Mastering day #5、「普遍の意味」、作業完了

2010/07/27, 12:51 | 固定リンク

7月27日 火曜日 晴れ 

 マスタリング最終日。5th album「1995」。いつも時代とズレていた僕らが、初めてそれと符合した作品。15年の月日を超えて、素晴らしい再生装置の前でその音楽を聞いていると、いろんなものが見えてくる。当時の僕は人を信じようとして、それを貫く力が足りなかったのが良く分かる。物理的にも精神的にもそれは難しかったし、当時の自分にその技量と度量があったとも思えないのだけれど。スピーカーから「tomorrow」と云う曲が流れた。その曲は当時のバンドのメンバーとどうにかして、この曲をモノにしようとする、関わった人間達全員の情熱と愛に溢れていた。僕らは手触りのよい、さしさわりのないJ-POPを作ろうとしていたのではない。総合的な人間力で壁を突破しようとしていたのだと思う。あの頃、自分の情熱と、置かれた状況は、自分の手に余っていた。佐野元春さんの力を借りなければ、今の僕らは存在し得なかったとも思う。
 多くの曲を録音してくれた森岡徹也の仕事は素晴らしかった。その音はまったく古くなっていなかった。彼はトレンドを追いかけたのではなく、僕ら「ニンゲン」が心から発した音を記録していた。普遍。一連の作業を通じて、僕は何を大切にして、これからも音楽を続けていかねばならないのか、それを自分たちの過去の作品から学んだ気がしている。迷うな。直感はだいたいに於いて正しい。
 作業中、スタジオにはいろんな人間たちが顔を出してくれた。来れない人たちは電話をくれた。本当のことを書けば、いちいち、嬉しかったのだ。無軌道極まりなく、好きなことをやってきたくせに、多くの人たちに愛されていたことが。
 このリマスタリングを担当してくれたエンジニア、酒井さんが「初めて」研修でプロのレコーディングの現場を見たのが「風にハーモニカ」のトラックダウンだったのだと。その曲に彼がリマスタリングを施す。なかなか、素敵な眺めだった。昔のソニーの録音部には大まかに云って「ソニー魂」みたいなものがあった。彼はそれを受け継ぐ最後の世代なのだと思う。彼は音楽をスピーカーの間に投影される「風景」として捉えることが出来る男だった。だから、言葉は必要なく、どちらかと云うと、くだらないギャクを飛ばすのが僕の仕事だった。素晴らしい仕事をありがとう。
 率直に書きます。この作品は単に過去をリイシューしたものではありません。ニンゲンたちがトラックに刻んだいびつな轍はそのままに、現代の技術と情熱をもって、「普遍」の作品に仕上がっています。決して安くはありません。でも、家族会議にかけて、是非手に入れてください。
 帰りしな、爆音でその音を聞きながら帰った。「1995」は2010年に生きる中年のための、サウンドトラックになっていた。悪くなかった。当時、共にフントーしていた宣伝スタッフの小島に電話して、「俺たちは何も間違ってなかった」と伝えた。「思い描けぬものは何ひとつない。どこまでも歩いていけるだろう」。その通り。今の僕はあの頃とは違う。今なら出来ることがある。さぁ、新しい道を切り拓こうと思う。

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by 山口 洋