鎮魂

2010/08/05, 16:00 | 固定リンク

8月5日 木曜日 晴れ 

 その地方に僕らの音楽を広めてくれたのは君とその友人たちだった。それまでプロモーションで訪れたことは何度もあったけれど、実際に演奏したことはなかった。恥ずかしながら、僕らの音楽にとって不毛の地だと思っていた。もう10年以上前の話だろうけど、君が住んでいた街にある野外の能楽堂で、稲妻かつ豪雨の下、魂こめて演奏したことは一生忘れない。オーディエンスも僕もズブ濡れになって、感電が怖かったけれど、素晴らしいライヴだった。それから僕らはともだちになり、一年に一度は必ずツアーで訪れるようになった。道を切り拓いてくれた、その感謝を忘れたことはない。
 君はいつもヘンな歌を歌ってくれた。その歌が僕は好きだった。ジョナサン・リッチマンを更にヘナチョコにしたような演奏で、郷土や鉄道の事を歌った。そのくせ、妙に人間として芯があって、ガリガリに痩せた「郵便局時代」のブコウスキーのような側面もあった。今年、初めて細海魚と一緒にその地方を訪れたとき、君の歌を初めて聞いた魚が「あの人、すごい才能だね」と云ったのは本当だよ。僕もずっとそう思ってきた。
 いつものように海辺をガシガシ走って、熱中症になりそうになったら「海に飛び込めばいいんだ」と云う新しい方法を見つけて、「どうして今までそれに気づかなかったんだ」と汗まみれで帰ってきて、その知らせを聞いた。僕は言葉を失って、激しい目眩に襲われた。でも、僕は君を責めることはできなかった。長い間、ずっと苦しんできたのを知っている。そして苦しんでいるときに、絶対に人前に顔を見せなかった。どうしてそこまで気を遣うんだ。僕らはともだちじゃないか。何度も云おうとしたけど、云えなかった。君にはそれを云わせないだけの品格のようなものがあって、そこだけは不可侵だ、と僕は感じていた。
 君が居なくなって本当に悲しい。でも、ひとつだけ救いがあるとするなら、もう苦しまなくていい。君が愛した街や鉄道や音楽や家族をずっと見守ってくれ。僕は君が切り拓いてくれた道を行けるところまで行く。それが僕に出来る唯一の鎮魂だ。生まれてきてくれて、ありがとう。ゆっくり休んでくれ。沢山の愛をこめて。R.I.P。

img10080006_1
by 山口 洋