過去を創造すること

2010/06/08, 14:56 | 固定リンク

6月8日 火曜日 曇り 

 随分前のこと。作家の井上光晴さんを追ったドキュメンタリー「全身小説家」を観ていて、この人は「過去を捏造」してるんじゃなくて「創造」してる、と思ったことがある。確かに、身の回りのクリエイター達を観察してみると、そのような傾向は多かれ少なかれあるものなのだ。僕も虚言癖があると、ときどき云われるが、そのようなつもりはない。「創造」しているかどうかは不明だけれど、決して嘘をついているつもりはないし、絶対に嘘はつかない。あくまでも僕の中では。
 先日、故郷に帰った際、僕を幼少の頃から知っている友人が居て、「お前は小学生の頃、とんでもない嘘をついたことがある」と。話はこうである。僕の家は丘のてっぺんにあった。屋根の上に滑り台があって、庭まで滑り降りることができる。だから、観に来ないか、と。云うまでもなく、僕の家にそんなものはない。で、友人たちがやってきた。「ないじゃん、滑り台」。すると、僕はこう云ったらしいのだ。「今日、母ちゃんが片付けたんだ」。ほんとかよ?今となっては真偽のほどは定かではない。でも、本当に僕がそう云ったとするなら、屋根の上の滑り台を夢想しすぎて、現実と理想の区別がつかなくなった可能性はある。確かにそんなガキだったとは思う。

 このところは「過去を一旦、総括する時期」なんだと思う。ボックスセットの制作に関して、スントー・ヒロシとやり取りしているうちに、とても大事な話を思い出したのだ。くっきりと。
 
 これから書くのは本当の話。僕がモノを作って生きていく上で、衝撃を受けた出来事。その場には何人か居合わせていたから、虚言ではないことを確かめてみようとは思っているが。多分、1996年のこと。アルバム「TOKYO CITY MAN」を制作するにあたって、グラフィック・デザイナー、スントー・ヒロシのアイデアで、ジャケットは横尾忠則さんに描いてもらおうと云う話になった。僕は面識がない。だから、スントー氏、マネージャー、事務所の社長、レコード会社のディレクターと共に僕はギターを抱えて、横尾さんのアトリエを訪ねた。喋るのは得意じゃないから、彼の前でアルバムに収録されている曲を歌った。そして、「ジャケットを描いて欲しいんです」、と。彼は即座にこう応えた。「もう、描きました」、と。初対面で、なおかつオファーした瞬間に。「モ・ウ・カ・キ・マ・シ・タ」。文字で表すと、僕にはこんな風に聞こえた。そして、彼は二階に行って、一枚の絵を手に戻ってきた。それがあのジャケットの - 裸の男が東京の空を飛んでいる - あの絵だったのだ。一瞬にして魅了され、いったいぜんたい、今、僕の目の前で何が起きてるんだろう、と不思議な気分になった。僕は時空を超える、彼の思考の虜になって、帰りに本屋に寄ってみた。彼の本を読んでみたくなったのだ。そこで見つけた本のタイトルが「私と直感と宇宙人」。もはや、ひれ伏すしかなかった。素敵だった。

 あの出来事は決定的に僕を変えた。自分の中にあったくだらない価値観はかなり崩壊した。何故、この話を書いているかと云うと、スントー・ヒロシからその日の模様を横尾さんが撮影し、「photo photo everyday」と云う本になって出版されてるよ、と聞いたからだ。その本の帯にはこう書かれていた。「僕は毎日が楽しみで眠れません」。またもや、ひれ伏すしかなかった。いつか云ってみたい。その台詞。

 そのようなエネルギーを全身に受けて、僕はツアーに出ます。えっと、奈良、高松、高知、福山、近江八幡。そして戻ってきて渋谷。ちと過酷ですが、「僕は毎日が楽しみで眠れません」。そのような想いでステージに立ちたいと思っています。

by 山口 洋