月別アーカイブ: 10月 2011

故郷の人間関係

 

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各地でリハーサル

10月29日 土曜日 雨 車でびゅーんと故郷、福岡へ。明日のイベントのため、trio the HWの3人組は軽いリハーサル。つーか、福岡でリハーサルしたの何年振りだろ。 一方、魚先生はひばりさん@東京ドームのリハーサルを都内にて。トリオチームがイベント出演のため行くことができず、魚さんが「一人」で多分、とてつもなくでっかいスタジオに。弦や管楽器のみなさんと譜面を元にやっておかねばならなかったのです。で、どうやってリハーサルしたか、と云うと、前もって作っておいたデモテープと共にです。主催者や魚さんに、本当に申し訳なくて、魚さんに詫びの電話を入れたなら、舞台監督が「ヒートウェイヴさん入りまーす」とスタジオに居る大勢の人々に紹介してくれたのはいいが、マネージャーも所用で行けず、魚さん独りだったと。重ねて、すいません。さぞかし、居場所がなかっただろうと思いきや、「自分が書いたスコアを生で誰かが演奏してくれるのは愉しいもんだよ」、と。ネットを通じて送られてきたその演奏を聞いて、なるほどなぁ、と感嘆。てな訳で、トリオチームはこちらで己の仕事をまっとうします。さんきゅー。  

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驟雨

10月28日 金曜日 曇り 霧雨の中、峠を20キロ走って、身体のブラッシュアップは完了。濃いガスにまかれると視界は3メートル。本当に道があるのか疑わしくなるけど、多分ある。人には勧められないけど、得難い経験。 自分なりにカタをつけて、清い心で山を降りようとしたが、そうは問屋が卸さず。ネットに繋がらなくても、目眩のするような情報が次々に飛び込んでくる。今日は我慢の限界を超えたので、いくつかのトピックに分けて、伝えます。これって、ここ一日の話だよ、ほんと。信じられる? —————————————————————- 1. 「津波が来る前から、原発は制御不能だった」 広瀬隆さんとフクイチの設計者であるサイエンスライターの田中三彦さんの告発。「津波前から原発は制御不能だった」。東電は津波による全電源喪失が事故の原因だと公式見解を出しているが、もし津波の前に地震で壊れていたのなら、地震列島日本に建設されている、他の原発は再稼働できなくなる。地震後、どのような対応をしたかと云う追求に対して、東電は「黒塗り」の作業手順書を提出。田中氏は元エンジニアとして、地震による配管破断から制御を失った可能性をデータから指摘。電力会社はこの惨事から学ぶ姿勢に欠けすぎている。この後に及んでごまかそうとする、その体質に呆れる。ストレステストなる名目でメーカーにそれを依頼して、再稼働させようとする政府も同罪。目眩。 2. 「東電は原発賠償で国に一兆円の支援要請」 、、、、、、、、、、、。言葉が見つかりましぇん。 3. 「放出されたセシウム137は約3万5000テラ・ベクレル。それは日本政府の推計の2倍を超える可能性がある」 原発事故によって放出された放射性セシウム137は約3万5000テラ・ベクレル(再び目眩)に上る。それは日本政府の推計の2倍を超える可能性がある、と北欧の研究者たちが指摘。「太平洋上空に流れた量を多く見積もっている」と例によってアホな読売新聞は報じているが、その文章に何の根拠があるのか、まったく分からない。大切なことは、それがどれだけ途方もないことなのか、一般ピープルに理解できるように、示すことだとオレは思うのだが。 4. 「海にダダ漏れしたセシウムについて」 海洋流出したセシウム137は2.71京ベクレル。東電が6月に発表した数値の20倍。フランスの研究所が発表。 5. 「自分の安全は自分で守るしかないこと」 僕は普段、関東某所に生息している。前にも何処かで伝えたけれど、あまりのキンチョー感のなさにときどき目眩を覚える。けれど、発見される放射性物質の場所は次第に接近してきていて、遂にベリー近場で8000ベクレルのセシウムが検出された。小学校でね。例によって、自治体は地上5メートルの空間線量しか測っていなかった。今回、この数値が出たのも「住民の要請」によるもので、その危機管理のなってなさに目眩。NHKの夕方のニュースは「今日の放射線量」ってのを流しているのだけれど、前にも書いたが、その数値と、僕らが測ったものは「一桁」違うってことを伝えておく。これだけの「ウソ」が公然とまかり通っている中で、自分の身、子供たちの未来は、自らの手で守って欲しい。みんなが住んでるから安全、なんてことはあり得ないってことを。あのね、僕だって、こんなこと書きたくない。フツーに他愛のないことを書いて、暮らしてたいよ。でも先日、僕は研究者によるチェルノブイリの影響のレポートを詳細に読んだのだが、慄然としたのだよ。自分が知っていることをどう伝えるべきか、本当に悩む。 6. 「福島で行われる駅伝」 11/13に福島市で東日本女子駅伝が催される。放射線管理区域である0.6マイクロシーベルトを超えている地点が多々ある、と。中高生も走るんだと。目眩。 7. 「食品から受ける生涯の累計線量の上限を100ミリシーベルトに」 食品中の放射性物質による内部被爆の健康影響について検討してきた内閣府の食品安全委員会は、食品から受ける生涯の累計線量の上限をおおよそ100ミリシーベルトとする答案をまとめた。 しかも、これは外部被爆を含まずってことらしい。何はともあれ、読みかえれば、生涯100ミリシーベルトまでなら、内部被爆オッケーってことです。と、政府が申しております。 8. 「原発輸出、首相表明へ。ベトナム首相と31日首脳会談」 まったく。どじょうはどっち向いて泳いでんだか。 ———————————————————————————- どうして正直に生きようとしないんだろう。どこまで腐ってるんだろう。どうして暴動が起きないんだろう。3たび、この言葉を。 「普遍的な愛の基盤は、あらゆることに対する責任感です」。by ダライ・ラマ14世

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message

10月27日 木曜日 晴れ さて、と。一旦山を降りるときが来たようです。こんな状況の中で、このような時間を与えられたことに感謝しなきゃね。もうすぐ11月だと云うのに、労働とランニングで陽焼けしてます。一日に量を決めて、家の掃除や補修もしていたのですが、結局壊れていくスピードに追いつけず。まぁ、仕方ないか。男手に手伝ってもらわなきゃ、もう無理だな。たくさん持ってきた本も、殆ど読む時間がありませんでした。何処に行ってもワーカホリックなんだなぁ、と少し幻滅。でも身体は研ぎすまされて、キレキレです。余分なものがまったくない。それだけは気分いいです。 もうすぐ夜は零下になります。昨日は薄く氷が張ってた。ダウンジャケットを着て寝たけど、深夜は空気が澄んで、満天の星空だったす。天の川、久しぶりに観たよ。きれいだったなぁ。 云うまでもなく、ここに来たいちばんの目的は曲を書くこと。アルバムを創るには「核」になる曲が必要です。それが出来た(はず)のがいちばん嬉しい。震災以降、自分がミュージシャンであることに一体何の意味があるんだろう。そんな迷いもあったけれど、一連の信じられないような出来事は、本当に大切なものを教えてくれました。愛だとか責任だとか。こんなに深く考えたことはない。でも、それが昇華して形になりつつあるのが嬉しいのです。できるだけシンプルな言葉で書きたかったのです。こねくり廻して難解にするのは誰でも出来る。小学生にも分かる言葉で本質を書く。難しいけど、やりがいのある作業です。出来上がったら、苦しんでいる人のところに早く届けに行きたい。 君は風で、君は力で、君は輝く言葉で、ひとひらの希望の羽根 君は涙で、険しく長い道で、世界をつむいでいく、ひとすじの光 それが僕の「message」、最後の木が切り倒される前に、それだけは伝えておきたい。

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changing

10月26日 水曜日 快晴 変えることは「否定」することじゃなくて、筋道を示すことだと思うとです。

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トップダウンとボトムアップ

10月25日 火曜日 曇り この家を出て、少なくとも4キロは上り坂が続く。避けられない。走り始めて3キロくらいは全身の毛細血管に血が廻るのに時間がかかるので、ここがいちばんキツい。有酸素運動が始まる前にキツい坂ってのは、かなりの拷問なのである。まぁ、でもしゃーないので、毎日自分の日々になぞらえて、登り方を変えてみる。それが面白い。僕は運動選手を目指していないし、レースに出る予定もないけど、毎日挑んでるうちに、コツみたいなものを掴んでくる。坂が嫌いじゃなくなってくる。普段、関東で走ってる場所は、海沿いで平坦なので、ほぼイーブンペースで走れる。ただし、ここの場合は、山あり谷あり地獄あり、絶景だけど、巨大な自衛隊の車両にブンブン抜かれる(かなり怖い)し、ほぼ自分の人生にみたいに紆余曲折。キツい。でも愉しい。ヘンタイか?そうかもしれん、けど。 鍛えられたこと、と云えば。問題を先送りにしなくなったこと。先日、書いたけれど、良心に従って生きようとすると、目の前に問題が山積してくる。それを先送りにして、本質から目を逸らし、その場しのぎで切り抜けようとすると、結局自分が立ち行かなくなって破綻する。だから逃げる訳にはいかない。そのブレない心を作るためには、この無茶なコースはもってこいだよ。毎日、走り終えると、ボロ布みたいになるけど、ミョーな達成感が確かにある。 僕にもニンジンが必要で、10キロ先にある、折り返し地点近くの峠のお茶屋さんで150円の瓶のコーラを飲む。おばさんは毎日呆れてるけど、とっても優しい。 そしていろんな事を考える。問題を先送りにしちゃいけない。この国にもう未来はない。被災者は救済されず、あるべき復興は達成されず、放射能被害は萌芽し続け、子供たちを苦しめ、国際的信用はなくなり、官僚と電力会社は既得権益にしがみつき、政治家は保身しか考えず、国の借金は国民の貯蓄を超え、消費税は上げるしかなくなり、それでも暴動は起きず、少子化で高齢者たちを支えられなくなり、社会保障は破綻し、製造業は工場を人件費の安い海外に次々と流出させ、失業者が溢れ、国際社会が遂にこの国を見放し、国債は暴落、円高から超円安に変わり、輸入品は高くなり、インフレを起こす。円は紙切れ同然、給料は変わらず、物価だけが上がっていく。食料自給率は低く、最後には食べ物がなくなる。すでにバカ政府にそれを救う能力はなく、「すべて自己責任」と国民は放り出される。すまんね、こんな夢も希望もないことを書いて。でもミュージシャンである僕だって、このくらいの「最悪のシナリオ」はあり得ると思ってる。だから、何とかしなきゃいけない。誰かスーパーヒーローが出てくるのを待ってちゃいけない。最初に泣くのは社会的弱者。そんな世の中に暮らしてたまるか、と走りながら思う。 僕らが作るボトムアップの力、そしてその大きなうねりに動かされたトップダウンの力。その両方がなければ、この国は滅びる。でも、それはできる。できないと思うなら、僕はここに生きていたくない。

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人間交差点

10月24日 月曜日 曇り   斉藤君のアルバムを手に入れて。心の血糖値が正常に戻り、途端に家まで運転するのがダルくなった。これも和義効果か。確かにオレは頑張りすぎてた。朝から晩まで無駄なく時間を過ごしていたし、身体も絞りすぎたし、何よりも誰とも会話してないってことが寂しくなってきてたのは認めよう。   よし。迷惑だとは思うけど、「勝手に実家」に出撃じゃー。「ここんちの子」になったオレは「勝手に実家」の広間に上がり込み、傍若無人にふるまって、出てくる絶品の料理に舌鼓を打ち、ひっきりなしにやってくる来客とバカ話を繰り広げ、一泊を二泊に勝手に延長し、完全にリフレッシュして戻ってきた。ありがとう。大泣。   この家はもはや日本が失った風景の中にある。ひっきりなしに人がやってくる。とある寅さんシリーズのオープニングに使われた家でもある。財界人、政治家、タレント、ミュージシャン、山の民、観光客、エトセトラ。一言で書けば、「人間交差点」なのだ。定点で観測していると(これはオレの性なんで、許してください)、この交差点にはこの国の縮図がある。ミクロからマクロを観ることができる。プライバシーにも関わることだから、多くは書かないけれど、このムラの問題点を解決することは、この国のそれを解決することでもある。だから、この家の人たちとバカ話の合間にそれを必死に考えてみたりもする。果てしなく難しい。長年、このズブズブな問題と身体を張って闘ってきた僕の友人たちの身体はボロボロなのだ。本当に、痛ましいくらいに。ただし、ひとつだけ確かな希望がある。大人たちの醜さを観て、育ってきた子供たちが実に素晴らしいのだ。彼らとて、ズブズブの世界と必死に闘っている。でも、まだ折れてはいない。だから、オレはオッサンになるってことはよー、素晴らしいことなんだぜー、と伝えることが出来るようなニンゲンで居たい。この子たちが、この子たちなりに福島の子供たちを思いやってることを伝えたい。そして、僕と友人たちが夜の果てに撃沈した時、布団を敷いて、死体(僕らのこと)をおふとんの国に導いてくれるのは細君だったり、子供たちだったりするのだ。国王、情けねー。  

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45のmilestones

10月23日 日曜日 曇り レコードショップを営む福島県相馬人Mが、しきりに斉藤和義君のニューアルバムを絶賛する。僕は人里離れた山の中に居るにも関わらず、どーしても彼のアルバムが聞きたくなってしまった。罪な男じゃー。つーか、これがプロモーションだよね、本当の意味での。とにかく、僕は和義飢餓状態に陥ってしまった。云っておくけど、僕はホモじゃない。でも、こういうのに理由なんかないのである。聞きたいものは聞きたい。どーしても聞きたい。でも、この近くには売っていない。ここじゃネットも使えない。斉藤君本人に連絡して、「アルバム送ってよー」なんて姑息なことも云いたくない。ならば、手に入れるのじゃ。何としてでも。 往復40キロ近く行ったところに、本屋とCD屋とスポーツショップが合体した小さな店がある。そこに行ってみるべ。入り口には近所の中学校のオフシャル体操服が売られ、奥にある本屋との間に、僕んちにあるCD棚より小さいCDショップがある。全部のCDを観るのに要する時間、3分。ない。ないのである。僕は更に和義飢餓状態に陥ってしまった。脳味噌は和義ワンダーランド。重ねて云っておくけど、僕はホモじゃない。うーん、ここからいちばん近いCD屋は。往復100キロだな。じゃ、行くべ。僕は山道をすっとばして、更に麓の街に下った。その店は「ことぶきレコード」と云って、昔僕らが育った街にあったような、演歌と歌謡曲がメインの由緒正しきショップなのである。僕が育った街には「Oレコードショップ」という小さな店があって、同じような品揃えだったのだが、高校二年生のとき、ルー・リードの「トランスフォーマー」を買ったら、店主のおばさんが感激して「私はこのレコードが売れる日を夢見てたのよ」と云われたことがある。 話を戻して。 僕はことぶきレコードの隣にあるセブンイレブンにドリフト気味に車をとめて、店に入った。店主は期待通りにおばさんだった。自分で探す前に「斉藤和義(呼び捨てにしてごめん)の新しいアルバム、ありますか?」。おばさん、にっこり微笑んで「こちらでーす」と僕を誘導してくれた。かくして、僕は手に入れたのである。ニューアルバム「45stones」。僕は車に戻り、爆音で再生する。うーん、素晴らしい。 低血糖って分かるよね?僕も走りだすまでは無縁だった。でも、体脂肪がみるみる落ちて、初めて30キロ走ったとき、「ハンガーノック」と云われる超低血糖状態を経験した。なんつーか、その。身体が震えてどうにもならない。本当にどうにもならないのである。 あの日以降。心のどこかがずーっと低血糖状態にあった。プルプルと小刻みに震えている。恐怖じゃない、すべてが怒りでもない。でも、そうとしか言いようのない状態が続いてはいた。僕は彼の歌に救いや答えを求めていないし、代弁して欲しかったのでもない。でも、ハンガーノックがコーラ一本で脱出できるように、そのような音楽を求めていたのは事実だと思う。 僕は同業者だし、彼をリスペクトしているから評論なんてしない。でも「45stones」は腑に落ちるって言葉通りに、すーっと僕に入ってきて、その震えを止めてくれた。 これは僕の推測なのだけれど、彼は確たる何かを持ってスタジオに入ったのではないと思う。ただ、自分の心から出てくるものに正直であろうとして(推測だよ)、その一点を最後まで貫いた。何処にたどり着くのか不明な旅を音楽家として、楽しもうとした。だから、ときどき荒削りな断片が心のひだのように聞こえ、かきならされるギターからは愛が伝わり、やるせなくて、ダルいんだけど、妙にリアルで、笑えて、ひっかかる言葉があって、聞いたあとには一本の道が浮かんでくる。そんな45のmilestone(道標)みたいなアルバムが出来たんだと思う。 何だかなー。「正しいCDの買い方」って言葉しか書けないんだけど、「45stones」を巡る小さな旅。愉しかったなぁ。ありがとね。少なくとも、僕の旅も何処にたどり着くのかまったく不明なんだけど、自分の心から出てきたものに、正直であろうと思うよ。また、何処かの空の下でね。多謝&再見。

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失うことの幸福

10月22日 土曜日 曇り 誰にも会うことなく(本当に何日もの間、誰とも会話を交わしていない、タヌキと鼠には会ったけど)、自分の心の声を聞いています。大切な時間。ようやく見えてきたこと。それは簡単に書けば、自分の良心に従って、正直に生きることに他ならず。そんなこと、今に始まったことでもないんだけど、身にしみて今更ながらに理解できたと云うか。世の中で起きていること。ひとつのウソが次のウソを創出する。強欲が次なる強欲を生み出し、連鎖していく。次第に何が本当なのか、分からなくなってくる。そんな状況の中で、本当のことを云うのには勇気がいる。でも、結局はそれがいちばん正しくて、早い道なのだと思う。僕はこれまでも割と正直には生きてきたと思う。けれど、それはヴィジョンのないまま、単に資質としてなされていた部分もあって、そのせいで充分に人を傷つけてきた。正直であることは、事実をただ吐露すればいいのではない。人にモノを伝えるのは、伝え方が重要で、それが大人になることの意味だと僕は思う。自分の欲でしか物事を考えられない人間の心の中にも、良心があると僕は信じる。その良心を開くためにも、まずは自分がそれを実践することだと感じている。   プロダクションに「所属」して、ミュージシャンに「給料」が支払われていた頃は、締め切りまで曲を仕上げることが苦痛に感じることもあった。でも、こうして音楽が出来なければタダのおっさんと云う身分に好んで転じてみると、それがいかに幸福なことであるかが良く分かる。世界と自分をたんまり見つめて、あぶり出しのように何かが湧いてくるのを待ち、書き留める。何も湧いてこなけりゃ、タダのおっさんになるだけなのだ。簡単だ。この数年で得たことは「失うことの幸福」。でも大切なものは何もなくなりはしない。物質や物体なんかじゃない。心とは、そのようなものだ。   久しぶりに福島県相馬人Mと電話で話した。様々な困難が降りかかる中で、彼の口調は輝いていた。嬉しかったなぁ。誤解を怖れずに書けば、彼は津波で家と家財全てを失った。更に原発事故で苦しめられている。でも、大切なものは何も失っていないのだ。多分。   何にせよ、最終的に自分を救えるのは自分自身でしかなく。僕らはは遺伝子となって、連綿と生き続ける。いったい、何処にたどり着くんだろう?でも、何にせよ、未来は今より明るいものであって欲しいし、「失うことの幸福」を知った僕らにはやらねばならないことがある。   「普遍的な愛の基盤は、あらゆることに対する責任感です」。by ダライ・ラマ14世、アゲイン。

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夢中になること

10月21日 金曜日 雨 昨日の無線LANタダ乗り記述には、いくつかのお叱りを受けました。すいません。実は役所に光ケーブルを引いてもらうよう頼んであるのです。その進捗状況も含め、公衆スポットがないかどうか、後で聞いてきます。重ねて、すいません。 ところで、このコメント嬉しかったなぁ。いわく「僕ぁ、ヒロシさんのライヴに行ってギターを始めようと決めました。over40ですが、静かに燃えとるとです。感謝デス」。 僕も40を越えて、始めたこと。夢中になっていること、ふたつあります。ひとつはスキー、もうひとつは走ること。ふたつとも大切な人物の進言に従ったまでです。きっかけはね。まさかこんなことになるなんて、考えてもいなかった。でも、好きになると、のめり込み体質(短所かつ長所)の僕としては、このふたつのことが教えてくれたことは、あまりにもデカかった。今となっては知らなかったらと思うと、ぞっとします。そのくらい僕を変えてくれた。自分の限界にチャレンジするのは、大まかに云って、とんでもなく愉しい。人は僕のことを「なんて無茶な」と云うけれど、本当に愉しい。おそらく、どんな道も、突き詰めると、同じところに繋がっているのです。 ギターはね、14歳の誕生日に親友がGのコードを教えてくれたのです。そのとき、身体に電流が走った。「これだ」と思ったのです。遂に見つけたぜ、と。それからは起きてる時間はずっと弾いてたのです。うちにあったガットギターに鉄の弦を張ってね。それまでずっとナルシソ・イエペスが弾きたくても弾けなかった父親が「お前、上手いな」、と。多分、ギターで初めて父親を超えたのです。ちなみに僕はそれまで絵を描いてた。コードを教えてくれたお礼に、僕は親友に絵を伝えた。今、彼は素晴らしい絵描きです。そして僕はミュージシャン。本当の話だよ。 僕らの時代は教則本も先生もDVDも何もなかった。だから、誰にも習わなかった。全部、独学。今となっては、それが良かったのです。自分で苦労して見つけたことは絶対に忘れない。そしてエレクトリック・ギターが買えないからガット・ギターに鉄の弦で弾いてた、その握力における無意味なド根性が今の僕のスタイルを生んだのです。多分。 今、山の家で毎日ギターを握って曲を書いてます。僕は文章を書くのがちっとも苦じゃないけど、ギターはその日の感情を言葉より芳醇に語ってくれる。何だろうなぁ、相棒。今も、友達が考案した不思議なチューニングで曲を書いています。ルールなんて、ないのです。自由。どうしてそんなチューニングで弾くかって?簡単な指使いで、ゴキゲンかつオリジナルな音を出すためです。ちなみに伝えておくと、6弦からEGCGCD。かなりイカれてます。6弦の3フレットだけを押さえてジャラーンとやると「C」です。ね、変わった響きでしょ?後は自分で工夫してね。 あ、もうひとつあった。40過ぎてやりたいこと。クルマが好きな人だけ読んでください。僕は水平対向4気筒ちゅーエンジンが好きなのです。英語で云うとflat-4。昔のフォルクスワーゲン・ビートルに積んであったやつです。若い頃、僕はそれに乗ってた。何とも云えない人間臭い味わいがあります。あの車は初期のマッキントッシュのように、すべて自分で治せる。どこのケーブルがどう繋がっていて、仕組みがどうなって動いているのか、シンプルさゆえ、完璧に理解できる。この家の足代わりに、どこかで朽ちてるボロボロのビートルかカルマンギア、あるいはポルシェの356を手に入れて、こつこつ治す。それが夢なんだけど、多分そんな時間ないな。アーメン。 さて、今日はシチューの日でした。 「ストーブに載せとくだけ。ベリー簡単。素材の味が絶妙に混じり合った、ロックンロール・ビーフシチュー」。 材料 牛肉、たまねぎ(小さいやつがgood)、にんじん、じゃがいも、セロリ、ホールトマト缶、赤ワイン、ローリエ、ブーゲガルニ、塩、胡椒、パセリ、パルメジャーノ・レッジャーノ。 1. 牛肉をオリーブオイルと塩、胡椒で炒める。 2. たまねぎは皮を剥いただけでホールのまま、人参は皮のままでっかくテキトーに切る、セロリ、ホールトマト、安物の赤ワインを一本。それらを鍋の中に投入。決して、水を加えないこと。 3, 灰汁を取って、後はひたすらゆっくりと煮る。ローリエ、ブーゲガルニも投入オッケー。素材の味だけじゃって人は市販のデミグラス・ソースを入れてもいいけど、素朴さが失われるから僕は入れない。 4, 食べる30分くらい前にじゃがいもの皮を剥いて、ホールのまま投入。盛りつける時、お好みでパセリのみじん切りやパルメジャーノを振って完成。恐るべし、遠赤外線効果。素材の味が絶妙に混じりあって美味いよ。あ、最後に塩、胡椒で味を整えてね。 ————————————————————————————————- って、一体何のblogだ。そんな間にも日本中のあちこちからホットスポットの報告があります。んー、水源も芳しくない、と。今回、南下するにあたって、プロジェクトが保有しているカウンターで計測しながら、みんなに伝えれば良かったな、と今更ながら後悔しています。  

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