与えた影響は計り知れないからだ。そして、それは自分たちが次のジェネレーションに与えるものを「想像」することでもある。こんな時代だからこそ、必然として素晴らしい歌が生まれてくる(ことがある)。「人の知的な深みは、その人が抱え込んだ葛藤の深さと相関する/by 内田樹」。アイロニックだけれど、悪いことばかりじゃないさ。

by 山口 洋