続・コンピュータ地獄

8月14日 木曜日 豪雨

仕事用のMacがぶっ壊れて、ほぼひと月半かけて復旧したのは、読者ならご存知か、と。

なにがオレ的にすごいって、新しいMacを買わなかったこと。なんでもかんでも、周辺のものが使えなくなって新しいものを強制的に買わされるサイクルに巻き込まれるのが、つくづく嫌になったのです。だから、こっちもうちのマスターに教えてもらって、徹底抗戦することに。第一義的に、Appleに無駄な金は払わないこと。うまくやれば、あと3年くらいはこのMacが使える。そして乗り換えるタイミングもこちらが決める。今はほんとに高すぎる。円安、AI需要による半導体不足。ちゃんとしたスペックのものを買えば、サラリーマンの平均的月給を遥かに超える。それって、もう「家電」じゃないからね。プンプン。

今回の修理、および新しいセットアップにかかった費用、15万くらいか。でも買うのの4分の1くらいには収めた。たいへんだったけど、Appleに抵抗したい一心でここまできた。笑。すべてのデータは復旧した。バックアップ体制も整えた。あとはどのクラウドを使うかだけ。ここは徹底的に吟味する。ほんとうにAppleが値上げした分だけ使い勝手がいいのかどうか。気持ちはDropbox。

そんな毎日を傍で見ていた家人がこう言うのです。「使ってないMacがあるんだけど、、、」。2013年製のiMac。確かに使われた形跡なし。この時代、自宅でダビングみたいなオファーもある。んなもん、僕のスタジオでやれば簡単に終わる話だけど、自分でもやってみたいのだと。

電池を換え、立ち上げてみたなら、古いけどちゃんと動く。でも、プラウザを立ち上げて唖然。まったくなにも表示できないし、なにが酷いって、OSをアップグレードするためのApple Storeにすらアクセスできない。Apple製品なのに。。。

ここでなんだか火がついた。酷すぎるぞ ! Apple。

前にも書いたと思うけれど、僕の音楽専用のMacはなんと2011年製なのです。ぜんぜんバリバリの現役です。ネットにすら繋がってなくて、同じものを3台保有。HWの作品はすべてこれで制作されています。超絶安定していて、中にはものすごい数のプラグインが入っています。だから、2013年製だって使えるはずなのです。

製造からだいたい7年くらいでメーカーのフォローはなくなります。それも理解できなくはないけど、Apple Storeにすらアクセスできないのを知ったとき、僕にスイッチが入ったのです。ぜったいになんとかしちゃる。機械としてこのまま廃棄されるのは不憫すぎる。

ネットで学んだ、その名も「Open Core Legacy Patcher」ってソフトがあることがわかったのです。Appleが見捨てた古いMacにできるだけ新しいOSを入れるためのフリーソフト。これこそ、昔のMacにあったスピリットじゃん!!

相当難儀だろうな、とは覚悟しつつ、今日1日かけて船出することに。

悪戦苦闘の挙句、Appleを一切介することなく、OSをsnow leopard (10.6)からventura (13.7.8)にアップグレードすることに成功。bluetoothに怪しい動きがあって、どんなにパッチを当てても改善しないので、それはUSBのレシーバーをポチってなんとかすることに。

いやはや。全編英語だったから、苦労したけど、やればできる。別物のように動いてる2013年ものを見て、とても嬉しかったのです。

夏の夕暮れに聴く10曲のプレイリスト、作っておきましたよ。雨に打たれながらランニング中聴いてみたけど、なかなか良かった。またご要望があればやります。喜んで。

 

それから去年の2daysのミックス。渡辺圭一が登場して、久しぶりに二人で演奏した場面。彼の音はやっぱり偉大なのです。オレと彼の組み合わせもね。エンジョイ!

カテゴリー: 未分類 | コメントをどうぞ

days

8月13日 木曜日 曇り

ずっと僕らをサポートしてくれている福岡のDJ、クリゼンの父上、栗田善成さんの訃報。

博多んもんで、「博多ぶらぶら」を知らない人はいない。あの歌を作ったのが父上。その昔、三木鶏郎さんの元で学ばれたのだと。納得。九州時代、ともだちの家の酒蔵で、ラベルデザイナー兼配達員というバイトをしていた。一升瓶を大量にトラックに積み込んで、北九州一円の酒屋に配達する。トラックにはAMラジオしかついてなくて、いつも父上の番組を聴いていた。「まずはラジオでおつかれさん」。遠賀川の河原で配達の時間を調整しながら、将来への不安とともに空を見上げていた。傍にはいつも父上の声。毎日、やんわりと励まされていたから、忘れられない。

クリゼンと仕事をするようになっても、なんだか不思議な感覚だった。それは彼がこの仕事を選んでくれたからだけどね。一度もお会いしたことがないけれど、不安だった日々に、励ましてくれたことへの感謝を忘れることはない。柔らかい声、あたたかい、変わらない体温の声だった。願わくば、自分もそうありたいと思う。

 

みんな知りたいかなと思って、クルマの話を長々と書いたけど、リアクション薄かったな。こういうの、読み間違えって難しい。笑。学習します。ちなみに、クルマの話なら、永遠に語れるけど、もうやめときます。

 

ほんとうはラジオ番組をやりたいんだけど、今や僕の嗜好にスポンサードしてくれる会社なんてない。でも、サブスクの時代にプレイリストは公開できるから、夏のプレイリスト的なものを読者に伝える、とかいいかもね。熊本にもかつてそうしていたように、ラジオ番組をみんなの気持ちがスポンサーになって届けられるといいんだけど。動いてみようと思う。

 

リーダーと呼びたくもないが、高市が酷すぎて、怒りを通り越して、こっちが鬱になりそうになる。あの人だけは、未来の子どもたちのために、どうしてもあの座から引きずり下ろす責任が大人にはあると思う。そのためには無党派層が意識をあらためてくれること、せめて選挙を棄権しないでくれること、世の中の悪しき仕組みがどのように自身の生活に影響しているか知ってもらうこと。。。

自分さえ良ければいい、という状況ではもはやない。

あらゆる方面に於いて、ほとんどの国民の生活は苦しくしかなっていないのに。

原爆を落とした国のリーダーに上目遣いでしなだりかかり、生き抜いた老齢の被爆者には露骨に不貞腐れた表情を向ける。8/6に広島からトンボ帰りで歯のホワイトニングを3時間予約。熊本県知事が支援を願い出たとき、なぜに不貞腐れるのか。被災者には10万円の貸与って、どういうことよ。給付ではなく、貸与。自分が被災してみたなら、10万円の「貸与」ということがどれだけモチベーションを下げるか身に染みるだろう。熊本に270億円、イスラエルに1700億円、ウクライナに5兆円。いったいなにを考えてるのか。国会議員の年収は国民の6.4倍。年収3014万円、世界的にもぶっちぎりで高額。恩恵多数。仮に1000万下げたなら70億の金が浮く。。。

すべての元出は税金という茶番。なにがなんでもむしり取られる。いったい、どんな世界に暮らしているんだろうと思う。国民が不払い運動を起こさない方が不思議。従順すぎる。飼われちゃダメだよ。

最後の一匹になったとしても、おかしいことはおかしいと言わなければ。それを言う権利はあるのだから。

 

誰かを責めるつもりはないけど。ひとことだけ。楽器は投げない方がいい。愛してあげないといい音しないよ。てか、愛してあげてほしい。The Who、大好きだったけど、楽器を破壊するのは好きじゃなかった。それはパフォーマンスで、続けてること自体がもはや「衝動」ではないから。僕はミチロウさんに直接聞いたことがある。臓物ってどうやって手に入れてたんですか?って。「問屋だよ。ライヴの前日に仕入れて、メンバー全員で洗うんだよ。臭いから」って。感動したよ。前の日に洗うってその優しさに。

パンクであれ、なんであれ。通底していてほしいのは「他者を思いやる」ってこと。それが欠けてたなら、高市と同じだから。

カテゴリー: 未分類 | 5件のコメント

Drive My Car

8月12日 水曜日 台風一過

旅先にて、ほぼ100%の確率でクルマをなにに換えたのか訊かれるのです。

前のクルマの見事な壊れっぷりをインスタとblogに載せたからだと思うけど、伝えることでもないかと。でも、それだけ興味を持たれるってことは伝えることにも意味あるのかな、と。僕の選択はまったく人の役にたたないと思うんで、そのあたりは反面教師として受け取ってくれれば.

前のクルマが壊れて、ひとつきくらい新車のファミリーカーを借りてたんです。保険で。これがね、びっくりするくらいよく出来ていて、あらゆる意味に於いて、非の打ちどころがない。100点!でも、まったく乗りたいという気持ちが湧いてこない。運転したいって欲望に結びつかないのです。

懇意にしてもらっているクルマ屋さんがこう言いました。「このままだとヒロシさん、萎れます」。確かに。もうクルマはいいかな、なんて考え始めてた。

旅先の新潟でぶっ壊れたクルマを横浜の専門店までレッカーしてもらったのです。事故の検証のためにも。そしたら、選ぶまでもなく、店のショールームに燦然と輝くBMW M2が鎮座。だいたいこんな感じで、僕の場合いつも向こうからやってくるのです。ほんとだよ。まったく選んでないんだもん。

ここ四半世紀の変遷はこんな感じ。

2000年 オペル アストラワゴン

初めての新車。楽器もだけど、いつだってハッチを開けたら犬とどこまでも行けるのが素晴らしかった。10年で20万キロくらい乗って廃車に。ドイツのクルマは自分に合ってた。福岡のヤナセで買って運んでもらったので、渋谷に住んでるのに福岡ナンバー。その異邦人感も好きだった。

2010年 BMW 335i touring

あらためてドイツ車に目覚めて、BMWに乗ろうと。4気筒のワゴンを買おうとしたら、元レーシングドライバーの兄貴分にこう言われたのです。「どうせ乗るなら直列6気筒にしな」。探したら、湘南BMWに僕を待ってるように鎮座してた。これはね、ほんとうに素晴らしいクルマで、エンジン・オブ・ザ・イヤーに選ばれた直列6気筒パラレルツインターボ306馬力のエンジンを搭載。なにが素晴らしいって、クルマとしてのバランス。50対50の重量バランスはいうまでもなく。走る、曲がる、止まるというクルマの基本性能を愚直なまでに追求した情熱が結実。その頃、ソロのツアーは自分で運転していたので、北海道から九州まで。ほんとに移動が楽しかった。いいクルマってハンドルを両手で握りたくなる。路上の小石を踏んでもわかるフィール、狙ったラインをいかなるときも描ける運動性能。20万キロ走ってさすがにヨレてきたので、手放した。車内にMY LIFE IS MY MESSAGEのステッカーを貼ってた縁で次のオーナーから連絡あり。笑。いいクルマだから、元気に走ってくれてたらいいな。

2017年 BMW X6M

冬になると雪山に行く。ものすごく雪深いところまで。どうせなら、どこにでも行けて、安全なものをと振り切ってX6M。初めてのM。M社のクルマはBMWとは別次元。V8、4400cc、555馬力。これは完全なオーバースペックで、日本にこの性能を活かせる道はなかった。燃費は最悪、そして本気で踏んだら恐ろしく速い。その速さも335iの洗練されたものではなく、暴力的。正直、それは好きにはなれなかった。性格の悪いシャチに乗ってるような感覚。車格は最大級にデカく、おまけに左ハンドルだったので取り回しも面倒。世田谷あたりは本気で走りたくなかった。結論V8は好きじゃない。ただ、雪道の走行性能は素晴らしく、どんなに険しい道も安全に走ってくれたことには感謝。雪道を走った後はきちんと洗っていたけれど、塩カルの影響か、下回りは錆びているから対策しましょうと、専門店に言われた直後の事故だった。未だに原因はわからないけど、高速で壊れて安全に停止するまでの7秒間は未だにスローモーションで思いだせる。14万キロで廃車。

2026年 BMW M2

たぶん、自分にとって最高のクルマがあるとするなら、M3だと思う。実際に兄貴分が外国で乗ってたM3をインポートしようと思ったこともある。でもX6Mに乗って思った。車格は大事。目もずいぶんボロくなってきたから、M2くらいの大きさがベストではないか、と。おそらく最後の直列6気筒。DCT(ダブルクラッチ)。奇数ギアのとき偶数ギアは繋がっていてスタンバイしてる。知らない人が見たら、ちょっとヤンチャなBMWにしか見えないところもいい。運転してみて驚いた。その完成度。ぜんぜん疲れないし、人馬一体感マキシマム。トラクションコントロールを外したら、クルマが巻きおこすあらゆる物理的現象を体感できる。走る、曲がる、止まる、滑る、加速する、避ける、エトセトラ。問題はギターが1本しか乗らないことと、雪山にハイパワーのFRで行くのは危険すぎること。でも、そういうときは家人のかわいい4WDを借りることに。あ、最新のM2はインパネがiPadみたいなので、ぜったい乗りません。ひとつ前のやつです。F87。メーターは針じゃなきゃ。だって、モニターがブラックアウトしたら、なにもかもThe Endだよ?

 

こんな感じです。たぶん、M2が終のクルマで、最後は軽トラになるんじゃないかな。笑。古いポルシェを山の家のガレージでコツコツ直しながら乗るって夢は果たせそうにありません。2000年以前にもクルマに乗っていたけど(デビューして10数年はほんとにビンボーで楽器車しか乗ったことがない)、忘れられないのはVWビートル。ポルシェに乗りたかったのはフラットエンジンが忘れられなかったからです。軽トラかビートルか。それもアリだなぁ。

BMW、特にMなんかに乗っていると微妙に反感を買います。でも、それもまた自分を鍛えるのにはちょうどいい。僕もBMWに乗るまではいいイメージ持っていませんでした。でも、それはクルマが悪いんじゃない。どう乗るかってことが問題なだけで。好きなら、他人がどう思おうが知ったことじゃない。ガレージにM2と家人のクルマ、それにハーレーにヴェスパ。頭悪そう。笑。でも、そんなこと気にする必要なし。自分の人生なんだもん。

今年はクルマが壊れ、コンピュータが壊れ。そんな時期なんだと受け止めています。Macは巨大データをどう管理するかって前の段階。外付けのハードディスクにデータを戻すところまで来ました。これがまた簡単に認識してくれるとは限らない。深く考えずにやってしまうと、業界がフォーマットを変えた時点で対応できなくなる。そういう事態はもう避けたいのです。デスクトップに350GB、写真と映像650GB、音楽270GB。ほんとにもう。苦笑。敢えて内蔵SSDを1TBと小さくしたのは、そうしないと結局内蔵のものにぜんぶ格納しちゃうからです。それって、トラブったら同じことになる。笑。めんどくさいけど、やるしかない。

1日のやることを終えて、静かに絵を描いてる夜の時間が至福です。

長くなりました。ためにならないblog、ま、それもいいか。スタジオにお返しします。夕食万歳でした。(←長谷川さんの口癖)ところでようやくハートランドに還ろうとしたら台風が来てます。もちろんバイクで帰るので、船が欠航したたお手上げです。それもまた人生。

 

 

カテゴリー: 未分類 | 8件のコメント

days

8月11日 火曜日 これから台風

昨年の夏の2daysのミキシング。今日にはあらかた終わるか、と。1年という時間が経過している分だけ、ミキシングするという意味ではよかった気がするのです。光陰矢の如し、もはや客観的にしかなれないからです。バンドのこれまでを細胞に刻む意味でも、敢えて2日間の曲はすべてミックスしました。今日、終えたら、少し時間を置いてまっさらな耳で聴いて、どんな作品にするのか考えてみます。情報量が多いので、1枚にまとめるのはどう考えても不可能なのです。

なんにせよ、奇蹟と軌跡が刻まれているので、愉しみにしていてください。

お盆が過ぎたころ、ハートランドに還ることにしました。熊本を自分の目で見たいのと、間違いなく壊れている自分の家を修復するのと、都会と少し距離を置きたいのと、自然の中で新しい曲に向き合いたいのと。いろいろです。

そうなると、日々育てている植物たち。今年も自動水やりシステムを発動します。書けばこれだけだけど、たぶん室内に50鉢くらいあるのです。それらを庭に運び出すだけで一仕事。家は葉っぱや土でドロドロになります。でも、読者から教えてもらって自分で考えたこのシステムも3年目(4年目かも)。どこにどう配置すればいいのか、スプリンクラーか水滴タイプか、これまでにひとつも枯らすどころか、帰ってきた際には見事に成長させてきたので、たぶん植物たちにとっても良い経験なんです。しばしほんとうの太陽を浴びて外で暮らすってことは。

そんなこんなで、午前中にミキシングを終えて、午後は汗だくになって野良仕事。しんどいけど、悪くないです。

500ページある星野道夫さんの新刊が届きました。きっと全部読んでるんだけど、ときどき無性に彼の言葉が読みたくなるのです。山に送るでっかい荷物の中に入れました。てか、熊本には宅急便を送りません。物流の邪魔をしたくないし、まだ遅延しているからです。9月頭に福岡、熊本のソロライヴがあるので、福岡のイベンターに送ることに。両方のライヴについて、イベンターと内容の打ち合わせをしています。福岡ではバンドのライヴが延期になって、「Mr.OUTSIDE」をソロで全曲曲順通りに演奏するという実験的なことをやりました。そのおかげで、コンセプトは受け継がれているので、あの時より数段完成度は上がってるんだけど、同じ内容を福岡で2度やるのもなぁ、と。故郷のファンもこれまでの曲を聴きたいだろうし。意見があれば、遠慮なくコメント欄にどうぞ。

熊本についてはその時期、ライヴをやれる状況にはなっているとは思うのですが、まずは自分の目で確かめて、イベンターと協議して、意味のあることをやりたいと思っています。熊本で演奏すること自体が久しぶりなので、ベストだと思えることをやりたいのです。MY LIFE IS MY MESSAGEとしても考えていることがあるので、みなさんの気持ちを現地に還流できるように動いてみます。

さて。頭を使って、肉体を使って。夜、2枚目の絵を描きました。40年ぶりのリハビリって感じだけど、毎日楽しいです。ハートランドにもスケッチブック、持っていくつもりです。

まぁ、毎回最後のカーブを曲がって山の家が見えたとき、さぁ、労働だって気持ちになります。今年はなかなかでしょう。たぶん。

歌を書く、家を治す、町を見る、ヴィジョンを具現化する、バイクで旅する、絵を描く、草刈りをする、ランニングする、筋トレする、ともだちといい時間を過ごす、エトセトラ。やること山積みです。

ビバ、人生。

カテゴリー: 未分類 | 3件のコメント

描いてみる

8月10日 月曜日 晴れ

ミキシングの合間に町に一軒だけある画材屋に行ってみた。

もう40年以上前の画学生だったころの話だけど。もちろん絵を学んでいるわけだから、しょっちょう画材を買わなきゃいけない。絵の具だったりキャンパスだったり、18歳になった日から親から金をもらったことがないので、ヒーヒー言いながらなんとかそれらをゲットしていた記憶が染みついていて、画材=高いという図式が頭の中で出来上がっていた。

蛇足だけど、音楽を生業にできるかどうかは、かなりの部分で自分で楽器を買ったどうかってところにかかってる。14歳のときに百貨店でモーリスW20という2万円のギターを最初に買ってもらったけれど、そこから先はぜんぶ自分でバイトして買った。高校を出たら一切金はもらっていないつもりだったけれど、母親が死んで整理をしていたら、4000円の借用書を発見。笑。それさえ分割で返していたフシがあるから、どんだけビンボーだったんだって。笑。でもまぁ、ほしいレコードは無限にあるわけだから、そりゃビンボーにもなるよね。

ところで画材屋。愉しかった。進化しきっているのか、あの頃とほとんど変わっていなかった。絵の具、一本づつバラで買ってたな、とか。僕の場合、茶色がすぐになくなるのだった。茶色と言ってもいろいろあってね。

もちろん油絵の具を買うってこともできたけど、家に水彩の絵の具を持っていたから、ワトソン紙のスケッチブックを2冊と、4Bの鉛筆、それにGペンのペン先とペン軸を買った。滞在1時間。愉しかった。ギターに出会う前は漫画家になろうと思ってたから、Gペンで漫画を描いてた。そうなると12歳とかの話だから、Gペンを握るのは50年ぶりってことになる。

しめて4000円。え、ほんとに?普段、バイクだのスノーボードだの。そんなことに金を使ってる身からしたら、びっくりするくらいリーズナブル。

夕食を終えて、描いてみた。

なんの制約もないわけだから。自由。こころの向くままに描いた。とっても愉しかった。どうして封印してたんだろう。音楽に比べて絵には閃きがないって、自分の中でのコンプレックスがあった。そんなこと、どうでもいいじゃん。誰かの評価が欲しいわけじゃないんだし。

これはちょっと素晴らしいかも。毎日、気の向くままに描いてみようと思う。アイオープナーの辻さんにこころから感謝、だね。

木炭、アクリル、パステル、油絵の具、フォーマットはたくさんある。夢は拡がる。

まずはアルバムに収めた12曲を描いてみてる。

ほんとにバカだったな、と思う。自分で自分を閉じ込めること。気持ちとしては野原に放たれたイヌみたいな感覚だよ。思いっきり全力で走れるって気持ちよさ。

カテゴリー: 未分類 | 4件のコメント

円環とインスピレーション

8月9日 日曜日 曇り

縁あって、辻仁成さんの個展へ。お祝いにと、絵を贈ってくださったから、日本に居られる間に、どうしてもお礼を伝えたかったから。

素晴らしい作品たちだった。一連のと、書いていいと思うけれど、いったいどれだけの期間でこれだけの作品たちを描かれたのか。額装されていない(それがまた好きだった)ことによって画架から飛び出してくるもの。筆致はインスピレーションに溢れていて、描かずにはいられなかった想いが強制的ではなく、こちらに迫ってくる。絵と自分の感性との間に、知らなかった新しい感情が生まれてくる。そこに描かれているのが、たとえフランスの風景だったとしても、どこかジャパネスク、侘び寂びをたたえていて、蒼い世界にわずかに描かれた赤い点というコントラストに切なくて、深い希望を感じる。

会場を一周しているうちに、絵を描きたい、という気持ちが湧いてきた。驚いた。大学を出て、音楽に集中しようと、40年間封印していたけど、彼の自由さに無駄な頑なさを外してもらっとでも言えばいいんだろうか?そういえば、小説だって、歌えなくなったら描こうと思ってたけど、その頑くなさに意味あるのか?って。

失礼がないように書けば、彼と同じように僕は曲を書き、歌い、絵を描き、文章を書くことが好きなのに。どうして自分を閉じ込めているのか?

お会いした彼は、華奢で自由な人だった。あの身体のどこにこのエネルギーを内包しているんだろう、と思ったけれど。実際のところモーレツに励まされてるのは僕だ。通常とは形勢が逆転。笑。こんなこと久しぶり。こと表現に於いて、ずっと励まされていた。人生は短い。案内された画廊のバックヤードにもキャンパスと絵の具があるのを見た。

つまりはそういうことだ。

時間の使い方を質問してみる。いつ描き、いつ書き、いつ歌うのか。応えはこうだった。犬がいて、食事の時間があって、外せないルーティーンがある。それ以外は「自由」だと。瞬時に理解した。

思いきり自由に生きてるつもりだったけれど、僕は自分に縛られていた。

いつか、なにか、どういう形でか。不明だけど音楽で響きあえたらと。僕は今日画材屋にいく。辻さん、ありがとう!!!

日本橋の三越本店にて。ぜひ!

 

それから屋久島でサウンターマガジンという素晴らしい雑誌を発行している編集者の国本さんが、浅草のブックフェアで来られていたから会いに。

次号はなんと山尾三省さんの特集。屋久島にある彼が遺した庵を訪ねさせてもらった身としては、愉しみで仕方がない。次号は日本のオリジナルヒッピー史に於ける歴史的な本になると思う。その話の中で、僕がとてつもない影響を受けた作家の宮内勝典さんと三省さんが友人だったことを知り、いろんなことはこうやって円環を描くのだ、となんというか、うまく書けないけれど、遠い目になる。

どうにもならなかった僕のNY居候時代。名著「宇宙的ナンセンスの時代」をマンハッタンの屋上で何度も読み返して、どれだけ自分を奮い立たせたことか。僕は一人だけれど、独りではなかった。復興プロジェクト「MY LIFE IS MY MESSAGE」。ガンジーのその言葉を教えてくださったのも宮内さん。僕のライヴにいらして下さって「若者が旅をしたくなるような歌を描いてください」と。

生涯、忘れない。

人はみんな一度だけ死ぬ。とってもフェアだと思う。トランプも高市も僕もあなたも満遍なく死ぬ。

だから、目の前にある時間をどう生きるか。たいせつなことはいつだってそれだけなのに。

8月9日という忘れてはいけない日に。先人たちの教えが身体じゅうを循環しつつ、今日を生きることにする。

感謝しかない。

 

まずは。雑巾を作ろうと倉庫にしまってあったミシンを持ってきたんだけど、電源コードが見つからない。笑。いろんなモップを買ってみたけど、僕は雑巾で掃除するのが好き。ハッカ油をちょっとだけ垂らして。床も清めるけど、自分も清らかになる気がする。山の家は地震でボコボコだと思うから、雑巾を作って持っていこうと思って。

今日はそこから。そしてミックスを終えたら、町に一軒だけある画材屋に行ってみる。

関係ないけど、1日中、エンドレスでCSN&Yの「デジャヴ」が流れていた。偶然と呼ぶにはタイミングが良すぎるでしょ。笑。

カテゴリー: 未分類 | 6件のコメント

人の力

8月8日 土曜日 晴れ

あっという間にAIによって世界は変わりつつある。コンピュータやメモリーやハードディスクがどうしてバカ高いんだろう、と調べてみたなら、すべてAIに起因していた。

便利になることもあるだろう。でも、なんだかちょっとそら恐ろしい。ゆくゆくはAIによって人間は働かなくても報酬を得られるようになるという楽観的な見方もある(それもどうかと思うけど)。でもそうなる前の過渡期には、多くの人が仕事を失うことになるのは間違いない。毎日PCに向き合っているようなホワイトカラーはほぼAIによって駆逐されるだろう。現にあれだけ引く手あまただったプログラマーはすでに仕事を失いつつある。そりゃそうだよね。電気さえ供給してりゃ、AIは無限にプログラムを書き続ける。ニンゲンに勝ち目はない。

なんだかなぁ。。。

人の力と書いて「人力」。徹底してそこにこだわってきた47年。ニンゲンにしかできないことに興味がある。もちろん今もね。

夏の間、昨年の夏の2daysのライヴをミックスしている。どうして1年もかかったかって、2025年は新作を創ることにすべての精力を注いでいたから。でもあの2daysは映像ではなく、音として残しておきたかった。ようやく仕事がそこに追いついたところ。1日目のミックスはほぼ完了。素晴らしいよ。どういう形にするかまだ決めていないけれど、フィジカルな形でリリースしたい。みんながプレイヤーを持っているうちに。

昨日、2日目のHWによる演奏をミックスしていた。「灯り」って曲は長谷川さんのおかげでリリースできた曲なんだけれど。ファンが愛してくれたおかげで30年を超えて演奏してきた。フェーダーを立ち上げて、出てきた音にほんとうに驚いた。自分で書くのも何だけど、これ、ほんとうに3人で演奏してるのかって。

僕らは決してバカテクのバンドではないし、そんなことを目指してはいない。でも、この演奏はマジで宇宙レベルですごい、と他人事のように思った。ニンゲンがすべてのダイナミクスをコントロールしているから、フェーダーを触る必要さえなかった。魚ちゃんは左手でオルガンのベースを右手でウーリッツァーを弾いている。書けばこれだけだけど、キーがE♭なのだ。あり得ない演奏をしてる。僕は歌いながらアコギを弾いている。演奏しているときはなにも考えていない。emptyのイタコ状態。この人、歌いながら弾いているギターが凄まじい。テンポは揺れて、ちゃんとどこかで破綻している。でも、3人は自分以外の音を聞いて、感じて、瞬時に反応しあってる。

すごいところまで来たなぁ、と他人ごとのように。これ、ほんとに3人だし。もちろんなんの修正もしていないし。ぜひ、聴いてみてほしい。AIにこれはできないよ。ぜったいに。

 

カテゴリー: 未分類 | 10件のコメント

トミー

8月7日 金曜日 晴れ

ともだちのトミーが遠くからやってきてくれたから飲んだ。飲み方も最近変わってきて、夜を徹してなんてことはもうしない。17時、開店とともに暖簾をくぐり、早ければ19時、ロスタイムが長くても21時には看板。早い話がじいちゃん化。長い経験から、この方が翌日を無駄にしないし、身体へのダメージが少ない。

トミーは来年還暦。ってことは定年を迎える。どうしてともだちなのかもう忘れたけど、父親の職場が同じという稀有な間柄。そういえば、僕にギターを教えてくれた画家の向井も父親の職場が同じ。これってただの偶然じゃないかもね。

トミーは誰もが知る大会社において、誰もが知る報道番組をずっと作ってきた。僕も尊敬する故人のジャーナリストのスピリットとトラディションを受け継いで。ある意味「報道の」と言われたその会社の最後の砦を身体を張って死守していたんだと思う。

でもトミー、もういいんじゃないかな。

巨大な組織じゃなきゃできないことがある。その中でもう十分すぎるほどやってきたと思う。僕はテレビを見ないから、ツアー中だけホテルのテレビで密かに見てた。よく頑張ったよ。

一方、僕はすべての組織を離脱した。だって向いてないんだもん(子供か)。レコード会社の社屋に入っただけでお腹が痛くなる。たぶん、その組織の中にいたなら今頃生きてない。だから個人として生きてきた。死して尸拾うものなし。でも、その保証のなさが背中を伸ばしてくれたんだと思う。

そういえば、長谷川さんとも3人でよく飲んだよね。プライベートなこと、突き詰めるとまれにパブリックなことに突き当たることがあるって。彼が作った言葉だけど「プライパブリック」。僕らはいつもそこを違うpoint of viewで見つめてた気がする。

トミーの新しいチャプター。組織に揉まれた人間だからできる「個」からの発信。きっと自分でもそう思ってるんだろうけど。と思ったとき彼から「ブン屋」感が抜けていることに気づいた。ある種の爽快さを身につけていた。

人はいつだって次のチャプターに行けるはずなんだよね。そういうことをトミーから教えてもらったんだと思う。いい夜だったな。ありがとう。

カウンターだけの居酒屋って、人生が交錯する。席が少ないと客にも責任が生じる。飲み方が汚い奴が混じるとすぐに空気が悪化する。昨日のトミーは芳香剤みたいだった。笑。明日とある人物に会うんだよって伝えたら、トミーが41年前、予備校生時代にその人物から受け取ったハガキを見せてくれた。かように人生は円環を描く。おもしろいね。

そういえば、トミーにいつもの店を案内するために「食べログ」ってやつで住所を送った。僕はその店の常連だけど、もちろん「食べログ」なんて見たこともない。店主もぜったいに見ないってさ。で、初めて読んだんだけど、よくもまぁ、一回しか行ったことのない店のことをここまで書けるもんだと、ある種の感嘆。これもひとつの承認欲求。知らない町で知らない店の暖簾をくぐる緊張感がいいんじゃん。それを繰り返して、目が肥えてくるんじゃん。

ナビと同じで、こういうガイドが人をダメにするんだよ。ってか、怖いな。ネット。店主にとっては公開処刑みたいなもんだよ。

トミーのネットにおける公開処刑っぷりもほんとうにすごかったから。僕は僕で裁かれてきたけどさ。でも、60年も晒されると抜けるよね。抜けて爽快感を身につけるのってすごいよ。笑。

カテゴリー: 未分類 | 1件のコメント

尻羽岬

8月6日 木曜日 晴れ

毎年この日になると思い出す、忘れられない光景。何度も何度も書いてきたから、もう繰り返しません。生涯胸に刻まれる光景って、財産なんだとこの頃思うのです。無意識のうちに行動原理になってくれるから。殺人のための道具と行動の一切を僕は肯定しません。

だいたい80年周期で世界が不穏になっていくのは「経験」が受け継がれず、死滅するからではないか、と。僕は父親のこころの深いところにある「戦争の瑕」を幼い頃からなぜか理解していました。それに苦しんでアル中になっていく父親を見ているのは辛かったけれど、逆に考えるなら、おかしくならない方がおかしいわけで。彼ほど繊細ではなく、頭もキレなかった僕は代わりにタフに生きようと決意する力を与えてくれたんだ、と今となっては思うのです。

すっかり彼より歳上になった僕は、彼の無念とともに生きています。それは決してネガティヴな意味ではなく、どう豊かにその感情を世界にフィードさせるのか。僕が生かされている理由のひとつです。

尻羽岬(シレパミサキ)って知ってますか?無性にそこに行きたくて仕方がないのです。なので、そう遠くないうちに行くと思います。道東の岬がなんでこんなに自分を惹きつけるのかわからないけれど、かつて「I’m so hungry / angry」と描いたように、血の中に流れるなにかが確かにそれを求めるのです。

なにもないけど、なにもかもがある。なにもかもがあるけど、なにもない。Land’s End。

ラッコにこころを持っていかれるのは。壮絶な環境にいるのに、それを楽しんでいるように見えるからだと思います。そのフィールが忘れられなくて、ラッコのぬいぐるみを買いました。笑。

 

(what’s so funny ’bout) PEACE LOVE & UNDERSTANDING

YouTube Preview Image

 

YouTube Preview Image

 

YouTube Preview Image

 

 

カテゴリー: 未分類 | 3件のコメント

インスピレーション

8月5日 水曜日 晴れ 

 よくよく考えてみると、逆説的な意味に於いてこの世界はインスピレーションに満ちているのかも。

 昨日一日に起きたこと。

 まずMacをゆっくりと使えるように戻していく。もう時代の言いなりにはならんぞ、という固い意志。笑。以前に使っていた状態に戻すのではなく、無駄なAppleへの出費を抑えつつ、自分のやりたいことが滞りなくやれる方法を探す。時間を見つけて、不要なファイルを整理。いい機会だったかも。

 このところ、エンドレスで流れているストーンズの新譜。浮き彫りになってくるのはミック・ジャガーの生命力。これまで彼が好きだったことはないけれど、ここに来てほんとうに凄いな、と感嘆。まず声がまったく衰えていないこと。単純にそれだけでも凄い。好きか?と訊かれるなら、それはまた別の話だけれど。たぶん、一度も書いたことないと思うけれど、彼のハープは昔からほんとうに素晴らしい。まさかのミックからの気づきに感謝。

 昨年の夏の2daysのミックスを一年かけてやっている。あのコンサートは敢えて映像に残さなかった。その方がHWとして凛としていると思ったから。その代わり作品にはしようと思っていたけれど、なにせ2025年は新作にかかりきりだったから、ここまで辿り着くのに一年もかかってしまった。

 でも。記録されているものが素晴らしい。30年間、諦めなかった円環としてぜひ聴いてほしいと思う。フィジカルなメディアが存在しているうちに。「君を連れてゆく」。あらゆる意味に於いて素晴らしい。記録していたことによるインスピレーション。映像がないからこそ、見えてくる風景。アナログの極致だけれど、僕はこういう表現が好きだし、プライドがある。

 道東や小樽が忘れられない。たぶん、細胞の深いところに憧憬として刻まれてしまったんだね。ランニングしながら、北海道のことを深く知ろうと調べている。これもまた2026年の得難いインスピレーション。僕は生涯の流れ者。だから土着にずっと憧れているんだと思う。アイルランド人がその大地の顔をしているように。釧路や小樽。あるいは北海道の小さな町には人としての個性がまだ生き生きとある。たとえ町が寂れていたとしても。そのことが逆説的に僕を励ます。たいせつなことは文明ではない。ずっとウォールデンに憧れてきた身としては、これから自分がどこにmoveするのか。いつかそんな場所が見つかるだろうと思ってきたけれど、ちょっとだけ急いだ方がいいのかもしれない。自然の中で、インスピレーションを受けて毎日音楽を創ることができたら、どんなに幸福だろうと思う。それには都会暮らしは雑音が多すぎる。

 グレンの葬式がポーグスのシェーンとはまた違った意味で、若干の湿り気があって、素晴らしかった。リアムが歌い、ローナンがバウランを叩いていて、その後ろにボノとエッジが佇んでいた。教会にいたみんなが「forever young」を歌う。葦で編んだ棺が教会から出ていくとき拍手に包まれていた。グレン、あんたはこんなに愛されてたんだね。ありがとう。オレも家族を悲しませないようにバイクには気をつける。

 アイルランドのお母さんが亡くなったとき。手前の村で大量の花を買って、スーツに着替えて村に現れた僕を見て、村人が指をさして笑った。「ヒロシ、オレたちは彼女の素晴らしい人生を祝福するんだ」って。確かにこの日「死」に対する考えが変わった。

 グレン。素晴らしい音楽と生き方をありがとう。書き忘れたけど、フレイムスのときから、君は誰とも違っていて、そしてめっちゃアイリッシュだった。事故の前の夜もパブで演奏してたんだってね。きっと、ちょっとだけ飲んで、仮眠して、家族のところで帰るつもりだったんじゃないかなって。優しい君のことだから。だから、君からの教えとして僕もほんとうに気をつける。バイクは安全第一。身体がついていかないと思ったら、すぐに降りることにする。たくさんの愛をありがとう!

 書きたくないけど。書かないわけにはいかない。

 高市が被災地を訪問する官邸制作の映像を見てしまった。マトモな神経を持っているなら、奴らがどこを向いて生きているのか、自分たちで証明しているような稚拙極まりない映像だった。選ばれた被災者と話すために台本と別室を用意。甚だ出来の悪い高市とその一味のPV。それが税金で作られる。あれを見て、なにかを感じないなら、化けの皮が剥げないのなら、Japanはかなり致命的だと思う。

 高市は私利私欲のもとに一貫して、国民を攻撃してきた。向上心と上昇志向は違う。予測では、自民党にもブレーンはいないわけだから、支持率が高かったとしても、その実、風前の灯だとは思うけれど。

 じゃぁ、どうすればいいんだって?

 あいつらに今更なにを期待するのか?

 僕が、あなたが、自分の暮らしをちゃんと生きるんだよ!自分ができることをやるんだよ。言い訳なしに。誠実に。

 小樽の文学館に、獄中にいる小林多喜二にむけて文盲のお母さんが書いた手紙がある。この手紙と、アムステルダムのゴッホ美術館にあるある一時期の絵。それが僕にもたらしてくれた2大インスピレーション。前者にはほんとうの愛が、後者にはニンゲンとしての深い苦悩がある。そのふたつのベクトルの間に、人として生きる道は必ずあると僕は信じてる。

 ほんとだよ。

カテゴリー: 未分類 | 1件のコメント