余白

2007/08/31, 21:37 | 固定リンク

8月31日 金曜日 晴れ 

 山に居るのは静かに自分と向き合いたいからです。テレビも新聞も高速回線も携帯電話も何もないと、いろんな自分が見えてきます。雲や山や風や雨に「ありがとう」と云う気持ちが湧いてきます。けれど、彼等と通じ合う言葉を持たないから、音楽に向き合っている。そんな言葉をどこかで読んだ記憶があります。
 録りたかったものは、ほぼ録音し終えました。明日からはミキシングをしています。何も足さない、何も引かない。ただ、そこに人が居て、ギターを持って歌っているだけ。相変わらず、俺、音程悪いなぁ、と思いますが、それもまた、あるがままに。
 現代社会には余白がなさすぎると思うのです。たまにテレビをつけても、間断なく音楽が流れている。けれど、思うにそれはまったく効果的ではない。ある種の洗脳のような気さえしてくる。ニュースにまでBGMがつくに至って、絶望的な気分になるのです。自分が持っているメンタリティーとは「余白」あるいは「隙間」、「マージン」と呼んでも良いものだと思うのです。例えば西洋の絵画は背景まで塗られているけれど、日本画は淡くて余白がある。そのようなものだと思うのです。音と音の隙間から、聞いた人が何かを感じる「余白」のある音楽。そんなものが作れたらと夢想しています。

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by 山口 洋  

伝統とか必然とか

2007/08/29, 22:10 | 固定リンク

8月29日 水曜日 晴れ 

 ハートランドにまつわるいろんな人の尽力によって、とある奥深い山里に伝わる伝統の焼き物の窯元にお邪魔したとです。そこで聞いた、いろいろな話は現代にモノを作って生きていく上で大きな示唆に富んでいたとです。静かな、深い感銘を受けたとです。その内容は俺が咀嚼するまで、ちょっと待っていて下さい。とある匠は俺と生まれた年が同じ。誕生日もわずか3日違い。そっか、こんなところに居たのか、ご同輩。

 その昔、我々が福岡に居た頃。無限会社地獄商事と云う名のもとに、沢山のスタッフがバンドのために働いていてくれてたとです。そこに猫が捨てられていたとです。我々はそいつを当時我々のドキュメンタリーを撮影していたNHKのディレクターから名を借りて、「木寺」と呼んで可愛がっていたのですが、どうにもこうにも忙しくて世話が出来ず、当時やっていたラジオ番組を通じて、心ある方にもらってもらうことになりました。その猫が今日、亡くなったと。18歳だった、と。奴も幸福な人生(猫生)だったんだろうなぁ、と胸が熱くなったとです。ありがとう。

 9月から、またツアー再開です。お子さん連れでも遠慮なく。その旨、スタッフに伝えておきます。

by 山口 洋  

夏の終わりに

2007/08/28, 23:59 | 固定リンク

8月28日 火曜日 晴れ 

 もうすぐ夏が終わるね。冗談のように輝くでっかい月がベランダに俺の月影を作り、夜露に濡れながら、彼からのメッセージを受け取るのでした。「儚さ」は外国に暮らす人に英語で説明するのがいちばん難しい感情で、それは心の何処かに、いつもあるのです。だから、今日一日を愉しいものにしよう。そう思って生きてるんだな、とこの頃良く思うのです。
 昨夜は地元の人に招かれて、壮大な酒席。そして飲み過ぎて、今日は撃沈。間違って歌おうものなら、出してはいけないものまで出てしまいそうだったので、犬のごとく尻尾を巻いて、ひたすら寝る。北海道の友人から、畑で取れた野菜が届く。福岡から旧くからの友人達が訪ねてきてくれる。知り合いの訃報を聞く。そんな一日。

by 山口 洋  

ドラゴンフライ

2007/08/27, 17:04 | 固定リンク

8月27日 月曜日 雨 

 日に日にトンボが増えていくとです。わずかだけれど、秋の香りがするとです。最初は「もっと良い音で録ろう」とかそんな邪心も働いていましたが、だんだんそんなこと、どうでも良くなってきたとです。その日のヴァイブレーションをキャッチして、トンボとかキツネとかタヌキとか空に向けて、ただ歌を歌うとです。雷が鳴ったら、それはそれ。激しい雨が降ったら、それもそれ。カラスだのヒグラシだの、無数の虫や自然の音と共に、音楽が記録されていくとです。自分に課したテーマはただひとつ。一切のオーバーダビング、及び修正を施さないこと。聞いてくれる人が、ここのスペースで同じ時間を共有しているように響く音楽。それを目指して、作業は続いています。

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by 山口 洋  

セットアップ

2007/08/23, 23:16 | 固定リンク

8月23日 木曜日 晴れ 

 朝早く、黒山羊さんから荷物が着いた。渡辺圭一監督の映像と平行して、また別の映像チームによるライヴDVDの編集が進行中なのである。「Land of music」のツアーを観た人はご存知だと思うが、ツアーで映像を担当してくれた連中が、ライヴDVDも編集してくれている。彼等なら通常のライヴDVDとは違ったものを創ってくれると思ったからだ。手始めに2曲送られてきたのだが、掛け値なしに素晴らしかった。こうやって日本のあちこちで「Land of music」が増殖していきつつある。嬉しい。
 渡辺監督から「ロッカーの草刈り」の映像を自分で撮影してくるようにと指令を受けた(用途は監督のみぞ知る)が、機材のセットアプや壊れた家の補修で一日が暮れた。さぁ、明日からはやんわりと作業を始めよう。
 

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by 山口 洋  

やりたい事と内包する矛盾

2007/08/22, 20:59 | 固定リンク

8月22日 水曜日 晴れ 

 結局、一睡もすることなく朝4時に東京を出た。もうこんな無茶は止めようと思うが、14時間車を運転し続けて、俺はハートランドに帰った。ほんの思いつきだ。でも、訳もなくそのレコーディングをしたくなった。適当に機材を見繕って、ギルトとマーチンとヤイリを積んで、車を走らせた。道中、いろんな想いが頭をよぎる。何だか、地球は決定的にヤバい。だと云うのに、俺は化石燃料を使いまくって、Co2をまき散らして、音楽を作る。今日一日で少なくとも俺は80リットルのハイオクのガソリンを使った。何日か、あまりに寝苦しいので、28度に設定したエアコンをつけて寝た。心が痛い。生きてることは矛盾だらけだ。
 道中、ブルース・スプリングスティーンの新作「live in Dublin」を聞いていた。多くの敬愛するミュージシャンが年齢を重ねると、ルーツ・ミュージックに回帰する。けれど、このアルバムは今までのどれとも違っていた。うまく咀嚼できていないのだけれど、一言で書くなら、とんでもないアルバムだった。しばし混乱して、ipodをシャッフルにして聞いていたら、今度は彼が自宅に引きこもって作ったアルバム「ネブラスカ」が流れてきた。何なんだろ?この男のとてつもない振り幅は?
 結局のところ、人は「やりたい事と内包する矛盾」を抱えて生きている。そうやって歩いていくことでしかないのだ。多分。俺はこのハートランドで、3本のギターとシンプルな演奏で、それを確かめてみようと思う。

by 山口 洋  

困難を解決する道

2007/08/21, 23:13 | 固定リンク

8月21日 火曜日 晴れ 

 実のところ、2005年から2007年にかけての我々の「new album project」は記録係のOによって、映像で克明に記録されていた。任命したのはほぼ俺だ。愚鈍だけれど、人並みはずれた奴の情熱に賭けてみたかったのだ。何故なら、そのプロジェクトは広義に於いて、誰しもがぶち当たる命題に向かっていくものだったし、何処に辿り着くのか不明のまま旅に出ることを記録しておくことはひどく意味があることだと思えたのだ。
 奴は仕事も辞め、記録、編集、監督業に没頭した。しかしながら(これは表現者誰しもがぶち当たる命題なのだけれど)没頭するあまり、客観性を見事なまでに失ってしまった。残ったのは数百時間に及ぶ、膨大な数のテープ。そこに渡辺圭一が現れた。奴の頭の中がどうなっているのか、俺は知らないが、長い間、奴と活動を続けてきたのは、俺にはない「何か」を奴が確実に持っているからだ。だから、俺たちの間には音楽の奇蹟が生まれる。最終的に話し合いの場を設け、渡辺某が監督業に、Oが編集を担当することになった。
 今日、3分の1ほど完成したその映像を観に行った。俺は口にするべき言葉がなかった。Oの情熱と渡辺某のセンスが見事なまでに融合していたからだ。きっと完成するまでには幾多の困難があるだろう。けれど、俺もその日が来るのを楽しみにしている。きっと、困難を解決する道は何処かにある。こうやって関わった人間達の総合力で、新しい道が拓けていくのを観ているのはとても嬉しい。それこそがヒートウェイヴを始めた時に俺が夢想したもので、個として独立して時代を生き抜くための鍵なのだ。きっと。
 プロジェクトを始めたとき、「land of music-音楽の場所」は希望的観測として「あって欲しい」と願っていた。けれど、今となっては。それは確かにこの世の中に存在しているのだ。そのことを、これらの映像作品で人々に伝えてから、我々は次の場所を目指そうと思っている。ありがとう。

by 山口 洋  

突然

2007/08/20, 14:53 | 固定リンク

8月20日 月曜日 晴れ 

 突然に。いつもの直感ってやつが「今までやってきたことを」、「シンプルな形で」、「録音したらどうなん?」、と申しました。なので、ある場所に向かって、旅立つべく準備を進めています。何のプレッシャーもなく、やりたいことを突然実現できる人生に少しだけ感謝しています。詳細はまた追って。

by 山口 洋  

アライグマとタテタカコ、大阪にて

2007/08/16, 21:43 | 固定リンク

8月16日 木曜日 酷暑 

 九州のハートランドで草原の風に目覚め、温泉に入り、覚悟を決めて、博多駅で新幹線に乗りこむ。通路まで人がはみ出していて、昨日某Aが苦労して指定席をゲットしてくれていなければ、と考えただけでぞっとする。道中、否応なしに苦手なクーラーと隣のおっさんの汗臭さっちゅーダブルの攻撃を受け、新大阪に降り立った時には激しい目眩が襲ってくる。ここはいったい何処だ?ヴェトナムか?タイか?寒暖計は37度をさしていたが、確実に俺の体温よりもナニワの外気の方が暑かった。
 本当ならハートランドに居れば良かったのだ。でも今日、酷暑の大阪に来たのには訳がある。青森のイカレポンチ=ヒロシ(多分52)が俺の耳許で「タテタカコ、たてたかこ、タテタカコ」とブレインウォッシュしたからだ。「そんなに好きならアルバム聞かせろ!」と俺は云ったが、奴は「いかん、まずはライヴを体験しろ」と強情に言い張る。この頑固者めが。でも俺は奴の耳を信用している。だから今日、彼女と同じステージに立つことになった。
 残念ながら、全面的にライヴを観ることは叶わなかったが、数曲一緒に演奏した。ミュージシャンはステージの上で、出している音が全てだ。その中から、彼女のこれまでとこれから、軋轢と願い、アライグマとコロボックル、ヒロシ(多分52)が勧めるワケ、エトセトラ。いろんなものを受け取った。確かに大した魂だった。何よりもその目がまっすぐで美しかった。これだから人間は止められん。ありがとう。にゃん。

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by 山口 洋  

そして夕立 夏草の匂い

2007/08/15, 14:06 | 固定リンク

8月15日 水曜日 晴れ、

 朝露に濡れた夏草が朝陽に輝いてくる。夏の朝の光景。もったいなくて午前6時に起きて草刈りをする。多分、バイトが可能な腕前には進歩した、かな。何故か携帯もまったく通じず。都会じゃ、連絡が取れなくてイライラしてる輩も居るに違いないが、たまには許してもらおう。夕方に考えられないくらいの暴力的で美しい夕立が降り、1時間後にはひぐらしが合唱を始める。謎の物体がシャンプーの入れ物をかじった、とか、せっかく植えた植物があまりの草に見分けがつかない、とか、杉の若木が風で折れた、とか。そんな日々。明日は都会のド真ん中に戻る。

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by 山口 洋  

迎え火と送り火の中

2007/08/13, 18:47 | 固定リンク

8月13日 月曜日 晴れ 

 お盆にたまたま故郷に居ることが出来たから、墓参りに行った。静かに先祖と語る時間は嫌いじゃない。そして、久しぶりに我がハートランドに戻った。わずかな時間だけれど、日本中を旅してる自分への短い夏休み。迎え火を焚いて、居なくなった人々と静かに過ごそうと思ってる。その前に草刈りが待ってるけど。

by 山口 洋  

北九州若松、高塔山にて

2007/08/12, 11:29 | 固定リンク

8月12日 日曜日 晴れ 

 北九州に飛んだ。眼下には雪のない富士山(写真参照)。
 北九州は若松、高塔山でのイベント。満足にリハーサルもできないまま、出演を決めたのには訳がある。もうずっと昔の話だけれど、池畑さんがルースターズをやる前、今日のこの場所でバンドの練習をしていたからだ。その時代にはスタジオなんてものはなかった。だから、みんな苦労して練習場所を見つけたものだ。金持ちの息子のガレージとか、農家の納屋とか、もろもろ。若松にかかる橋、その名も若戸大橋は、俺が生まれて初めてみた吊り橋だった。おじさんに連れられて、生まれて初めて「ジンギスカン」を喰ったのもこの街だ。だから、バンドの名前を「池畑潤二&ヒートウェイヴ」にしてみたのだけれど、確かに今日の池畑さんのドラムは聞いたことのないものだった。随分置き去りにもされたけど。ひひ。こんな風に音楽はとてもメンタルなものなのだ。それが愉しい。呼んでくれて、ありがとう。

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by 山口 洋  

bringing it all back home

2007/08/09, 19:34 | 固定リンク

8月9日 木曜日 晴れ 

 東京、新潟、柏崎、高岡、金沢、白川、高山、松本、東京。 6日間で移動した距離、約1400キロ。4本のライヴをやって、浴びるほど飲み、あまりに多くの人々と会って、都会に戻る。随分と旅にも慣れてきた。初めての街に着いて、その土地の空気を吸って、簡単なリハーサルをやって、本番までの緊張感を整える。その街に来た意味はライヴの中で見えてくる。ありがちな小屋はシステマチックすぎて、どうやら俺にはあまり向いていないようだ。楽屋に落書きなんかがある場所。不足はないけど、何かがない。何かが激しく欠落していても構わないから、真ん中に音楽への溢れる愛さえあれば、あとは大抵どうにかなる。今年は机の上で音楽に向き合うのは止めようと思ってる。動きながら、人と会いながら、音楽と戯れてみよう、と。飽きるまで。

 久しぶりに戻った家はカビカビになっていて閉口した。けれど、心は妙に晴れやかだった。多分そこに風が吹いているからだろうと思う。

by 山口 洋  

摩訶舎と嘘のない人生、岐阜県高山市にて

2007/08/07, 23:32 | 固定リンク

8月7日 火曜日 晴れ 

 俺はホテル暮らしが嫌いである。ツアー暮らしのミュージシャンには二種類居て、ホテルの無味乾燥な空間をあっと云う間にデコレーションして、自分の空間に変えてしまうタイプと、俺みたいに「そこは単なる寝ぐら」としか考えずに外で飲んだくれるタイプに大別される。俺はまれに部屋の入り口からベッドまでのわずか数メートルを歩く気力もなく、床に倒れていることがある。前述のミュージシャンは自分のトランクからわざわざ洋服を備え付けのタンスに入れたりする。俺に云わせれば「明日、どうせ出さないかんやん」ちゅー話なのだが、彼等には「少しでも自分の家みたいにしてくつろぎたい」と云うレッキとした云い分があるのだった。
 
 そんな話はさておいて。「飛騨の里」の近くにそのとんでもない場所はあった。名を摩訶舎と云って、「せっちゃん」と云う日本のオリジナル・ヒッピー世代が切り盛りしてる店だ。何がアナーキーでまっすぐかって、そのような言葉を書き連ねることが、今となっては陳腐に感じる。彼は子供のように大人で、とても魅力的な言葉を話し、彼は彼であって、以上でも以下でもなかった。高山が8万都市であるのなら、せめて一人くらいはあのような人物が必要だ。そこに集まる人々も素晴らしかった。随分と前、この街に種を撒いてくれた連中が居て、そして今日がある。ありがとう。と、俺にはいつもの言葉しか浮かばない。この街に来たのなら、ピッキンと云う店でランチを喰って、摩訶舎で飲んでみてくれ。帰りの足も、摩訶舎が開いているのかどうかも、俺は保証できないけれど。でも、幸運な事に、彼に会えたなら、ある意味に於いての「嘘のない人生」がそこにはある。ありがとう。

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by 山口 洋  

トンガ経由、結を学んで、岐阜県高山市までの道

2007/08/06, 20:52 | 固定リンク

8月6日 月曜日 曇り 

 金沢。海外青年協力隊でトンガに行っていた藤森君が始めた店「saipe」でトンガ料理を食す。彼の人生や食に向けての志があまりに「粋」だったので、金沢を訪ねた際は是非、行かれたし。ちなみにトンガ料理、とてもヘルシー。余談だが、「saipe」の隣は「文明寿司」っちゅー鮨屋で、これまたアンビリーバブルなプライスで、美味い鮨を喰わせてくれる。100点。
 高山までの道中、かねてから行ってみたかった白川郷に寄る。「結」。素晴らしい。この国は原発も作るけど、稀に本当に素晴らしいものを大事にしている。
 高山。これまた素晴らしい街。普段喰わないくせに、つい「飛騨牛」を食してしまい、どんなに美味い牛でも、やはりあまり好きでないことを悟る。さ、いいバーを見つけて、軽く飲んで今日は寝よう。明日は久しぶりの高山です。みんな来てね。

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by 山口 洋  

近江町でホワイトアウト、金沢にて

2007/08/05, 23:48 | 固定リンク

8月5日 日曜日 晴れ 

 金沢。店主、熊野の挑戦に乗ってみることにした。曲目は殆ど熊野が決めた。それもよかろうと、思ったのだ。俺はこう見えてもヘタレで保守的なところがある。破壊、だ。1曲目「裏腹」。ま、まじすか。そんな感じでステージは進み、後半は息切れして完全にホワイト・アウト。情けないと云えば、情けない。でも、得たものは沢山あった。
 俺の大好きな近江町(知ってるかい?素晴らしい市場なんだよ)も再開発が進みつつある。状況を聞いてみれば、一筋縄ではいかないようで。門外漢がどうこう云える立場にもない訳で。でもオープニングで歌ってくれたその名も「近江町バンド」の「近江町!」と連呼するだけの歌は相当好きだった。形あるものは崩れる。新しいものは古くしかならない。けれど、それらは少なくとも俺にとっては「絶対」ではないのだ。だから、愉しく抗い続ける。いつも、ありがとう、金沢。熊野、お前も若くないんだから、身体には気をつけろよ。

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by 山口 洋  

千のガーデンに吹き抜ける風、富山県高岡市にて

2007/08/04, 23:03 | 固定リンク

8月4日 土曜日 晴れ 

 主催者Wに連れられて、富山湾が育んだ鮨を頂いた。毎度ながら、あまりに素晴らしくて詳細はここには書きたくない。これでも魚たちは夏バテしてるんだそうだ。
 千のガーデン。田んぼの真ん中のカフェ。無口で実直で情熱のあるマスター、いつも尽力を惜しまないスタッフ、ケーキ、酒、W、高岡の人々、エトセトラ。幾分酒が廻ってグワングワンの俺には今や言葉が見つからず。伝えたいことはライヴの中で出しきった。一緒に演奏してくれたマリリンとピアノの彼女はとっても素晴らしいミュージシャンで、そして人間だった。何故なら、彼女たちは二人合わせて4名の子供を育てながら、音楽を続けている。いつも空気を読んでいた。演奏中も、そうでない時も。今更ながら教えられる。俺たちはミュージシャンである前に一人の人間なのだ。Wが続けてきたことは次第に実を結んできた。いつか、これらの想いの集合体は「祭り」になるだろう。この田んぼの真ん中で。ありがとう、ありがとう。みんな元気で。

追伸
ほぼ、私信だけど。O君、来てくれてありがとう。俺、あんたと話したかったよ。

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by 山口 洋  

爪痕、中越、北陸を往く

2007/08/03, 17:07 | 固定リンク

8月3日 金曜日 晴れ 

 昨日は長距離移動で疲れ果てていた。しかし、ステージに上がったら、その疲れは吹っ飛んだ。そしてライヴが終わったら、急激に倍増した疲労が襲ってきた。真面目な話、飯を喰う気力も残っていなかった。でも、そのままホテルに帰るのは嫌だった。俺にはクールダウンが必要だった。バーへ行った。楽器が沢山置いてあった。ついつい演奏してしまった。そこのオーナーや居合わせた客も交えて、2ステージ目を敢行した。俺はどんなに疲れていても、演奏すると元気になる悪い癖がある。
 新潟は暑かった。東京のそれとはまた種類が違う。コシヒカリのように暑い。ねっとりと暑いのだった。俺は新潟で米を喰いそびれた。こんなに一面に田んぼが広がっていると云うのに。先だっての地震で被災したエリアを抜けた。高速道路もあちこちがぐにゃりと曲がっている。胸が詰まる。自分に出来ることは何だ?と自問自答しながら、その光景を網膜に焼き付けた。いつも、いつもそうなのだけれど、テレビで観るのとは大違いだ。俺はいつも遠くの出来事に優しい。クソったれだ。そもそも何故、中越に「東京電力」の原発があるのだ?どう考えてもおかしくないか?渋谷では無意味なほど、ネオンや音楽が垂れ流されている。俺が音楽をやるための電力もここでまかなわれている。自分に中指を立てたくなる。クソったれだ。
 高岡のホテルに着いた。窓から街や山並みを見つめながら、俺は自分に出来ることを考えている。

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by 山口 洋  

酷暑の新潟にて

2007/08/02, 02:30 | 固定リンク

8月2日 木曜日 晴れ 

 しかし、遠い。新潟はデカい。道路案内に「新潟県」と出てから遠いこと、遠いこと。俺が知る限り北海道の次にデカいね。新潟は。湘南を出て、ほぼ7時間。ようやく新潟名物の一歩通行をくぐり抜けて、小屋に辿りついた。でもって、暑かった。寒暖計は37度をさしていた。ほんとかよ?冬には雪が積もる新潟だよね?
 こんな風に日本は広いのだった。テレビのニュースをアテにしてはいけない。自分の足で歩く日本は全然違うのだ。本当はニュースで伝え聞いたあの街にも、あの街にも行ってみたかった。でも、その前に新潟県はあまりに「巨大」だったのだ。
 ライヴ、楽しんでくれたかい?俺はいろんな意味を込めて、精一杯演奏したよ。終演後、初めての店に行ったんだ。「a qu q qu」って店なんだけど、サイコーだよ、ここ。店主も客もバカだ。音楽を取ったら、何の取り柄もない。俺と同じだ。だから、次からここに来る。必ず来る。どう考えても30人くらいしか入らないけど、だったら複数回やる。ここの店主と客と演奏したんだ。多分1時間くらい。いつもの直感だけど、この店が潰れず10年保ってくれるなら、多くのミュージシャンがやってくるだろうと、いつもの直感がそう云ったんだ。なので、俺を信じてくれるなら、ここに行ってみてくれ。場所は今日ライヴをやったとこのワンブロック先だ。じゃ、またね、新潟。必ず戻ってくる。

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by 山口 洋  
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