ひかりのレクイエム

2010/04/23, 02:12 | 固定リンク

4月23日 金曜日 曇り 

 ひどく疲れていた。法事のために福岡に帰ってきた。友達のバーに行かなければ、とても眠れそうになかった。顔は笑っていたけれど、心がブラウン運動のように小刻みに振動しているのは自分でも分かっていた。
 午前中に法事を執り行った。常識には甚だ欠ける。それは自分でも良く知っている。だから、心を込めることしかできない。住職はそんな僕をずっと見ていたからだろう。柔らかな態度で接してくれるようになった。お経が書いてある本を渡され(それにはルビが振ってある)、読経の間、声に出して読んでみなさい、と。何が書いてあるのかは殆ど分からない。けれど、何を伝えようとしているのかは分かる。住職と二人でレクイエムを奏でているような、不思議な体験だった。ふと見上げた母のシンプル極まりない戒名に「光」と云う字が使われていることに気づいて、はっとした。どうして、今までそこに想いが至らなかったんだろう。そうか「光」か。ここにもあったのか。
 父の姉(つまり叔母)夫妻が来てくれた。随分久しぶりに会った。彼らは結婚50年。一度も喧嘩をしたことがないのだと。穏やかに、たおやかに老いを迎えていた。「まさか、自分の身内に、このような穏やかな人々が居るなんて知りませんでした」と正直な感想を述べたら、叔母は「山口家の男たちは、穏やかで優しいのよ。その分弱いところもあるけれど。久しぶりに会ったあなたは充分そんな表情をしてるわよ」、と。いい時間だった。夫妻と会食した。父の話も祖父母の話もたくさん聞いた。今まで聞けなかったことも、思い切って聞いてみた。そして夫妻を見送った。「どうか、お元気で」。直後、僕はあり得ないコケ方をした。「またか」と思った。こりゃ膝の皿、割れたかも。そんなコケ方だった。ズボンは破れていないが、どうやらヒドく血は流れている。もうどうでも良かった。そのくらいには疲れていた。後で怖々見てみたなら、膝にはくっきりと深く二本の傷が刻まれていた。こんな怪我の仕方、あり得ないだろう。その前にズボンが破れるはずだろう、と思ったが、もう考えたくなかった。いつか、理由は分かるだろう。

 本当はこのまま東京に戻るはずだった。でも無理だ。芯まで疲れきっていた。一人で居たくなかった。わがままは承知で里山の友人のところにエスケイプすることにした。中年にだってぬくもりは必要だ。そんな理由を知ってか知らずか、いつものようにフツーに温かく迎え入れてくれた。優しさが染みるぜ。遠くに家族の声と小川のせせらぎが聞こえる。本当にありがとう。そう伝える前に、深い睡眠に吸い込まれた。

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by 山口 洋