月別アーカイブ: 4月 2012

リハーサルday#1

4月9日 月曜日 晴れ 都内某スタジオにて。ARABAKI ROCK FESのためのリハーサル初日。 だいだいもって、僕らのリハーサルなんて初日は小さなスタジオで、簡素な楽器にて、会わなかった日々のことを音を出しつつ会話して、「んー、なるほどこんな感じなのか。じゃ、また明日」みたいに始まるのですが、今日、足を踏み入れてみると、スタジオの選定も本気(まじ)、うじゃうじゃ居るスタッフにこっちの方がびっくりし、一体このスタジオにマックとiphoneが幾つあるん?みたいな。あ、そうなのね。そういうことなのね(分かる?)と遅ればせながらに理解。 普段滅多に観ない譜面と格闘し、複雑極まりない音楽にクラクラしながら、初日を終えました。誰が何を歌う、みたいな野暮は書きませんが、改めてビートルズの音楽って、本当に素晴らしいなぁ、と。嫌いな変拍子を連発されても、必然性があるから、まったく苦にならない。それでは明日の曲を学習しますので、今日はこれにて失礼。って、久しぶりにミュージシャンみたいな記述だなぁ。  

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怒りとの付き合い方、千葉県千葉市にて

4月8日 日曜日 晴れ   千葉のハコ、ANGAはスタッフが素晴らしい。昔、この街に住んでいたこともあるから、ホームに帰ってきたような気持ちにさせてくれる。このプロジェクトのツアーは僕にとってハードルが高いのだけれど、どっちに転んでも僕以上にも以下にもならないという、当たり前の気持ちでオーディエンスに向き合う力を与えてくれる。いつも、ほんとうにありがとう。感謝してるよ。  ところで。このツアーが僕を変えたのは、「怒りとの付き合い方」。僕とて、こんな理不尽な世の中に怒っていない訳がない。けれど、僕はミュージシャンとして、それをそのまま客席に投げかけるのは嫌だ。政治家や官僚や電力会社のやってきたことを批判するのは簡単だし、批判されてしかるべきだけれど、それらは僕らの心にある「闇」や「無関心」が生み出したものでもある。つまり、怒りをそのまま表現することは、いつか自分を自分の怒りで喰い尽くす「負」の連鎖を生み出していることでもある。その連鎖にオーディエンスを巻き込みたくはない。日本の西を廻ってみて、被災していない人たちも、それぞれに傷ついていることを理解した。まずは相手が誰であれ、理解しようとするところから始めたい。でなければ、相手が僕に心を開いてくれることはない。未だ過程に居るけれど、出来る限りの肯定から、物事を始め、そして進めていきたい。その力を生み出すために、僕には怒りという、決して消えない感情があるのだと、思うようになった。  来てくれて、ほんとうにありがとう。 追伸 ところで、今日は素晴らしい話を聞いた。こんなファンが居てくれて、僕はほんとうに嬉しいよ。ありがとう。大好きな石垣島が繋いでくれた縁。これからも大切にするよ。 http://blog.livedoor.jp/happymoritamusic/archives/67430934.html ——————————————————————————– Messages for Soma City 120409(千葉県千葉市) Tさん 46歳 千葉県 新しい土地で生きていく勇気を持って下さい。それもひとつの勇気です。 Iさん 44歳 東京都八王子市 縁あって宮城県東松島市の支援をさせていただいています。相馬のこともこれからもずっと応援し続けていきます。 Iさん 34歳 長野県 小さな力かもしれないけれど、皆と合わせれば大きな力になるかもしれない。何か今いる場所で元気を届けられる一人でいられるよう心はいつもともにあります。 Mさん 21歳 千葉県 大変だと思いますが、頑張ってください。 本当に何もできませんが、みなさまの幸せをいのっています。 Yさん 千葉県船橋市 言葉じゃなくて態度で伝えたいです。愛していると。 Sさん 44歳 千葉県千葉市 前略、こちらの桜はいい〜塩梅です、いつ頃咲くか桜の木の下で、皆で笑い歌って下さいな。そしてカシオペアを見上げるその思いが全ての人々の思いが一つになる日を願いながら、私もカシオペアを見上げます。又、来ます。ありがとうございました。 Yさん 東京都 笑顔でいて下さい。 Oさん 43歳 東京都 継続は力なり!音楽の力を信じています! Tさん 40歳 東京都 音楽によってこの会場に集まった人々とあなた達はつながっていると思います。私はこの友情の輪をずっと大事にしていくつもりです。 Hさん 36歳 千葉県 先日、南相馬で5歳の子を育てている方を話しました。「環境をできるだけキレイにして、気をつけて、あとは子どもが不安にならないように母ちゃんがしっかり立って笑ってなきゃ」と言う力強さに。単純な線量の問題ではなく、少なくとも今の関東で子どもと未来に向けて生きていく覚悟をおそわった、と。自分の中で一つのこたえをみたように思っていたのですが。現実はもっと厳しいのですね。ただ、家族がともに暮らすために、保障はなくとも、他の地へ行く。子どもだけでもとにかく線量を考えて別のところに暮らす、疎開させる、気づかなかったことにする。それがどう影響するのか。でも、そのこたえが出るのはいつのことなのか本当には分からない。だからこそ、常に最善は何かを悩み、ベストを尽くそうとしていることを伝えていくことしか道はないだろう、と今の私は考えています。 Mさん 42歳 千葉県 自分に起きている事として、想像力をめぐらせていますが、それでも多分半分も分かっていないのではないかと思いもします。でも想っています。自分の事として大切な人の事として、お会いした事があるかないかとかではなくて、愛していますよ。 Aさん 36歳 東京都葛飾区 そうまかえる新聞、大切にして読みます。あと、友人に読んでもらおうと想います。 Hさん 41歳 東京都葛飾区 毎日大変な日々だと想います。くれぐれもお体を大切に命を大切にしてください。私も強くなります。 … 続きを読む

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渥美半島あさり祭り

4月7日 土曜日 晴れ 春の風物詩、渥美半島のあさりが今年も送られてきました。一度こいつを食したなら、他のあさりが喰えなくなる。そんな逸品です。今年のあさりは小振りだけれど、その分、身が締まっていて抜群。食材に失礼のないように、気持ちを込めて料理します。「渥美半島あさりfes」。しかし、美味かった。太平洋の恵み。ほんとうにありがとう。さぁ、明日は千葉だ。僕にみなぎるあさりパワー、是非受け取りに来てください。      

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逡巡

4月6日 金曜日 晴れ   いつもより遅い時間に、海沿いを走った。いつもの場所で折り返して、背中に浴びる夕陽に、いつもと違うものを感じて振り返った。富士山の真ん中に大きな赤い太陽が沈んでいく。僕は走るのを止めて、しばらく見とれた。世界はこんなに美しいのに。カメラを持っていれば、と思ったけれど、それは心に刻めばいい。  昨日は実に17時間に渡る打ち合わせをした。場所を変え、相手を変え。午前様になって、高速道路を走っていたら、幻覚が見えた。しんどいこともたくさん話した。それでも、いちばん大切にしなければならないものがはっきりと見え、かなりの部分を仲間たちと共有できたことは実りだった。  福島県相馬市から、忙しい時間をぬって、プロジェクトに関わる二人がきてくれた。震災後とはまた違った意味で、彼らの表情が痛んでいた(ごめんね、そうとしか表現できない)。毎日、連絡を取り、声を聞いていても、表情が語りかけてくるリアリティーは想像を超えていた。経験が人の顔を創る。そんな意味で、彼らの表情を観ているだけで、言葉は必要なかったとも云える。  ある娘さんが、首からぶら下げていた積算線量計の放射線量を記した書類を見た。僕が言葉を失ったのは線量ではない。(記さないが、線量自体も安全だと僕は到底思えなかった。とにもかくにも、安全な被曝なんてあり得ないのだから)未来そのものである子供はモルモットではない。ひとつの素晴らしい魂で、未来で、ニンゲンだ。あの子は実質的にもちろん僕の子どもではないけれど、僕の子どもだ。自分が被曝した量を知ること。それは良い側面もあるだろう。けれど、その事実と事象が未来に渡って、どれだけ彼女を傷つけることだろう?いったい彼女に何の罪があるのだろう?その責任はこんな世界にしてしまった僕らにあるのに。嗚呼。  ひとつ、僕は問いかけたい。被災地の複雑極まりない事情を僕なりに知った上で、それでも問いかけたい。お前に何が分かる?って、分からないことがたくさんあるからこそ、問いかけたい。  あなたのお子さんが外部被曝だけで、放射能の専門家が一年に許される量を超えて被曝しているとき。あなたはどうしますか?  僕は仕事も家も、何もかも、捨てて、そこから逃げます。いちばんに優先すべきことは、僕にとって子どもの命だからです。「命を一番大切にすること」。何よりも、それを優先します。避難したけれど新たな土地に馴染めなかった。親が仕事を見つけられなかった、お金が続かなかった、イジメられた、エトセトラ。悲しい事実もたくさん聞きます。そして避難し、子供たちが居なくなれば、その街に未来はありません。滅びゆくだけという悲しすぎる結末。でも、その上で、僕は命を一番大切にして欲しいと心から思います。厳しい現実があるのを承知の上で。親になったこともない、被災したこともない僕が書くのは気が引けます。でも、躊躇するのは止めます。自分の意見を伝えることで、いろんな人たちが考えてくれ、解決への糸口が見つけようとする人が増えるのなら。今日、この時も原発を再稼働しようとしている人がいます。その人が、そして僕があの子を自分の子どもだと考えるなら、そちらに舵を切ることなんて出来るはずがないのです。いちばん大切にしなければならないことは何ですか?あなたの社会的立場ですか?経済ですか?金ですか?名声ですか?コネクションですか?むろん、それらがなければ社会生活は成り立たたないという側面もあります。ただし、心を鬼にして、それぞれが優先順位を決め、それぞれが行動しなければならない「有事」に僕らは生きていると思います。  今、被災地で起きていることは一元論では語れません。無茶苦茶にややこしく、それぞれの事情があり、一言で語れることなんて、何もありません。それが「有事」の意味なのだと、昨日、居合わせた全員が思い知りました。  それでも、僕らは事実を見て、自分の頭で考え、行動したいと思います。僕らがやってきたことは間違っていたこともたくさんありました。表面だけのマスターベーションのような支援には意味がありません。ほんとうに大切なこと。「命を何よりも大切にする」こと。その事を忘れず、これからも逡巡しながら、活動を続けていくつもりです。 ——————————————————————————–  以下の文章はツアー中に書いていたものです。  大げさな話ではなく、僕は行ったことのないはずの「戦場」みたいな場所に居ると感じている。ただし、敵は見えない、見えにくい、見ようとしない、そして敵そのものが自分かもしれないという場所。痛切に感じるのは「いったいどれだけの言い訳をそれぞれが用意しているのか」ってことです。それが政府であれ、会社であれ、個人であれ、僕自身であれ。その集積が今の状況を作ってしまった。全国を自分の足で廻り始めてみると、それが如実に見えてくる。ピンチはある意味でチャンスなのに、言い訳の集積がピンチを本当の危機に変えてしまっている。誤解のないように、僕はあなたを責めているのではない。この言葉は自分にも向けている。  自らを支える「柱」のようなものが倒れたなら、立っていられなくなる。だから、そうならないように「言い訳」を用意しておく。論理としては理解できる。でも前もって用意されている「言い訳」がそれぞれの成長を止め、無関心を産み、連鎖し、結果的にそれがこの社会を形成する要因になっていく。  僕にとって、1年前から連綿と起きている出来事は自分の「柱」が倒れるには充分すぎた。あくまでも僕の考えだけれど、ならば一度倒れるしかなかった、怖れずに壊れるしかなかった。正確に云えば、僕は壊れることが可能な立場にあった、とも云える。家族が居ないから。確かに「ボキっ」と音を立てて、何度か心は折れた。詳細は僕の本「陽はまた昇る」に書いてある。でも、人間はそんなにヤワでもなく、折れる度に「強く」もなる。それでも人は生きていかなきゃならない。しんどいけど、それがLifeってものなのかと今になっては思う。  blogだツイッターだ、ソーシャルメディアだ。この時代、誰もがなろうと思えば小さなメディアになれる。ただし、匿名性の元に語られるものが僕は意見だとは思わない。そこに責任が発生しないから。それは決してすべてが無意味ではないし、匿名性を否定はしないけれど、発言には責任を持って欲しい。言葉と想いと行動を同じ次元から発生させて欲しい。僕ら大人が、道のないところに、道を切り開く以外に未来を創る方法はない。書きたくないけれど、でっかい地震が来たら、もうこの国は終わりになるかもしれない。世界からもどんどん見放されている。それは僕らが「言い訳」を柱にしているからだ。事実を事実として認め、それに立ち向かおうとしないからだ。多くの人が自分のことしか考えないからだ。地軸はあなたでも僕でもなく、mother earthであり、宇宙。安定なんて、実は何処にも存在しないのが「安定」という言葉の意味で、もしあなたが安定しているのだとしたら、それは誰かの多大な犠牲の上に成り立っている。そんなもの、永遠に続かないことをこの一年間が証明しているはずなのに。  僕はほぼ毎日、相馬に電話します。闇は深くなっていくだけ。このままだと、この国は崩壊すると思う。でも、どんなに難題でも、僕らはそこから逃げちゃいけない。いや、正確に書くなら、僕は逃げたくない。袋小路だったとしても、頭を振り絞って考えて、行動して、優先順位を示して、道を作り、立場の弱い人たちを守りたい。大人がやるべきこととは、空想ではなく、そこに結果を出し続けていくことだと思う。旅を続けていて、そう思う。   こうやって日本の西を廻って思うことは。被災していない人たちだって傷ついている。「何かをしたい」けど、その受け皿がなく、自分を責めている人もたくさん居る。その受け皿を考えていくのも、僕らミュージシャンの役目だと思う。 —————————————————————  日曜日は千葉のANGAで演奏します。あまり固くならずに、音楽を愉しみつつ、相変わらず喋りが下手な僕と会話しましょう。

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共通言語

4月4日 水曜日 晴れ 自分のために土鍋でご飯を炊き、身体のメインテナンスのために強風の海沿いを走り、気分転換のために髪を切って、神の手でヘッドスパを受け、共演者のために苦手な譜面を書く。今まで当たり前だと思っていたことが、いかに幸福なことなのか、身にしみる今日この頃です。 僕は音楽教育をまったく受けていないので、音楽をやるための方法は全部自分で身につけました。それが自分のオリジナリティーを生み出してもいるのだけれど、こうして共演するために、共通言語として譜面のようなものを書かなきゃならない場合には、世間を生きていく上での「共通言語」ってところも、まったく自分のやり方でやってきたんだなぁ、と気づかされたりもするのです。良くも悪くも。未だにその対処がうまく出来ず、軋轢を生んだりもします。何にせよ、Lifeは学びの場所で、生きている間には何処にもたどり着かないんだろうなぁ、しょうがないけど。 吉本隆明さんがばななさんに生前語ったと云う言葉。「親が死ぬのを見るのはほんとうにおっかないものなんだ。でも、それを経験するのは他のことに替えがたい大事なことだったとあれからずっと思ってる。そのことから逃げると、その後の人生、ずっといろんなことから逃げることになる」。なるほどなぁ。甚だ不完全だけれど、とりあえず、今の自分で居られるのは、その二回に渡る経験のとき、逃げなかったからなのかもなぁ。

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ARABAKI 2012

4月1日 日曜日 晴れ   長かった2週間の旅から帰りました。人は簡単に力を抜け、と云うけれど、一瞬一瞬を本気で生きる。そのことを今一度心と身体に刻んだ、そんな旅でした。たくさんのもたさられた力に心から感謝しています。  帰るや否や、休む間もなく、そこにはきちんと「闇」が用意されていて、僕らの仲間が逃げずに向き合い、苦しんでいるのであれば、ユーモアを忘れず、闘っていくよりありません。「社会に向き合うほどに、人は一人になる」と云う、アニキの口癖が身に染みますが、それは決して「孤独」を意味するものではなく、少しづつ本質に近づいているのだと理解しています。どんな闇があったとしても、今更右往左往するつもりもなく、人間として正しいと思う道を真っすぐに進む覚悟を持つだけです。  僕の手元には¥194,042という、この旅で、人々から託された寄付金、CDと本の売り上げからプロジェクトに送金される分があります。確実にプロジェクトに届けます。本当にありがとう。  今日はこれからの打ち合わせです。ARABAKI ROCK FESでは「MY LIFE IS MY MESSAGE」ステージを用意してくれました。そこにはHW、矢井田瞳ちゃん、おおはた雄一くんと共に出演します。音楽で相馬Cityへの想いを届けます。その翌日には「THE ARABAKI RADIO SHOW!!」という企画で、HWがハウスバンドを努めることになっています。詳細はオフィシャルサイトの内容を転載します。レアな共演もたくさんあるので、是非足を運んでください。 —————————————————– HEATWAVE & アラバキラヂオ produce THE ARABAKI RADIO SHOW!! ROCK AND ROLL WILL NEVER DIE!!! 「アラバキラヂオ」は、ARABAKI ROCK FEST.とラジオリスナーを結ぶ架け橋を担う番組として2010年1月Date fmにて放送を開始し、今年3年目に突入しました。 ARABAKIの開催情報をリアルに伝えるためのオフィシャルな媒体として放送を開始しましたが、放送を重ねていく度、リスナーと「ARABAKI」という共通の目標を中心に、媒体の垣根を超えた有意義な音楽交流が行えていると思っています。 特に、2011年3月11日の東日本大震災による影響により、フェスティバルを延期した際には、番組がARABAKIを楽しみに待ってくださっていた方々に、延期開催までの大切な心の支えとなっていた事実を知りました。 「アラバキラヂオ」は放送を重ねるごとに、フェスティバルの情報源に留まらない存在として成長したのだと確信し、フェスティバルとして、もっとラジオを推進しなければと思い立ち、「アラバキラヂオ」を通じたセッションを企画しました。 テーマは、「伝え続けたいロックンロール」。 題して、「ARABAKI RADIO SHOW!! … 続きを読む

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