昭和が香る街
2010/10/31, 22:56 | 固定リンク
10月31日 日曜日 曇り
寅さんがフツーに泊まっていそうな、その街の「旅館」で目覚めて、主催者氏と太平洋を観ながら走った。路地を猫たちが横切り、散歩に連れられている犬たちの殆どは駄犬。表情が豊か。おそらくこの街の人たちに血統書つきの犬を「買う」という感覚はないのだろう。何が素晴らしいって、街にコンビニがない。採算が取れないのだろう。だから、まだ個人商店が元気にやっていける。「ヨロズヤ」のような店先で人々が会話を交わす。角のタバコ屋は昔、僕が親父のおつかいで「ロングピース、今日は2個ください」と云ってた店にそっくり。「しんせい」や「わかば」なんかがまだ良く売れるらしく、ちゃんとガラスケースに入ってる。街角でじいさま達は将棋に夢中。僕らは何を得て、何を失ったんだろう。



ダメ男、中土佐町で演奏する
2010/10/30, 20:11 | 固定リンク
10月30日 土曜日 晴れ
昨夜は「フィーバー(古っ)」しすぎた。どうしてって、僕らを呼んでくれるきっかけを作ってくれた夫婦がふたりして走っていて、高知新聞の記事を書いてくれた記者氏の仕事が、あまりに根性と魂が入っていたからだ。多分、もう一軒行こうぜと云ったのは珍しく僕で、ワインを次々に空けていたような。
どうにかチェックアウトの時間に目を覚ますと、手に「8:45」と書かれていた。しまった。明日は8時45分から走るぜ、と云ったのは多分、僕。彼らは二日酔いにも関わらず、ホテルのロビーで待っていてくれたに違いない。自分の名誉のために云っておくけど、普段僕は約束をホゴにしたりしない。こういうのって、激しく自己嫌悪に陥る。ホテルの部屋には「高知新聞」が差し入れられていて、記者氏の仕事を読んで、その素晴らしい仕事と、自分のダメっぷりに再び自己嫌悪に陥って、気絶したまま会場に運ばれる。そのまま僕らはラジオに出演したものの、意識は朦朧。僕は生放送中に「ワン」しか云えなかった。
カツオの一本釣りの基地、「男の港」で行われたライヴ。僕らが生まれた頃の「昭和」な感じが色濃く残っている。漁師の街の人たちの団結力は素晴らしく、みんないい表情だった。都会じゃ、もう見かけないなぁ。中土佐町。音楽やってて良かった。たくさんのエネルギーをもらいました。演奏中、何故か「哀しみには終わりがある」って言葉が浮かんできて、海からの湿った風に吹かれていました。



南国土佐にて
2010/10/29, 20:03 | 固定リンク
10月29日 金曜日 曇り
早起きしてぴゅーんと飛行機で高知にやってきました。リクオと一緒です。摂氏8度の東京と比べると、やっぱり南国の香りがします。このところ、ずっと東京に居たので、気分が変わってgoodです。昔懐かしい感じのAMラジオに出演し、新聞の取材を受け(記憶が正しければ、明日の高知新聞にでっかく載るって記者氏が云ってたような。ガセだったらすいません)、リハーサルのために会場に移動しました。そこはカツオの遠洋漁業のベースとなる街。僕の憧れの職業、漁師がわんさかと居る街です。好きだなぁ、ここ。街が街として機能してると云うか。ステージの裏には漁船がたくさん停泊していて、夕陽が海に沈んでいきます。ザッツ「男の港」。スタッフは街の老若男女を元気にしようと、キビキビと情熱を持って働いていました。てな訳で、明日は思い切り楽しんできます。なんと、入場無料だそうなんで、気軽に来てください。夕陽が沈んだら、結構寒かったので、風邪ひかないようにね。では、高知の名産、トマトを喰いに行ってきます。
「speechless」完成
2010/10/28, 00:15 | 固定リンク
10月28日 木曜日 雨
車の寒暖計は8度をさしていた。今年、初めてのセーターを着た。なのに、南からは台風が来ているらしい。まるで誰の心の中のようだね。今日は約7ヶ月を費やして制作した「Yamaguchi Hiroshi / Hosomi Sakana」名義の初めてのアルバム、「speechless」の音が完成する日。僕は先日ボックス・セットのマスタリングで素晴らしい「新しい才能」に出会った。その持ち主である、エンジニアの酒井君のスタジオを訪ねる。僕と魚は重箱の隅をつつくように、細部に渡って音楽に向き合ってきた。最後の化粧に、酒井君の腕がどうしても必要なのだ。
プレイバックが始まった。解像度が高い彼のスピーカー・システム。リバーブの粒が画面の奥に消えていくところまで聞き取れる。僕と魚はこの作品を完成させるまで、沢山の流れては消える風景を互いのスピーカーの間に観てきた「はず」だった。でも、僕は今日、今までに観たことのない風景をこの部屋で観ていた。初めての体験だった。頭蓋の裏のスクリーンに映った脈略のない風景をここに記しておきたい。
盛夏の海、緑が燃えている。そこにケルティック・クロス。でも舞台は日本の田舎の海。主人公の少年は汗を流しながら、未来に不安を抱えながら歩いている。生まれてこのかた、家庭が穏やかだったことはない。そして彼の闇はきっと消えることがない。now here man。突然、彼は大人になって、祈りと懺悔の音楽を奏でる。聞く者に何かを強いる。激しく強いる。大人になった彼は「失われた二年間」と小さく呟く。戦争、高度成長、核家族の崩壊、バブル、そして価値観の崩壊。自分に流れる狂った血について。
不格好で、不完全だから完全。シリアスすぎるゆえにコミカル。高みを目指せば目指すほど笑えてくる何か。静寂は強く静かに流れる。彼には救急車のサイレンが音楽に聞こえることがある。AからAフラットへ転調する。それが頭蓋に反響していく。祈りと懺悔、アゲイン。息苦しさと弛緩。苦しいのは自分で首を絞めてるからなのか。喘息に苦しめられている人が「発作が起きて、吸入器を吸ったとき、どんなに自由か分かる?」と云う。ツバメの赤い喉。高い空に届けられる願い。エトセトラ、エトセトラ。
酒井君の素晴らしい仕事が施され、すべての作業を終えて。ふと、僕と細海魚はとっても日本の人なのだと思った。典型的な日本人であるかどうか、それは分からない。多分、そうじゃないだろう。僕らはできるだけ何処にも属さないように、システムに巻き込まれないように、自由に生きようとフントーしてきた。ここには「闇」がある。うまく表現できたかどうかはともかく、その「闇」を描ききることを僕らは怖れなかった。安易は「光」は描けなかった。それが僕らにとっての「ひかり」そのものなのだから。
今日だけは死んでもいい、と思った。きっと、明日はもうそう思わないだろう。この作品は僕にとっては(今のところ)最高傑作で、賛否入り乱れていろんな波紋を投げかけるだろう。でも、それでいいのだ。それこそが僕らが望んでいることなのだから。



活字の宇宙
2010/10/27, 20:55 | 固定リンク
10月27日 水曜日 晴れ
本を読むのが何よりも好きだったけれど、訳あって、長い間遠ざかっていた。本屋に入っただけで、具合が悪くなるのだから仕方なかった。でも、ゆっくりとそれを欲するようになって、ようやく文字の宇宙に浸る。多分、言葉と云う意味では、僕の脳味噌はパサパサに渇いていたんだろう。スポンジに染み入るように言葉が風景として、身体に入ってくる。僕の仕事はできるだけ簡素な「言葉」をメロディーに乗せて、あるようで、ないようで、ある場所には実在する風景を描くこと。そこに新しい形で戻ってこれたのが嬉しい。神の手にヘッドスパを施されたあと、髪を切られながら、「事実と真実は、ある場合には別のものだ」という文章に出会って、視界がクリアに拓けていくのを感じた。悪くなかった。
ウルフル・ケイスケが、とあるマラソンに出場するのだと。奴は8キロしか走ったことがなかった。だから一緒に走ってみた。僕も膝の具合がイマイチだし、ちょうど良かった。2匹で海沿いをゆっくりと15キロ走った。互いに若くてガリガリしてた頃、こんな日が来るとは思ってもいなかったけれど、愉しそうに走ってる奴を見てるのは悪くなかった。
ランニング・バイブル
2010/10/26, 15:51 | 固定リンク
10月26日 火曜日 曇り
10月は早々と走行距離が300キロを超え、「うーん、俺もなかなかタフになったもんだ」と毎日、手を変え、品と変え、いろんなことを試していたら、やっぱり痛みがやってきて、昨日から足をひきずって歩いています。今までにいろんな巻物を読んではみたけれど、心に決定的にヒットするものはなく、結局は自分がギターを身につけたときのように、自分の感覚、あるいは身体が発する声を聞くことが大切だと思います。痛みが来る前には必ず「もう止めてください」と身体が云っていたにも関わらず、それを無視したツケがやってきてるだけのことで。多分、今の僕が月間500キロを走ったなら、何処かが疲労骨折するでしょう。そうすると、僕は毎日の「無」になる愉しみを自らが奪うことになる。そのバランスを取るのが自分の性格上難しいのです。どんなに優れたランナーでも、ひとつき運動しなければ、タダの人。休養を3日取ると、筋肉は退化を始めます。「鍛えろ。でも無理はするな」。その言葉通りです。
師匠のゲンが「ヒロシさん、そろそろ心拍数をコントロールして走ってみてください」と云うので、このところ心拍計を付けて走っていました。距離やラップではなく、心拍をコントロールすることに集中して走る。心臓は自分の意思とは関係なく動いていると思っていましたが、ところがどっこい、ネイティヴ・アメリカンのように、ある程度はコントロールできることに驚きました。例えば、「うーん、今日はこのペースでもしんどいな、何とかbpmを140くらいにしたいな」。そう思っていると、bpmが下がってくる。それを繰り返すと、以前よりも少ない心拍で「速く」走れるようになってくる。つまりは、そう念じることによって、無駄な力が抜けてリラックスしていく。どんな道でも同じところに繋がっているんだなぁ、と。
何がしかのレースに出れば、持っているポテンシャルの120%が発揮される。それは確かなのだけれど、そのことに対する興味が日々薄れてきたと云うか。もとより他人と競うことが目的ではないし、僕は暗闇の海沿いの道や、山の中で雷雨に打たれながら走ってるのが好きなだけなのです。「そんなこと云わずに、年に一度の運動会と思えばいいじゃないですか?」、それもそうかもしれん、とは思います。ただ、表現する者にとって、一番必要なものは「体力」です。音楽を作ることは、そこに希望を込めることは、心に巣喰う暗闇に向き合うことでもあるのです。「体力」がなければ、そこから戻ってくることが出来なくなる。その恐怖がオーバートレーニングに駆り立てているのかもしれません。「鍛えろ。でも無理はするな」と云う言葉は、何十年も前に書かれたアーサー・リディアードの「ランニング・バイブル」に載っています。この本はゲンが教えてくれたのだけれど、無骨で好きです。
不可能だと云わない人たち
2010/10/25, 18:22 | 固定リンク
10月25日 月曜日 曇り
僕が自分を許せなくなるのは「こりゃ、不可能だ」とやる前に決めてしまうこと。そんな意味では、今は目の前を無茶苦茶なアイデアが飛び交っていて、若干振り回されている状況が愉しい。いつだって問題は「資金」なのだが、そんなものどうにかするわい、と云う気骨がなければ、この時代表現を続けていくのは難しい。当たり前だが銀行はミュージシャンに金を貸してはくれない。初めに電卓を叩くか、実現するために叩くのか、それが問題だ。ビンボーは全然オッケー。でも貧乏臭いのはどうしても嫌なのだ。
BERLIN
2010/10/23, 19:30 | 固定リンク
10月23日 土曜日 曇り
渡辺圭一が絶賛していた、ルー・リードの「BERLIN」を遅ればせながら観た。やっぱり公開中に映画館に行くべきだった。後悔先に立たず。ルーが居なければ、僕は今頃ステージには立っていなかったと思う。という位には影響を受けた。高校時代に叫んでいるものだけがロックじゃないと教えられ、3分の曲に短編映画を上回る情景を描けることを教えてくれたのも彼。何と云っても、突然、僕が歌わなければいけない状況に追い込まれたとき、徹底的に真似したのが彼だった。
ある種(ほんの一握りだけれど)のソングライターは、幾多の荒波を乗り越えると「哲学者然」とした表情になる。先日、生で観たディランと同じく、その眼光は老いて、鷹より鋭く、そして深かった。ハル・ウィルナーのプロデュースはいつも素晴らしいのだが、今回はおそらくブルックリンあたりのアマチュアのクワイヤーが参加していて、アマチュアならではのピッチの悪さが、逆に「BERLIN」のあの空気を体現していると云うか。見事な手腕だ。おまけとして、エルヴィス・コステロがホストを努める番組に出演した際のルーとジュリアン・シュナーベル監督の対談の模様が収録されているのだが、あの毒舌家のコステロがまったく生彩を欠いているように見えるところが凄い。まさに凄みと深みの90分。悶絶。
富豪の息子はしばしば帝国を崩壊させる
貧しい出の息子はしばしば何もできぬ
金持ちの息子は父親の死を待ち
貧乏人は酒をあおって泣く
おれにはどうでもいいこと
富豪の息子はしばしば何も出来ぬ
貧しい出の息子はしばしば何でもできる
実際に彼らは男らしく立ち向かおうとし最善を尽くす
頼れる父親などいないのだから
ルーがアルバム「BERLIN」を作ったとき、彼はベルリンに行ったことがなかったのだ、と。信じられないけれど、だからこそイマジネイションの世界の中で、あの傑作が作れたのかも、とは思う。
僕は身の回りの優れたクリエイター達と一緒に居るときがいちばん愉しい。欲も得もなく、モノを作るときの現場が好きだ。僕が僕で居られる、と云うか。年齢も性別も何も関係なく、フラットなのだ。新しいアルバムは、それらの信頼かつ尊敬できるクリエイターたちと、全ての常識をまずは疑ってみることから始めている。とても愉しい。まずは写真集から。これに関しては、僕らはただ撮影されていただけだけれど。それぞれの立場から紡がれている言葉が興味深い。
まずは昨日に引き続きトレイラー
http://www.youtube.com/watch?v=i8sKzeNcaso
撮影した松本さんのblog
http://d.hatena.ne.jp/hw_live_docu/
編集したスントー氏のページ
http://www.sg-tokyo.com/
アナウンス、もろもろ
2010/10/22, 14:44 | 固定リンク
10月22日 金曜日 晴れ
夕刻、スントー事務所にて「web写真集」の試写会をしました。僕が多くを語るより、トレイラー、楽しんでください。11/2に発表予定です。
http://www.youtube.com/watch?v=i8sKzeNcaso
http://d.hatena.ne.jp/hw_live_docu/
突然ですが、おおはた雄一君と12月にミニ・ツアーに出ます。ツアータイトル、読んで字の如し。そういえば、去年もクリスマスから自分の誕生日にかけて、彼と一緒に居たような。あはは。12/26は魚さんと僕による、新しいアルバムの発売日でもあります。
山口洋 × おおはた雄一 「とつぜん二人で、北に行きたくなったのだ」
12月23日(木)祝日 山形・Bar Tarji
(山形県山形市七日町2丁目7-28 YT二丁目ビル1F)
Open/19:30 start/20:00
Adv/Door ¥3,500(1ドリンク別 ¥500)
Opening Act :BRONCO
Info: Bar Tarji 023−623−3944(18:00〜24:00)
http://www17.ocn.ne.jp/‾tarji/
BRONCO : http://sound.jp/bronco-rock/
12月25日(土)弘前・ASYLUM
(青森県弘前市土手町112 三枝ビル奥 )
Open/18:30 Start/19:00
Adv/Door ¥3,500(1ドリンク別 ¥500)
Info: ASYLUM 090-1067-7486 asylum_ik@yahoo.co.jp
http://kool-asylum.jugem.jp/
12月26日(日)函館・喫茶「想苑」
(函館市青柳町3-15)
tel/0138-23-3763
Open/18:00 Start/19:00
Adv/Door ¥3,500(1ドリンク別 ¥500)
Info:チケットメール予約 pan-farm@nifty.com
panの森: http://panwithin-farm.com
land's endへの旅
2010/10/21, 02:35 | 固定リンク
10月21日 木曜日 雨
見慣れた玄関で靴の紐を結び、出ない応えを探すために、ひとり深夜の高速をland's endまでぶっ飛ばす。音楽は要らない。ゲートを抜けたら、床までアクセルを踏みつける。7000回転を超えると、そこには官能の世界が広がっていく。ブラックホールに吸い込まれていく。身体の芯まで痺れる。どうやら、この家には長居しすぎたみたいだ。知らない街にでも行ってみるか。多分、こうやって死ぬまで流れるんだろう、と思う。



闘う男たち
2010/10/19, 18:38 | 固定リンク
10月19日 火曜日 曇り
唐突ですが、深夜の高速道路を「ジャスティン・アダムス&ジュルデー・カマラ」を爆音で聞きながら、ぶっ飛ばすのが好きです。自分が何処に居るのか分からなくなって、帰ってきた頃には、頭が冴えてきます。地球に優しくなくてすいません。
9月のHEATWAVEのツアーをフォトグラファーの松本康男さんが撮影し、グラフィック・デザイナーのスントーさんが編集した「デジタル写真集」のほぼ完成バージョンが先ほど送られてきました。何つーか、その。このお二人の仕事への情熱に圧倒されたと云うか、天晴としか云いようがありませんでした。そもそも、僕らに関わる人々にタブーは何もないのです。どのように撮影されたい、自分たちをどう見せたい、何て考えもありません。彼らとはボックスセットの制作の現場で再会しました。そして、ある日スタジオに現れ、「写真撮ります」。「あー、そうですか。じゃ、思い切りやってください」と云う会話が交わされました。いつものことだけれど、何がしかの勝算があったわけではありません。「ん?こりゃ、何だか面白いことになりそうだぞ」。直感に向かって、爆走できるかどうか。大事にしているのは、それだけです。やる前に「不可能」だとは考えないし、「ちゃっかりと」歩んでいくことも好きではありません。このお二人の情熱が僕を動かした。それだけです。つーか、僕らは撮影されてただけで、何もしてないけど。
黙って前を向いて音楽に集中してりゃ、その力がやがて渦になっていくだろう、そう思っていました。写真群にはこのお二人の力も含めて、闘っている男どもの姿が克明に記録されていました。酸っぱい場面から宇宙を目指しているところまで。
最近、とみに若者たちに囲まれる場面が増えました。でも、僕には応えがありません。「ぐちゃぐちゃ云う前に、自分の手を汚して、さっさと闘え。やってもないのに、不可能だって云うな。人生は一回きりで、君の可能性は無限大だ」。そのようなメッセージを自分たちが映っている写真群から受け取ったのです。悪くない。
この写真集やこれからの動き、もうすぐアナウンスしていけると思います。愉しみにしていてください。

30キロ走
2010/10/18, 22:17 | 固定リンク
10月18日 月曜日 晴れ
週に一度の30キロ走。いい感じで疲労します。ようやく音楽に向かい合う時間が出来たので、新しい曲を書いています。

ツバメの赤い喉のように、願いを空に届けにいくこと
2010/10/17, 20:33 | 固定リンク
10月17日 日曜日 晴れ
魚先生が書いてくれたとても短い曲にタイトルを付けるのが僕の役目。ふと、上記のようなものが浮かんできて(何処かで読んだのかもしれないけれど)何だかいいタイトルだなぁ、と思う。ツバメの赤い喉のように、願いを空に届けにいくこと。そんな日曜日。
ベンダ・ビリリ、アゲイン
2010/10/16, 15:05 | 固定リンク
10月16日 土曜日 曇り
目覚めたら、ヤスは仕事場の居間でラジオを聞きながら眠っていた。車のディーラー氏は戦車みたいな代車を用意してくれた。機は整った。せっかくの戦車なんだから、出来るだけ多くの人を積載して、あの素晴らしい音楽を浴びに行こう。僕とヤスはベンダ・ビリリを松本まで観に行くことにした。週末の高速はひどい混みようだった。車中でヤスがローカル・コメディアンに徹して、笑わせてくれたおかげで、イライラすることもなく、どうにか開演に間に合った。この過剰なまでのコンパッションとホスピタリティー、どこかで感じたことあるなぁ、と思ったら、それはドニゴールの友人たちに共通するものだった。八重山とアイルランドは本当によく似てる。
さぁ、ベンダ・ビリリだ。この最新かつ豪華で、巨大な会場には別件で足を運んだことがある。でも彼らはそもそもオープンエアーの路上で音楽を奏でてきた連中だ。演奏が始まったとき、先日の日比谷の野外音楽堂とはあまりに違う響きに、ミュージシャンである僕でさえ戸惑った。おそらく今日はあの時とエンジニアも違うのだろう。アコースティックな響きを大事にしていた。僕の勝手な発想だけれど、彼らの音楽は「屈強のコンゴ魂」が奏でるノン・ストップのトランスミュージックだ。だから、あのドラム・キットとはおおよそ呼び難い手作りのパーカションから繰り出される「4つ打ち - 4分音符」が心臓にグイグイ食い込み、ブンブン唸るベースラインと共にグルーヴが渦巻き、その上に彼らが人生を賭けて紡いだ言葉が叫びとして乗っからなければ、踊る、笑う、何故か涙腺決壊と云うコースを辿るのは難しい。つくづくライヴとは一期一会なのだと思った。
もう故郷を離れてどれだけになるんだろう。あの過酷なスケジュールをあの身体でこなしてきたのだ。それを支えるスタッフも燃え尽きる寸前だろうと思う。けれど、後半、今日ならではのグルーヴが渦巻きだした。さすがだ。「屈強(かつ不屈)のコンゴ魂」。プロレスかよ?とも思えるこのキャッチコピーを考えたのは多分、僕の友人だが、その言葉通りに、大好きな段ボールの歌で野音とは違う波が押し寄せてきて、涙腺決壊。コンサートの後、トイレに行ったヤスがこう云った。「足に障害のある人に会ったんだけど、彼が「どうだ、俺の仲間がやってくれたぜ」と云わんばかりに誇らしげに歩いていたよ」、と。素晴らしいバンドにスタッフ。心からありがとう。この一週間、とんでもない力をもらってばかりだよ。
戦車は渋滞の高速を抜けて、東京に戻り、ヤスと友人が八重山そばの店に連れていってくれた。美味かった。この二日間、濃密だったなぁ。さぁ、自分のできることをやろう。ビバ、ニンゲン。


ヤスと云う生き方
2010/10/15, 14:23 | 固定リンク
10月15日 金曜日 晴れ
ヤス(大島保克)と僕は昼下がりの代官山にある瀟酒なカフェでランチをしていた。多分、モーレツに似合っていなくて、そして浮いていた。これから丸一日に渡って、行動を共にするとは、お互い思っていなかったけれど。
ヤスに初めて会ったのは、多分90年代の初頭。お互いデビューしたばかりで尖っていた。ピーター・ガブリエルが主宰する「womad」と云うワールドミュージックの祭典で、大げさに云えば、日本代表に選ばれたのが都はるみさんと僕とヤスだった。以来、僕らが顔を合わせたのは「たった3回」。僕はロック界(そんなものあるのか?)で「一番面倒くさい男」と呼ばれ、ヤスはヤスで民謡界において同じように云われていた。僕らに云わせれば、それは違う。嫌なことを嫌だと云い続けてきただけで、「ちゃっかり」生きることを好まなかっただけのことなんだけれど。
近年、彼がステージで音を出すのを聞いたとき、「こりゃ本物だ」と思った。理由はない。本物は音が出た瞬間に既にそうなのだから。昔だったら、多少のジェラシーを感じたと思う。けれど、僕はもうガキではない。新良幸人とヤスが奏でる世界はそれはそれは素晴らしいものだった。この二人、破格の才人かつキチガイ(褒めてますから)を輩出した石垣島の白保と云う場所に俄然興味が湧いた。聞けば聞くほど、知れば知るほど、そこはとんでもない場所だった。そして、まだ僕には語るべき言葉がない。彼と出会ってからの16年の月日はそれぞれにさまざまな変化をもたらした。そして、今日「何がしか」の必然をもって、僕らはここで飯を喰ってるんだろう。
代官山から海を見渡すことができるお茶屋、それから僕の仕事場、いくつかのバーを点々と移動して、僕らは積もる話をした。半分以上はバカ話だったけれど、大切なことも話した。そして、多くの言葉を費やさなくて、互いに人生のチャプター2に入ったことを理解した。いい時間だったな。



speechless intro
2010/10/14, 18:27 | 固定リンク
10月14日 木曜日 曇り
何だか自分でも良く分からないのだが、身体じゅうにエネルギーが満ちているのを感じる。ベンダ・ビリリから受け取ったエネルギーはとてつもなく強大なものだった。「不可能だ」と考える前に徹底的に自ら動いてみようと考えた。日本の北から南まで電話して、自分の情熱を伝えた。多分、人生に於いて一日にこれだけの電話をかけたことはない。そして繋がらない相手にはメールを書きまくった。するとどうなったか、動かない「はず」の岩がじりじりと動き始めたではないか。ほら見ろ、「不可能」だと決めていたのは他ならぬ僕自身だったのだ。
昨夜、打ち合わせを終えて、もはや終電の時間を過ぎていたので、立ち会ってくれていた人を家まで送った。その際、車に「空気圧異常」のアラートが出た。暗闇の中、タイヤをチェックしても異常なし。でも、何だかなぁ、ハンドル微妙にブレるしなぁ、と。よくよくチェックしてみるとタイヤが裂けていた。軽いバースト。このタイヤ、特殊すぎてカーショップには売っていないのだ。うげっ、ディーラー氏に電話して、「ぼ、僕は松本に行かなきゃいけないんですぅーーーー(もちろんベンダビリリを追っかけるため、云ってないけど)」。その魂のディーラー氏、「分かりました、何とかします」。僕の頭も情熱で裂けそうだけれど、タイヤが裂けても、物事は進む。すべては情熱だと思うのだ。ワン。
年末から年始にかけて、面白いことができそうです。僕の大好きなミュージシャンが「理由はないけど、ヒロシさん北に行きませんか」と云ったからです。いつものようにその根拠のない発言にびびっと来ました。そして、どうにか年内に僕と魚さんのアルバム、お届け出来そうです。決めてしまわないと物事は進まないので、12/26にしました。あー云っちゃった。その他もろもろ。決まり次第アナウンスしていくので、愉しみにしていてください。わんわん。情熱だわん。
インターバル走
2010/10/13, 18:15 | 固定リンク
10月13日 水曜日 晴れ
海沿いのマラソンコースはまだ上半身裸で走れます。この夏、各地で太陽のエネルギーを直に浴びて、心も身体も随分元気になりました。何つったって太陽系のエネルギーの源だからね。
週末に長い距離を走り、水曜日あたりにキツい練習をします。天候や体調には左右されるけれど、週に5回走り、2日は休む。だいたい月に300キロ超のペースです。今日は地獄のインターバル走、1キロ全力で走り、1キロリカバリーする。そのようなことを10キロに渡って繰り返します。簡単だけれど、キツい。僕のような平凡なランナーがキロ3分台で走るのは、かなりいっぱいいっぱいです。もはや人の目なんて、気にする余裕もありません。ただ、やり終えた後には多少の達成感がある。これもベンダ・ビリリ効果かな。ツアー中にカメラマンの松本さんが走ってる僕を撮影してくれました。ご覧のように、太ももよりふくらはぎの方が太い。これはふくらはぎで走っている証拠です。臀部や太もものデカい筋肉を効果的に使わなければ、速くは走れません。真夏に山で師匠と合宿して以来、ずっと走法の改善に取り組んでいます。って、いったいこれは何のblogだ。
好評だったソニーのボックスセット、シルバーアクセサリー。ツアーに来れなかった人のために通販を開始しました。是非。
http://www.ads405.jp/products/detail.php?product_id=998
http://www.ads405.jp/products/detail.php?product_id=1009
http://www.ads405.jp/products/detail.php?product_id=1010
松本康男さんとスントーさんによるweb写真集、制作進行中です。お楽しみに。
photo by 松本康男



ベンダ・ビリリその後
2010/10/12, 01:26 | 固定リンク
10月12日 火曜日 雨
ベンダ・ビリリを体験してから一夜明けても、何だか身体と心がジンジンしてる「初体験(すいません)」を済ませたばかりの私です。例えはどうかと思うけど、本当に、心のある部分のヴァージンを破壊されたと云うか、本当はそこに「それ」があることを知っていたのに、いつの間にかスポイルされていて、見ないフリをしていた部分を直撃されたと云うか。いい形容が見つかりません。って云うか、見つける必要もないのかも。踊って、笑って、号泣した。ただそれだけ。でもそれ以上に必要なことなんてあるのかな?彼らは僕をアラレもないサルにしてくれました。ハイホー。繰り出される怒濤のグルーヴに応える日本のオーディンス、それも老若男女。その光景も美しかった。なんだ、みんな音楽好きなんじゃん。どうして、僕らの音楽は受け入れられないんだろう?そう考える前に、ベンダ・ビリリみたいに本気で生きたのか、本気で魂から演奏したのかどうか。それが問題だ。失礼を承知で書けば、音楽のタイプとしては僕がモーレツに好きなものではない。でも、そんなことを木っ端微塵に打ち砕くだけの本気の音楽だった。揺さぶられた。彼らには必然があって、情熱がある。ハンディキャップは個性以外のなにものでもなく、楽器がなければ、それを作りだし、バンドとはこうあるべきだという見本のような集団だった。彼らは段ボールで寝る暮らしから這い上がり、確固たるホリスティック・ビューを持っていた。僕にとってはローリング・ストーンズより遥かに衝撃だ。世界はひょっとして信じるに足りる場所で、生きるに値する場所だってことを今更ながらに教えてくれた。後は自分の現場で闘わなければ。感謝MAX。
ジャスティン・アダムス&ジュルデー・カマラ。このコンビも強力だった。ジャスティン・アダムスの立ち居振る舞いに自分と同じ匂いを感じたのだが、聞けば、彼はジョー・ストラマーがヒーローなのだと。なるほど。彼らの演奏が終ってすぐ、僕は物販コーナーに走って彼らのアルバムを買った。また観たい。そして僕はエレクトリック・ギターが弾きたくなった。あれは僕らにとっての民族楽器なのだ。本当だよ。
そんなこんなで、あちこちからエネルギーをもらっています。スントー氏からイーノの新しいアルバムのジャケットと、この映像を教えてもらいました。うん、この世は生きるに値する場所だ。素晴らしい。
http://www.brian-eno.net/
http://www.youtube.com/watch?v=OET8SVAGELA
痺れたぜ、スタッフ・ベンダ・ビリリ、最高!!!!!
2010/10/11, 21:53 | 固定リンク
10月11日 月曜日 晴れ
スタッフ・ベンダ・ビリリを観に日比谷の野外音楽堂へ。一生懸命生きることってこんなに格好いいんだ。とめどもなく動く身体。けれど、涙も止まらず。素晴らしいにも程があり。今日はどんな言葉を費やしてもこの気持ちを伝える自信なし。明日にでもゆっくり。ありがとう!!!!!!
とりあえず、みんな映画見逃すなよー。
http://bendabilili.jp/movie/news.html
いちばん遠い場所
2010/10/10, 20:33 | 固定リンク
10月10日 日曜日 晴れ
僕にしては珍しく逡巡した。時代が激しく変わりつつあるがゆえ、どのような形でリリースすべきか、やりたいことは山ほどあって、どれだけ考えても答えが出なかった。そんなとき、また「ピーン」と海の向こうからメールが来て、「おれはね、一番可能性の遠い、難しい場所から目指すんだ」と。目が覚めた。
みんな激しくイカれてる、試聴会にて
2010/10/07, 03:44 | 固定リンク
10月7日 木曜日 晴れ
魚さんとのアルバムがほぼ完成した。やりたいことをフルスロットルで二人してやり切った。誰の意見も聞かなかった。出来上がったときだけは、「もうやり残したこと何もないから、今日なら死んでもいいぜ」と思ったが、当たり前だが、そうはいかぬ。伝えなくては。でも、この作品をどう伝えていいのか、まったくアイデアが湧いてこなかった。今までとはあまりに違う作り方をしたからだ。今までは金銭的、時間的締め切りがあった。でも、そんなことに縛られたくなかったから、行きたい方向にまっしぐらに走ってみた。その音が完成したとき、どうすべきなのか、その音が導いてくれるだろう、と。その音は、「信頼しているニンゲン達の力を今こそ結集せよ」と云った。だから、友人たちに声をかけた。全員、独立独歩で何かを作っている連中。グラフィックデザイナー、映像クリエイター、フォトグラファー、ジュエリーデザイナー、エトセトラ、総勢7名。意識的に音楽関係の人間は呼ばなかった。その応えはもう想像できたから。
Tさんに東北の絶品の「おばちゃん料理」を作ってもらった。僕はアシスタント。僕の仕事場で何度かパーティーのようなものを催したことがあるが、テーブルがこんなに「おばちゃん色 - つまり茶色系」の食べ物で埋め尽くされたことはなかった。しかし、美味かった。クリエイター達は良く喰って、飲んで、語った。話は右往左往、紆余曲折。何処にもたどり着かなかった。全員が帰ったのは午前3時を廻っていた。でも、愉快だった。全員激しくイカれてる。でも、僕が望んでいたのはこのような無茶苦茶な意見だ。誤解を怖れず、彼らが放った幾つかの言葉をここに記すなら「ヒートウェイヴってつまり共産党みたいなもんなんですよ」(俺、大笑い)、「雑誌に取り上げてもらうなら丸(知ってる?)じゃないすか?」(再び大笑い)、「まぁ、せいぜい苦しんでこれからも頑張ってくださいよ、モノを作るっそういうことすよ」(爆笑)、「このエコの時代に心のCO2、まき散らしたいんすよ」、エトセトラ。うん、何処にもたどり着かなかった。でも、僕は知っているのだ。彼らが本当は、世の中を良くしたいと心の中で思っていることを。ただし、無茶苦茶な意見を咀嚼して、取捨選択はせねばならぬ。あまりにとっちらかって、今は僕も少し混乱してる。アナログでリリースした方がいい、とか、あまりに内容が濃いので2枚に分けた方がいい、とか、映像もパッケージにとか、エトセトラ。僕の頭の中には次と、次の次と、次の次の次と、次の次の次の次までやりたいことが詰まってる。出さないと発狂しそうなのだ。結論は、うーん。明日の朝、起きたら、まずは走ろう。
と、ここまで書いた午前3時40分、海の向こうの兄貴分からメール。そこにはこう書いてあった。「I always encourage you to go at any given time.」 まったく、Lifeはおもしろすぎる。
夜の高速
2010/10/06, 01:03 | 固定リンク
10月6日 水曜日 晴れ
シャーマンに「毎日手紙を書くように」云われた。そんな面倒くさいこと、と思ったが、意外と愉しい。メールも携帯も繋がらないのはゴキゲンだ。自分が感じたことをしたためて、ポストに投函する。俺は園児か?でも、意外と愉しい。
昨日と今日でフルマラソンの距離を走った。へ、サプリメントなんてなくても何処も故障しないぜ、とうそぶいていたが、本気に近い感じでこの距離を走ると、あちこちにガタが来る。何だかんだ云っても、俺はロートルなのだ。戒めよう。上半身裸の原人走りもそろそろ潮時か。少し寒い。一月のフルマラソンにエントリーしていて、主催者から頻繁にメールが来る。違和感を感じて調べてみると、政治家だの、広告代理店だの、大嫌いなスポーツメーカーだのが絡んでいて、気持ちが萎えてきた。そんなことに踊らされなくても、多分俺は走り続けることができる。確かに大会でしか出ないポテンシャルはある。でも、もうそんなことはどうでもいいのだ。俺はただ、走っていたいだけ。唯一、定期的に購読していた雑誌「ランナーズ」も読むのを止めようか、と。俺はファッショナブルになんか走りたくない。群れるのも嫌だ。裸でターザンみたいに、駆け抜けたいだけだ。
夜。高速をぶっ飛ばして、仕上がったアルバムをチェックする。このまま羽根が生えて、飛んでいきそうだった。素晴らしい。



i believe in you
2010/10/05, 22:02 | 固定リンク
10月5日 火曜日 晴れ
ともだちがダニエル・ラノア、ブライアン・ブレイド、トリキシー・ウィットリー、ダリル・ジョンソンによる新譜「BLACK DUB」を送ってくれた。多分、アメリカから取り寄せてくれたんだろう。何が嬉しいって、新譜がアナログだってこと。ワクワクしながら針を下ろす「あの感じ」を久しぶりに思い出したよ。音楽は云うまでもなく素晴らしいんだけれど、特筆すべきアイデアは、アナログを買った人にはインナーにパスワードが書いてあって、mp3のダウンロードができること。これって革新的なアイデアだと思う。アナログとデジタルの融合。何かの転換期にはいろんなチャンスがあると僕は思う。嘆くことは何もない。そしてここにも「i believe in you」と云う曲が。繋がってるなぁ。
美味しいものを作ってみようと思った。ボンゴレとマッシュポテトと野菜のスープとトマトとモッツァレラのサラダ。多少、手際は悪くなったけど、腕は落ちてない。美味かったなぁ。
昨夜、ほぼ98%完成した魚先生とのアルバムを散歩しながらチェックした。とある島の灯台の灯りと音楽があまりにもマッチしていて、はらりと泣けた。キャリアの中で最高のものが出来た。それが嬉しい。楚々としたものを作ったはずだったのだが、充分にクドかった。おっかしいなぁ、そんなはずないんだけど。でも、それは性なんだと思うよ。問題はどうやってユーザーにこの音楽を伝えたらいいのか。「実験的作品」として片付けられたくない。だから、信頼している友人たちらスタッフを呼んで、試聴会を開き、アイデアを募ろうと思っている。i believe in you。



シャーマンと過ごした4日間
2010/10/04, 15:33 | 固定リンク
10月4日 月曜日 雨
ディランがその昔、ローリングサンダーに会いに行って得られた感触は、ほぼこのようなものだったのだろう、と思う。
僕は4日間に渡って、シャーマンと行動を共にしていた。かつてメディスマンにも会ったことがあるし、グレイトスピリットと交信するネイティヴな人物とアルバムを作ったこともある。けれど、今回の経験はそのどれとも違っていて、あまりに多くのインスピレーションと愛を僕は受け取った。何かの前触れがあった訳ではない。約束もない。その人は僕の目の前に現れて、予定はいつも未定で、僕の役目はほぼ運転手で、その人を車に乗せて、いろんな場所に云われるままに連れていくのだけれど、そこにはいつも迷える魂が居て、その人が明確なヴィジョンを与えていくのを傍らからずっと見つめていた。そして、その人は一切、何の見返りも要求しなかった。
迷える魂の多くは自分のことを知りたがった。あるいは自分のことしか考えていず、ホリスティック・ビューに甚だ欠けていた。「だから、こうなるんだよ」。傍らで僕は苛立っていたが、その人はそこには触れず、迷えるものが具体的にどうすればいいのか穏やかに語り続けるのだった。現時点では云っても無駄なことがある。その包容力と忍耐力に僕はひれ伏すしかなかった。世の中を良くするとは、途方もないことだった。
毎日、僕は傍らで迷えるエネルギーを浴びていただけなのだが、ひどく疲れた。走って、それらを巻き返す気力もなかった。けれど、その人はまったく疲れを見せることもなく、「魚が食べたい」と云うだけだった。僕の5倍くらいの時間をかけて、魚のはらわたや骨や魂まで、黙々と頂いているのを傍らで見つめた。そうか、命を頂くとはこういう意味か。ある朝、僕は「おはよう」というその人の声で目覚めた。それは今までに聞いたことがない「おはよう」だった。実のところ、感動して泣いてしまった。人はたった四文字で何かを決定的に変えることができる。
その人から与えられたヴィジョンを最後の夜、ほぼ寝ずに反芻した。そして覚悟を決めて、スーツを着て、空港まで送り、自分の覚悟を伝えた。ぎゅっと抱きしめられて「息子よ、まっすぐに生きなさい。お前にはそれができる」と。
どうしてそのようなことが起きるのか、これまで不思議でしょうがなかった。けれど、今は必然なのだと思う。僕には役目がある。そのモチベーションは若かった頃よりもはるかに高い。ならば、行くだけなのだ。





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