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“Unknown Pleasures” HEATWAVE
2022.3.18 Release
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2020.6 Release
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2019.11 ReleaseOfficial Bootleg #007 “THE FIRST TRINITY” 181222 HEATWAVE
2019.5. Release日本のあちこちにYOUR SONGSを届けにいく 2018 山口洋
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月別アーカイブ: 3月 2026
理解
3月31日 火曜日 雨 宮本常一さんが昭和初期に自分の足でJAPANを記録した本。すこぶる刺激的。自分が物心ついたときには、この国は高度成長に舵を切っていたから(例の三種の神器のころかな)体験できなかったJAPANの善き風習を追体験している感じ。 大戦で世界中、相当に傷ついていたはずだから、物心両面に於ける焦土からの復興という意味では、世界的に似た状況だったのかも。小さい頃の写真は時代の「成長感」よりも「戦後感」の方が顕著だしね。 そんな意味で言えば、80年周期で世界に巨大なエゴまみれのアホがあちこちに出現し、戦争を起こそうとするのは、ニンゲンの本質かつ、語り部が死滅するタイミングでそうなるのかも、と仮説を立てたくなる。トランプは言うに及ばず、高市はすさまじく酷い。60年も生きてると政治家がどれだけ酷いか、嫌というくらい見てきたけれど、史上最高に酷い。あいつは国民を殺しかねないけれど、あの巨大かつ薄っぺらいエゴを選んだのは自分たちの浅はかさだってことを忘れてはいけない。 だから、個人攻撃ではなく、高市のことは書き続ける。本当的に奴が危険だと感じているから。 話を戻す。宮本さんによると。 かつて日本の田舎や離島には、問題をとことんまで話し合う風習があった、と。そのとことん具合が半端なくて、数時間じゃないんだよ。数日。紛糾して結論がでなくても村人全員が納得するまで時間をかけて。 現代ではあり得ない。でも村人の構成員ひとりひとりがその経験を積み重ねていたなら、簡単に他者を殺めたり、征服したりする発想になりようがない。その村で慎ましく生きていくには、他者との差異を骨身に沁みるまで理解して、思いやり、かなりの忍耐を許容するしかなかったのだと。 その文章を読んで、ものすごく思い当たるフシがあった。自分の血の中にもそれがある。どんなに理解不能な人物でも、なんとか理解しようとして、結局ズタズタに切り裂かれる。そんな経験を山ほどしてきたから。 オレはハーレーで旅をして、これを現代風にアレンジできないかと考える。 たとえば。どうしても分かり合えない存在。オレにも割といるよ。人間だもの(笑うとこです)。 でも追いかけても、理解しようとしても、どうにもならないことがある。他人が介在している以上、どうにもならないのだ。他人なんだし。 では、分岐点はどこにあるか。死ぬときに、このままで後悔しないかどうか。後悔しないのなら、もう時間の流れにすべてを任せる。後悔すると感じる関係でも、ある程度は時間に任せる。何度も頭をよぎるようなら、それが今なのかどうかを考える。関係の真ん中に「宇宙」(空でもいい)が介在していることを忘れないように。そうすれば、必ずその時はくる。自分が死ななければね。たいせつなことは「empty」。空っぽならそれはなされる。それを書いた。 理解できないことは理解の一部だとこの頃思えるんだよね。あながち間違ってはいないと思う。 関係ないけど。 日々モノクロで切り取ること。それもまた忘れていた経験。寝る前に、今日撮影したものを見てみると、すでに忘却の彼方にあることがたくさんある。日々は輝きに満ちている。それを忘れさせ麻痺させるのが現代の暮らし。特にネットとSNSとスマホ。ご同輩も気をつけられたし。 自分の日々にある「瞬間」の方がはるかにプレシャスだよ。 カメラの中にある写真は即座にネットにアップできないのが、それがまたいい。
自分の足で
3月30日 月曜日 晴れ 昭和初期に自分の足で日本の辺境を旅し、失われてゆく暮らしを書き残し、写真に収めた宮本常一さんの本を読んでいます。 こういうことがやりたかったのかもしれん、と。民俗学。 とかく人は自分のことしか考えない。失われていくものが多すぎる。福岡の街を見ていて特にそう思います。ほんとに市長が酷すぎる。 慎ましく生きる人たちが自然と「循環」の中にいる姿に思うことが山のようにあるのです。 普段、あたりまえのようにiPhoneで写真を撮るようになってしまったけれど。あれだけ写真を撮ることが好きだったのに、写真家を目指したことすらあるのに、ちっともときめかなくなってしまった。 たぶん、その行為は自分にとって写真を撮ることではないのです。SNSのいいねって「どうでもいいね」ってことで、承認欲求が満たされて、消費されて消えていくだけ。 もう一度向き合ってみたくなったのです。 安い広角レンズを買って、モノクロで日々を切り取ってみる。忘れてたことをだんだん思い出してくる。悪くないです。 ハーレーが帰ってきたら。カメラを抱えて、令和の宮本常一になって旅ができたらな、と夢想するのです。 この凄まじいメンツのアルバムを紹介しておきます。僕のアナログ盤には昨日書いた僕らの番組に遊びに来てくれたケヴィン・エアーズのサインが入っています。
私的John Cale考
3月29日 日曜日 晴れ 若かりし頃、とてつもなく影響を受けた彼を紹介できることを嬉しく思います。 あくまでも彼の奥深さの入り口として。刺さったら、そこから先は自分で深堀りしてください。 福岡でアマチュアにも関わらずラジオ番組を持たせてもらっていて。オープニングのテーマ曲はこの曲でした。88年ごろ。僕は24歳、圭一は22歳。ふたりともJohn Caleが大好きでした。一聴するとデヴィット・バーンみたいですが、彼ほど頭で音楽をやっていない塩梅が最高に好きです。この曲は歌詞も好き。耳をすませば簡単な英語なので、聞き取れると思います。 Satellite Walk 1985 Velvet Undergroundにおける彼の功績はルー・リードが書いたシンプルな名曲に彼が繊細な狂気を付け加えたところにあると思います。このヴィオラの素晴らしさをぜひ。1967年。 Venus In Furs 1967 昨日、お伝えしました。初めてのソロ作品、Vintage Violence(1970)からBig White Cloud。 Big White Cloud 1970 アルバム「FEAR」から。「Fear Is A Man’s Best Friend」という曲が収録されてまして、このアルバム全体が「NO FEAR」に与えた影響は書くまでもありません。僕のNY時代は頭の中にいつも「Fear Is A Man’s Best Friend」という言葉がありました。 John … 続きを読む
Vintage Violence
3月28日 土曜日 晴れ John Cale、響かなかった? 振り返ってみると、彼の音楽を熱心に勧めたことは、たぶん一度もなかったかも。その才能の幅が広すぎて、端的に彼の魅力を伝えるのはとても難しいから。彼の振り幅はとんでもないから。アンビエントから狂ったロックンロールまで。内省から攻撃まで。たしかに一面的に言えば捉えどころがない。 この長い人生の中でも彼の音楽を好きだって人物に3人くらいしか会ったことがない。記憶が正しければ、一人はドクターだったな。笑。 でもね。ほんとうにものすごい才能なんだって。いつも書いてるけど、メジャーなものがすべてじゃない。それってマネージメントと出世欲の差だったりするのよ。ひっかかった人がいれば、すべてのアルバムを持っているわたくしがJohn Cale入門編をやるのはやぶさかじゃないです。でも、徒労に終わるのは避けたい。反応ないのは疲れるもん。 地球上に一人でもね、彼の音楽を聴いて救われる人がいたら、やろうと思うのです。どうしてって、若い頃の自分がそうだったから。「Artifical Intelligence(人工知能)」が世界を席巻しつつある今。41年前にそれを予見していた彼の音楽が(たぶん3周目くらい)ふたたびオレを強く励ます日がくるとはね。 1曲だけ貼っておきます。たくさん名曲あれど、これが一番好きだしわかりやすいかも。初めてのソロアルバム、タイトルが「Vintage Violence」、1970年。まず、そのタイトルに撃ち抜かれ、ジャケットに撃ち抜かれ、そして曲の柔らかなヴァイオレンスに撃ち抜かれた。 Big White Cloud / John Cale from “Vintage Violence”(1970) 影響を受けやすいオレはすぐさま「君にヴァイオレンス」って曲を書いた(はず)。こうやって音源化されてない曲って、全部埋もれていくんだね。今更ながら。あ、「独り」って曲を覚えておいてくれた君、ありがとう。たしかそんな曲だった。笑 激しいのがロックかって?いやいや、ぜんぜんそうじゃないし。弱い犬ほど吠えるのに似てるよ。 少し時間に余裕があると、いろんなことを考えます。いい意味でね。気づいたことがたくさんある。おいおい伝えていきます。体調、おかげさまでずいぶん回復してきました。
AIの後に残るもの
3月26日 木曜日 晴れ なにもしないで静養することに決めたから、時間だけはたくあんあった。だから考えた。 AIと人類は共生できるのか、あるいは駆逐されるのか。 そもそもAIがなんの略なのか、ちゃんと言える人の方が少ないと思う。オレは遡ること41年前、21歳。1985年からその言葉を知っている。敬愛する異才、John Caleがその名も「Artifical Intelligence(人工知能)」という名盤をリリースしたから。彼の音楽はいつだって素晴らしいんだけれど、リアルタイムで受け取ったこのアルバムはひときわグッときた。 たぶん、その時代から彼は予見していたんだと思う。特に「Dying on the vine」という曲が好きで、ものすごく影響を受けた。「Artifical Intelligence(人工知能)」の意味、わかると思うよ。そしてその延長線上で「独り」という曲を書いた。その曲をデビューアルバムに収録しようとしたのだけれど、当時の事務所の社長の猛反対にあって収録されなかった。振り返ると、彼には音楽のセンスがなかったから、オレが中央突破すればよかったのに。録音も歌詞も残っていないから、その曲をもはや再現するのは難しいけれど、とってもいい曲だった。 AIは人類になにをもたらすのか?戦々恐々とする必要はどこにもないと思う。ハンディーがある人たちには素晴らしいツールになるだろうし、我々だって時間を有効に使えるようになるだろう。ただしインターネットやSNSと同じで、どう使うかが問題なんであって、一定数の人間はAIに使われてしまうだろう。 世界にある3分の1くらいの仕事は消滅するだろう。高速道路の料金所のおじさんのように。推移して落ち着くまでの間は失業した人にとっても、世界にとっても混乱は続くだろう。でもオレはこう思う。今の産油国が「金銭的、財政的には」豊かであるように、AIが人間の代わりを務めることで生産性はあがり、利益もあがり、一見豊かっぽい世界にはなるだろう。 ただし、思うに、人間が生きていく力とは「誰かの役に立っている」という実感だと思うから、精神的に廃人のような人間も増えるだろう。 なにをもって幸福と呼ぶのかオレにはわからない。でも、その世界が自分にとって幸福かと問われるなら、応えは当然、否になる。 生まれてここまで。徹底的な体験主義で生きてきた。体験していないことは信用しない。そんな意味ではたとえば手術ロボットがいたとして。その体験を瞬時に同じロボットと共有できるって意味では凄腕の外科医を育てるよりは遥かに有益で、手っ取り早いけど。 経験って、それだけではない。患者ひとりひとりの背景、メンタリティー、存在意義、エトセトラ。いろんなことが絡んでくる。病は気からってところはAIには判断できない。だって、人生の経験がないから。 みんなも経験あると思う。ナビに頼りだした瞬間、道を覚えなくなる。ゆえ普段からなるべく使わない。バイクに乗る時は特にね。体験を擬似にしてしまうのはあまりにもったいない。 行ったのか、行かされたのか。流れたのか、流されたのか。 その違いはこうなってくるとあまりにも大きい。
ひねくれ方の角度
3月26日 木曜日 雨 雨の木曜日。引き続き体調不良。 ラジオからThe Cureが流れてくる。ロバート・スミスの容姿や言動に憧れたことはない。でも、彼が創る音楽はかなりの確率で胸に響いてくる。けっして深遠な音楽ではないし、演奏技術に長けているバンドでもない。でもその音は到達してくる。 これは悪口ではないから。 トッド・ラングレンが来日していて。彼の素晴らしさはオレなりに理解してるつもりなんだけれど、トッドやXTC(一緒くたにしてすいません)の音楽がこころの深いところに到達したことはない。 なにが違うんだろう。 たぶん、ひねくれ方の角度。オレも十分にひねくれてると思うけど、どっちかというとロバート・スミスのそれに近い気がする。ねじれてるけど起立を目指してる響き。一人でスピリットと向き合った音、というか。 って考察になってないか。 あとは自分で創るだけなのかな。 ところで。 ガレージにクルマとバイクがないのは辛い。クルマは保険問題で先行き不透明。バイクは長めの車検。ヴェスパはあるけど、隣町に行くのが精一杯。 自分の意思で流れる者として、それらは「馬」に近いものだから。なんだか足をもがれたバッタみたいな気分。冴えない。 去年の8月のライヴのミキシングをしてる。バラバラな個性が一瞬のうちに生み出すロックンロールのマジックが確かにある。これはすごいな。映像を撮ることも考えたけれど、音しか残っていないのが、いいとオレは思う。発表するかどうかもわからないけれど、これは歴史的なこととして、まずはまとめることにする。行き先はおのずと見えてくるだろう。
その街
3月25日 水曜日 雨 春の抜け殻。 約束があってヴェスパのタイヤを交換に行った以外、自分の身体からなんの気力も湧いてこない珍しい日。こういうときは野生の動物を見習ってじっとしているに限るのかな。多分。物事がいい方向に動くためにも、じっとしていた方がいいときがあるんだと、この頃思います。オレもニンゲンだし、これ以上頑張れないときがあるのは仕方ない。 閑話休題。 残念ながら冬の小樽を体験できなかったんだけど、今年も小樽、しかも「おたる潮まつり」の時期にいることができるなんてね。昨年、その街に滞在していた間に「Mr. OUTSIDE」を完成させるための多大なインスピレーションを受け取りました。それはある種の「使命感」に近いものでした。その後、屋久島を訪ねてヴィジュアルのインスピレーションを受け取ってアルバムは完成しました。このふたつの旅はとっても大きかった。てか、行かなかったならアルバムはまったく違う形になっていたか、完成しなかったか。 人々の想いって、オレにはロケットの推進力みたいなものなのです。 アルバムに多大なインスピレーションを与えてくれた長谷川さん。7周忌に彼の故郷でその遺志を継いでくれる人たちがいてくれたこと。どれだけ嬉しかったことか。僕もね。そういうことをやろうとしてたけど、コロナで木っ端微塵に。たいせつなことを忘れずに伝えるって、書けばこれだけだけれど、なかなかできることじゃないんです。この小樽のあっつい人たち。その想いをぜひ体験して、それぞれのLIFEに役立ててくれたら嬉しいのです。 まずは読んでみてください。 この街はね。うちのおかんが好きで、一緒に訪れたことがあります。ふたりして、伊藤整が好きだったから。なので、某NHKのドキュメントで密着されたこともある。でも、地元のあっつい人たちがいると、見えてくるものがまるで違うのです。その歴史も含めて。 ミュージシャン稼業をやらせてもらって、アナーキーなやり方を確立して、各地、ネイティヴな人たちと関わるようになって。ひとつひとつがJAPANをほんとうの意味で知るためのプレシャスな経験でした。それらを列島のように繋いでいくのが、僕ら旅カラスの存在意義なんだと思います。 自分の利益だけかっさらっていく輩に旅人の資格はない、といつも思うのです。その街からなにかを受け取るのなら、その街になにかを残していかなければ。たとえ、しこりのようなものだったとしても。
なかなかな三月
3月24日 火曜日 晴れ なかなかな三月だったな、というのが偽らざる感想です。まだ終わってないけど。笑。 LIFEは紙一重のところで推移していて、一瞬の判断の迷いが運命を分ける。でも、ガーディアン・エンジェルってものも確かに存在していて、日々何を宇宙に放射しているのか。結局、それがいちばんの問題なんだな、と思います。 てなわけで、故郷から帰ってきました。抜け殻になってともだちの家で爆睡している写真を見て、結局全力かい!と呆れつつ。
You’ve got a friend
3月23日 月曜日 晴れ 中学時代のともだちって、えっと、何年前の話? 半世紀前だよ!笑 でもね。会えば一瞬でその時に戻る。とってもプレシャスな関係。もう3人が鬼籍に入ったしね。 もつ鍋に関しては言いたいことが山ほどあるけど、それはまたいずれね。あれはおしゃれな食べ物じゃない。半島から強制的に連れて来られて、炭鉱で働かされた人たち。栄養のあるものを食べさせてたくて、日本人が棄てた臓物を氷水で洗ってオモニたちが食べさせたのが起源。だから、ソウルフードなんだよ。 福岡市箱崎に、そんなすげーもつを売ってる店があってね。同級生がすべて手はずを整えてくれてオレたちのもつ鍋会。 楽しかったよ!もう損も得もないからね。みんな元気でいてくれたら、それがいい。 あとね。横浜セッションに続いて、福岡でもセッションできたらな、と思ってます。 それから、仕方がないんだけど、公演を延期するということは、バンドにとっては致命的な負荷がかかることでもあるんです。もはや、そういうことやせ我慢することでもないと思います。危機なんだし。すべては残りの公演にたくさんオーディエンスが来てくれれば解決することなのですが、ここはひとつ応援していただけると、ほんとうに嬉しいです。 僕らはクラウドファウンディングという言葉がないころから「ニューアルバムプロジェクト」みたいなことを先駆けとしてやってきましたが、今回は「HW応援チケット」的なものを作ってみようかとスタッフと話し合っています。生きてるとほんとにいろいろありますが、ここはにゃんとか難局を乗り切って、唯一無二のバンドサウンドを届けたいと思っています。 応援よろしゅう! ライブのアーカイブスって望まれてるのはわかってるけど。八百屋さんがタダで野菜を配らないじゃないですか。それと同じことです。今回はライヴの延期で、みんなをがっかりさせたから、オレができることをやりたかった。で、せっかくチャレンジングなことをやったから、インスタで中継した。 オレとしては支えてくれているファンに誠実であることが唯一のプロモーションだと思っています。だから、何かが伝わったなら、チケットを買ってライヴに足を運んでくれるとそれがいちばん嬉しいのです。
福岡にて
3月22日 日曜日 晴れ やってしまったことを後悔しても始まらないんだけど、ずいぶんチャレンジングなことをやっちまったな、とは思います。 新しい曲たちを曲順通りに演奏するってのはやってみるとぜんぜん簡単じゃなかった。でも、その曲たちの意味があたらめて身に沁みたって意味ではやってよかったな、と。 協力してくれたみなさん、来てくれた人たち。ほんとうにありがとう。 でも、思いがけずクルマのことなどで、みんなに心配かけてたこと思い知りました。申し訳ない。そんでもって、喉のこともあってしばらく禁酒してたので、故郷の酒は沁みて、酔っ払って、携帯失くしました。すいません!たぶんどこかから出てくるでしょう。 関係各位、連絡できずすいません。元気に生きてます。 ついしん ベッドの下で発見しました!笑 アルバムね。53分だからスタッフに今日のライヴは1時間くらいだよって。楽屋に帰ってきたら1時間50分。なんで、そんなにクドいん? なわけでアーカイブスも残しませんでした。ちょっといろいろやりすぎたかな、と反省してます。でもね、ライヴが延期になって、みんなに本当に申し訳ない、と。沖縄とか、東京とか、ほんとうに遠方から来てくれてる人がこんなにいたんだって。なので、やってよかったとは思うんです。でも、ちょっとミステリアスな方がいいと思うんで、インスタライヴ「音楽をどうやって創るか」ってのは未遂のままですが、これで終わりにしようか、とは思っています。