山に還る

2010/04/19, 21:26 | 固定リンク

4月19日 月曜日 雨 

 今年初めて山の家に還った。去年の空気が家中を支配していて、存在しているもの全てが、微妙な湿り気を帯びていた。窓と云う窓をすべて開け放つと、空間は急激に呼吸を始める。ほとんど死んでいたものたちが、再び息を吹き返し始める。簡単な掃除を終えて、薪ストーブに火をおこして、食べ物の匂いが漂う頃、ようやく空気は2010年になる。今読んでいる本に「時間は直線ではない」と云う表現があって、その通り、だと思う。ここにやってくると、自分が過去、現在、未来。その何処に位置しているのか、分からなくなることがある。ウォールデンの「森の生活」、ジャック・ロンドンの「野生の呼び声」、あるいはジョージア・オキーフの晩年の日々。それらの生き方に若い頃憧れて、そして、いつしかこんなことになったんだけれど、まだ遠い。まだ遠いよ。

 野焼きの後は、枯葉と、黒こげの草原と、新緑とが同居している。自然は大部分変わらないのだけれど、税金の無駄使いの残骸や、ひどく病んでしまったこの国の精神はこんな場所でもありありと感じる。太陽はまるで射さないし、澄んだ空気の中を走ることも叶わない。でも、ここで労働しながら、頭の中を整理してみよう。山里での深い深い睡眠で、随分蘇った気がする。自分にとっての財産は、モノではなく人。一人でぽつねんと居ても、独りだとはつゆ思わない。音楽を続けていることは、面倒を伴うこともある。でも、それが苦労だとはまったく思わない。こんな時代に好きなことに没頭できることの幸福を、自然は無言のうちに教えてくれる。感謝しよう、と思う。

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by 山口 洋