月別アーカイブ: 7月 2023

身体のデフレ・スパイラル

7月21日 金曜日 晴れ   このblogの読者の中心層はわたすよりちょっと年下の方なのか、と。  そんな意味でも今年還暦になる、わたすの人体実験の模様は多少の参考になるかと、日々試行錯誤を繰り返しております。  単純な体力の低下、筋力の減退、回復力の鈍化。いろんな形でやつら(笑)は忍び寄ってきます。残念ながら、それらの歩みを総合的に遅らせることしかできません。ポジティヴに考えたとしても。  かのイチロー選手を見ていて、晩年打てなくなったのは目だな、と思いました。身体はキレキレなのに、動体視力の衰えはいかんともし難い。わたくす野球部だったので、120キロくらいまでなら打ててました。でも、網膜剥離の手術をしてからはバットにまったく当たりません。目がフォーカスするより、球の方が速いからです。  今回お伝えしたかったのは。  ミュージシャンたるもの、灼熱のステージ(あれは経験した人じゃないとわからないと思うけれど、一種、異常な暑さなのです)の上で2〜3時間立ちっぱなし、演奏しっぱなし、歌いっぱなし、集中しっぱなし、ということを強いられます。つまり、体力そのものが必要で、重すぎても軽すぎても、ダメです。  174cm、63kg、体脂肪13〜15%。  これがわたすのベストの状態。ところが、昨年某フェスの帰り道、新横浜で席を立とうとした瞬間のぎっくり腰。これはかなり重度でした。まったく運動ができなくなり、それに加えて頚椎症の再発、あちこちが痺れる神経痛、おまけに今年始めのコ。後遺症はなかなかのものでした。  約半年かけて、自分の身体は思いもかけない方向に行ってしまいました。身体は重い、キレはない、持久力はない。人生最大にどうしようもない状態。  随分考えた挙句、ジムなどに通うのではなく、自分の身体と徹底的に向き合うことにしました。身体が重いとまずは膝にくるのです。だから、食事を変え、ゆっくりと自分の身体を削ります。歩くことから始めて、走っても衝撃がこないように首を鍛え、メンテも怠らず、距離を伸ばしていきます。2月あたりからようやく少し走れるようになって、3月は150キロ、4月からは月間200キロまで戻しました。  で、ようやくその結果が出てきたかなぁ、という感じです。前だったら、ひと月で簡単に結果が出ていたようなことに半年かかるってことっすね。ようやくデフレ・スパイラルから抜けだしたと思います。  ただし、調子に乗ったらまた身体は壊れるので、まだ気は抜けません。正直、お勧めできるような日々じゃなかったっすね。楽しくないっす。気軽に運動、みたいな感じではまったくないので。  なので、まずは身体を壊さないこと。壊すとリカバリーがたいへんです。日常の中で軽い運動を続けることをお勧めします。ストレッチもいいっすよ。気分転換にもなるし。  ってなんのblogだよ。笑。  あ、腰はね。クルマもじゅうぶんな遠因でした。なので、バイクも含めポジションを徹底的に見直しました。たとえばクルマは2つのポジションを記憶できるので(ハンドル含む)異なる二つのポジションを切り替えて乗ってます。切り替えられなかったとしても、今のポジションを見直す価値はあると思います。バイクは坐骨で乗ることを覚えました。坐骨で乗れるようになると、ちょっとした坐骨(重心)の動きだけで軽々と曲がっていきます。

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年貢の勉強会

7月20日 木曜日 晴れ   政治が酷い。とんでもなく酷い。書くのも憚られるくらい酷い。  国民は政治家によって意味不明に年貢を搾り取られる。年貢の売り上げ(笑)は過去最高らしいが、国民の暮らしが楽になったという話は聞かない。金に無頓着なオレですら、体感的に物価は10〜15%くらい上がってる気がする。楽器やバイクなんてアンビリーバブルな値段。円安もあって、輸入品はことすら高い。なのに、給料は上がらない。そりゃ、みんな苦しくなるし、バイブスも悪くなるわな。みんな安いものに群がるけど、安いってことはどこかに必ず負荷がかかってるから。どんどん世界はBADになる。  旅に出て、でっかい荷物を迷惑かけず置くために、新幹線の荷物置き場を予約して乗ろうとするも、大抵インバウンドの巨大な荷物に占有されている。彼らに英語で説明するのはほんとに疲れる。いったいここはどこの国なんだか、、。  オレが政治家なら、だよ。既得権益や特権をまず返上する。当たり前じゃん。公僕なんだから。人民のために汗水たらして働くのが仕事なんだもん。誇りを持つなら、そこだよ。誰かひとりくらい、「こんなに給料要りません、半分は返上します」。みたいなこと言えないもんかな。ほんと、不思議な人種だよ。オレ、議員会館ってとこに行ったことあるんだけど、野党と呼ばれる連中ですら、互いを「〜先生」なんて呼び合っていて、絶望した。  かくいう我々自由業にも新しい年貢の波が押し寄せてきた。いつものように、取り立てるやり方は狡猾。我々とて大企業と取引がないわけじゃない。その軍門に降らなければ、大企業に年貢分の損失を負わせるっつーやり方で、我々を圧迫してくる。  つまり取るところからはなにがなんでも取るっつー志の現れ。言っておくけど、払わん、と言ってるのではない。払うけど、適切に使え!と政治家どもに言いたいのだ。  とはいえ、我々は年貢には疎すぎる。こちらにも知恵が必要だ。  なので、その道の専門家、町が誇るナベちゃんを酒場に呼んで、勉強会を催した。ナベちゃんは冊子を作って、アホな我々に年貢の仕組みを教えてくれた。なるほど!プロはすげーな。たまたまサラリーマン諸氏も同席していたので、我々自由業との体感の違いをすり合わせることができたのも良かった。  彼のおかげで自分がどう振る舞えば、世界は好転するのかってことが見えた。悪くなかった。  やられっぱなしはないと思うんよ。みなさんも参考までに。

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民謡アゲイン

7月19日 水曜日 晴れ 大不人気企画(笑)、民謡深掘りシリーズ、back to basic。 今回は新潟県と山形県にお邪魔しております。選曲はいつもアンテナに引っかかるところからです。 引っかかって、深掘りするとちゃんと意味が見えてくるのが民謡の不思議なところです。どちらも広く知られた名曲です。 野望として、それを世界に伝えたいと思っているので、まずは自分の身体の中に、その曲を入れていきます。僕なりの風景が見えてきたら、いざ楽器を持って絵を描くように制作を開始します。 新潟県の日本海はシタールでした。理由は不明。でも、ぜったいにシタールだったのです。さすがにシタールは買ったとしても弾けないので、エレクトリック・シタールの音が出るエフェクターを買いました。御近所のCaravanがまったく同じ時期に、インスタにその写真をアップしていて、彼も日本海の夢でも見たのかな、と。ありえるな。笑。 シタールをハモらせて弾いたならほぼイメージしていた風景が描けたところです。 山形民謡はある日、降りてきました。ランニング中に。山形は大型バイクの免許取得や、長井市との縁ができて、一年に二回は行くことになりました。今年も9月に「さわのはな」の稲刈り日に演奏しに行くのです。そして、リレーションは進化を遂げて、今年はにゃんと町の有志のみなさんとMY LIFE IS MY MESSAGEの共催になりました。だって、あんなに福島のこと考えてくれてる町、見たことないのです。 なので、一緒に歌える歌が欲しかったのです。昨日、ランニング中に閃きました。僕が取り組んでいる山形民謡は歌詞のヴァージョンがたくさんあるんです。ランニング中にご当地にメール。「歌詞を書いてください!」。無茶振りにも程があるんだけど。夜には届きました。流石! それをこれから歌ってみるところです。 月末にいわきから仙台に北上します。酷暑だけど、バイクの旅にして、夏の福島をこの目で見てこようと思います。それをMY LIFE IS MY MESSAGEに循環させようと思っています。 いろんなことが繋がっていきます

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退路を断つ

7月18日 火曜日 晴れ ロックンロールに徒弟制度なんてあるわけもなく、なんでもかんでも「見て学ぶ」あるいは「見て盗む」ってところがいいんだと思う。メソッドが確立されてからロックンロールは途端につまらなくなった。 考えてもみてほしいんだけど。「The Clash」の教則本があったらおかしいでしょ?パンクとは態度のことなんだからさ。 そんな意味では、まったく誰にも習うことなくミュージシャンとして生きてきたことには多少の誇りを持っている。そのおかげで「個性」が形成されたわけだから。 それゆえ、他人にはケチで教えないのではなく、教えられない。それは本能的かつ肉体的な部分だからメソッド化できない。そうした途端に同じようなものが量産されて、個性が死んでしまう。だいいち、こんなヤクザな道には足を踏み入れない方がいい。危険すぎる。 死して尸、拾う者なし。その覚悟がないものが来てはいけない。周囲と自分を不幸にするだけだから。 でもときどき、こいつは放っておけないって輩がいる。甚だバランスが悪いけど、ものすごい才能を感じるとか、桁外れの情熱がある、とか。この才能をうまく形にしたら、救われる人がいる。そう判断したら、「弟子」ではないけれど、オレの知っていることを伝えることもある。 奴はとある地方都市でバーを経営していた。いい感じに太っていて、妙に尖ってた。ある日、バーを辞めてシンガーになるという。止めた方がいい。奴には子供もいたし。歌で家族を養うなんて、並大抵じゃない。かくいうオレだって、家族がいないから、なんとかここまで辿り着いただけだし。 けれど、奴の決意は固かった。じゃぁ、わかった。一度だけツアーに帯同させた。ありとあらゆることを伝えた。背中と言葉で。ずいぶん厳しいことも言ったと思う。どうしようもなく出来が悪かったけれど、根性だけはあった。ひらめきはないけれど、すっぽんのようなしぶとさがあった。 才能と情熱のバランス。これがまた難しいのだ。 奴が相変わらず旅を続けていることを風の便りに聞いた。オレの住んでる隣町にやってくるらしい。見に行ってみるか、ちょっと怖いけど。連絡もせず、タダの客として出向いた。 身体が引き締まっていた。風雪にさらされた男の顔をしていた。旅人というよりは漁師っぽかった。いいじゃねぇか、おまえ、いい苦労したな。目に光があった。 ヘナチョコ・ギターは健在だったけれど、ダイナミクスを指で以前の10倍はつけられるようになっていた。誰かの弾き方にちょっと似ていて、笑ってしまった。そういえば、指で弾けって、さんざん言ったな。コを生き抜いて、新しい歌をたくさん書いていた。ちょっとだけブルースも感じた。ヘナチョコさを残したまま、逞しくなっていた。 パフォーマーとして、自分のLIFEを通してオーディエンスに善きものを循環させようとしていた。 自分の目で福島を見ていた。大熊町、双葉町、浪江町。あの道を旅していた。そこにはオレも来週行こうと思ってる。そこで原発の処理をしている男が客席にいた。それもまたよかった。 もうオレがなにもいうことはない。同じ地平で生きている男だから。いい旅、したな。決して夢気分ではなく、ミクロ決死隊だったのはオレも知ってる。笑。 大事なことは。 自分がなにをしてもらえるか、ではなく。自分が誰かになにをできるか、なのだ。 そのことがわかっていない奴が多すぎる。ほんとうに多すぎる。オレだって、そんなこともわからない奴に時間を費やせるほど人生は長くない。 奴は一切の退路を絶って、そのことを知っていた。逃げ道がないからこそ、そこに到達したのだと思う。 客席は10人に満たなかったけれど、そんなことは問題ではない。空虚さは微塵もなかった。奴は熱心なオーディエンスを数少ないけれど、確実に獲得していた。あの不器用さが、彼らのLIFEには必要なのだ。それはきっと、彼らのLIFEを照らすヘッドライトなのだった。 素晴らしかった。     ついしん たとえば、この男は出会ったときから「獣のように」音楽と向き合っていた。あれほど、凄まじいリズム感を持ったニンゲンをリアム・オ・メンリィ以外に見たことがない。 こうやって新しい彼の地平がもたらされることがたまらなく嬉しい。今の彼とまた一緒に演奏してみたい。オレも自分の道をまっすぐに行かなきゃ、と思う。      

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普通の彼女

7月17日 月曜日 晴れ 「理想の女性像」みたいな陳腐な言葉で語るのはどうかと思うけど、ジェーン・バーキンはオレにとって、その言葉そのものだった。 可憐で、キュートで、飾らなくて、幾多の試練を乗り越えて、激しい恋をして、勇敢で、思いやりに溢れていて、優しい人。普通に高潔だった。 白いシャツとジーンズでステージに立って、あれほど普通に輝いているのはその人生が並大抵ではなかったからだと思う。作為なんて、若い頃にとっくに超えてきたんだろう。この頃もずっと彼女のその佇まいに憧れていて、コンバースを履いてフツーにライヴをやってみたけれど、まだまだ程遠かった。普通でいることがいちばん難しい。 生涯、一度だけ誰かにエルメスのバーキンをプレゼントするんだと思っていたけど、それもまだ果たしていない。あれを渡すやいなや、踏んづけてボコボコにして使う女性にずっと憧れてはいる。ヴィトンのスーツケースをボコボコにして使って、嫌味に見えないLifeってのもそうとう格好いいとは思う。 そういうことも含め、生きることの物差しを教えてくれ、性別を超えて憧れる不思議な人だった。今日はあえて、娘、シャルロットの歌を貼っておきます。「ひとりは去り、ひとりは残る」。深い。 ありがとう。   この映画、見たいなと思ってた矢先だった。   人として素晴らしかった。    

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楽器は生き物

7月16日 日曜日 晴れ 楽器は生き物です。 それゆえ、保管、調整がとても難しい。海沿いのこのエリアに引っ越してきてずいぶん時間が流れたけれど、この時期湿気がすごいので、最初の頃は何本もギターをダメにしました。現在は楽器を保管している場所は常にエアコンがついていて、湿度を一定に保ち、ときどきすべてのケースを開けて呼吸させています。 それでも経年とともに状態は変化します。これまでたくさんのリペアマン、名だたるリペア工房と付き合ってきたけれど、たいていはこう言われるのです。「これ以上は治せませんねぇ」。うーん。保管に気をつけて、それでも変化してしまったものは楽器としての寿命を終えたんだと思って諦めていました。 そんなある日、僕のギターテックのKが、リペアマンの上山良太くんを紹介してくれました。Kが楽器に関して語ることは全面的に信頼しています。始めに何本か修理してもらったとき、その仕事のクオリティーにのけぞりました。ザ・完璧。 僕のプロとしての仕事は「人選」です。誰にそれを任せるか、が仕事で、選んだならつべこべ言いません。リペアマンだけにはその存在がなかったからとても嬉しかったです。 なにが嬉しかったかって、彼がグレッチを得意としていたからです。グレッチは特殊なギターなので、技術はもちろんだけれど、専門的な知識が必要になります。これまで日本で一番と呼ばれていた人物にも治してもらったことがあるのだけれど、治らなかったのです。僕の老化とともにグレッチの老化も止まらない。僕は生涯あの一本のグレッチをメインギターにして生きていくつもりだったので、ほんとうに困っていたのです。 彼に預けて、戻ってきたグレッチを弾いてびびりました。完璧!任せてよかった。 それからは僕の持っているほぼすべてのエレクトリック・ギターを調整してもらいました。「治せない」と言った輩にはその技術と情熱がなかったんだということがよくわかりました。ギターたちはすべて「現役」に復帰しました。 なにがすごいって、バランスが素晴らしくよくなるのです。彼にもつべこべ言いません。任せるだけです。 旅先でよく、グレッチに出会います。それがよかったのかどうかはともかく、僕の影響で手に入れたって人も少なからずいます。ただし、きちんと調整されたグレッチに出会ったことがありません。きっと、地元の楽器屋に出してはみたけど、治らないとか、そんなことなんだろうなぁ、と。 僕のバイクもそうなんだけど。ディーラーで無茶苦茶いい加減な修理をされた、みたいな話をよく聞きます。腕のいいバイク屋はほんとうに素晴らしい。彼らが居てくれるから、オレはバイクを100%楽しんでます。 話を戻して、と。 先日、上山くんと話していて思ったのです。きっと修理できずに放置されているギターが山のようにあるに違いない。それはとても悲しい。まずはグレッチという特殊なギターがそのポテンシャルを発揮できるようになって欲しい。人生の伴侶として並走してほしい。 そう思って、僕が日本一だと思っているリペアマンの上山良太くんをみんなに紹介することにしました。ただし、いきなり紹介していろんなオーダーが殺到しても困るので、まずはグレッチに限定させてもらいます。 hw.noregrets@gmail.com 上記のアドレスにメールをください。氏名、メールアドレス、ギターの種類と状態を明記してください。緊急性を判断して、順番に上山くんの連絡先を伝えます。 って、オレは何者よ?って。わかってると思うけど、わたすが中間マージンを抜く、なんてことは100%ありません。ほんとうにギターをいい状態にしてもらいたいのと、素晴らしい技術に出会ってほしいのです。その腕は僕と僕のグレッチが保証します。 技術にともなうその金額が高いと思ったことはただの一度もないです。その仕事にくらべて金額も極めて良心的です。あとでトラブルにならないように最初にそのあたりはきちんとやりとりしてくださいね。 今日、明日連休ってことで17日いっぱいまで受けつけてみます。遠慮なく、どうぞ。   ついしん 彼は埼玉県入間市に工房を構えているのですが、できれば直接ギターを運んだ方がいいと思いますが、そのあたりもやりとりしてみてください。

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苦手な人間

7月15日 土曜日 晴れ 苦手な人間が目の前に現れるのは人生の修行なんだと思う。 軽いレベルから超ド級まで。苦笑。 揉めたり、口きかなくなったり、憎んだり、憎まれたり、達観したり。挙句、苦手な人間と極力つきあわないことを学ぶ。60年近くも生きると随分淘汰されてくる。平穏に生きるには、実質的な距離と時間を選ぶしかない。 基本的にはクソみたいな人間には近づかないこと。渦中に飛び込んで、どんなに努力しても、無理なものは無理。たいてい直感は正しい。 でもクズも超ド級のクズになると生命力が強いので、いろんな手段を使ってやってくる。これはやっかいだね。避けられない。 浴びてしまったら、相当具合が悪くなるけど、それもまた修行。負荷かけて走って、地球にアースしてもらうしかない。デトックスはなるはやで。そんでもって、悪い感情は自分のところで止めるに限る。他人に伝えると、いつか違う形で増幅されて自分に戻ってくるから。 昨日も、さすがにこれは許せないだろ、と思った。頭に血が昇って、本人に電話しようかと思ったけど、徳俵に足がひっかかってやめた。言っても無駄。奴はそういう奴なんだから。諦めではなく、距離を取れ。永遠に。2度とあのバッド・バイブスに巻き込まれるな。奴の思うツボだ。 そういうことに鍛えられるのかな。でも創作者としては牙を失ってはいけないわけで。コンパッションと牙を両立させるために、エレクトリック・ギターが必要なのかな。ジョー・ストラマーが生涯テレキャスターを弾いていたのは。元来、優しすぎる人だから、自身を奮い立たせるために、あの尖った音が必要だったんだと、オレは思う。

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飛ぶ

7月14日 金曜日 曇り 阿蘇に有名な峰があるのです。山の家から毎日そこまでひーひー言いながら走ってるのですが。なにがすごいって、行きは100%上り、帰りは100%下り。これはなかなか足にきます。高低差300メートルくらいかな。 よく晴れた日にそこから飛んでる人を見かけます。パラグライダーとハンググライダーだと思うんだけど、密かに指をくわえて羨望の眼差しで見てたんだけど、あれはむっちゃ楽しそうだなぁ。やってみたいなぁ。 あれはかなり鳥になれると思うんだよね。まずはタンデムで素人でも飛べるみたいだから、やってみようかなぁ。      

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苦しかったときに

7月13日 木曜日 曇り   苦しかったことは、、、、あったよ。数度ね。ほんとうにもうダメだと思ったのは片手で数えられるくらい。前後で価値観がまるで変わってしまうくらいのこと。世界が違う色に見えてしまうこと。  どうしてこんなことを書くかと言えば。それでもこの世界は生きるに値すると思うから。  なぜ、そうなったかは墓場まで持っていくとして、とにかくオレは堕ちた。ほぼ地獄まで。世界とオレを繋いでいるのは一本の細い糸だけ。  そんなとき、ソファーの上で身動きできない状態のオレに、心配して外国から飛んできた人物がこう言ったのね。たった3文字。  「は・し・れ!」。  この人はなにを言ってるんだろうと思ったが、どうせこのまま尸になるのなら、その前に、一回だけやってみるか、と。無理に起き出して、家の前を全力で走ってみた。するとどうだろう。体力も弱っていたし、走ることのキツさゆえ、こころのしんどさから「一瞬」だけ解放されることに気づいた。笑。それからは無茶苦茶に走り続けた。両足の爪がほとんど剥げるくらいに。走っているときだけは身体はキツくても、こころが楽になるから。  そうやってくる日もくる日も走り続けた。そうするしかなかった。  気がつくと、自主的に42.195キロを走っていた。4時間ちょっとだったか。だから、その日から半年くらい経過したときに、フルマラソンに出てみた。3時間40分くらいで完走。達成感ゼロ。ゴールして感激している人を見て、違和感しかなかった。マラソンは頭を使うスポーツ。限りある資源をどう均等に割り振って使い切るか。人生と同じ。オレはその半年間で、自分のポテンシャルを知っていた。何度か低血糖になって、どこまで行くと壊れるかも知っていた。  30キロまで自分のペースを守って、そこからゴボウ抜き。ああ、オレはもう大丈夫かも、と思った。  家に帰って、件の「は・し・れ!」と言った人物に連絡。オレは3時間40分くらいで走ったよ、もう大丈夫だと思う、ありがとう、と。それを聞いて彼はこう言った。「そんなに走れとは言っとらん!」、と。笑。  オレは集団で走ってるのが好きになれなかった。一人がいい。あれって、旧車のおじさん暴走族とあんまり変わらない気がした。これはオレの一方的な解釈ね。誤解なきよう。だから、レースはこの一回限り。  それよりも、未来の自分のために走り続ける方が遥かに難しい。漠然とした目標の方が難しくてやりがいがあって、自分を試されるから。Lifeは文化祭じゃない。  なにが言いたいかって。  常々書いているように、善きことを宇宙に向けて放っていたら、ピンチのときには誰かがどこからか助けに来てくれる(ことがある)。少なくともオレはいつもそうだった。見ず知らずの番号から電話がかかってきて助けられたこともある。  こころがダメなときは肉体がそれを引き上げてくれる。その逆もまたそう。そのバランスが取れているのがベストだけれど、ニンゲンである以上、いろんなことがあって、バランスが崩れるのがまたLife。崩れたときには逆の存在がそれを支えてくれるから。  Lifeは奇蹟に満ちた場所だから。今度はオレが誰かに「は・し・れ!」っていう番。そう思って生きてます。   ついしん  水やり装置にアイデアありがとう!まずは器具を買って、いろいろ試してみようと思います。

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植物と水

7月12日 水曜日 晴れ   不在がちなミュージシャンの目下の悩み。  旅に出たときに植物たちにどうやって水をやるか。  もちろん町の者に頼めばいいんだけど、丘の上にあるうちまで毎日来てもらうのも申し訳なく。植物なんだから、自然に任せておけばいいって、さんざんオレがスポイルして、過保護で育ててきたからして、今さら野生で生きていけるわけもなく。おまけに台風が来ると丘の上ゆえ、ものすごい風が吹くのです。去年は外に出していた鉢は半分くらいやられちゃったもんな、、、。  思い返せば、若い頃はなにを育てても枯らしていたのに、ようやく植物の声を聞くことができるようになって、今や過保護。なかなか程よくってところが難しいのでございます。  で、調べたならあったのです。「自動水やりシステム」。蛇口にタイマーを仕込んで、給水時間をコントロール。散水する先っぽで量をコントロール。蛇口を分岐させてタイマーを複数使うことで、植物による給水時間の変更も可能!これで、風で飛ばないようにしておけば、ひとつき不在にしても枯れないかも!  そりゃそうだよね。ビニールハウスの農家のみなさんとか、こういうシステムないとやってらんないもんね。いやー、びっくりしたなぁ。今日はこれから歯医者なんだけど、帰りにホームセンターに寄って、どういうシステムがいいのかまずは情報収集。  問題は外の蛇口がガレージ(一階)にしかなく、植物たちは二階部分の庭や三階部分にあるってこと、、。水圧だけでいけるのだろうか。ってなんのblogなんだか。  農家のみなさん。きっとそういうことに詳しいと思うので、御指南くださいプリーズ。

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