1月29日 火曜日 雪
「いつ帰ってくるんだ」ときびしーメールが多々寄せられております。ごめん。まだ帰りません。思いきり、何かが見えてくるまでは。
連日、パウダーに舞い上がり、そして翻弄され、筋肉が「もう止めておくんなはれ」と悲鳴を上げております。そして寒い。朝ダイヤモンド・ダストが舞っていたなら、根性入れて防寒対策をします。でも、マイナス20度、風が吹いて、体感気温がマイナス30度を超えると歯が立ちません。寒いと、本当に疲れる。集中力も持続しないし、思考が鈍るのです。だんだんいい加減になってくる。これが危ない。
でも何が面白いって、同じ状況は二度とないのです。ついさっき、いい感じを掴んだから、もう一度同じところに行って身体に入れておこう。なんて思っても、さっきとは状況がまるで違う。音が減衰していくのがはかないように、雪面もまた同じ。この瞬間に集中するしかありません。自然を僕がコントロールできるわけがなく、一方的に翻弄される。だから、面白いのです。次第に謙虚にならざるを得なくなる。
今日はオーロラなのか虹なのか、微妙なものを見ました。果たして寒さで幻覚か、と思ったので、アメリカ人に聞いてみました。彼曰く「見たことないなぁ」。何だったんだろ、あれ。でも写真にはきれいに映らないのが残念。僕の心の中には残ってるんだけどね。
僕の大好きな「神への領域」へのルートが金曜日に開通すると、パトロールの人が教えてくれました。嬉しい!!!!!!
追伸
昨日、書いたベンチのことなんだけど、その多くはこの山で遭難して亡くなった方を偲んで設置されたものです。あちこちにあります。それって素敵だなぁ、と。僕は墓なんか欲しくないけど、ベンチならいいなぁ。「この山に教えを乞いに毎年通ってたアホなジャパニーズ、大した技量もないのに崖が大好きだった。Life is beautiful」。それ誰?みたいな。
人は、問いつづける。
歳をとるごとに問いは増えてゆき、やっかいなのはその問いに答えはない
ということ。
答えに似たようなものは見つけることができるけれど、それは答えじゃなくて
「折り合い」だと思う。
折り合いは、諦めとは違う。
落ちてきて道をふさいだ岩や、とっちらかった何台もの車をよせてみる、とりあえずの交通整理のようなもの。進みたいし、時には飛びたくなるから。
でも一歩進んで、また新たな問いが生まれるんだ。
何かが見えても、見えなくっても、いちばん大切なのは問いつづけながら生きる「したたかさ」じゃないか・と思う。
この したたかさは大人も子供も純度は一緒。
だから私は<生命に謙虚さはいらない>って思ったりする。
自分の帰りを待っててくれる人がいる幸せとミラクル。
ロックな求道者さん、肩の力ぬいて初めて見えることもあるよ。
紫の大天使ミカエルによろしく。
紫!?、あの、カラーで、みたいです(笑)。
ほー、そんなベンチでしたか。素敵ですね。
私事ですが、あす福岡へ初めて行きます。
山口さんのこの旅も実り多いものになりますように。×××