教育はなんのためにあるのか?

2月24日 土曜日 晴れ

いつか書こうと思ってたこと。

自分の経験で言えば、学校ではなにも学べないことを学んだ。成績は下降する一方で、ありがちなドロップアウトの道として、芸術系の大学で絵を描いていたけど、教授が大学に腰掛けて、展覧会をやってるのを見て、んなもん芸術じゃねーと、18歳のオレは思った。

なんにせよ、落ちこぼれたら未来はない、みたいな教育がほんとうに酷かった。通ってた高校が中途半端な進学校ってところがタチの悪さに輪をかけた。ほとんど恐怖政治と言ってもいいと思う。

でも、オレには音楽があったから、それにしがみついた。ここから手を離したら終わりだ。運良く、ギターを教えてくれる場所なんかなかったから、自分で身につけた。Youtubeもメソッドもない時代。結果的にそれがよかった。回り道をしたとしても、そのプロセスそのものが「個性」を身につけるにはもっとも必要なことだったから。

中途半端な誰かに教えられると、その人物のコピーが量産される。趣味なら、それで何の問題もない。でも、その道で生きていこうとするなら、それじゃダメだ。優れた指導者は導きながら、個性を伸ばしてくれるはずだけど、そんな人物には出会わなかった。

それゆえ、すべて我流。ギターはもちろん、歌を書くことも、歌うことも、エンジニアをやることも。なので音楽家の共通言語である譜面はからっきし弱い。コード譜くらい追えないことはないけど、あれを追ってると、「追ってる」ことがすべてで、縛られて、インスピレーションが湧いてこない。

難しいポイントだけ自分の記号で書いて、あとは脳みそを空っぽにする。曲が体に入って、曲のコアとつながった感覚さえあれば、川が流れるように、ともに流れていけばいいだけ。だから、初見は無理だけど、一回聴けばだいたいのことは理解できる。もっといえば、知らない曲を演奏しているときが一番愉しい。

譜面は記録するメディアがなかった時代に、人に伝えるための手段がそれしかなかったってことなんであって。

クラシックの教育を激しく受けてしまった人に多いのは、それだけ読めて、弾けるんだったら、自分で曲を書きなさいよと勧めても、もう脳がそういう風に働かなくなってしまっていること。そりゃ、本人の問題でもあるけど、教育ってなんだろう?って。どうしてこんなに頭を硬化させてしまうのか?

あなたは譜面通りに演奏するためのマシンではない。間違えてなにが悪いのかオレにはわからない。そもそも音楽に良し悪しなんてなくて、好きか嫌いかしかないのに。採点なんて不可能な芸術なはずなのに。

音楽は自由であるべきだと思う。応えは机の上にはない。神と呼ばれるものは音楽の中にいるよ。確実に。それと響き合うのに必要なのは、生き抜くためのプロセス。それを磨いていけば、稀にそこに到達できるようになる。楽器に向き合ってるだけじゃ、到底辿り着けない。ジミヘンが26にしてこう言ってた。「魂を国家に支配されるな」ってさ。そういうスピリットがないと!

なんというか、楽な道なんてない。もう一度書くけど、いちばんたいせつなのは目的地ではなくプロセス。プロセスが適したもので、なおかつオリジナルであるなら、あなたは目的地に行けると思う。

 

最後に父親の話を書いておきたい。彼は数学者だった。オレに勉強しろと言ったことは一度もない。言われたことはただひとつ「勉強しなくていい。好きに生きろ。ただし、その責任は自分で取れ」。高校生の時、数3ってやつがほんとに1ミリもわからなくて、0点を取ったら、彼は「さすがオレの息子だ」って喜んでた。

彼が教えてくれたのは。「数学ってのは美しいんだ」と。みんなは公式を覚えて、それに当てはめて問題を解くのが数学だと思ってるけど、そうじゃない。公式を毎回自らが「定理」として導き出して、「真理」に到達できるところが美しいんだよ、と。だから彼は一切の公式を知らなかったらしい。

これだけ時間が経過してみると、親子がやってることはそんなに遠くないんだと思う。彼が自分の道を責任とともに歩けと言ってくれたこと。それこそが教育のほんとうの意味だったと今となっては思う。

この頃ね。親父が遺してくれたギターで苦手な和音に取り組んでる。あ、昨日も書いたか。とってもやりがいを感じてるよ。

光は音に変換できる。ほんとだよ。

彼のギターとおかん作のゴミ箱。ギター42年もの、ゴミ箱55年もの。

なことも含め、全身で描きました。

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ネコの日

2月23日 金曜日 雨

ネコの日だったんだってね。

犬もネコも大好きです。インスタのおすすめに上がってくる写真はネコかバイク。笑。決して楽器じゃない。僕らの仕事は飼えないからね、、。旅に出たら、ネコが可哀想じゃん。

ブラフマンのコーキんとこのネコたちと、最近ともだちになった山田くんとのネコたちはもはや他人(他ネコ?)とは思えないというか。毎日見てるから。実際にあったら、ドキドキすると思うよ。

うちは離散家族だったので、大学生の頃から実家にほぼ一人で住んでたんだけど、飼ってたネコの世話はそのままわたすがやっていたので、ネコ2匹と暮らしてました。

2匹とも野良ネコの成り上がりで、どーしても家に入れてくれって感じでぐいぐい来たので、気づいたら飼ってた、みたいな。昔は野良ネコもたくさんいて、2匹以外に外でも餌だけを食べにくるネコが3匹くらい入れ替わり立ち替わりいたな。

高校生のある日、近所の空き家の物置に段ボールに入った子猫が5匹捨てられててね。にゃーにゃー鳴いてて、素通りできなくて。おかんに頼み込んだけど、うちに2匹いるからぜったいダメだと。仕方ないから、学校の行き帰りに牛乳持っていって飲ませてたんだけど、毎日1匹づつ死んでいく。たまらなくて、それを親友に相談したら、「お前が殺してるんだ」って言われて、頭に血が昇って、奴を追いかけて、お寺の境内でボコボコにして1年くらい口きかなかった。子猫に牛乳やっちゃダメだって知らなかったオレが悪いんだけどね。

でも、あれはどうしたらよかったんだろう。って、今でも思う。自分の手に余ること、確かにやっちゃいけないけど、あのままじゃ死を待つしかないもんね、、、。「子猫もらってください」って張り紙して、あちこちもらってくれる人探したんだけど、間に合わなかった。

なこともあって、オレのところにはネコが現れないのかもね。てか、あんな存在を捨てられるやつの気持ちがわからん。

今でも動物は向こうからやってくるだろうと思って暮らしてる。っていうか、ペットショップでお金を払ってってことは性格上できないんで、いつかやってくるだろって、思ってるうちに、今飼ったらオレの方が先に死ぬんじゃねーか、みたいな年齢になってしまったというか。うちはペット禁止なんだけど、そんな事態になったら、大家さんに泣きつく覚悟だけはとっくにできてんだけどね。

前述の2匹とも、オレの腕の中で死にました。2匹とも20年生きたから立派なネコ。もう他人の手に渡ってしまった実家の庭に埋めました。その事実を知ってるのはオレだけだけど。キャットフードなんて充実してない時代だから、毎日魚屋で安い魚を買って食べさせてたのがよかったのかも。でもやつらにチュールは舐めさせてやりたかったな。

 

名前は「にん」。

こいつは「うに」。

さて。

年始から全力で走ってきて、ようやく曲を書く時間を持てるところまで辿り着きました。ほんとうは一番最初にやりたいことなんだけど、それが最後になってしまうのは、現代を生きるミュージシャンとしては仕方がないことなんだよね、、。

親父が遺してくれたガットギターでずっと避けてきた難しい和音に取り組んでます。今更だけど、ガットギターでいい音出すのがいちばん難しいっす。まだまだある伸びしろ。はて、どこまで行けるかな。

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MLIMMよりご報告

2月22日 木曜日 雨

みなさんの気持ちをうけて、わたくす北陸に行ってまいりました。自分の目で見ないとわからないこと、腑に落ちないこと、たくさんあるので。

その時の模様は2/18のダイアリーに記しているので、ぜひ読んでくださいまし。

MY LIFE IS MY MESSAGEは志だけで運営されている小さなプロジェクトです。でもひとつだけ利点があって、小ささゆえ、即行動に移すことができます。みなさんから寄せられた気持ちをできるだけ早く、意味のあることに還流させることはできます。

2/18のダイアリーでみなさんに使い道について打診したところ、おおむね了承されたと受け取り、以下のような行動を昨日付けで(2/21)起こしました。

事態は刻々と変化していくので、可能な限り求められたことに迅速に対応したいと思っています。今後ともMLIMMをどうぞ、よろしくお願いします!

ときどき突っ込まれるので、書きたくないけど、お伝えしておきます。僕の行動の一切にまつわる関する経費は自費で行っています。ご理解くださいまし。

以下、オフィシャルサイトにもアップした文章、ご一読ください。

ありがとう!!

 

ご報告。

金沢までクルマで行って、状況を確認してきました。

能登半島は未だ、一般人が入ることが躊躇される状況(自治体からも立ち入らないよう要請がでています)です。

何度か重点的にサポートさせてもらっている、僕がいつもソロで演奏しているハコ
メロメロポッチを訪ねて、状況を聞きました。

オーナーの熊野くんは金沢市議でもあり、ボランティアNPO(かなざわ志縁隊)の代表でもあり、能登方面への炊き出しを継続的に行っています。店の中は支援物資が積まれていて、草の根の物資流通の拠点になっていました。

能登半島では未だ水が開通していないところがたくさんあって、二次避難をせず、避難所で暮らしている人たちも
まだたくさんいるそうです。

そのような避難所での食事は水が使えないため、あたたかい食事はとても喜ばれるので、各避難所からの要請で随時炊き出しをチームを組んで行っています。

一回の炊き出しにかかるすべての経費が100人ぶんで5万円くらいなんだそうです。3月末までには水は開通する予定なので
それまではこの活動を続けたいということです。

そこでMLIMMから6回分30万円のサポートをさせてもらうことにしました。

引き続き、状況を見守って、求められるサポートを迅速にやっていきたいと思います。

今後ともどうぞ、よろしくお願いします。

2024年2月21日 山口洋(HEATWAVE)



ついしん

僕が気にしている輪島の職人さん(残念ながら今回は会えず)はメロメロポッチの店主、クマちゃんの親戚が師匠なんだそうです。世界は狭いね。てか、繋がっていくね。笑。

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虹の橋

2月21日 水曜日 曇り

ドイツ在住のお母さん(日本の方です)から感謝のメールをいただきました。(オレはなにもしてないけど)

いわく。

ドイツで生まれ育った17歳の息子ちゃんは日本が大好きで、彼の国の学校での必須科目である2週間のインターンシップを日本でやりたいと考えていたけれど、なかなか受け入れてくれるところが見つからなかった、と。

ところが山形県長井市での「甦る」ツアーの参加者が友人で、かの「鈴木酒造」の話を伝えたところ、町のいろんな人々が骨を折ってくれて、鈴木酒造での2週間のインターンシップが実現。

話はそこにとどまらず、町ぐるみで彼を受け入れてくれたそうです。その一例。

いろんな方面から話は聞いていました。でも、なんというかそれこそがMY LIFE IS MY MESSAGEというか、利益が目的ではなく、こんな時代に未来のために尽力してくれる大人たちがたくさんいてくれるのがとっても嬉しい。その前に少年の志が嬉しい。それもこれも、震災があって、受け入れ、受け入れられ、皆で未来を見つめ、力を合わせてやってきてくれたからだと思います。

とっても嬉しい!

少年がいつか虹の架け橋になってくれたら、おじさんおばさんたちは涙を流して喜ぶことでしょう。ドイツはいくつから酒、飲めるのかな?僕らは世界で一番好きな飲み屋、長井が誇るスナック「夜汽車」で一緒に「甦る」を飲める日を楽しみにしています。

少年、よくやってきてくれた!でもって、長井のみなさん、ありがとう!!

 

 

 

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一年で一番憂鬱な日

2月20日 火曜日 雨

午前3時に日本海側を出て、通勤ラッシュが始まる前に帰ってきました。我ながらナイスな選択。

このまま眠ることなく、フツーに1日を過ごして、夜眠れば、熟睡かつ時差ボケもなく、1日をフルに有効に使えるのです。体力のない人にはおすすめできないけど。

わたくす、旅慣れているので、後片付けはマッハです。でもって、思いきり酷使したクルマを洗って旅のルーティンは終わるのですが、あいにくの雨。生煮え、、、。

こんな日は、頭も働かないし、一年で一番憂鬱な、でも逃げられない作業に充てることにしました。嫌なことから先に片付ける。これ、人生の鉄則。とっととやるに限る。

わたくし、この作業について一度もblogに記したことがないと思います。ほんとに記したくないくらいに憂鬱な作業なんです。

そうです。個人事業主を苦しめる、年貢にまつわる作業です。これ以上、具体的な表現をしたくないので察してください。首相がぬかりなくやるように!と言ってわたすらの怒りを買った、国に年貢を納めるための作業です。正確には下準備っすね。

有象無象の領収書を項目別に分け(分けてはあるけど)、ひたすら電卓を叩き、その道のプロにお任せする道筋を作るまで。ほんとに苦痛。こんなことやりたくないし、年貢係にはもっと会いたくないので、最後の行程はプロに丸投げです。でも、ひたすら作業しても、確実に1日は潰れます。

ほんとに経理を生業にしてる人を尊敬します。10分やっただけで、蕁麻疹が出そうです。でも、音楽事務所から独立してからはずっとこのやり方を続けてきたので、ひな形があるんです。計算したら、そこに数字を入れていけば、この一年、どんな生き方をしたかってことが如実に浮かび上がってきます。

そんな意味じゃ、数字は美しい。見事に生き方が立ち上ってきます。

物価が上がって、消費税がじわじわと民の暮らしを圧迫してるのも見事に数字に表れてます。

そういえば、この前モーガンの家で、彼はイギリス人なので、紅茶とクッキーを出してくれたんすね。クッキーを見たのが久しぶりだったのです。小さい!オレが知ってるクッキーはこんなに小さくない。それから目を凝らしてみると、いろんなものが小さくなったり量が少なくなってる。

なんだかなぁ。

夜にはすべての作業を終えて、分厚い書類をプロに送りました。

会社に勤めてる人も、個人事業主のオレたちも年貢の使い方はちゃんと見届けないとね。ほんとにロクな使われ方してないからね。奴らは年貢を預かって、国民の信託をもって、意味のあることに行使する立場にいるだけで、それは奴らの特権じゃないし、いうまでもなく奴らの金じゃないからね、、、。

まずはなによりも、原発と武器に使われてほしくないのです。万博もだな。子供っぽい言い方だけど、それは死んでも嫌なのです。今、困っている人のために使われてほしいのです。今すぐにね。

1日を費やして、より強くそう思うのです。

年貢のことは書いてないけど、山口洋初のエッセイ「Seize The Day 今を生きるための音楽」
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結局弾丸

2月19日 月曜日 雨 

 結局、弾丸なのです。

 日々にいつも「劇」とか「激」とかついてんのは性分なんだと思われ。自ら好んでそうしてるってことね。苦笑。

 弾丸で北陸に行って、仮眠したら、夜明け前に日本海から太平洋へ400キロ運転して帰ります。だって、昼間に渋滞に巻き込まれるのが耐えられない。トラックが多い時間も耐えられない。いちばん交通量が少ないときが運転していて、いちばん楽しい。こころの声が聞こえてくるから。Running on empty、あるいはLong way for nothing。

 思うんです。いつだって全力で生きて、自分の持っているポテンシャルを使い果たしたい。もう車検に通らないクルマのような感じだと思うけど、修理はできないんだから、だましだまし、走れる限り走っていたい、と。気分的に今38万キロくらいかな。たぶん。ハイエースは軽く50万キロは走るらしいから、そのくらいは行きたい。

 チャレンジこそが人生だと。トシを重ねてからの方がそう思う。

 ただ、無茶にチャレンジするのではなく、こっちには積み重ねてきた思慮って武器があるから。一回だけフルマラソンに出たことがあるんだけど、3時間40分くらいで走りきった。それは初マラソンとしてはなかなかのタイムなんだけど、要するに自分が持っている、限りあるポテンシャルをどう均等に使い切るかってスポーツだから、己を知って、ペースを考え、きっちりそれを積み重ねる。通常30キロから落ちてくるんだけど、オレは逆でそこからゴボウ抜き。たぶん1000人単位で抜いてるか、と。

 若者(当時オレは45歳くらいだった)たちをゴボウ抜きしていくのはなかなか爽快だった。でも、一回走って、マラソンという目的のためより、日々のために走り続ける方が遥かに難しいから、そっちに切り替えた。マラソンって、ものすごいビジネスなんだもん。独りになりたいのにイナゴみたいに群れてるのは自分の中でもおおいに矛盾してたし。走りきっても達成感なんてなにもなかったし、どう考えても死ぬ気で努力して、3時間を切るのがやっとだと身を以て知ったから。

 北陸のともだちの秘密基地を見せてもらった。中でなにをやってるのか、外から見たらぜんぜんわからないけど、元鉄工所を改造して、とある素晴らしいものを職人さんたちが作ってる。

 見ていて、飽きなかった。ものすごくクリエイティヴなんだよね。職人さんたちの道具を見てるだけで気分が上がる。

 オレ、とつぜん倉庫に住みたくなった。だって、車やバイクでINできるんだぜ?で、高い天井のでっかいスペースじゃ、いつだってドラムが録音できる。別に関東に住まなきゃいけない理由なんてないんだから。大好きな長野あたりで探してみるのはアリだな。

 あいつどこ住んでんの?あー、倉庫。みたいな。ぜんぜんアリだな。

 金沢、北陸滞在中、食したものは総じて最高だった。もちろん観光客が行くようなところではなく、地元のともだちに聞いて行くんだけどね。能登や富山湾で獲れた魚は絶品にもほどがあった。コメもうまかった。蕎麦もうまかった。

 こっちに住んでる人は当たり前だろうけど、立山連峰、白山、神がかってるよ。ずっとみんなの暮らしを見守ってる。そこから水が生まれ、海に注ぎ、天に還る。それが視覚として理解できるエリアなんてそうあるもんじゃない。

 日本中旅してるオレが唯一足を踏み入れたことがないのが能登半島。みんなで見守って、応援して、行けるようになったら、音楽を届けに行こうと思う。

 みんな元気でね!

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金沢からご報告

2月18日 日曜日 晴れ

ようやく、北陸に来ることができました。

いつだって災害が起きると、自分がどこまで踏み込んでいいのか、とっても考えます。あたりまえだけど。今回も地理的な特殊性ゆえ、すぐに駆けつけることはじゅうぶんにためらわれました。

無論、物見遊山で来るわけないけど、性格的に自分の目で見なければ、本質的な行動はできないし、かといって駆けつけて、傷ついている人たちにとって思い入れしかない風景が無残な姿になっているのを写真に撮るなんてこともできるわけがない。

それゆえ、今回は金沢で僕がいつも演奏しているハコ、メロメロポッチのオーナー、熊野くん(以下クマちゃん)に相談して、金沢市議でもあり、ボランティア団体も運営している、地域に根ざした太いネットワークを持つ彼に骨を折ってもらい、MY LIFE IS MY MESSAGEのサポート受け入れ先になってもらうことにしました。

なわけで、まずはメロメロポッチを訪ねます。

まず最初に。全国からたくさんのサポートをありがとう!

クマちゃんの店は3/1くらい全国からの支援物資で埋め尽くされていて、そこにわらわらとお客さんがやってきて、名物のよく煮込まれたカレーを食べながら、階上ではハードロックの練習をしているバンドがいて、能登の人たちがときどき必要なものを取りにくる。相変わらずのカオスな状況で安心しました。

以下、クマちゃんが僕に伝えてくれたことです。伝えている時点で僕の私見でもあり、文責はすべて僕にあります。

石川県の水道がどのように引かれているのかってことから聞きました。これはけっこう重要な話なんだけど、説明すると長くなるので、割愛。能登では未だ水さえ通っていない場所がたくさんあって、そういう避難所では調理もままならないので、彼らは要請があった場所に炊き出しに行っています。そういう状況に置かれた人たちがなにを食べているかと言えば、カップ麺などだから、炊き出しは非常にありがたい、と。

なので、今必要としているものは

1. 水(3月末には水道状況は改善されると思われるのでそれまでは)
2. コメ
3. 野菜類
4. 調味料(塩、醤油、酒、みりんなど)

などです。いったん、物資の受け入れはストップしていましたが、上記のものに関しては炊き出しのネットワークで振り分けて使っていくので、直接クマちゃんのところに送ってくれて構いません。(仕分けの手間を減らすため、賞味期限を確認の上、内容物をダンボールに明記して送ってください)

送り先
〒920-0362 石川県金沢市古府町西113 113番地 メロメロポッチ宛

電話 076-266-0775

で、クマちゃんからの伝言です。これまでは送ってくれた人にお礼の連絡をしていたのですが、数が多すぎて、今はそれをできる状態にないので、すいません!と。

で、ここからは僕からの相談。

MY LIFE IS MY MESSAGEには全国から気持ちがたくさん寄せられています。

一回の炊き出しで、食材、諸経費などすべて含めて、100人分の食事を作るのに5万くらいかかるそうです。上にも書きましたが、あたたかい食事は喜ばれるそうです。なので、みなさんの気持ちの還流先として、まずは5,6回分クマちゃんたちに使ってみてもらうのはどうだろう?と。

ご意見は、遠慮なくコメント欄に。

————

富山から金沢にかけて、ものすごく揺れたんだろうと想像できます。でも、失礼を承知で書くならば、金沢はびっくりするくらい平穏で、見たところ傷跡も少なく、いつもの金沢なんです。聞けば先週くらいからインバウンドの人々も戻ってきたそうですが。

これが能登半島に入った途端、激変することも容易に想像できます。あくまでも想像だけれど。

今回、輪島まで行く気満々でやってきたけれど、やっぱり憚られるのです。人の目が気になるわけじゃないんです。そんなことどうだっていい。でも、やっぱり今じゃない気がする。自分がやるべきことは。

お上の言うことなんて信用していないけれど、金沢市内にも以下のような張り紙があります。これは石川県からの通達。

1. 能登方面への不要不急の移動は控えてほしい
2. 義援物資は持ち込む前に連絡してほしい
3. 個人からの義援物資は受け付けていない
4. のと里山海道は緊急車両、災害応急対策車両、被災地支援物資運搬車両、被災地居住者およびその親族のみ通行できる

総合して熟考の結果。万が一のことで迷惑かけられないので、今回は撤退します。

今は後方のサポートに徹して、音楽を届けられるようになったら、と思います。自分の目で見ないと、と思いつつ。これは仕方ないか、と。

以上、金沢からレポートでした。

—————————

たくさんコメント、ありがとね!

読んでくれてるっつーリアクションあると、こちらもやる気がでます。

で、いくつかに反応。

まず、ダイアリー読んでるから本買わなくていいと思ってたって。苦笑。逆だよ!ダイアリーの愛読者だからこそ買ってください!だいいち、内容はまったく別ものだし。かぶっている記述は一切ないし。これ、たぶん一生で二度と作れるクオリティーではないので、永久保存版として買ってください!(キッパリ)よろしくね!

次にマイク。バンドのライヴの時に使っているのはSHUREのSM87Aってやつです。betaじゃありません。これは僕のものではなくて、長年僕のエンジニアをつとめてくれているMくんの会社のものです。

えっと、低音がというより、歌っている本人の印象としては輪郭がとってもくっきりします。あまり使っている人見ないし、今や手に入れるのも難しくなったけれど、いいマイクです。僕はMくんを全面的に信頼しているゆえ、彼がオペレートしやすいことがいちばんなので、彼の選択に任せています。ちなみに、僕らは一生フロントの音を聞くことは叶わないだけだし、相当な信頼がなければ任せられません。彼がライヴのたびに、口が触れる部分を消毒、洗浄してくれているのを実は知っています。お礼を言ったことないけど。信頼ってそういうことでしょ?

ちなみに、どこにでもあるSM58でまったく問題ないと思います。これも古いやつは特別によかったりしますが。低音が出るのは近接効果と言ってマイクに近づけば出るんです。実験してみてください。

歌のパートによって距離を使い分けるといいです。Aメロが低ければ近づく。サビは張るから遠ざかるとかね。声量が半端ない昔の演歌歌手なんてマイクが腰のあたりに行っても、ちゃんと拾います。

Mくんがエンジニアのときは100%任せていますが、知らないエンジニアのときはリハーサルはオフ目に歌ってマージンを稼いでおきます。そうすると、本番でオーディエンスに音を吸われても、自分である程度コントロールできます。なにごともやりすぎ注意でね。

最後に友田さん。

コメントに書かずに連絡してくればいーじゃん。笑。てか、僕らがバンドメンバーに誘った事実なんてありませんから。かように記憶はテキトーなもんです。だって、30年くらい前の話だもん。仕方ない。でも、ツーバスやめてくれって言ったのは事実です。だって、うるさいんだもん。音数多いのは未だに嫌い。笑。経年と共に音数減ってたら、演奏してみたいけど、友田さん増えてそうなんだもん。でも相変わらず元気そうでなによりです。

彼の名誉のために。CARRY ONのドラム、チューニングもプレイも最高!月明かりの路の音も好きだな!

なわけで、友田さんも買ってね!笑

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雪山と理不尽と聞こえてくる声

2月17日 土曜日 晴れ

どうして雪山が好きなのかって、理不尽極まりないところ。

自分がなにかをコントロールできるなんて、とんでもない。彼らの想いのままに振り回されるだけだよ。装備に金もかかるし、時間もかかる。ランニングなんて、とりあえず靴だけあればなんとかなるけど、山となるとそうはいかない。

それでもたまらなく厳しくて美しい。

同じ瞬間が2度とないところ。さっき、そこが良かったからって、舞い戻っても同じコンディションはあり得ない。その一瞬に賭ける感じも好き。

つまり、謙虚になるしかない。てか、思い上がりを完膚なきまでに叩きのめされる。調子こいたら、かなりの確率で怪我をする。

自分の小ささを思い知る。舐めたら、即あの世に行くことも含めて。雪に埋もれて死ぬのは嫌だ。春になって発見されるのも嫌だ。

以前にアメリカでやらかしたときに、CHABOさんに「引退!」ってすっごく怒られたから、やらかすわけにはいかないんだよ。まじで。

なわけで、天気を読み、持っている自分のすべての能力を使って山の主に遊んでもらう。帰った頃には肉体はボロボロなんだけど、鏡を見ると還暦のおじさんの目が少しだけ綺麗になって輝いてるんだよ。ほんとだよ。

たぶん、ものすごくデトックスしてもらってるんだろうね。

オレはいつも独り。そんな人はほとんど見かけないけど、独りがいいよ。こころの声が聞こえてくる。独りで行くなら気をつけてね。天気を読んで、装備も万全で。埋もれたら、誰も助けにこないよ!

音楽が鳴ってくるんだ。今日はAmとDmがずっと鳴ってた。ギターがなくてもわかるんだよ。シンプルだけどいい曲。雪山作曲。楽譜もギターも使わずに。

でも、それはなんというか、雪のように降り注いできたものをオレがキャッチしてるだけなんだと思う。それは作曲じゃない気がするんよね。ひらひらと舞ってきたものを受け止めてる感じかな。

そんなこと、ランニングとスノーボードでしか起こらない。

そうそう。今日は明確な言葉も降ってきたよ。1日お休みしたこの前のblogの続きなんだけど。

すべての情報は誰かの主観である。(← ほんとに言えてる)

事実は受取手によって異なる。どの角度からそれを捉えるかによって、事実はいかようにも変化しうる。(← ほんとに言えてる)  by 山の主(via 山口洋)

どうして、こんなことがオレにもたらされるのか、オレもわかんない。こっちはなにも考えてないんだもん。笑。

にしても。厳寒に耐える美しい木々を眺めて、Japanならではの温泉に入って、帰った。そういえばなにも食べていなかった。やたらとお腹がすいた。

昨日、コメントにあったね。酒やタバコはさ。声が聞こえたら、止められると思う。オレはタバコも酒も、声が聞こえた。「もういいやろ」って。

タバコはね。アメリカの標高4000メートルの頂で聞こえた。関西弁だったよ。「もうええやろ?」って。「これのこと?」って聞いたら。「そやねん!」。吸ったら死ぬほどマズかった。で、2000メートル滑り降りて、ゴミ箱に捨てて、それで終わり。

「アンコール!」って観客が叫んでる間に5本まとめてニコチンを摂取してた男がだよ!9歳からロングピースを親公認で吸ってきた男がだよ!1日5箱吸ってた男がだよ!なにをやってもやめられなかった男がだよ!

以来、一本も吸ってない。吸いたいとも思わないし、あれを肺に入れていた自分が信じられない。

耳を澄ましてごらんよ、いつか聞こえるから。

明日は北陸に行ってみようと思うんだ。行けるところまで。また報告するね。

 

そんなことも書いてあるよ。よろしくね!

 

 

 

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自由の結末

2月15日 木曜日 晴れ

知らない町に滞在中。異邦人なのが心地よい。でも、これを更新してるのはやむなくスターバックス。ここでMac開いてるやーな感じの異邦人。笑。いるじゃん、そういう人。

今年は特に雪が少なくて、2月とは到底思えない空気が山に漂っている。2月のあのカキーンとした感じが好きなんだけど、これじゃほとんどシーズンの終わり。ジャケット不要で滑る2月。

今日は全身の筋肉痛がひどくて、まるで合体ロボみたいな動きしかできないし、山も引き続きピーカンだからして、知らない町をジョギングして、脳内を整理することにした。

ところで、最近blogに反応ないけど、書いてることつまんない?たしかに一般的な暮らしからは乖離してるかもだけど。昨日も肉体をフルに使って考えてたことを伝えたいなぁ、と。

ものすごく考えるから、勢い書くことはシリアスになりがちなんだけどさ。

ランニングもスノーボードも、なーんも考えてないけど、実は考えてる。矛盾してるみたいだけど、作為ではなく勝手に脳が動いてる = それを肉体が考える = と僕は呼んでるんだけど。机の上で考えてないから、フィジカルな思考で応え。僕はそれが好き。

 

 

今日は「自由の結末」を。

 

若い頃、アメリカ南部を旅していて、「夕方までに町を出た方がいいぜ」って脅されたことがある。「出なかったどうなる?」って聞いたら「撃たれても仕方ない」ってさ。

これってまんまイージーライダーじゃん。映画で描かれたように、保守的な人たちとっては、俺たちが象徴してるものが怖い。自由に生きようとすること。そして、映画では自由は完膚なきまでに打ちのめされる。

だから、好きなんだよね。あの映画がいつまでも。

あれから60年近く経過して、自由に生きるって、ある意味法の網をかいくぐって密かに生きるしかないんじゃないかって思うこともある。

死ぬ前に病院で名を名乗った元過激派のおじさん。うちから1キロくらいのところに住んでた。音楽好きだったから、そこらのバーで会ってたかもね。でも、決して幸福には見えなかったし、あれが自由だとも思わない。

父親が大学にいたから、60〜70年代にかけて、ああいうタイプの学生がよく家に遊びにきて可愛がってもらってた。当時の大学って(特に旧帝国大学は)門の周りに檄文が赤い文字で書かれてて、今とは隔世の感。

彼らは確かに世界を変えようと思ってはいたんだと思う。でも、唯一の弱点は「群れて」いたこと。今となってはね。world party (世界党)によるprivate revolution(個人的革命)が僕がたどり着いたロジック。群れたら必ず失敗するのがニンゲンだと思う。

独りで立てって。革命はそこから始まるんじゃないかな。

あれほど革命を謳った輩たちは早い時期に転向して、名の通った企業に勤め、今頃東南アジアで悠々自適に暮らしていたりする。まぁ、これもまた自由なんだけど、敢えて「団塊の世代」とひとくくりにするなら、この手の輩は心底軽蔑する。

本心を書くなら。

 

人は自由に耐えられない。自由と言いながら、ある程度の束縛をいつだって求めてる。でも僕がイージーライダーから教えられたのはそんなんじゃない。自由であることの孤独と責任をまっとうする生き方。果てしなく難しい。

彼らは死んだから、その先の風景。それは誰も知らない世界。

そんなの真顔で語ってる人。もう見ないよ。だから、山の神、言い換えると、主に会いに行きたくなる。山に入る前に「今日もよろしくお願いします!」って言ったら、彼らはこういうよ「ようこそ」って。稀に意地が悪い主もいるけど。

たとえば。

芸能人が不倫してテレビで謝ってる。あれはいったい誰に謝ってるのか。不特定多数の「世間」でしょ。その「世間」が嫌い。オレだったらぜったいに謝らない。だって、傷つけたのは世間じゃない。

んなこと、どーだっていい。当事者同士の問題だもん。

死ぬほどバッシングされた俳優が映画でとってもいい演技をしてた。たぶん彼とは一瞬でともだちになれる。自由を希求してる顔してる。かつてのタクシードライヴァーのトラヴィスみたいにね。

映画で思い出したけど、ある監督の新作がほんとうにヒドかった。背後に見え隠れする代理店と企業の思惑に「人をバカにすんじゃねーよ」と怒りがこみ上げてくる。清貧を描いておきながら、スピリットが清貧でない。それって欺瞞だよ。

いつだって、どう生きるか。それが問題。教えてくれただけよかったけどね。

僕は「孤高」でもなんでもない。フツーのニンゲン。おかしいことを「おかしい!」と思うから、それを受容しないだけ。面倒臭いとか、ややこしいとか、言われることにはもう慣れた。でもね。嫌なものは嫌なんだ。

こういう生き方をしたら、最後は野たれ死ぬのか、それともにゃんとか生き延びるのか。自分でもわからないけど、60の齢を超えて、敵は思ってたより手強いとは思ってる。

blogにすら書けないことがある。書くと証拠が残るからね。気を抜いたら一瞬で潰される。

かいくぐって生きるって、無駄な被弾は避けた方がいい。

 

大谷選手がキャンプでコケた。それよりもずっと小さな扱いで、140万人が集められて爆撃が開始される。って報じられる。いったい、どんな世界なんだよ。

狂ってるでしょ?あなたがその空の下にいたとしたら、どうする?その報道を目にしたら、どう感じる?報道する側を「商売」として、客観的に眺めることができれば、ほんとうのところは自分の目で確かめるしかないってことになる。

 

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トムはアメリカ兵として地獄のベトナムをくぐり抜けた。ネイティヴ・アメリカンとして僕に伝えてくれたメッセージはいつもこころの中にある。彼はその経験を僕に託してくれた。だから、引き受けた。

ポエトリーを生で体験して、曲を作るから録音しようと言ったのは僕。スタジオは3日借りる予算しかなく、曲は1曲もなかった。

でも、あっという間に録音は終わった。これは多くの人に聴いて欲しいとPVも自分で作った。これもまたびっくりするくらい売れなかった。

でもね。彼のメッセージは普遍で不変なんだよ。20年経過したって、何ひとつブレてはいないし、僕は忘れない。

他人がどうこうじゃない。生きている限りは自分の尺度でモノを考え、正気を保っていたい。

 

そんなことをこの本には書いた。本気なんで、よろしく!

 

今夜は雪が降りそうなんだ。

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旅に出る

2月14日 水曜日 晴れ 

 午前3時に湘南を出て、7時すぎには日本海を見ていた。この時間に移動するのがもっとも気持ちよくて効率的だと思う。人には勧められないけど。

 件の家は思っていたほどの被害はなかった。けれど、震源地からかなり離れても、一定の被害はあったし、揺れるものはすべて揺れたんだってことが壁の絵を見ているだけでわかる。時計は震災の時間で止まっていた。

 さて。時間ができた。とつぜんだけど、シーズンインしてみるか。

 飛び込みで近くの雪山へ。インバウンドだらけでちょっと辟易としたし、一人で来てるのはオレくらいだったけど、無心になって戯れているのは本当に楽しい。新しくNYから届けてもらった2本のボードの乗り味を試して、スタンスなどの細かいセッティングもできた。これまでのボードが国産コピーモデルだったとすると、新しいやつは初めてフェンダーやギブソンのギターを弾いたときのフィールに似てる。

 でも、今年はほんとに雪が少ない。

 考えたら食事をすることなく、午前3時から行動していた。相変わらずアホすぎる、、、。集中力を切らして怪我することだけは避けたいので、今日は4時間と決めていたから、昼過ぎに投宿。

 そこでクッキーを食べて、30分ほど撃沈。

 ここにはネット環境がない。だから、これもテザリングで更新してる。そのくらいでいいと思う。初日にして、自分が蘇ってきたのがわかる。こころに張りがある。

 言葉が湧いてくる。やっぱり僕にとって、雪山は効果絶大だ。

 この旅はなにも決めていない。何時にどこに行くという約束は誰ともしない。いつ帰るかも決めていない。ただ、被災地に行こうと思えば確実に行ける距離にいる。でも、自分のエゴで迷惑をかけるわけにはいかない。それゆえ、慎重にいろんなことを調べているところ。

 

 そうそう。MY LIFE IS MY MESSAGEにはたくさんの人からの想いが託されている。だから、意味のある使い道を探しています。

 今年の「蘇る」の1月ぶんの売り上げの一部を送っていただきました。ほんとうにありがとう!引き続き、ここのサイトで販売されています。

 それから3/10、3/11~12のイベントおよびツアーの案内です。

3.10 開催
「2024 純米吟醸甦る 能登半島地震復興支援試飲会」

3.11-12 開催予定
「ふるさと浪江で甦る海の男酒!酒造りで繋ぐ思いに触れる旅」

 一人でも多くの人に、蘇った男酒の姿と、今の浪江、避難した山形から被災地に送られるエールを体験していただければ、と思います。

 誤解のないようにお伝えしておきますが、これらのツアーは営利が目的ではありません。誰ひとり、儲ける人はいません。むろん、ミュージシャン全員ボランティアでの参加です。普段ぜったいに体験できないことなので、現地で見て、触れて、飲んで、感じて、それを誰かに伝えてほしい。そんな想いで運営されていることをお伝えしておきます。

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