月別アーカイブ: 5月 2014

レコーディング航海日誌#007、原始人初日、そしてプチ・ライヴ

5月31日 土曜日 晴れ まったく、何だかもう的な日々ではございます。好きなことなので、忙しいとは申しませんが。 寸暇を惜しんで、レコーディング。旅に出る前に魚せんせいに2曲目のファイルを「出荷」。11分のものを7分に編集して、訳が分からなくなってたんだけど、「それイケてるよ」と返信が来て、急に元気になる現金なオレ。よ、よかった。 あまりにも晴れていて、今シーズン初めて上半身裸で走る。つまり原始人初日。 大渋滞に巻き込まれながら、下北沢でのINTER FMのイベントに出動。地元の先輩、スマイリー原島の仕切り。フライングキッズの浜崎くんが歌いだすと、どんどんオーディエンスは増えていき、チャボせんぱいが登壇する頃にはぎゅーぎゅーに。オレ?ヤンチャな演奏をしましたとも。 その後、打ち合わせを二本。帰宅は午前3時。ぶひー。こうして、殆ど家にいなかったか、居たとしてもレコーディングしていた5月は終わった。

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レコーディング航海日誌#006、そしてMLIMM TOUR 2014

5月30日 金曜日 晴れ たった一日ですが、レコーディングに復帰しています。 来月頭から仲井戸”CHABO”麗市せんぱいと、ひとつきかけて、日本をびゅーーーーーんと廻ります。「MY LIFE IS MY MESSAGE 2014」です。多くは語りとうございません。ミュージシャンですから、すべては音楽の中に込めます。受け取り方も、人それぞれでOK! ENJOY YOURSELF! 才能とは「継続する志」のことだと思います。続けることが一番難しいとですたい。せんぱいの言葉を借りれば、旅のそもそもの目的、そして貫く意志が萎えることがなきよう、ゴールの福島県相馬市まで突っ走ります。本気と書いて、マジです。 おそらく残席僅かだと思います。迷わず、来てね。チケットは急いでゲットしんしゃい、ホトトギス。詳細はこちら。函館はスペシャル公演ばい。何がスペシャルって、来れば分かるさ、イカ踊り。   山口洋 (HEATWAVE) X 仲井戸”CHABO”麗市 – 「MY LIFE IS MY MESSAGE 2014」 6月9日(月)熊本・レストラン&ライブハウスCIB 6月10日(火)大分・BRICKBLOCK 6月12日(木)高知・X-pt. 6月13日(金)岡山・MO:GLA 6月15日(日)名古屋・TOKUZO 6月16日(月)大阪・Music Club JANUS 6月17日(火)浜松・Live House 浜松窓枠 6月24日(火)東京・下北沢GARDEN THANK YOU! SOLD OUT 6月27日(金)札幌・ペニーレーン24 Passion … 続きを読む

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神のご飯に込められた愛

5月29日 木曜日 晴れ 福岡空港っす。 先日の「みつばのおいちゃんの記事」、HEATWAVEのfacebookに掲載されています。記者さん、ありがと。 勝手に実家で神のご飯をいただいて、たくさん会話して、元気マックスで東京に戻ります。ありがとう。どれだけご飯が愛だったかってことは、コメントなしで、写真でどうぞ。

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故郷の恩。

5月27日 火曜日 晴れ 故郷、福岡に向かう飛行機の中でこれを書いています。かなり長くなるけど、読んでくれると嬉しいです。 僕が1979年にHEATWAVEを始めたとき、練習スタジオなんてものは存在しませんでした。バンドの名前をつけてみたはいいけれど、ドラムセットもない。中華料理屋でバイトをして、ようやくオレのマシンガン、エレクトリック・ギターとアンプを手に入れました。毎週末、僕はクソ重たいエレクトリック・ギターとアンプを往復2時間かけて、徒歩と電車でともだちの家まで運びます。最初のドラムセットはともだちの家の机。僕のアンプにはベースとヴォーカルマイクまで無理やりインプットされていて、そりゃあヒドイ音でした。そこはラーメン屋のすぐ近くで、演奏が盛り上がってくると窓に「ぴしっ」と音を立てて、何か末恐ろしい物体が飛んでくる。それはラーメン屋のオヤジが怒りと共に投げるニワトリの足でした。(実話) 僕らはようやくドラムセットを手に入れ、ともだちの家や農家の納屋など、練習場所を転々としました。髪の毛をおっ立てて納屋でパンキッシュな演奏をしてるんだけど、炎天下にクーラーもなく、息苦しくなって、納屋の窓を開けると田んぼでおばあさんが尻まくりして用を足している(シュールだったなぁ)、みたいな。(これも実話) そのうち、僕は通学途中の電車の車窓から「スタジオみつば」なる文字を発見します。あれ、このプレハブの建物はゲームセンターじゃなかったっけ?訪れてみると、スタジオとは名ばかりで、ゲームセンター内のついたてで仕切られたスペースでバンドが練習しているという、かなりシュールな光景。でも、僕らにしてみれば、周囲や尻まくりを気にせず、思い切り大きな音で演奏できる。ヴォーカルもちゃんと聴こえるし。これがスタジオのオーナーである元競輪選手、通称「みつばのおいちゃん」との出会いでした。 おいちゃんはまったく音楽に興味のない人でした。今考えると、それが良かった。僕らの音楽に口出しすることはありません。たいていスタジオのオーナーはミュージシャン崩れの人が多くて、面倒くさい。おいちゃんはいつも同じ体温で淡々と接してくれる。しかも隣はラーメン屋という博多感極まりないシチュエーション。競輪選手 → ラーメン屋 → ゲームセンター → 音楽スタジオ。音楽スタジオへの見事な最後のトラバーユも、ゲームセンターに来ていた大学生が「最近バンドが多くて、練習場所を探している」という、それだけの理由で始めたんだそうで。 その建物はプレハブでヒドい状態でしたが、防音も殆ど機能してないがゆえ、たくさんのバンドを耳をダンボにして聴くことができました。忘れもしない福岡市東区の雄たち、フルノイズ、おっしょい、ラストシーン、ルーズ、エトセトラ、エトセトラ。北九州にはルースターズが居て、僕の身近にはこれだけのイケてるバンドが居る。そのことが僕らをとても励ましたっつーか、負けられないっつーか、とにかく死にもの狂いで練習したのです。だって、これ以外に世界との接点、ないしね。 プレハブには当時3つのスタジオがありました。一番狭いところは4畳半くらい。そこは殆どセミプロとして活動していた「おっしょい」が機材を置きっぱなしにして使っていました。僕も散々彼らにはお世話になっていて、バイトを紹介してもらったり、バンドマンの悲哀を教えてもらったり。おっしょいの解散にあたり、そのスタジオは僕らが譲り受けることになりました。これで一年365日、どんな時でも練習できる。とても嬉しかったのを覚えています。とにもかくにも、ほぼ毎日、音を出すこと。これが僕らの礎になっていることは間違いありません。冗談抜きで、日本で一番練習したバンドだと思います。実際、その頃のHEATWAVEは鉄壁でした。 人気も出てきました。でも、バンドは金がかかる。ツアーをすると赤字で、それを埋めるために働くだけで精一杯。貧乏にも程がある。メンバー全員、最初は外車を乗り回してました(オレは奨学金をガソリン代にしてた)が、国産車になり、原チャリになり。しまいにゃ、原チャリを維持することさえ難しくなり。合言葉は「貧乏はオッケー、でも貧乏くさいのはダメ」。スタジオの壁にはシュノーケルと水中マスクがメンバー分備えられていて、お腹が減ると原チャリで密猟に出動。渡辺圭一が獲ったウニを僕が水中で集める、みたいな。実際、こうやって飢えをしのいだのです。(これまた実話) おいちゃんは僕らの無軌道な情熱をいつも同じ体温でサポートしてくれました。過度に喜びもしないし、叱責することもない。そのうち、僕らはスタジオ代(月額たった3万円だったのに)も払えなくなりました。それでもおいちゃんは「払え」とは云わない。申し訳なくて、僕らは年末の大掃除など、できることをやるようにしました。何だか、元競輪選手の父ちゃんと出来の悪い息子たち、みたいな不思議な関係でした。ツアーに出発するのもこのスタジオから。「行ってきんしゃい」みたいな。 このスタジオは行き場をなくした若者たちのたまり場で、学校で、青春の血と汗と涙を流した場所でした。ライヴの場所を除いて、唯一生きていることを実感できた場所というか。 僕らが東京に行くことが決まった時。未払いのスタジオ代は50万を超えていました。最後の福岡でのコンサート、700人くらいの観客が来てくれて超満員。終演後、スタッフに見せてもらった札束(殆ど1000円札だったけど)。そのお金でおいちゃんに借金を返し、スタッフ約30人と二日に渡って飲み続け、最後は温泉センターでお金を全部使い果たして、僕らは東京に旅立ったのです。トラックに乗って。その際においちゃんは僕らに新品のラジカセを餞別にくれました。泣けたなぁ。(実話) とにも、かくにも。おいちゃんが居てくれなければ、僕らは音楽を続けることができなかったのです。もはや感謝の域を超えてるのです。 あれから25年経ちました。 渡辺圭一から連絡があり、おいちゃんが高齢(83歳になります)のため、今月末でスタジオの閉鎖を考えている、と。僕らは考えました。おいちゃんに感謝を伝えたい。でも、派手なことが苦手。だから、今日昔の仲間たちが集まって、最後のセッションをすることにしました。 ———————————————– ここからは今日の出来事のあと、ホテルで書いています。今日、起きたことを文字にするのは止めることにしました。それはおいちゃんと僕らの心の中にしまっておくことにします。とっても美しい時間でした。どうやら、明日、西日本新聞の朝刊に載るらしいです。僕もそれを読むのを愉しみにしています。 おいちゃん、おばちゃん、ありがとう。

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レコーディング航海日誌#005、再会の季節

5月26日 月曜日 曇り 寝ぼけているときに、思いつくことがたくさんある。それは走っているときに閃くものとはまったく種類が異なって、覚醒していない分だけ作為がまるでない。 ベッドの中でねぼけながら、ピーター・バラカンさんの番組を聴いていた。「うーん、あと5分だけ」みたいな。ふと、「再会の季節」って言葉が湧いてきて、それを書き留めたなら、同じ時刻、番組にリクエストのメールを送った人物はどうやら僕の古い友人のようだった。驚いた。彼がリクエストしたのはトム・ペティーで、実のところ僕はそんなに好きではないのだけれど、初めて彼の音楽がぐっと迫ってきた。 なんだかなー。 メールを書いても、返事がないので、電話をしたら、彼は入院していた。で、いろいろ話した。内容は野暮だから、書かない。僕はいつも偶然なんてないと思って生きているので、「じゃ、時間できたら、見舞いに行きますからね。お願いしますよ。人生のチャプター2」みたいな。笑。 ラジオは電波だけど、人の想いも電波みたいなもんじゃないのかなぁ。僕にはもう一生会えないであろう人物が数人居るけど、会うとか、会わないとか、会えないとか、そんなことはどうだっていい。いつだって会えるし、いつだって会えないんだよ。できることは、まっすぐ、限りなくまっすぐに歩いていくだけ。死んだら、おわり。だから、もう一回引用しとくね。 「執着のあるところに愛はなく、依存があるところには恐怖がある」。 すごい言葉だなぁ、とあらためて。 閑話休題。 魚さんにファイルを出荷したけど、連絡がない。僕は新しい曲に取りかかる。何を大事にすべきなのか、迷わないように、骨子をずっと考えている。こうやって5日が経過したけれど、まだ何ひとつ完成していない。(ネガティヴな意味じゃないっすよ) 明日から九州に戻ります。理由?それは明日お伝えできるか、と。明日のblogは福岡で音楽をやってた人は是非、読んでください。

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レコーディング航海日誌#004、「出荷」。

5月25日 日曜日 晴れ 三歩進んで二歩下がる。全体的に「うーん」と行き詰まった感。あるある良くある、その感じ。 こんな時はファイルを魚さんに「出荷」します。本日漁獲はないけど、初出荷。 数年前にアルバム「SPEECHLESS」を作ったとき。僕らは文字通り会話もなしに、ネット上のファイルのやり取りだけで作品を完成させたのです。 1. リズムセクションがいい感じで演奏する。 2. 僕が自分のスタジオで音を付け加える。 3. 魚さんに出荷して、彼が音を付け加える。 4. 再び僕に出荷され、まとめる。 5. ミキシングする。 6. 完成。 今日、その曲はステップ3に入ったってことです。まだこの曲がみなさんの耳に届くかどうか、それすらも不明な状態だけどネ。 ————————————- ぜーんぜん話は変わるけど、今日、見かけたクリシュナムルティの言葉に目が覚めたとですたい。 曰く。 「執着のあるところに愛はなく、依存があるところには恐怖がある」。 確かに。 ————————————- 来月のblog上地獄ラジオはベーシストを特集しようと思うのだが。どうかな?  

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レコーディング航海日誌#003

5月24日 土曜日 晴れ 海から吹いてくる風が心地良いけど、若干湿り気を帯びてきたような。もうすぐあの季節がやってくるのね。じめじめした、 カタツムリが大好きな季節が。 海が近いことは素晴らしいけど (海抜2.8メートルなのでかなり危険なんだけど)、湿気が半端なくてね。除湿器を3台回しても追いつかないっつーか、もはや諦めたっつーか。ただし、楽器には多大な影響が出るので、常にエアコンをドライにしておかねばならず、そして、そのエアコンが壊れているならば、修理しなければならず。そんな理由でレコーディングは簡単に中断。この家、カビだらけ、そして山の家もカビと草だらけ。「カビ、かび、KABI !!!!」、そんな歌が書けそうな季節がやってくるのです。がんばれ、オレ。おーっ。 本日の出来事 1. 神主だったはずのともだちが農業に転職していて、気合いの入った玄米を送ってくれたので、気合いを入れて喰った。岐阜の地面の味がした(褒めてます)。函館の塩と九州の葱とブレンドしたので、九州から北海道まで繋いだとひとりごちた。 2. エアコン修理担当者 said「えー、これは基盤取り寄せになりますのでー、えー、来週半ばあたりに、えー、またお電話差し上げます」。つーか、あんた「えー」多すぎ。来週居ないから、急いで来てもらったんだっつーの。ぷんぷん。 3. 海沿いはBBQ真っ盛り。でも、中年は荒野を目指す。心の荒野を今日も突っ走る。5年も走ってるとね、真剣な奴は全員顔見知りになるもんです。一度も話したことないけど(走ってるから)、奇妙な連帯感。週末はBBQの煙にスモークされながら、中年は荒野を目指す。心の荒野をね。ぱおーん。 4. 映像のSちゃんから連絡があって、このレコーディングの日々を記録したいと。あんたねー、レコーディングってものがどれだけフォトジェニックじゃないか、知らないみたいだね。すっぱいよー。それでも良ければ記録したまえ。ただし、何をやってるのかぜんぜん分からないと思うよ。頂への歩みは亀より遅いからね。何つったって、オレ、バンドのアルバムじゃ、シンガー、ギタリスト、細かい楽器もろもろ、プロデューサー、エンジニア、アシスタント・エンジニア、使いっ走り、宣伝担当、煮詰まったら、ランナー、シェフ、何でもやるんだから、ぷんぷん。録れるもんなら録ってみろ。(挑戦的) 5. iphone4sが不調なので5sを買った。一度も料金体系を見直したことがなく、自分のメールアドレスも知らず(実話)、テキトーに生きてきたが、意を決して、料金体系を見直したつもりが、結局メンドー臭くなってまた流される。オレみたいなのがカモなんだろうなぁ。忘れもしない2011年3月。あっしは外国に居た。止む負えず、日本に電話した挙げ句、帰国して電話料金を観て、腰を抜かした。金額はみなさんを恐怖に陥れるので、書かない。「世界ケータイ」ってのは嘘である。確かに繋がるけどね。「世界ぼったくりケータイ」の方が正しい。以降、あっしは外国に着いたら即飛行機モードにして、wifiでしか使わない。 6. なんでこんなに長文を書いているかというと、レコーディングから逃亡しているのである。「シェフ、今日の晩ご飯は?」「ボンゴレビアンコだよ」。「ワインがないよ」「買ってくるよ」「ついでにパルメジャーノもね」「あいあいさー」。 一人二役。アーメン。 7. 「今日のボンゴレ、どうだった?」「いやー、あさりが旬だからさぁ、美味いね」。シェフは何となくでもいいので、自分の料理を褒めて欲しいのだが、一人二役なので、なかなか難しい。 8. ともだちのチューが先日、iphone5で海外のラジオを聞きつつ、それをBluetoothで飛ばして、クルマで聴くっちゅーことをやってたので、早速真似た。教えてもらったアプリは「Tuneln Radio」。確かにこいつはすげー。やるな、中村屋、ちがったお菓子屋 !!!!!!! 筆者注 * チューの名字は「中村」で本職はお菓子屋のボンである。それを知らないとまったく笑えないことに気づいた。 てな訳でスタジオにもどりMAX。 ツイシン 本日の漁獲高 (とれだか)。 ギルドをスライドで一本 (ハマチ) ヤイリ・ブズーキをスルーで一本 (バイ貝) シェイカーをスルーで二本 (海苔) マンドリンをスルーで一本 (ホタルイカ)。 大漁旗を掲げるまではないかなぁ。先日、築地でチューが鮨を玉子でしめるという荒技を放ったのだが、なかなか良かった。これから真似する。ちなみに「玉子はシャリ抜きね」。

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レコーディング航海日誌#002

5月23日 金曜日 晴れ サム・シェパードの「ローリングサンダー航海日誌」よろしく、これからはレコーディングの日々、無駄に道に迷わないように航海日誌をつけることにします。凪とか荒天とか、高波とか、いろいろあるもんネ。 3月、某国の雪山、標高3000メートルに滞在している間に、録音された膨大な素材を1月かけて全部聞きました。これがわりかし骨の折れる作業で、それらを必要なもの(ほんのわずか)と不要なもの(ほとんど)に分類。合計11時間の素材の中から、きらりと光るものを1時間ほど抜きだしたのです。ブラッシュ・アップというか音の粛正っつーか。それらを更に骨だけにします。殆どドラムとベースと歌だけ。そこからサイズを短くします。 実験の結果。ウチのバンドの場合、レコーディング・スタジオに入っているときより、「何となく」演奏しているときの方がグルーヴィーであることが多いのです。つまり「何となく」ジャムっているものを普遍的なものに昇華させるってことです。そんなアホなこと、誰もやってないと思うけれど、根拠はないけど、確信だけがある、といつものわたくすの直感がそう申しておるので、そちらの方向に直進いたしマックス。 1. 思考と表現の狭間 2. 主観と客観の狭間 3. 熟考と即興性の狭間 4. 瞬間と永遠の間 5. 緻密とがさつの間 考えてることは、こんな感じかなぁ。ここに何かがあると思うのです。時代を生き抜くための何か。     ついしん 山の家に居るとき、深夜にクルマをぶっ飛ばしてるとき、今日みたいに音楽やりすぎて頭を真っ白にしたいとき(走るときにね)。テクノはとっても効きます。

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長い旅路の始まり

5月22日 木曜日 雨 今日から永い孤独な旅路に突入。これからは空いた時間はすべて、レコーディングに費やされます。煮詰まったら、スタジオのない場所に逃げます。笑。 既に録音された膨大なリズムトラックを選択、編集、加筆、エトセトラ。ひとつの作品をあぶり出しのように練りあげていく作業です。 とはいえ、この時代にバンドの音楽に没入できるのは幸福なことです。永い旅路、愉しみます。

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ヒーロー

5月21日 水曜日 曇り 編集者のともだちが自信作、「読む野球」を送ってくれた。最初はおふとんの国の睡眠導入剤として読んでたけど、次第に目が冴えて眠れなくなり、しまいにゃ、youtubeで記憶の奥深くに刻まれたシーンを観て、号泣する始末。 だって、野球だもん。始末におえんよ。13歳まで真剣に、ピッチャーになって、オレがライオンズを救うんだと思ってたもん。 親父が唯一教えてくれたのは野球だけで(きっと奴がやりたかっただけだと思うけど)6歳になったら、庭に規定通りの長さでマウンドを作り、星一徹ばりにキャッチボールが始まった。むろん、硬球。軟球なんて使うのなら、野球やめちまえ、的な。ミットを構えるのはど真ん中ではなく、常に内角低め。そこに渾身のストレートを投げ込め。これが山口家の家訓。 ま、うちの話はこれくらいにして。 オレの最後のヒーローはカズ山本こと、山本和範選手。彼が観たくて何度球場に行ったことか。圧倒的に他の選手と違っていたのは、「今打たなきゃどうする」って場面での打率が半端なかったってこと。九州の匂いがぷんぷんするってこと。そして、オレたちの応援がこんなに届いていると、感じられる選手も居なかったってこと。 記憶が正しければ、彼がサヨナラヒットを打ったとき、気がついたらオレはライトスタンドのネットをよじ登ってたこともあるし、ミスチルのケンちゃんと一緒に応援に行って、あまりの応援っぷりに守備につく山本さんに「静かにしなさい」って怒られたこともある。笑。 何はともあれ、痺れる選手だった。彼の最後の試合のVHS、未だに持ってる。何度観ても号泣。山本さんと平和台球場。それがオレの野球の全てだった。チケットを買って、スタンドに続く階段を駆けのぼる。そして福岡の空とスタンドが見えたときの感じ。嗚呼。 ある日、アルタでテレビに出演してた。本番中、急に渡された電話は山本さんと繋がってた。シークレット。頭、真っ白。「あ、君の音楽、練習の行き帰りに聴いてるよ」。そして次の大阪のライヴ。楽屋には近鉄球団ではなく、山本さん本人から花が届いてた。ライヴ中、でっかい人が客席に居るなぁ、と思ったら、ご本人だった。来てくれたんだよ、シーズン中なのに。 これは自慢じゃないよ。先日のヤイリ・ギターもそうなんだけど、偉大な先人たちから、オレは人としてどうあるべきか学んできたってこと。カズ山本の不屈の血は死ぬまでオレの中に流れてるってことです。     ついしん この映像。あれから3回も観て、毎回、号泣。カズさん。オレの草野球の背番号、もちろん29です。      

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