i believe in you

2009/09/30, 20:27 | 固定リンク

9月30日 水曜日 雨

 昨日の夜からオレの足は変調をきたしていた。多分、身体のポテンシャルよりも、無意味な根性の方が上回っているのだろう。パンパンに腫れていて、靴をはくことすらできなかった。すべての足の指が隣の指と擦れ合って腫れている。ふーむ。それでも走りたくなるのはどうしてだろう?ジャンキーかもしれん。でも、「i believe in you」。ちょっと前にオレは誓いを立てた。一歩づつそこに近づくために、それを諦める訳にはいかない。雨の中、ゆっくりと10キロ走った。悪くなかった。

 追伸
明日はスターパインズでソロのライヴです。気軽に遊びにきてください。いいハコだよ。

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by 山口 洋  

完走

2009/09/29, 17:45 | 固定リンク

9月29日 火曜日 曇り 

 オレが走らせてもらってる海沿いのサイクリングコースは全長7.7キロ。往復すると15.4キロ。今日は午前中にそれを制覇。ちょっと、達成感あったなぁ。このコースを初めて走ったとき、隣の市に行くのが目標だったもんなぁ。

インタビュー第五回です。どうぞ。
http://d.hatena.ne.jp/theRising/20090929

by 山口 洋  

誕生日

2009/09/28, 17:55 | 固定リンク

9月28日 月曜日 晴れ 

 亡母の誕生日。手紙やメールや、花をたくさん送ってくれて、ありがとう。夜になったら、静かにその魂と乾杯します。

 全身小説家ならぬ、全身筋肉痛。息も絶え絶えになりながら、夕暮れの海沿いを走っていたら、ギターの弟子で、サーフィンの先生、爆走してくるY君とすれ違った。おぬし、速い。

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by 山口 洋  

海辺の芋煮

2009/09/27, 12:53 | 固定リンク

9月27日 日曜日 晴れ 

 多くのミュージシャンから姉、あるいは祖母(失礼)と慕われているTさんが「ヒロスに芋煮、喰わしてやっからよ」とバリバリの山形なまりでやってきた。かくいうオレもツアーで死にかけてるとき、彼女の納豆汁で生き返ったことがある。駅まで迎えに行ったら、昔、ローカル線で良くみかけた行商のおばさん(失礼、再び)みたいに、とてつもない量の食材を抱えてた。ちなみに彼女のメールアドレスは「kounenki」で始まる。まったくもう。作ってくれるのは芋煮だけだろうとタカをくくっていたら、とんでもない。あけびの炒め物(喰ったことある?東北のゴーヤと呼ばれてるらしい)、バルサミコ入りのれんこんのキンピラ、切り干し大根、北海道の絶品シャケ、菊とじゅんさいのおひたし、栗ごはん、エトセトラ、エトセトラ。うちの台所を、あっと云う間に居酒屋に変えてしまった。とても一人じゃ喰いきれないので、近所の友人達と食卓を囲んでバカ話に熱中。美味かった。美味すぎた。しかし、食い物とか東北人のばあちゃんの知恵とか、すごいなぁ。人を元気にするなぁ。今度は母の味に飢えてる連中、ずらりと揃えておくんで、また作りに来てね。御礼は肩もみしかできないけど。ありがと、姉ちゃん。

追伸
来週、人生初のマラソンに参戦します。つっても10キロだけど。初心者ゆえ、怪我しないように完走を目指します。

by 山口 洋  

走る

2009/09/26, 17:10 | 固定リンク

9月26日 土曜日 晴れ 

 コンスタントに10キロ走るようになって、みるみる身体つきが変わってきた。心が締まったのかどうかは別問題として、洋服のサイズがひとつ落ちて、すべてガバガバになってしまった。多分、市販されている男物のジーンズにこれ以上小さいサイズはない。これって魚ちゃんサイズじゃん。まぁ、痩せた訳じゃなし、余分なものが落ちたんだから、それでいっか。
 始めた頃は「何も考えない」ことが良かった。けれど、最近はいろんなものが目に入ってきたり、感じたり、考えたりする。まれにフレーズの断片や歌詞が浮かんでくるけれど、それを書き留める方法がなくて、苦労したりする。海は二度と同じ表情をしない。夕陽も風もまた同じ。彼らは生きていて、僕らは生かされている。どんなにキツい日でも、目標にたどり着けないことはない。今、この瞬間のことだけを考えて、一歩づつ足を動かしていれば、いつかはたどり着く。必要以上に自分を追いつめず、辛いときでも、それをフツーに受け入れて、諦めずに一歩づつ足を動かすこと。それが忍耐の意味だってことも分かってきた。たまに元気な日は波打ち際を走る。これはとんでもなくキツいのだけれど、何だか愉しい。帰ってきて、ゆっくり風呂に入って、多少は自分の身体にメンテナンスを施して、仕事をして、それからバーに出勤して、人と会話して、帰って寝る。
 身体はとても不思議な反応をする。膝はもちろんのこと、順番にあちこちが痛くなる。今日は何故か肋骨が痛い。そこに注意しながら、無理をしないように続けていると、すこしづつハガネみたいな身体になっていく。好きなのは、何かに「入会」したり、金を払ったり、過度に道具が必要だったりしないこと。必要なものは靴だけ。後は自分の気が向いたときに、チャリンコに乗って出かけて行けばいい。最後にモノを云うのは「体力」だと思う。ライヴはもちろんだけれど、曲を書くために、自分と向き合うことには体力が絶対的に必要なのだ。フィジカルな発想が音楽に何かをきっともたらしてくれる、と今は思っているのだけれど。

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by 山口 洋  

鎮魂と老いの中の少女

2009/09/25, 15:15 | 固定リンク

9月25日 金曜日 晴れ 

 永い間、浮かばれなかった魂たちを、古寺の老師に供養してもらうため、古都に出向いた。縁がなければ、あり得ないことだ。一睡もしていなかったし、まるで夏に戻ったような陽気にスーツはたまらなく堪えたけれど、オレにとってはひどく大切なセレモニーだったから、心を整えて、臨んだ。蝉が名残り惜しそうに鳴く中、読経が天にループしていく。額から流れる汗を感じながら、ひとつの誓いを立てた。これで何かが始まった訳でも、終わった訳でもない。けれど、心のつかえが少しだけ軽くなったのと、その存在をいつまでも忘れることなく、たとえ無宗教でも、自分なりの祈りを毎日ささげようと思う。

 列席してくれた人々の中に、80歳のおばあさんと、その娘さんが居た。手を引かれて歩いているおばあさんの後ろ姿が少女のように美しかった。オレはもう自分の親にこのようなことは出来ないのだけれど、見ず知らずの人にだって、誰にだって、このようなことは当たり前に出来るじゃないか、と思った。老いて、そして純粋なそのまなざしは観ていて、飽きなかった。人生は不思議だ。さぁ、走るぜ。

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by 山口 洋  

人生に「yes」と云うためのエネルギー、京都にて

2009/09/24, 06:00 | 固定リンク

9月24日 木曜日 晴れ 

 十二段屋って知ってる?京都に古くから続く名店。メニューは白いごはんと赤出し、漬け物に卵焼きのみ。オレはここの食べ物が世界で一番好きだ。多分、二年振りに食したけれど、その味は何も変わっていなかった。感涙。

 京都は云わずと知れた、日本一歴史のある小屋、拾得にて。オレが愛するオーナーのテリーさんはこのハコの響きを知り尽くしている。だから、無意味に長いリハーサルはしない。今日のポロシャツは蒼にしよう。連休直後にも関わらず足を運んでくれた人々のエネルギーと、このハコの歴史が育んだものに、オレは乗っかる。「金も病も痛みも、苦しみも愛も、すべて詰め込んで、この人生にyesと云うためのエネルギーを」。誰だっていろんな事を抱えている。だから、最初から最後まで、この想いだけは忘れないようにして、ステージに立っていた。
 終演後、随分と酔っぱらったオーディエンスのひとりにこう話しかけられた。「ヒロシさんが歌う「いつか」って言葉は絵空事ではなくて、いつか本当に実現する気がするんです」。嬉しい感想だった。オレもね、実はそう思ってるんだよ。歌を書き始めてから、ずっと。今日に至るまで。足を運んでくれた人々、そしてオレの大切な友人たち。本当にありがとう。どうか、元気でね。

 オレはどうしても今夜、京都を発たねばらなかった。無茶だとは思う。でも、どうしようもないこともある。日が開けて、25日は岡田マサルの誕生日だった。京都から亀山までぶっ飛ばして、寝静まった「月の庭」にメッセージを託した。今日まで気がつかなかったけれど、渡辺圭一と岡田マサルは同じ誕生日だったんだね。だから、圭一にも電話した。「おめでとう、じゃぁね」。「用はそれだけ?」。「うん、それだけだよ」。

 深夜の高速道路を東京まで飛ばす。久しぶりだ。道は巨大なトラックだらけ。たまに身の危険を感じたりもする。けれど、昔と変わったことがある。あのバブルの時期に比べて、運転手たちのマナーが格段に良くなっている。彼らは同業者に対して「思いやり」がある。この国が金で溢れていた頃の方が、彼らの運転は殺気だっていて、怖かった。きっと厳しい労働条件だろうに、それでも他者への「思いやり」を忘れない筋金入りの彼らに敬意を表したい。

 朝方。ようやくたどり着いた。このシリーズは久しぶりにタフな経験をした。けれど、もたらされたものは大きい。それらを言葉やメロディーに紡ごうと思う。出会った人々。本当にありがとう。多謝&再見。

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by 山口 洋  

cowboy dreams

2009/09/23, 22:12 | 固定リンク

9月23日 水曜日 曇り 

 人には立ち寄りたくない場所ってものがある。それでも行かなきゃならないこともある。行程上、止むを得ず、その街に行くことになった。アーメン。名前は秘する。その街にも人にも誰にも、恨みはないのだから。精神の防波堤を超えるトラウマの波が襲ってきたなら。人は動物的に決壊して、それをやり過ごそうとする。痙攣だったり、人格の崩壊だったり。ままよ。cowboy dreams。プリファブ・スプラウトの極上のポップのように、友達を集めて、悪いけど、サンドバックになってもらって、笑ってそれをやり過ごそう。幸いにも、オレにとっては壮大な人体実験につき合ってくれる友人たちが複数いた。思い切り美味いものを喰って、さんざんバカ話をして、いい酒を飲んで、それをやり過ごす。トラウマの映画はいつだって頭蓋の裏のスクリーンに映しだされてる。だからこそ、それを逆説的な糧として、生きていくための方法を学んだ一日。明日はこのシリーズの最終日。気軽に遊びにきんしゃいね。おやすみ。

by 山口 洋  

街に生きる、広島市にて

2009/09/22, 03:25 | 固定リンク

9月22日 火曜日 雨 

 昨日、広島東洋カープのユニフォームを着た人々を大量に見かけた。オレは疲れ果てていたが、広島の街でカープの試合を、しかも新しい、ドームではない球場で観るのもいいアイデアだと思い、弟分のボンバー某に球団まで手を回してもらってチケットを手に入れようとしたが、完膚なきまでにsold outだった。残念だったけど、妙に嬉しかった。きっとこの盛り上がりは東京では報道されない。でも、広島の人々は燃えているのだ。俺たちは結局、絶品のパスタ屋さんで、ラジオ中継を聞いていたが、これぞ野球と云う幕切れで、コーフンした。ついついワインを二本空けてしまった。アーメン。
 件の渋滞後遺症はなかなかのものだった。特に喉と腰は深刻なダメージを受けていた。幸いにして、寝る時間だけはあったから、いつもの三倍にあたる14時間、オレはベッドでミノムシになっていた。
 会場のヲルガン座は一年半の歴史しかないのに、しっかりと風格を身につけつつあった。オレはそのエネルギーに無理せず乗っかることにした。前述のカープも含め、頭の中には「街に生きる」と云う言葉が浮かんできた。みんな、それぞれ。街に生きる。ヒロシマも広島も。オレが知る限り、ずっとそんな街だった。何かを受け取ってくれたかい?オレはたくさんのエネルギーをもらったよ。
 結局のところ、広島名物の悪夢の「ヒロシズ・ナイト」はプチな形で行われた。一年に多くて二度しか会えない友達だ。逃げる訳にはいかん。いい夜だった。誰かは家を建て、誰かは新しい恋に夢中になり、誰かは仕事のトラブルを抱え、エトセトラ。オレの勝手な感覚だけど、広島の人は口に出さない分だけ、自分の街に生きてる感覚が強い。それが、訳もなくグっと来る。カープ、オレも応援するぜ。ありがとう。広島。また会う日まで、みんな元気でね。多謝&再見。

追伸
今日のポロシャツはグレーで。空の色に合わせてみたとよ。

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by 山口 洋  

移動日、加古川から広島まで

2009/09/21, 18:31 | 固定リンク

9月21日 月曜日 晴れ 

 昨日の渋滞&ロングドライヴの後遺症は思いのほかヒドかった。どんなに身体を鍛えても、寄る年波には勝てんのかもしれん。喉、腰、エトセトラ。全面的にやられてしまったので、今日は広島に移動して、美味いものを頂く以外、ミノムシのようにじっとしていようと思う。会う人の大半に「痩せましたね」と云われるのだが、そりゃ心外だ。痩せたのではなく、締まったのだ。本当に。広島はまだ夏の香りがする。じっとりと暑い。

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by 山口 洋  

部屋とポロシャツとセシル、兵庫県加古川市にて

2009/09/20, 00:46 | 固定リンク

9月20日 日曜日 晴れ 

 予想はしていたが、今日がソロツアー史上ワースト2の苦行になるとは思わなかった。
 
 睡眠と云うよりは、仮眠を取って、薄暗い早朝、静岡を出る。しかし、高速に乗った瞬間から渋滞が始まる。嗚呼、450キロ。15キロのもの、20キロのもの、渋滞を抜ける度に、次から次に追突事故が発生する。そしてまた新たなる渋滞発生。頼む。前を向いてちゃんと運転してくれ。とにかく、オレは忍耐を覚えた。長い渋滞を抜けても、これで終わりだと思わないようにしよう。多分、通算して100キロ以上の渋滞を抜けた。もういい。もういいっちゅーに。でも、オーディエンスやオレを呼んでくれた人には何の関係もない話。10時間の運転の果て、ようやくオレは加古川のセシルにたどり着いた。

 ここでライヴをやるようになったのは、数年前の話。想いは充分。でも、音の素人ゆえ、いろんな事があった。もとより、食べ物やホスピタリティーには何の問題もなかった。でも、音のことに関しては、エトセトラ。彼らはライヴを重ね、それを音に込める術を覚えた。あまり褒めるのもどうかと思ったから、云わなかったけど、嬉しかったぜ。加古川に行ったなら、紅茶が絶品と噂のチャットワースと合わせて、このセシルに行っておくんなまし。無意味に熱い野郎どもが迎えてくれるはずだから。もうすぐセシルも魔界の仲間さ。すまん。オレは今夜こそ寝る。おやすみー。

 昨日のポロシャツはレッド。今日は緑でござった。ワン。

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by 山口 洋  

祝3周年、静岡市にて

2009/09/19, 00:08 | 固定リンク

9月19日 土曜日 晴れ 

 この5連休のことをシルバーウィークと呼ぶのだそうだ。はい、そうですか、と素直になれないのは何故なんだろう。相当な渋滞が予想されたので早めに家を出たのだが、思ったほどでもなかった。鬼門は明日だな、きっと。
 静岡のハコ。UHU (ウーフー)はもうすぐ3周年を迎える。無意味に暑苦しい男に率いられて、情熱のあるスタッフと共にどうにかこうにか荒波を乗り越えてきた。でもね。決してオシャレな空間とは云い難いけど、ここには有り余るほどの情熱がある。その想いがようやく実を結んできたのも肌で感じる。オレは今日、何の無駄な力を使うこともなく、彼らが育ててくれた空気に乗っかっていただけだった。オープニングをやってくれるミュージシャンは毎回、「何か」を持っているし。一年に一度故郷に帰るように「久しぶり」と戻ってこれるのがとても嬉しい。また、会おうぜ。どうか元気で。多謝&再見。

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by 山口 洋  

サプライズ

2009/09/18, 18:27 | 固定リンク

9月18日 金曜日 晴れ 

 「ヒロシさん、10キロを50分で走れたら、フルマラソンも夢じゃないっすよ」、とバーのマスターの悪魔のささやき。「10キロ、50分、フルマラソン」。ところがどっこい、イージーライダー世代のオレは時計を所有していないのであった。ままよ。携帯電話の時計でもいいではないか。今日はモーレツに攻めてみることにした。膝は痛かったけど。
 折り返しをすぎて、8キロあたりで窒息したイカみたいになっていたら、前方からあからさまに次元の違う走りをする男が近づいてくる。オレが草野球なら、向こうはメジャーリーグ、みたいな。だいいち、無茶苦茶に速い。だ、誰だ、あの男は。ん?オレはあの走り方に見覚えがあるぞ。すれ違いざまに顔を拝見して、びっくりした。往年の名選手、瀬古利彦さんだった。走ることも極めるとあんな次元にいくんだ、と勝手に「激励」されて、オレは目標を達成した。しかし、膝が痛い。

 友人からメールがあって、岡田マサルと作った「eagle talk」に海外のレーベルが興味を持ってくれてる、と。そういえば、オレたちは真面目に「グラミー賞」のネイティヴ部門を狙ってたのだ。かすりもしなかったけれど。マサルはこの世から居なくなったけれど、そうやってじわじわと伝わっていくのなら、それが何よりも嬉しい。

 オレがギターを教えてる(教室とかやってません。念のため。趣味っす。)サーファー君から「これ観るといいっすよ」とサーフィンのビデオを借りた。んー。そんじゃ、ツアーの合間に観てみるよ。彼は今週末ライヴなのだが、今彼に伝えられることは全部伝えた。何だか、自分のライヴよりキンチョーするぜ。ガツンとかましてくれたまえ。オレも静岡と加古川と広島と京都のオーディエンスを熱くしてくるぜ。

インタビュー第4回アップされてます。

http://d.hatena.ne.jp/theRising/20090918/1253262531

by 山口 洋  

dry dreams

2009/09/17, 21:28 | 固定リンク

9月17日 木曜日 晴れ 

 ようやく腰を据えて、新しい曲に向かう時間が取れた。経験したすべての事と向き合ってみる。楽ではないけど、悪い時間だとも思わない。それらをファンタジーに変えるのが僕らの仕事だ。できれば年内にはすべての曲を書き上げたい。オーディエンスが元気になるような、そんな音楽を奏でたい。

 週末からまた旅に出ます。静岡、加古川、広島、京都。ちょっと行程が無茶苦茶な気もするし、マネージャーいわく、連休でホテルが取れないとの恐ろしい報告を受けていますが、気軽に遊びにきてください。前回のシリーズから何故かポロシャツでライヴをやりたくなる衝動に駆られ、このシリーズも多分、ポロシャツ・ヒロシです。何がいいって、単純に涼しい。

 創作の合間にテレビを観たら、保釈された芸能人をヘリと車とバイクで追跡するという「ニュース番組」をやっていました。世界が狂ってるのか、オレがイカれてるのか。多分、両方だね。アーメン。

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by 山口 洋  

通過

2009/09/16, 17:52 | 固定リンク

9月16日 水曜日 晴れ 

 走り始めて数ヶ月。ようやく隣の市に足を踏み入れた。一日に500メートルづつ距離を伸ばす(とはいえ、往復なので、一日に250メートルしか近づかない)という地味な努力の繰り返しだったので、所在を示す看板を観た時はかなり嬉しかった。何処の誰だか知らないけれど、すれ違いざまに挨拶してくれる人も増えた。悪くない。

追伸
インタビュー、第三回アップされています。福岡時代の話は酸っぱいのが多いけど。どうぞ。
http://d.hatena.ne.jp/theRising/20090916

by 山口 洋  

R.I.P

2009/09/15, 14:08 | 固定リンク

9月15日 火曜日 曇り 

 今年はどれだけの訃報に接すればいいんだろう?仕方がないけれど、やっぱり哀しい。ジム・キャロル。享年60歳。詩人にしてロック・シンガー。その瑞々しくも荒んだ少年時代は本になり、ディカプリオ主演で映画化された。名ギタリスト、レニー・ケイと作ったいくつかのアルバムは若い頃、好んで聞いていた。NY居候時代。近くの店でよくポエトリー・リーディングをしていた。dry dreams - 渇いた夢。その言葉だけで、ぐっとくるものが今でもある。R.I.P。

by 山口 洋  

ユタからの伝言

2009/09/14, 12:21 | 固定リンク

9月14日 月曜日 晴れ 

 ホテル嫌いのオレを気遣って、ヒロシが彼の無意味に巨大な家に泊めてくれた。彼は無数のレコードとCDと楽器に囲まれて暮らしていた。そして彼は弘前イチの「直滑降男」であることが判明。こうして二人きりの「asylumスキー部」が結成された。部長はヒロシ、部員もヒロシ。大鰐にとてつもないコースがあるらしい。冬になったら、活動開始だ。
 弘前から東京まで一気に南下。青森、秋田、岩手、宮城、福島、栃木、群馬、埼玉。これだけの県を通過しなければならない。中途、18年前に会った沖縄のユタである女性から突然電話がかかってきた。聞けば、最近オレがよく彼女の中に現れて、ずっと心配してくれていたのだ、と。当然ながら、オレは彼女に近況など話してはいないし、去年の秋に沖縄でばったり再会しただけなのに。彼女は「停滞」と云う言葉を使って、見事にオレの近況を語った。嘘だろ、と思ったが、抗う理由は何もなかった。「身体に気をつけなさい。特に胃に気をつけなさい。もうやられてるかもしれないから、気をつけなさい。焦らずに前を向いて、自分の行くべき道をゆっくりと歩きなさい。そして、苦しいだろうけど、曲を書きなさい。あなたは素晴らしい曲を書いて、それを人に伝え、すべてを乗り越えていきます。そして、あなたが心から願っていることは、必ず実現して、想いは届きます」。どうして、こんなことが起こるのか、自分でも分からない。けれど、電話をもらって、心がすっと軽くなった。自分の道をゆっくりと、前を向いて歩こう。本当にありがとう。

 自分が住む町にたどり着いて、荷物を置いて、ただちに「出勤」。美味しいご飯がそこには待っていた。駆け足だったけれど、身体と心には力が満ちている。みちのくで出会った人たち、そしてユタのSちゃん、本当にありがとう。今日は深く眠れそうだよ。

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by 山口 洋  

the spirit of 津軽, 青森県弘前市にて

2009/09/13, 11:49 | 固定リンク

9月13日 日曜日 雨 

 秋田までやってきてくれたアキラと、男の子チックに弘前まで移動。土手町にある魔界「asylum」にやってきた。店主ヒロシがどれほどの奇人変人であるかは、もう書くまでもあるまい。今年もまた「asylum」の名を冠したイベントが沖縄で11月に行われ、そこでHWはついにフル・バンドで沖縄上陸を果たす。それもこれも、ヒロシを始めとする、北から南までの奇人たちが想いを放射し続け、繋いで、紡いでくれたきたおかげだ。
 奈良さんの絵は、まるで最初からそこにあったかのように、店の壁に溶け込んでいた。ライヴ中に大雨が降り、雨漏りのしずくの音が、音楽の情景を深いものにする。まずはアキラが津軽の情けない風景を描いた。オレは彼らのニューアルバムの一曲に更なる情けないギターを重ねておいた。それからヒロシいわく、津軽の最終兵器、かとうのぼるさんがステージに。この人はとんでもなかった。まさしくリーサル・ウェポン。オレはギターから津軽の匂いがするのを初めて聞いた。彼が使ったコードはたった4つだけ。津軽弁で絶叫と共に「何か」が描かれる。岩に打ちつける激しい波のように、前も見えない吹雪のように、さめざめと降る雪の粒のように、目の前に音の魂が繰り出される。オレがこう書いたところで形容不能。ワンアンドオンリーの観たこともない世界。もしも、何処かで名前を見かけたら、すぐに足を運ぶべし。ただし、処方を誤って、君がダメージを食らったとしても、オレは責任取れないけどね。
 「かとうショック」が店を包むなか、オレはオレで、腹の底から奏でた。余力を残すことなく燃え尽きた。津軽、風景、ニンゲン、そして魔界にある夢。心からありがとう。多謝&再見。

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by 山口 洋  

とんぶりの味, 秋田県秋田市にて

2009/09/12, 10:10 | 固定リンク

9月12日 土曜日 雨 

 会場入りまで時間があったので、男鹿半島の突端まで行ってみる。初秋の日本海はとても穏やかで、哀しみの匂いはしなかった。でもその色はこの地、独特のものだ。形容を拒むような、深い色。

 the boomの山川君からメール。愛犬、ラムが天に召されたと。そっかぁ。うちのハナとも随分仲良くしてくれたもんなぁ。オレは旅に出てて、会いにいけないけど、あっちでハナと仲良くしてくれ。ありがとう、ラム。

 秋田の川反にあるこのハコに来るのは二度目。店を開いて、20年目。心を込めて仕事をする若い輩と一緒に、音楽に愛を持って続けてきたのがよく分かる。だから、無理な力は必要ない。オレは乗っかるだけ。オーナーのタケシさんはその昔、小坂忠さんのところで、ドラムを叩いていたのだ、と。繋がっていくものだね。総じて、この地の人々はシャイなのかもしれない。けれど、それでいいと思う。オーディンスの反応は、ライヴ後に頂いた絶品の「とんぶり」の味に似ていた。「とんぶり」って「畑のキャビア」と呼ばれていて、その正体は帚に使う植物の先っぽになる実なんだって。この食物、山芋とわさびと一緒に食すると、無茶苦茶に美味い。いぶりがっこやハタハタと合わせてお試しあれ。長い時間をかけて育まれた、この土地ならではの味がするよ。思い出した言葉「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションである」by アインシュタイン。知っているつもりでも、知らないことがたくさんある。というより、知らないことだらけ。だから、旅を続けるのだと思う。稀にしんどいこともあるけれど、オレはもっと知りたいし、面倒でも人と関わって生きていたい。静かな力をありがとう。新しい音楽を作ったら、また必ず戻ってきます。多謝&再見。

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by 山口 洋  

tomorrow,宮城から秋田まで

2009/09/11, 22:06 | 固定リンク

9月11日 金曜日 晴れ 

 昨夜は東北のオレの愛人、フミコ(78歳)と酒を酌み交わした。いくつになってもチャーミングな女性はチャーミングなまま。フミコに伝言。「もうヒロシに会えるのも、これで最後」なんて云ったらぶっとばすからね。オレはあんたを愛してるからね。
 宮城から秋田まで車を走らせて、昭和から続く大好きな飲み屋でおでんを喰った。最高だ。手前味噌で失礼だけれど、今日のipodのヒットは「tomorrow」って曲だった。すまん。書いたのはオレだ。この曲があるのも忘れてた。明日、歌ってみようと思う。


TOMORROW

目を閉じて君の海を行きなさい
手をかざして昨日の事は忘れなさい
荷物をおろして吹く風にふるえなさい
おだやかに そっとおやすみ

夕暮れに窓を磨き
夜明けにドアを開き
静かな森の入り口で
僕は君を待っている

美しきひとよ 君を越えて行きなさい
おだやかに そっとおやすみ

海に抱かれて大きな声で泣きなさい
口笛吹いて軽やかに笑いなさい
荷物をおろして吹く風にふるえなさい

おだやかに そっとおやすみ

夕暮れに窓を磨き
夜明けにドアを開き
静かな森の入り口で
いつまでも 君を待っている

美しきひとよ 君を越えて行きなさい
おだやかに そっとおやすみ

セイリング 深い胸の奥から
君の声が響いてくる

悲しみをくわえて 
カモメが飛び立ってゆく

セイリング すべてがまた新しくなる

トゥモロウ 
おだやかに そっとおやすみ
美しきひとよ 君を越えて行きなさい
おだやかに そっとおやすみ

トゥモロウ。

COPYRIGHT BY breast.m.p.

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by 山口 洋  

harvest、宮城県白石市にて

2009/09/10, 21:47 | 固定リンク

9月10日 木曜日 晴れ 

 今日からツアーだと云うのに、昨晩も「出勤」して深酒してしまったオレはバカタレだ。でも、静かないい酒だった。

 毎日、海沿いの道を走る。当然のように、そこにはサーファーがたくさん居る訳で、彼らが波と戯れているのを観ると、「何だか、奥が深そうだなぁ」とか、「思ってたより、とんでもないスポーツだなぁ」と思う。バーで知り合う人々にもサーファーがたくさん居て、オレがサーフィンに近づいてると云うより、サーフィンがオレに近づいてくれてる感じがする。スキーも一瞬で虜になったし、人生は一回きりだからして、これだけ勧められたなら、いっちょやってみるかとも思う。

 大渋滞の東京を抜けて、宮城県に向かう。頭の中には「harvest」という言葉が浮かんでいた。東北はもう実りの秋。ipodをシャッフルで聞いていると、奴はときどき信じられないような奇跡的な選曲をする。心象と車窓と音楽との「偶然ではない」三角関係のようなもの。
 勝手知ったるミルトンにたどり着いたなら、マスターが冬瓜のスープを作って待っていてくれた。季節的にも、気持ちの上でも今日は「収穫 - harvest」、そんな気分で音楽に向かってみる。何だろう。しばらく来ない間に、いろんな変化があったのだと思う。オーディエンスも、オレも、ミルトンも。それはとても自然なことだと思う。だから、前もって考えていたことは何も通じなかったけれど、それでいいのだ。きっと。

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by 山口 洋  

歴史

2009/09/09, 13:27 | 固定リンク

9月9日 水曜日 曇り 

 今まで過去を振り返ることなく歩いてきましたが、11月の「結成30周年ツアー」に向けて、今に至るまでをボチボチ語りたいと思っています。70年代、80年代、90年代、そして2000年を迎えて。僕らの世代は、音楽の録音方法ひとつを取ってみても、超アナログな時代からデジタルに至るまで、ほぼすべての方法を経験することが出来たっちゅー意味ではラッキーだったのかもしれません。音楽を取り巻く状況も、バブリーなものが完全に淘汰されて、ある意味では、ようやくまっとうな時代になってきたと感じています。幾つになろうとも、最高傑作は次の作品と云えるような自分たちで居たいと、思います。

http://d.hatena.ne.jp/theRising/20090908

by 山口 洋  

やりすごすこと

2009/09/08, 20:58 | 固定リンク

9月8日 火曜日 晴れ 

 思考がネガティヴなスパイラルに入りそうになったなら。それを切り抜けるためのいくつかの方法を身につけたとは思う。けれど、そのすべてを試しても、どうにもならないこともある。そんな時は嵐が去るのをじっと待つ。すると、不意にご近所さんから、焼きたてのピザとか、おからとか、届けられる。手作りは美味しい。本当に美味しい。友達から電話がかかってくる。不思議なものだね。荒波に揉まれて、信じる力は随分強くなった。
 バンドの30周年ツアーに向けて、インタビューを受ける。そっか、あの日からもう30年経ったのか。その取材のために16歳の自分の写真を探して、のけぞる。あまりに凄い髪型なので。そりゃ、教師にも殴られるわな。しかし、オレの高校生活は本当にヒドかった。暗黒だった。彼女と過ごした時間を除けば。

 毎晩、オレが出勤しているバーのお客さんにギターを教えてる。もちろんこれは仕事ではありません。日に日に上達していくのを見ているのは嬉しいものです。人に何かを伝えるってことは、自分を確認することでもあって、そして本当に大事なことはいつも言葉にはできないのです。だから、音楽を続けてるのかなぁ、と。

 週末は東北です。東北在住通信員から、もうすっかり秋ですよ、との便りが届いています。宮城から岩手を抜けて、秋田や青森に続く道。秋は本当に美しいもんね。ちょっと寂しい気持ちにもなるけど。スキー場の偵察活動もしつつ、音楽を届けに行きます。みんな、気軽に遊びにきんしゃいね。待っとるよ。

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by 山口 洋  

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2009/09/07, 21:23 | 固定リンク

9月7日 月曜日 晴れ 

 修理したチャリンコに乗って、海まで行く。そこから海沿いの道をランニング。いつもとまるで違う風景。砂塵の中に霞む波。行き交う人々、エトセトラ。この道には距離が表示されているから、目標が立てやすい。隣の市に行けるようになるのも、そう遠くはなさそうだ。溜まっていた仕事をこなして、夜、海沿いの道を走るための練習(意味不明)をいつものコースで。走るってことが本当に愉しくなってきた。脈とか、心臓の鼓動とか、息とか、季節とか、風とか、光とか、星とか。何も考えないために始めたのだけれど、気づかないうちに、ひとつの山を越えたのだろう。今は走りながら、生きてる、と感じる。

追伸

昨日のdiaryに書き忘れたことがひとつ。「海さくら」で南佳孝さんの生「ウォンチュー」を聞いたら、学生時代のいろんな光景がフラッシュバックした。あらためて、音楽って凄いと。いろんな光景は音楽と共に脳味噌に記録されている。

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by 山口 洋  

海さくらにて

2009/09/06, 12:07 | 固定リンク

9月6日 日曜日 晴れ 

 この二日間でいったいどれだけの曲を、どのミュージシャンと、どこのステージで演奏したのか?今となっては、もはや定かではなく。この祭りが、誰かと誰か(あるいは何か)が出会うことが目的だったとするなら、それぞれに新しい出会いがもたらされたことだけは間違いない。何かを強制されることもなく、オーディエンスが過度に管理されることもなく、ボランティアや人々の想いに支えられたいい祭りだった。年を重ねるたびに、真ん中に貫かれた想いがどんどんまっすぐになっていくのが素晴らしい。
 会場入りする際に、ゴミを拾っているたくさんの人たちを観た。彼らはゴミはもちろんのこと、人や現実、そして自分にできることと出会っていたんだと思う。
 初日は小坂忠さんと演奏させてもらった。詳細を記すのは野暮だから止めておくけど、この経験は財産。あの「感触」を忘れることはないと思う。感謝。ハミングキッチンというユニットはとても好きだったから、今度必ずライヴに足を運ぶだろう。それから記憶が正しければ、ウルフル・ケイスケと二十年ぶりくらいに一緒に演奏した。奴の音もしっかり齢を重ねていた。
 二日目。keison君とセッションして、自分のソロのステージをやり、クレイジーフィンガーズの大人げない演奏(褒めてます)を聞き、古謝さんのほぼ人間の領域を超えた歌に涙して、再びハシケンやリクオ、出演者ほぼ全員と演奏して、会場を移動。その頃にはギターを抱えて歩く気力も失せていたが、スタッフの女の子があのクソ重たいギターを運んでくれた。最後にリクオ、ユカリさん、ピースケと「湘南パトロール(意味不明)」なるユニットを結成し、暴走して終了。終演後、素晴らしいDJのおかげで久しぶりにサルになって踊った。そのアホな光景を見つめる石嶺聡子さんの瞳が心に残っている。何の根拠もないけれど、彼女はもうすぐ萌芽するだろう。あんな瞳は滅多にあるものじゃない。

 当たり前だけれど、本当の意味での「連帯」とは、まずは個の「独立」ありき。たくさんのエネルギーをこの祭りからもらった。本当にありがとう。 

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by 山口 洋  

海さくら day1

2009/09/05, 11:19 | 固定リンク

9月5日 日曜日 晴れ

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by 山口 洋  

職人魂

2009/09/04, 18:03 | 固定リンク

9月4日 金曜日 曇り 

 ずっとチャリンコの修理がしたかった。こいつが元気なら、海までこいつに乗っかって、そして海沿いを走ることができる。ランニングするのに、車で行くってのは何か違和感あるし。
 で、地元の人に聞いた昔からのチャリンコ屋さんに行ってみて、驚いた。技術、経験、話術、その他もろもろ。初老の店主はパーツひとつから自転車を組み上げる本物の職人さんだった。あまりの手際の良さと、溢れる「チャリンコ偏愛」に次に買うなら高くてもここで作ってもらおうと思ったのだった。「まずはお客さんの身長と股下と肩幅を計ります」。ふむふむ。「次にどんな用途で使うのか、見極めます」。ふむふむ。話は永遠と続く。「じゃぁ、お支払いを」ってところで「800円(オレは一時間くらい滞在してた)」ときっぱりおっしゃるので、ついでに空気入れも買って帰った。何だかなぁ、昔はこんな人町中にいっぱい居たよなぁ。無意味なほどの商品知識と溢れる仕事への情熱。レコード屋もしかり。こういうスピリットを自分の仕事にも注入しなきゃ、といいエネルギーをもらった。すっかり手入れしてもらって、オレのチャリンコは別の乗り物みたいに軽々と街を走る。素晴らしい。

by 山口 洋  

再会

2009/09/03, 16:56 | 固定リンク

9月3日 木曜日 曇り 

 今週末の「海さくらmusic fes」のリハーサルで、久しぶりにウルフル・ケイスケに会った。あまりにも会っていなかったので、駅まで迎えに行った。でも、何ちゅーか、一瞬で空白の時間が氷解するとでも云うか。お互い音楽を続けていることとか、昔さんざんバカをやったこととか。友達はいいもんだ。「頼むから、今日は早く家に帰してね、明日写真撮影だから」と懇願するケイスケに、「オレもね、もう昔のカンゾーじゃないのよ」、と今宵はウーロン茶で乾杯する予定。二人とも別の理由で、すっかりダメ男だった時に、いつかこのblogにも書いた、カオリーニョ藤原の「同じ」曲を聞いて、号泣しつつ励まされていたことが判明。がはは、血は争えん。
 再会の場所を作ってくれたのはリクオである。奴とスタッフはこのfesに心血を注いでいる。きっと心のこもった素晴らしい祭りになるだろう。迷っている人は是非来られたし。音楽には力がある。

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by 山口 洋  

経験の歌

2009/09/02, 10:31 | 固定リンク

9月2日 水曜日 曇り 

 都内某所にて小坂忠さんのリハーサル。
 大好きなウイリアム・ブレイクの詩集に「songs of experience / 経験の歌」と云うのがあるのだけれど、彼の歌はそうとしか形容のしようがなかった。素晴らしかった。今まで、「凄い」と思うシンガーの横で、何度もギターを弾いてきたけど、その多くは外人だった。日本語で歌われると、鼓膜を通じて歌が心を直撃する。
 もうひとつ。自分のリズム感には自信を持って生きてきたけれど、彼とドラムのユカリさんが描くタイム感は、かつて経験したことのないものだった。ひとことで書けば、「遅い」。それはきっと経験と自信によるものなんだろうなぁ。嗚呼、愉しかった。感謝。

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by 山口 洋  

出勤

2009/09/01, 17:48 | 固定リンク

9月1日 火曜日 晴れ

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by 山口 洋  
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