Mastering day #2 ある種の拷問
2010/07/20, 20:35 | 固定リンク
7月20日 火曜日 晴れ
「走ってるときに何を考えてるんですか?」。あまりに多くの人にそう聞かれて、いつも応えに窮する。多分、何も考えていない。空白の中を無心に走る。僕はそれが好きで、そういうことに向いているんだと思う。少なくとも、日に10キロ。多い日は20キロとか30キロ。疲労が蓄積してくると、身体が「もういい加減にしてください」とSOSを出してくる。だから、週に1度か2度休む。日々は結構忙しい。今日も昼までには移動に2時間かけて、都内のスタジオに行かなければならない。走る前に低血糖にならなように、何か口に入れておかねばならない。だったら早起きするしかない。けれど、何も苦にならない。灼熱の太陽が昇る頃に、僕は海沿いの道を走る。暑い。だんだん脳味噌が沸騰しそうになってくる。上半身は裸。はっきり云って苦しい。でも、僕は愉しい。もはや誰とも競っていないし、そんなに自分と闘ってもいない。走ることはいつだって自分で止めることができるし、苦しさを比較するなら、人生の方が断然苦しいし、厳しい。
身体つきは日々変わっていく。どこまでも、どこまでも。それも愉しい。以前は初対面の人が僕の職業を類推するとき「報道関係?それとも作家?」みたいな感じだったが、最近「サーフショップのオーナー?」遂に「AV男優?」と真顔で云われ。「何かの戦士ですか?」てのもあったな。ははは。それは男の勲章として受け取っておこう。
はてさて。今日もソニーのスタジオでリ・マスタリング。今日の作業が拷問に等しくなることは最初から分かっていた。1991年にリリースした2nd album「凡骨の歌」はリリースしてから19年間、一度も聞いたことがない。このアルバムで、僕はプロとしての厳しさを思い知った。いい思い出は殆どない。
それまでのレコーディングは故郷福岡にて、アナログの24chで録音されていた。面倒は多いけど、僕はその方法が好きだった。それによって僕ら独自の音を作り出していたし。けれど、このアルバムはレコード会社と事務所の強い勧めで、当時、最新だったデジタルの48chにて東京や河口湖のリゾートスタジオで録音された。そこにあった機材は福岡にあるものとは比較のしようがないほど高価だったが、その音がどうしても好きになれなかった。どうして、僕は自分の直感を曲げてまで、それらの勧めを受け入れてしまったんだろう。僕らは日本の消費のサイクルに巻き込まれて、前のアルバムからわずか8ケ月でこのアルバムをリリースしなければならなかった。何よりも、僕らが福岡時代の10年を費やして作り上げたデビューアルバムはわずか「8ヶ月」しか通用しないのか、と。人間はそんな短期間に成長しない。曲を書くのも、録音することも、メンバー間の人間関係も、何もかもがうまく機能しなかった。
「凡骨の歌」のマスターテープはハーフインチのアナログで残っていた。何せ19年前のものだから、再生する前にオーブンで焼かねばならない。そしてテープは名器STUDER A80にセットされた。今こうして聞いてみても、この時期、自分たちがプロとしての立ち位置にひどく迷っているのが聞き取れる。抗っていることも。「怒り」と「空しさ」が渦巻いていた。全力を尽くして立ち向かった結果だから仕方ないさ。僕はこの作品が好きになれない。でも、この状況から何とか抜け出そうとしたからこそ、僕らは次の地点にたどり着くことができた。このままプロのミュージシャンで居ることを諦めていたら、一生音楽を嫌って生きていただろう。そんな意味ではくぐり抜けなければならない鬼門のようなアルバムだったのだと、今となっては思う。
帰りしな、リ・マスタリングが終了したその作品を車で聞いていたら、妙な感動を覚えてほろりとした。このボックスセット。関わってくれたすべての人の想いが凝縮してきて、云うまでもなくクオリティーには自信があるけど、「愛着」が湧いてきた。是非、手にして欲しいと思っています。
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