2006/10/31, 20:07 | 固定リンク

10月31日 火曜日 晴れ 

 山の中で音楽制作に没入はしていた。でも、草刈りや掃除、家のメンテナンス、その他もろもろ。やることは山ほどあった。空いている時間に、ひとつづつ仕事をこなしていく。今日はカビていた食器を洗って、天日で干すとか。そんな訳で、食生活はヒドいものだった。殆ど「餌」。今日は夕方から地元の人々の宴に呼ばれた。いつも家族みたいに接してくれるし、実のところアルバム・プロジェクトに賛同してくれてたりもするし、熊本でのコンサートに来てくれたりもする。自分が旅している時には、阿蘇から熊本なんて、目と鼻の先みたいに思えるけれど、こうやって腰を据えてみると、熊本市はとても遠い。
 魚だとか、キノコだとか、グラタンだとか、エトセトラ。美味かった。人とも久しぶりに話した。愉しかった、ワン。

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by 山口 洋  

ミックス3日目

2006/10/30, 22:29 | 固定リンク

10月30日 月曜日 晴れ 

 都会での自分がウソのように順調に作業は進んでます。ま、どうせスランプがやってくるだろうから、調子のいいこと、書くのは止めておきます。息抜きの草刈りも順調です。町内の草刈り要員のバイトできる位には上達しました。次はチェーンソーを何とか。今日はこの家を建てた建築士さんが来てくれ、あちこち修理をしてくれました。考えてみると、人と会話したのは3日振りでした。薪ストーブも大掛かりな清掃が必要で、俺の手に余るので、ストーブ屋さんに随分前に電話したのですが、「あー、わっかりましたー。じゃぁ、こちらから電話しますねー」と云ったきり、ほぼ一週間。ま、地方なんで、そんなものかな、と。でももうすぐ何とかしないと凍死ですから。
 このあたりは軽トラの牙城で、制限速度が60キロだろうが何だろうが、我関せずと35キロくらいで悠然と走るおじちゃん、おばちゃんが沢山居ます。最初はイライラしてたんだけど、ま、それもしょうがないと思うようになったら、見えてくる風景も変わってくるのです。

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by 山口 洋  

ミックス2日目

2006/10/29, 22:27 | 固定リンク

10月29日 日曜日 晴れ 

 作業は順調に進んでいます。昼間はすべての窓やドアを開けっ放って音楽に向かっています。まれに好ましくない虫が珍入するけど、たいていは煮詰まった頃に心地よい風が入ってきて、何でここで仕事をしているのか、はっと気付かせてくれます。テレビも新聞もネットも何も観ないので、果たして世の中がどうなってるのか、まったく不明です。でもいろんな自分が聞こえてきます。山はこれから紅葉が進んでいきます。高原はこれから茶色に染まり、そしてfield of grayに向かっていきます。

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by 山口 洋  

ミックス初日

2006/10/28, 22:46 | 固定リンク

10月28日 土曜日 晴れ 

 今が一番いい季節かも、ね。山の中に居ると、この俺様が朝の6時に目覚めたりする。一番頭が冴えるのがこの時間なのだ。よって、午前中に1ラウンド、午後に2ラウンド目、夜に3ラウンドと、3つのクールに分けて仕事が出来る。山に来てまで、ワーカホリックだとは思うけど、地下室にこもっているよりはずっと楽。一日の移ろいを肌が感じられるのが素晴らしい。携帯が繋がらないってのは、いろんな迷惑をかけてんだろうけど、俺は気分いい。ごめん。

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by 山口 洋  

最大のピンチ

2006/10/27, 10:37 | 固定リンク

10月27日 金曜日 晴れ 

 久しぶりの二日酔い。本当は某先輩の店に顔を出そうとしてたんだけど、行かなくて良かった。福岡で本物の墓参りをして、阿蘇に向かう。拡がる空、新鮮な空気。云うことなし。やっと戻ってこれたよ。嬉しい。
 実はこの家、大変なことになっていた。今年の長かった梅雨のせいで、ホーンテッド・マンション化していたのだ。友人と近所のみなさんのおかげで、すぐに仕事が始められる状態になってはいたけれど。でも、落雷による停電で冷蔵庫の中がどうなっていたかって事は怖くて、ここには書けない。ここを元通りにしてくれた友人は、帰った後寝込んだそうな。ごめん。
 伸び放題の草は、それはもうひどい状態だ。でも、俺がやるべきことは機材のセッティング。順調に仕事は進む。すべての配線を終え、さ、あとは心臓であるコンピュータのチェック。が、しかしーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 奴はウンともスンとも云わなかった。起動すらしない。車の振動でイカれてしまったらしい。何てこった。エンジニアのTや魚大先生や、マネージャーHとやりとりしながら、やれることはすべて試したが、ダメだった。この山の中で、コンピュータが動かなければ、どうしようもない。俺の頭の中には「発売延期」とか、明日朝イチの飛行機でコンピュータを抱えて、東京に戻るとか、新しいのを買う(っつても特殊なものなので、ウん百万はする)とか、いろんな考えが蠢いていた。
 元はと云えば、こういうややこしい部分はすべて人に任せてきた俺が悪いのだ。使うことは出来るけれど、ハードの補修、維持はすべて人に任せてきた。この音楽用のコンピュータはその道の大家であるマスタリング・エンジニアのKさんがすべて組み上げてくれたものだ。俺は彼に電話して、現状を報告した。とにかく時間がない中で作業を進めているので、明日にでも東京に持って帰るから直して欲しいと。彼は事情を察して、電話口で全てを教えてくれた。「はい、山口君、そのフタを開けて、で、メモリーを全部外して、スロットをA6から一枚指して、拡張カードは全部外して、ロジックボードは云々、リセットボタンを押して、云々、電池を外して、云々」。彼の指示通りに作業して、出来たらまた連絡する。何度も失敗を繰り返して、最後にいつもの起動音で立ち上がった時には、真面目に泣きそうになった。よ、良かった。Kさんはもちろんのこと、関わったすべての人々の優しさが心に染みる。すべてのパーツを組み上げて、録音したファイルが動いた日にゃ、もう一回泣きそうになった。
 そんな訳で、深夜にようやくミックス体勢が整った。(写真参照)いやーーーー、かなりピンチだったな。さ、明日からがんばります。っつーか腹減った、何にも喰ってねーよ、俺。

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by 山口 洋  

爆走の果て

2006/10/26, 23:36 | 固定リンク

10月26日 木曜日 晴れ 

 午前6時に東京の家を出て、九州目指してひた走る。昔はこの手の無茶なこと、某外国なんかで良くやってはいたが、さすがに機材を満載しての1200キロの道のりはこたえる。でも、今日は微妙に一人じゃない。今年の5月に死んだうちの犬の骨を九州の土に還してやろうと。奴は白い壷に入ったまま、助手席にちょこんと座る。
 道中、某県で高速道路を降り、両親が最後に一緒に過ごしていた家(と云っても24年も前の話だけれど)に立ち寄り、父親が事故に遭って命を落とした場所で犬と共に手を合わせた。心の整理。悪くなかった。
 車は関門橋を越えて、九州に入る。福岡に着いたのは午後6時。ホテルにチェックインした時には地面が揺れていた。友人と故郷の美味いものを喰って、何と久しぶりに居心地の良い飲み屋に行って、居合わせたお客さんと博多弁で思い切り話して、爆睡。長い一日。そうそう、タクシーの運転手さんから日ハムの優勝を聞いた。北海道、良かったね。おめでとう。

by 山口 洋  

旅立ち前夜

2006/10/25, 21:37 | 固定リンク

10月25日 水曜日 日本晴れ 

 マスタリングまでちょうど一月となったこの日、必要な機材を厳選して、パッキング、自分の車に積んだ。結構な肉体労働だった。自分の仕事場でトラックダウンすればいいじゃん、といろんな人に云われたが、このアルバムは大自然と都会で曲が書かれ、録音もその両方で行われ、ツアーで小さな街を廻り、フィニッシュは山の中でやって完結する(はず)。携帯も通じないところで、高速回線もないところで、音楽に向き合ってみたかった。早起きして、飯を作って、喰って、音楽に向き合って、草を刈って、ストーブに薪を入れる。窓から一日と季節の移ろいを感じてみたかった。わがままと云われれば、その通り。バカと云われれば、そのまま。でも沢山の賛同の力をもらって、好きなようにやってきたからには、最後まで貫いてみたかった。明日はとりあえず故郷まで1200キロ走る。あぁ、この街であんな人に会ったなぁ、と思い返しながら、南下してみようと思う。

by 山口 洋  

my side, your side and the truth

2006/10/24, 21:16 | 固定リンク

10月24日 火曜日 雨 

 俺にとっては大切な曲だった。ある人に頼まれて書いたものだけれど、何度も歌っているうちに、大切なものになっていった。この曲を書き終えて、アルバムの要素は完結した、と思った。でも、そのレコーディングは順調とは云い難かった。問題はヴィジョンをメンバーに指し示さなかったことにある。俺が一人で多重録音するなら、と云うヴィジョンなら、いつもある。でも、このメンツでどうやってそれを表現したらいいのか、俺には分からなかった。いろいろと試しているうちに迷走した。メンバーを疲れさせた。そして時間的なリミットがやってきた。ベストを尽くしても、どうにもならないことが、この世にはある。
 クドいのか、しつこいのか、自分でも不明だけれど、どうしても俺はその曲を諦めることが出来なかった。だから、この2日間と云うもの。仕事部屋の隣にある有象無象に楽器が納められている空間を眺めては、手当たり次第に楽器を引っぱり出して、演奏した。1階にあるピアノも弾いてみた。でも、キーが難しすぎて、俺の手には余った。ふーむ。もうダメか。でも、音楽の神様は俺を見捨てなかった。録音した全ての楽器を軽い気持ちで、全部出してみた時、素晴らしい組み合わせを偶然に見つけた。欠けていたピースがはまるように。嬉しかった。さぁ、これで九州に帰れる。

 とある人がやってきて、こんな言葉を教えてくれた。「my side, your side and the truth」。「俺の云い分、君の云い分、何も間違ってはいない。でも、真実はまた別のところにあるのかもしれない」。

by 山口 洋  

R.I.P

2006/10/23, 23:21 | 固定リンク

10月23日 月曜日 雨 

 続・ファイルの整理。及び、ダビングもろもろ。あと1曲、整理を終えたら、九州に帰ろう。ばってん荒川さんの訃報。彼(彼女)を知らない九州人は居ないだろう。哀しい。

by 山口 洋  

ファイルの整理

2006/10/22, 23:12 | 固定リンク

10月22日 日曜日 雨 

 引き続き、ファイルの整理。それからトラック・ダウン用に運ぶ機材の整理。それから作曲を頼まれていた某ミュージシャン用に音源を作る。色気なし。アーメン。 

by 山口 洋  

次の旅路

2006/10/21, 22:09 | 固定リンク

10月21日 土曜日 晴れ 

 作業を終えたのが午前9時。このまま眠ると、昼夜逆転するからして、仮眠を取っただけで無理に起きる。トラックダウンは約一月に渡る孤独な作業になるので、心の阿蘇にこもってやることにする。っつーか、本当に間に合うのかっちゅー不安があるけど、やってみないと不明な事を不安がっても仕方ない。それに向けて、録音したファイルの整理をこつこつと。2~3日はそんな地味な作業に追われるだろう。
 昨夜コーラスを歌ってくれたアッコから嬉しいメールが来た。いわく、彼女のソロ・アルバムをプロデュースした際に、いろんな話を彼女にしたのだけれど、その時はあまり良く分からなかった、と(プロデューサー失格じゃん、俺)。けれど、自分たちのアルバムを制作しているうちに、それらがだんだん見えてきた。たとえば、それは周囲の人間に対する感謝の気持ちだったりして、話をしている際に、今、俺はこんな曲を書こうとしてるんだけど、書けないんだよ、と一節を歌ったらしい。昨夜、スタジオに来てみると、まさに俺たちはその曲をレコーディングしていた。だから、ヒートウェイヴの音楽にありがとうの気持ちを込めて、歌った。こんな風にどこかで繋がってるんだなぁ、と。人のプロデュースを引き受ける際には、いつも同じ話しかしない。手がけた作品が即何万枚売れますなんてことは、まったく分からん。ただ10年経過しても色褪せないものなら作りたいのなら、俺は全力を尽くす、と。そんな意味では、アッコと共に音楽を作ったことは幸福なことだったんだと、あらためて。それは俺にとっては、思いがけないプレゼントだったりもする。ありがとう。
 な、わけで新しいアルバムは男4匹とヤイコさん、とアッコっちゅー、俺たちにとってはとても珍しい組み合わせで作られたアルバムです。もうちょっと待ってて下さい。

by 山口 洋  

確かな奇蹟

2006/10/20, 23:32 | 固定リンク

10月20日 金曜日 晴れ 

 スタジオで過ごす最後の日。今、地球上で一番幸福な顔をしてるアッコさんが「手作りクッキー」を持って来てくれる。魚さんと共に、コーラスを録音。この形容はどうか、と思いながらも二人の声はザ・ピーナッツみたいだった。アッコ、アルバム出たばっかりで忙しいだろうに、ありがとよ。クッキーは幸福の味がしたよ。
 さて、どうにもこうにも行き詰まってた曲があった。やれることはやった。もうボツにしよう、と9割方思ってた。魚さんに相談した。彼は白いアコーディオンをケースから出して、バックウィート・ザディコみたいなフレーズを弾いた。時、既に深夜11時。残された時間も体力もわずかだった。俺はマンドリン、魚さんはアコーディオンっつー組み合わせで、演奏してみた。何かが、狭いスタジオに降りてきた。心の底から「イェーっ」と自分が叫ぶのを聞いた。我々は(っつーか魚さんのアイデアによるところが殆どだけど)9回の裏にサヨナラ・ヒットで、没になりかけてた曲をひっくり返した。こんな時、バンドってすげぇな、とか、人と音楽をやってる歓びってのを感じる。愉しかったし、何だかじーんとしたよ。諦めなくて良かった。最後の最後にこう云うシーンが待ってたのも、何か理由があるんだろう、と。結局のところ、家に帰る頃には朝陽が昇りかけていたけれど、嫌な疲れではなかった。押忍。

追伸
今日の写真は俺が撮影したものではありません。誰かが撮ってた。でも、とっても今日が写ってる。

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by 山口 洋  

殺伐と秋の風

2006/10/19, 23:00 | 固定リンク

10月19日 木曜日 晴れ 

 都内の某小さなスタジオに復帰。以前、俺はこのスタジオの階上に住んで(正確には居候)いたことがある。事務所ユースの部屋だったので、間仕切りも何もなく、柔道ができるくらいのだだっ広いスペースだった。14型のテレビしか持ってなくて、離れると何が映ってるのか分からなかったな、とか。はは。都会のド真ん中で、近くでオウムの幹部が刺殺されて、生活の香りがするものは何もなくて、スーパーマーケットさえ近くになくて、そんな部屋で俺は「tokyo city man」の殆どの曲を書いた。
 時は流れて。音楽業界はほんの一部を除いて、超がつくくらいの不況に陥ってる。ただでさえ狭いスタジオのロビーには、クラブ系の事務所が同居していた。仕切りを隔てて、あまりにもタイプの違う音楽が鳴っていた。せ、狭い。空気が流れていかない。魚さんと二人で、いくつかの曲にダビングをした。2部作で、シンプル極まりないコード(昨日ギターを始めた人でも弾けそうな)の曲があって、ずいぶんいい感じに仕上がってきた。音楽の中には秋の風が吹いていた。こんな時、創造力ってすげぇな、と思う。
 記憶を辿って、昔あったはずの店に晩飯を喰いに行ったが、見事に「全部」違うものになっていた。わずか10年くらい前の話なのに。仕方がないので、昔ハワイアン・フードを食べさせる店だったものが中華に変身してた店で、可もなく不可もないチャーハンを喰いながら、この国はどうかしてるよな、っちゅー話をした。
 最近、俺が腰が抜けそうなくらいびっくりしたニュースは、大蔵省の官僚が消費者金融の幹部に天下ってるっちゅーものだった。何だか、言葉を失う。モラルってものを期待するのが間違ってんだろうか?
 ままよ。そんな中で、音楽は進む。犬は吠えるがキャラバンは進む。嘆いてる暇があったら、そこの壁に立てかけてあるギターの中から、これだっちゅー奴を選んで、魂を込めて弾くことにしよう。俺にはそれしか出来ないんだから。14歳の誕生日に、Gのコードを友達に教えてもらった時、俺の人生は確かに変わったのさ。あれから、もうすぐ29年になる。

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by 山口 洋  

ファイルの整理

2006/10/18, 23:54 | 固定リンク

10月18日 水曜日 晴れ 

 自宅の仕事場で、録りためた膨大なファイルの整理をこつこつと。あんまり好きな作業じゃないけれど、何でも残しておくと、後で右も左も分からなくなるほど迷う原因になるからね。その昔、ミックスに向かうために、マルチトラックのマスターテープを持って、飛行機に乗ってた頃が懐かしいと云えば、懐かしい。今や、20cmくらいの大きさのハードディスクにこの一年で録音したものが「全て」入っている。便利と云えば、便利。あっけないと云えば、あっけない。俺たちの世代は、オープンリールやカセットから始まって、アナログからデジタルまで、すべてのマルチトラックの録音を経験してきた。そんな意味じゃ、恵まれた世代だったのかもしれんね。いい事も、良くない事も、全部知ってる。さぁ、マスタリングまであと一月あまり。それまで、やれることをやってみようと思う。明日からは都内の小さなスタジオで、2日ほど、レコーディング。小さな奇蹟が起こるといいけど。

by 山口 洋  

小さな街にて

2006/10/17, 22:58 | 固定リンク

10月17日 火曜日 晴れ 

 うちからほど近い小さな街の喫茶店で明星に会った。奴は一滴も飲まないから、昼下がりの野郎二人のお茶ってのも、経験してみると悪くなかった。奴の口から語られるアイデアは、ずっと俺があたためていたものでもあったので、愉しかった。月並みな言い方だけれど、夢を語るのは悪くない。

by 山口 洋  

欲深きは

2006/10/16, 00:42 | 固定リンク

10月16日 月曜日 天候不明 

 燦々と降り注ぐ太陽を浴びて、泥のように眠る。夜の9時まで死んだように寝る。起きて、何でこんな日々を送っているのか、考えてみたら、自分でも制御できないタチの悪い「表現欲」みたいなもんが、脳味噌のド真ん中に鎮座してることに気づく。昨夜なんて、わずか3行を歌う体力しか残っていなかった。それを歌ったなら、5分の休憩が必要になる。そこまでして、周囲を巻き込んで、俺は何やってんだろう?と自己嫌悪に陥る。
 どうやったら表現できるか不明だけれど、頭の中に鳴っている世界に近づいていく。それが間違っているとは思わない。けれど、現実には、体力、時間、予算、その他もろもろ。いろんな制約がある。それをも含めて、今できたことが自分の実力ってことになる。そう考えるなら、やれることをやることでしかないんだ、と妙に心が軽くなるのを感じる。今頃気づくな、自分ともう一人の俺が云ってるけど。

 カメラの中にはロクなものが残ってなかった。でも、この6日間、実際のところ眺めていたのはこんな風景でした。

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by 山口 洋  

抜け殻

2006/10/15, 23:44 | 固定リンク

10月15日 日曜日 晴れ 

 レコーディング最後のクール。とりあえず、このスタジオでの作業は終わった。最終日。家に辿り着いたのは午前9時。朝陽が目に染みた。最後は残存体力との闘いだった。久しぶりに抜け殻になった。魚さん、最後まで付き合ってくれて、ありがとう。激励に来てくれた友人達、ありがとう。エンジニアの田村。音を上げずに、プロとして仕事をこなしてくれて、ありがとう。云うまでもなく、メンバーもスタッフも記録係のOも、ありがとう。今日は寝ます。
 

by 山口 洋  

life still goes on

2006/10/13, 23:04 | 固定リンク

10月13日 金曜日 晴れ 

 気分を変えるために、地下にあるスタジオから外に出ると、もうT-シャツでは充分に肌寒かったりする。そっか、もう完全に秋なんだ、と当たり前の事を想う。1階にはコンビニエンス・ストアがある。俺はバス停の椅子に坐って、その店に吸い寄せられていく人々を眺める。人々にはそれぞれの事情がある。街道ではひっきりなしに車が通りすぎる。深夜でも、コンビニには物資が運び込まれる。今日のスポーツ新聞は新庄で埋め尽くされてた。あらためて、社会とか、街とか、すごいなぁ、と思う。さ、スタジオに戻って、もうひとがんばりしてみよう。

by 山口 洋  

泣き笑い

2006/10/12, 23:19 | 固定リンク

10月12日 木曜日 晴れ 

 午前5時。ボロ雑巾のようになって、スタジオから戻りました。与えられた時間、出来ること、単純に体力、そんなものと闘う日々です。決して音楽は戦闘的ではないけれど。魚さんが居なければ、リズムセクションが居てくれなければ、エンジニアのTがエロ話をしてくれなければ、Hが楽器の面倒をみてくれなければ、Oが味噌汁を買ってきてくれなければ、エトセトラ。そのようないろんな事象が幾重にも重なって、ある種の極限の日々の中、レコーディングは進んでいきます。ある人の言葉。「俺はあとどれだけレコーディングに関わっていられるのだろうか?」。明日の事は誰しも不明。ならば、このようなハードな日々でも、やりたいことをやっている日々は「ハピネス」のひとつの形かもしれん、と夜明けの首都高をぶっ飛ばしながら、切ない曲を聞いてそう思うのでした。i love you!

by 山口 洋  

レコーディング初日

2006/10/10, 23:59 | 固定リンク

10月10日 火曜日 晴れ 

 体力が落ちたのか、はたまた疲労が回復していないのか。とにかく、レコーディングと云うハードな状況に復帰するには早過ぎた模様。バンドがピークを迎える頃には、俺が終わってるっつー情けない状況。記録できなかったものは仕方がない。残りの時間をカウントしても、それは有限。今日は勇気を持って撤退だ。このまま頂上を目指したら、遭難する。だったら、さっさと寝るに限る。ま、そんな日もあるさ。

by 山口 洋  

レコーディング前夜

2006/10/09, 23:31 | 固定リンク

10月9日 月曜日 晴れ 

 アルバムに向けて、最後の一行を書き終えた。「音楽の場所、それは君の心の中にあるはずだ」。書いてて、何だかぐっときた。いろんな街で出会った沢山の人々の顔が浮かんでは消えた。さ、明日からレコーディング最後のクール。行ってきます。 

by 山口 洋  

月は見ていた

2006/10/07, 23:59 | 固定リンク

10月7日 土曜日 晴れ 

 何もしなかった。飽きるほど眠った。とある場所に行った。月が見ていた。日々やこの街を見ていた。悪くなかった。

by 山口 洋  

ツアー終了、東京にて。

2006/10/06, 23:56 | 固定リンク

10月6日 金曜日 暴風雨 

 今日に限って、どうして暴風雨なんだよ、と信じてもいない神を恨む。会場まで歩いていける俺ですら、傘をまともにさすことが不可能な天候。電車も止まってると聞いた。全く。おかげで、会場は満杯とは云えない状況だったけれど、この雨の中、足を運んでくれた人々が少なからず居てくれたことがとても嬉しかった。
 始めは天候のせいか、と思った。ステージと客席の中空に風景を描いてるつもりなんだけれど、どうにもうまくステージ上の風景が伝わっていないようだった。不思議に思ったので、終演後いろんな人々に聞いてみた。ある人物は「音がデカすぎた」と云い、別の人物は「音のバランスが悪かった」と云った。ふむ。そうだったのか。俺たちは一度も表の音を聞いたことがない。残念ながら、その望みは一生叶うことがない。だから、心から信頼してるスタッフに全てを託すしかない。音に正解はない。ある人にとって、暴力的だと感じる音量が、別の人物にとっては物足りないものだったりもする。体調や温度や湿度、客の入り具合、時間と云ったものも大きく影響する。意外に思うかもしれないけれど、うちのバンドで大音量を望んでいる者はひとりもいない。このクラスの箱であれば、楽器は生音でも充分に演奏できる。果たして、表の状況がどうだったのか、結局のところは俺たちには永遠に分からない。ただ、この箱に問題があるとすれば、PAブースが2階の端っこにある点にある。うちのエンジニアがいくら素晴らしい技術を持っていたとしても、あのブースから、全ての音を想像し、音を構築するには無理があり過ぎる。その点で客席の人々に対して、耳に優しい音を提供できなかったとするなら、会場選びを含めて、今後きちんと考えたいと思う。何故なら、我々のライヴに特殊効果がある訳でなく、「音」そのものが生命線だから。

 何はともあれ、ツアーは終わった。レコーディングしていない新しい曲たちも演奏して良かった。いいところも、そうでないところも、如実に見えたから。願わくば、足を運んでくれた人々にとって、「音楽の場所」や「力」を感じてもらえたら、嬉しい。この一年の歩みは、本当にタフなものだった。終わってないけど。タフなものだった。でも、俺は「人」や心が奏でる「音楽」を信じているし、笑っている顔、泣いている顔、エトセトラ。それらを見ているのが好きだ。この国もできるだけ自分の足で歩いてみた。相当ヤバい、状況にあると思う。音楽をとりまく環境もふくめて。でも、絶望はしていない。全くしていない。「人の落下を止めることが出来るのは愛だけだ」。この言葉にビリっと来てくれる人が居る限り、この世は捨てたもんじゃないと、俺は思う。ありがとう。少しだけ、身体を休めたら、レコーディングの最後のクールに向かいます。多謝&再見。

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by 山口 洋  

明日のために靴を磨こう

2006/10/05, 19:59 | 固定リンク

10月5日 木曜日 雨 

 この台詞、前にも一度書いた気がするけど。明日はアルバム発売前の最後のライヴっす。関東地方は今年、最後かな。な訳で、大雨らしいけれど、足を運んでくれたまえー。

by 山口 洋  

リハーサル

2006/10/04, 22:10 | 固定リンク

10月4日 水曜日 晴れ 

 リハーサルです。メンバーのみなさんはそれぞれ全く違う種類の音楽に取り組んでいた模様で、演奏してると、それが如実に分かるのが面白い。やり過ぎることなく、新鮮な気持ちでライヴに臨めそうす。あとは、体力の回復だけ。でも、「腹減った」とか思うようになったんで、大丈夫っす。ご心配なく。10/6は思いっきり渋谷でポーグスのライヴとかぶってんだってね?何てこったい。でも、待ってるぜ。
 

by 山口 洋  

むぐぐぅ。

2006/10/03, 22:10 | 固定リンク

10月3日 火曜日 晴れ 

 昨夜、リハーサルから帰った途端に身体に変調。っつーか、おまえ、あと一本、ライヴが残ってるっつーの。でも、発熱してしまったものはしょうがない。せっかく、かつ唯一のオフを、一日中布団の中で過ごした。むぐぐぅ。

by 山口 洋  

リハーサル

2006/10/02, 22:17 | 固定リンク

10月2日 月曜日 雨 

 昨夜ホテルに戻ったのが午前3時半、それからツアーの残務整理をして、終わったのが朝。そのまま新幹線に乗って、乗り物で眠れない俺が道中4時間完全なる気絶。で、東京に着いた足で、リハーサルに向かいました。せっかくメンバーが集まってるにも関わらず、俺が使い物にならず。失礼しました。

 ソロ・ツアーは僕にとって実りあるものでした。今のこの国を知らなかった角度から存分に見ることができたし、アルバムに足りない要素も見えてきたし、云うまでもなく足を運んでくれた人々、そして力を尽くしてくれた人々に心から感謝します。ありがとう、ありがとう。今日はおふとんの国に久しぶりに帰還です。

by 山口 洋  

最終日、広島にて

2006/10/01, 23:32 | 固定リンク

10月1日 日曜日 雨 

 ライヴを終えて、飲んで、ホテルに戻る。出会った人々の事を思い返しながら、それを綴り、膨大な数のメールに目を通して、酒を飲んで無理に眠ろうとするも、結局眠れず。意識を失ってるのは、いつも朝。昼前にホテルを追い出され、飛行機か車か列車に乗って、次の街へ。空港か駅からホテルに向かい、部屋で仕事の出来る体勢を整える。たまに歌詞を書き、必ず絃を換えて、今日のメニューを考え、歯を磨いて、会場に向かう。沢山の再会があって、短いリハーサルをして、本番を迎える。俺は毎日でも友人たちは一期一会。夜の街に出て、最近は大人な酒を飲んで、ホテルに戻る。一日に無数の握手をハグを繰り返す。それが俺の日々。今日でとりあえず、今年のツアーは終わりだ。人生は一回きり。No regrets。
 このツアーは本当に一人で廻っている。マネージャーもローディーも物販のスタッフも居ない。機材も限りなくシンプルになっていく。いろいろあるより、最初から何もない方が策に溺れない。ギターとPAをつなぐケーブルは1本しか持っていない。ハーモニカもだんだん減って3本になった。チューナーなんて、そんな重たいものは持ちたくない。今回もヤイリのギターは何のトラブルもなく、俺の酷使に耐えてくれた。ありがとう。一彦も昨日はギター2本を抱えてたけど、今日会ったら、1本に、エフェクターは3つが1つに減ってた。はは、何だか笑える。誰かが、各地に友人が居ていいね、って云ったけど。本当にそう思う。日本全国、どこに行っても彼等が俺を助けてくれる。本当はひとりひとりに再会して礼を云いたい。でも出来ない。だから、音楽に魂を込める。ありがとう。君たちが居てくれなかったら、今頃、俺は路頭に迷ってた。俺は一人だけれど、独りじゃない。昨日は祝電と弔電を打った。祝いにも弔いにも行けなかった。でも仕方ない。

 目覚めたら、雨だった。それもよかろう。

 広島にて。ツアー最終日。だと云うのに、俺は観客との距離を掴みかねていた。藤井一彦が乱入してくれて、俺は何を力んでたんだろ、と本来の姿を取り戻した。ありがとう。広島もまた、多くの友人達が尽力してくれてた。本当にありがとう。それぞれの人生はそれぞれの新しい方向に向かってる。願わくば、幸あれ。結局のところ、大人しめとは云え、充分に狂乱の「ヒロシズ・ナイト」が某場所で繰り広げられ、ホテルに戻って、これを書いてるのは充分に朝だった。

 何とか、ツアーをやり終えた。出会った人々に心から感謝を。多謝&再見。

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by 山口 洋  
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