blood brothers

2009/11/18, 03:10 | 固定リンク

11月18日 水曜日 晴れ 

 NYから中国を経由して、兄貴のトシがやってきた。いつもの儀式として、浅草の蕎麦屋の名店(絶品)で待ち合わせた。通りをオーラを発しながら兄貴が歩いてくる。別に褒めてもらおうなんて思っちゃいないが、オレに「走れ」とのたもうたのはこの人である。で、「オレは来年3月にフルマラソンに出て、4時間を切るのが目標なんだ」と云ったら、「誰もそんなに走れとは云っとらん。お前は変態だ」と云われた。ままよ。それも屈折した愛だと受け取っておこう。それから来年彼が計画しているプロジェクトの話をひとしきり聞いた。相変わらず、この世界のためにまっすぐに生きる姿勢にオレは打たれた。オレとて、随分前に彼に出会わなければ、もっとイージーな人生だったとは思う。けれど、後悔は何ひとつない。いつだって、彼は今しかないと云うタイミングで現れて、絶妙な言葉を残して去っていく。
 「お前にプレゼントがあるんだ」と手渡されたのは、男どもの憧れ、filson社のバッグだった。この会社はアラスカ開拓時代に創設され、今も昔も商品に対して、永久保証をする。堅牢にして、質実剛健。男の一生モノだ。「いつか観たお前のバッグパックは格好悪くてかなわん。洒落と云うものは、モノの主張と使う人間の主張が響き合って、時間をかけて歩みよって出来るものだ。お前もこれが似合う男になれ。で、お前が死んだら、オレの息子達に手渡してくれ」。まったくもう。かなわん。確かに、そのバッグは見れば見るほど素晴らしかった。もう一生、オレは鞄を買うことはないだろう。
 続いて。「お前にどうしても云っておきたいことがある。今のうちにちゃんと遺言を遺しておけ。お前は天涯孤独なんだから。いつかお前とした約束はオレが必ず果たす。でも、法とはそんなに甘いものではない」。全米の少年死刑囚の写真を撮り続けた男にそんな事を云われると、それもそうだな、と思わざるを得なかった。でも、それって兄貴、オレが先に死ぬことが前提になってないすか?あなた、オレより5つ年上ですから。
 とんでもないアスリートでもある彼としばしスポーツの話をした。男達は寄る年波に抗うものだ。そして話はCW-Xのことに及んだ。知ってるよね?先日も沖縄で友部さんにその素晴らしさを力説されたばかりなのだが、オレはどうしても好きになれなかったのだ。知らない人のために説明するなら、イチローが自主トレの際に身につけているあれである。ランナーにも良く見かけるのだが、オレと友人達はそれを「牛」と呼んで心の底から嫌ってきた。あの身体に密着した感じと、信じられない最悪なデザイン。オレはとんでもないマラソンシューズも履いてる。デジタル時計も身につける。でも、どんなに勧められても、あの「牛」だけは嫌だった。本能的に。でも、トシは熱心に勧める。「おう、ヒロシ、お茶の水に今から買いに行こうぜ」。とほほ、まじすか。オレとトシはスポーツ用品店に行って、彼に勧められるままに「試着」までさせられ、帰りにはしっかりと「牛」を手にしていた。とほほ。でもね、これ、すごいわ、本当に。テーピングをしている状態と同じなのだ。上着は背筋を中心に引っ張られる。膝は完全にホールドされる。ちょっと走ってみたのだが、上体がブレない。しかも、保温性に優れ、汗はちゃんと放出してくれる。ランニングはもちろん、スキーにも使えるし、飛行機の移動でも、エコノミークラス症候群には絶対にならないだろう。長距離の運転にも向いてる。唯一、この最悪な見た目だけを除けば。ついでに、オレは手袋まで買って、明日からは「牛」に短パンを重ね着して、走ることとなった。どれだけ情けないのかは、明日気が向いたら写真を撮るから見てくれ。もはや、ロックを奏でる資格なし。でもね、思うのだ。これで怪我の可能性が軽減するのなら、格好なんてどうでもいい。オレには行きたい場所がある。そこに行くためなら何だって平気だ。

 トシと出会った頃。当たり前だけれど、お互いもっと若かった。随分無茶もやった。でも、いろんな事があって、相変わらず人生のその先を指し示してくれる兄貴が居てくれるのはオレの財産だと思う。本当にありがとう。来年の彼のプロジェクトは出来る協力は何でもしたいと思う。自分のために、世界のために。その前に多分、コロラドに一緒にスキーに行ってしまいそうだけど。屈折してるのかもしれないけど、血と同じくらい濃い兄弟とか愛とか、それを受け取れる自分は幸福だと思う。

by 山口 洋