月別アーカイブ: 8月 2025

Recording day#055

8月31日 日曜日 晴れ 2025年もとっくに後半戦に突入していたことにさっき気づいた私です。3分の2終わっとるやん!でもまぁ、今年はほんとうに全力で走ってきたので、いつもに増して後悔はありません。 レコーディングは無限ミキシングに突入しております。まだ「あ、この音入れた方がいいな」と思うことがあるので、完全にミキシングのみではないけれど、ほぼ、ミックスをしている状態です。昨日も書いたけれど、完全な作品を目指さないってのが今回のテーマです。でも、またぜんぜん頂きは見えません。 ほんとうはエンジニアに丸投げして、オレはソファーにふんぞり返ってるってのが一番楽なパターンなんだけど、にゃんと言ってもここが一番、オレが頑張ればコストを削減できる場面でもあるわけだし、理想の音を求めてエンドレスな旅に出るのです。 物欲はほぼないんだけれど、自分が好きなように音楽を創ることができる「環境」は欲しています。いつも楽器がセットアップしてあって(特にドラム)、アイデアが湧いてきたらパッと録音できる環境。んなもん、実現しないうちに身体が動かなくなるのだけは避けたいっすね。 どこかに適した場所はないのか、ずっと探しながら旅をしています。かつて蔵王の山の中に朽ちた牛小屋があって、かなりイメージに近くてgoする寸前まで行ったんだけどなぁ。じゃぁ、自分で建てるってのはアリなのか、とyoutubeを見てるんだけど、これはオレには向いてないな。手抜き工事間違いなし。笑 もうすぐハートランドに還ります。結局、なんだかんだで数週間しか滞在できないけれど、山の男になって、働いて、焚き火して、走って、登って、バイクに乗って、昼間はミキシングに没頭。新しいアルバムにネイチャーの要素を加えたいと思っています。

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Recording day#054

8月30日 土曜日 晴れ 完膚なき作品を完成させることに疑問を感じるようになりました。 これって魚さんの影響も大きくて、こう見えてオレは完璧なものを創ろうとするタイプなのです。そこに歯止めをかけてくれるのが彼の存在。いい意味でね。 このトリオはもともとベースが不在。資金が乏しいこともあるけれど、その「レス」な部分に可能性を見出すことによって、みんなに希望を感じてほしかったりする。ってことは必要以上に僕がベースを加えたりすると、得るものもあるけれど、失うものも多い。途端に安定感は増すけれど、バンド感が失われる。 それゆえ、不安定ゆえの安定という甚だ難しい落としどころにチャレンジしておるわけです。その塩梅が難しい。いちばんの悩みどころかな。昨日取り組んでいた曲もベースを入れないことによって、風通しが良くなった気がしています。定食でいう「おしんこ」みたいな。そんな曲だって必要。 ところで アムステルダムにあるゴッホ美術館が存続の危機を迎えているそうです。主に経営的な意味において。 ゴッホには多大な影響を受けてきました。それゆえ、大部分の彼の作品を見ることができるゴッホ美術館にはどうしても行ってみたかった。30代の頃だったか、ようやくそれが叶いました。アムスはね、とってもいい街です。アートに優しい。 年代順に並んだ作品群を見ていて、ある一年間のパートで足が動かなくなった。なんだか訳がわからないまま、こころの一番深いところが揺り動かされて涙が止まらなくなった。こんな経験は初めてです。ゴッホの筆致が平面を超えて自分のこころと身体をぐわんぐわんに揺り動かすのです。 生涯苦しみの中にいたゴッホがいちばん苦しんでいた時期に描かれたものでした。 いったいどれだけの苦悩の中にいたのか、、、。それを作品に昇華させる彼の気持ちはいかほどのものだったのか、、、、。どれだけ描いてもまったく評価されないことへの絶望、、、。 あの絵を見て、こころが動かされない意味が僕には理解できなかったのです。 かようにアートは誰かを救うことがあります。あのとき、僕もまた評価されていなかったけれど、そんなことはどうでもいいのだ、と強く励まされました。それでも自分の道を行くかどうか、だけなのです。他人の評価なんて、どうでもいいのです。いつだって無責任極まりないのだから。 逆に言えば、そのときにたったひとりだけ激賞してくれた人、長谷川博一さんのような人、は永遠に忘れません。 前にも書いたけれど、佐野元春さんにプロデュースの本質はなんですか?と。「励ますことだよ!」。そして「境は超えていくのではなく、ぼかしていくんだよ」。 それらの忘れ難い言葉たち、ゴッホの筆致。僕のポーラースターなのです。 永遠に北の空の真ん中あたりで輝いている。 願わくば、自分のそんな人間でありたいと思っています。

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Recording day#053、人の夢を笑うな!

8月29日 金曜日 晴れ 人の夢を笑う奴が嫌いだ。 その人がどんな夢を持とうが、自由。 オレの夢?それは秘密。でも、いちばん遠い夢だから、生きてる限り墜えることはない。 ところで、ブラザーからとつぜん時計を贈られた。 オレはイージーライダーに感化されて育ったから、時計は一生しないものだと思ってた。時計って管理社会の象徴で、キャプテン・アメリカが旅を始めるときに、まず路上に捨てるんだよね。それが田舎の少年にはたまらなく格好良く見えたから。 でも、受け取った時計にはね、彼の壮大な夢そのものが刻まれていた。一緒に、彼の苦闘の20年を記した本も受け取った。彼のことは十分に知っているつもりだったけれど、その道のりたるや想像の10倍くらい険しかったことを知って、マジで胸が熱くなった。どえらい男だよ。 その夢はね、かつて江ノ島に生息していたタツノオトシゴを戻すこと。そのためにファンキーに海をきれいにする。それをなにがあっても続けること。愚直、愚鈍。なんでもいい。でもなんと言われようともその想いを貫いていることは素晴らしい。まぁ、オレがくどくど書くより見てください。誰もこんなアホなことできないから。だいいち、彼は一銭も儲けていないわけだから。 オレが福島のことに本気で関わって、苦しんでたとき。人って生き物があまりに酷すぎて奈落の底まで落ち込んでたとき。 「ヒロシさん、江ノ島の温泉にでも行って、休んでください」と彼が言う。優しい男だな、と思って温泉に行ったら、マブダチの長崎在住のヒロシがそこに裸で佇んでいる。奇遇にも程があるだろ(オレは信じてる人間をまるで疑わない)!。次にしらす丼を食いに行ったら、そこで福島の可愛がってるシンガーが働いてる。奇遇にも程があるだろ!(まだ疑わない)。最後にいつもの店が貸し切られて、友人たちで溢れかえってるのを見て、ようやくオレも気づいた。「ヒロシ・わっしょいの会」、つまりオレを励ますための壮大な企みだった。あはは。バカだねぇ。 涙出たね。 人を傷つけるのも人、励ますのも人。どうせ生きるのなら後者の方がいいに決まってる。 で、ここには書けないようなひっどいことがあってね。ブラザーとはしばらく疎遠になってた。 ある日、江ノ島を散歩していたら、彼はまだ「ゴミ拾い」を主催していた。オレが知っていた頃より、規模がとんでもなくデカくなっていた。 ほんとにこいつはやるんだな。ちょっとぐっと来て、本物の兄弟よりも、ブラザーだと思った。 それゆえ、久しぶりに彼の魂胆(失礼)にのっかってみることにした。だいたい想いが強すぎて空回りしてるのを知っていたから、オレ自身が被害者(笑)になって、ここはこうした方がいいんじゃないって伝えられると思ったから。 その魂胆は湘南在住のミュージシャンたち、TUBEの角野さん、プリンセスプリンセスの富田さん、それに若い鍵盤奏者とオレを加えてバンドを作って湘南の浜辺で能登や福島のブラスバンド、それにシンガーたちと音楽を奏でるっつー、相変わらず無軌道が暴走しているような企画。書けばこれだけ、だけど、音楽はほんの一部。力士たちが子供と相撲をしていたり、障がい者に優しかったり、フラダンスがあったり、とにかくどえらくてんこ盛り。もちろん無料! むろん受けたからには真剣に取り組んだよ。TUBEの曲も、プリプリの曲も本気で弾いたよ。得難い経験だったよ。音楽やってる仲間にジャンルなんて関係ないからね。最後に江ノ島の入り口のラーメン屋でみんなとしこたま飲んだよ。 で、彼にはこう伝えた。 「君の理念はいつだって素晴らしい!でもね、たとえばとんかつ定食に例えるなら、お盆の上にとんかつとキャベツ、ご飯に味噌汁におしんこ、最後にからしがあるから定食なんであって、君の情熱はむっちゃ理解できるけど、ぜんぶとんかつだったらお腹いっぱいになるじゃん」って。 でもね。こういうところも含めて、好きなんだよね。名前は純一郎なんだけど、ある時期ルー・大柴さんと一緒に会ってたことがあって、彼に「ピュア一郎」って呼ばれてた。ナイス・ネーミング!ほんとにそのままなんだよ。ははは。 オレは夢を語る彼が大好きで、それって震災のときにでっかい夢を語ってくれた加山雄三さんとまったく同じなんだよね。レベルもビジョンも。 だから、彼の夢が実現することはオレの夢でもあるんだ。時計をバイクに乗って持っていって、江ノ島の前で装着。生涯、時計はこれひとつで。 人の夢を笑う奴が嫌い。そんな暇があったら、応援したい。 若いミュージシャンがこれから決死の想いで日本中をツアーするんだと。なんで、オレが彼に伝えたいのはたったひとつだけ。   お前が何をしてもらうか、じゃなく。お前が誰かに何をできるか、だけなんだよ。 自分が楽して、得することばっかり考えるんじゃねーよ。いくつになってもそれがわからない奴が多すぎる。 みんなもゴミ拾いでピュア一郎に会いに行ってみなよ。こころ洗われるよ。腐ってないで、あんな風に燃えてみなよ。オレのブラザーなんだよ、よろしくね!    

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Recording day#052

8月28日 木曜日 晴れ どういうわけか61歳まで生き残った。 こんなに生きてるはずじゃぜんぜんなかったけど、この頃生きてることは悪くない、と思うようになった。てか、生かされてるいることは悪くない、の方が感覚的には正しいかな。笑。 たかがロックミュージックとはいえ。音楽である限り、それは深遠極まりなくて、まったくどこにも辿り着かない。そんな実感もない。 ただ、経験という財産がある。無駄に人生をかけて、続けてきたわけじゃない。人を見抜く力もある。ダテに騙されてきたわけでもない。メソッドなんかなくても、物事がこれからどう動くのか。それは感覚でわかる。 そんな意味で言えば、可能性はいつだって無限大であることは間違いない。 バカなのか?左様、バカなのは間違いないけど、そういう励まし方だってあると思う。 あの人がこう言った、同じことに関して違うあの人はこう言った。そんなものばかりが流れてくる。まったく気にしないのは、それが経験じゃないから。机上ではなく、それは「ネットの空論」。だいたいしたり顔で知ったようなことをいう奴にロクな人間はいない。 元気じゃなきゃ、なんにもできない。でも、健康ばかりを気にしてると、健康に毒されてくる。あれは食べない方がいい、これを食べた方がいい。したり顔で知ったようなことをいう奴にロクな人間はいない、アゲイン。いやいや、んなもん、時代とともに変わっていくよ。そんなことより、自分の感覚と経験を大事にした方がいい。 死ぬ時は死ぬんだから、健康診断みたいなことも数十年やっていない。意外に数値にビビったりするからね。だから、そんなものは知らなくていい。 自分の経験で知り得たことを、伝えていきたいと思う。 日々、音楽を創っていて、素晴らしいと思うのは、そこに明確な答えも終わりもないこと。最後は強く自分を信じるしかないこと。それに甚だ鍛えられるんだと思う。 あとね。まぁオレにこんなこと伝えてなんの意味があんの?みたいなメールがよく来る。おかげさまで慣れたよ。気分は悪いけど。それも時代だから受け流す。はっきりと伝えておくけど、他人に自分の欲求不満をぶつけるのはエネルギーと時間の無駄だよ。    

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Recording day#051

8月27日 水曜日 晴れ この時代のレコーディングって、スタジオでバンドの音を録り終えたなら、あとはほぼ孤独な闘いなので、意地と情熱だけが自分を支えます。そこにしがみついてるとも言えるかな。笑。 でも、なんだろう、このブ厚い氷を必ず砕いて、南極点に到達してやる、みたいな砕氷船フィーリングが常にありまして、我々を苦しめるサブスクからも逆説的なエネルギーを得ています。その力の源は若い頃にジョー・ストラマーが僕に与えてくれたものです。 もはや音楽がほぼ無料化して、聴き放題になっていく流れに逆いようがないんだけれど、僕らは音楽のほんとうの意味を知っているわけで、他とは違う、オーディエンスが渇望してくれるような「価値」を見いだせれば、道は拓けるとアホみたいに信じているのです。 そんな意味ではド平日に開催された先日の2daysはスタッフまで含めた僕らにとっても、むっちゃエネルギーを与えてくれました。感謝しています。ギミックのないライヴパフォーマンスは死なないという意地です。音楽の価値を取り戻したいのです。そんなに安っぽいもんじゃない。特殊効果もなにも要らない。最小人数の人力だけでどこまで到達できるか。スカスカな音楽で、どこまで想像してもらえるか。すべての説明を排除して、全力で挑む価値のあることだと思っています。 なによりも、自分自身が創っているものに励まされなければ、と思います。 この数ヶ月、某国のラジオではなく、深堀りしたいCDがアルバム単位で24時間鳴り続けています。このひと月ほどは細野晴臣さん。小樽で、今更ながら細野さんの凄さを教えられ、これまでも無論聴いていましたが、もっと細胞レベルで理解したくなったんです。鈴木惣一郎さんの話が面白すぎたってのもあります。あと、やっぱり長谷川さんですね。彼の遺作をテキストに24時間聴いています。だからね、旅って大事なんです。バイクで旅しなきゃ、ここまで思わなかった。 細野さんの音楽理解能力、半端ないです。とくにリズムの解釈。70年代にここまで到達していたのか、と。驚愕します。結局、僕らの音楽は「熱」を帯びてしまうので、作業が終わったあとに流れる細野さんの深いリズムと「脱力感」がたまりません。あー、一生辿り着けない、と思うので、その分自分のできることに全振りするのです。笑。僕はYMOにあまり影響を受けていません。そのあたりが同世代のミュージシャンと違うところなのですが、ここからYMOに至る彼の変遷はすでに70年代の彼のソロの中に萌芽しているのを感じます。 それって、福盛進也くんがECMを経て、日本に帰ってきて、今アジア圏の音楽を発信しようとしているのと似たスピリットだな、と思うのです。そういう独立心に富んだ人が僕は好きです。野茂さんに通じる道です。 かくいう僕もやりたいことが山のようにあるんです。ジャンルを超えた音の小さいコンボで地方に音楽を届けたいし、HWのアルバムは出したいし、民謡を身体の中に入れて単身NYに渡りたいし、エトセトラ。 死んでる暇はありません。ただ、レコーディング中はまるで稼ぎがないので、それが問題。笑。でも、お金が人を幸福にするわけではないのは十分に知っているので、どんな時でも必要ならば使います。借りないけど。笑。 ま、なんとかなるか!Life goes on !

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Recording day#050

8月26日 火曜日 晴れ 約ひと月ぶりにレコーディングに復帰しました。 今年の2大マターは8月のライヴを成功させることと、アルバムを完成させてなんとか年内にみんなに届けること。まずはみんなのライヴへのリプライ、たくさんありがとう。遠くからも足を運んでくれてありがとう!北海道から沖縄まで。ほんとにありがとう!開催してよかった。いくつになっても可能性は無限大だって、伝わっていたら嬉しいです。HW、まだ行けるし、オーガニックでフォーキーなグルーヴもぜひぜひ全国に伝えたい。 釧路の君!沖縄や離島から来てくれた君!来年は行けたらいいな。アルバム持って。なので、待っててね。 新作ですが、寡作で届けられないんじゃなくて、たくさんありすぎてまとめられないという、嬉しくて苦しい悲鳴でございます。 とっくに九州に帰っているであろうはずの9/7に福岡でライヴを決めてしまったのですが、もろもろズレ込んで、このライヴに合わせて帰ることになりそうです。今回は録音機材もあるゆえ、でもバイクも乗りたいゆえ、バイクと車と機材をフェリーに載せて帰るという離れ業を敢行します。笑。できるのか、オレ。 九州がもっと近かったらなぁ、といつも思うけど、遠いからいいのか。あ、そんなわけで、福岡のライヴでは先日のライヴのグッズも福岡の人に届けにいきます。ただし、Tシャツはほとんど売り切れたとスタッフから。それ以外のものはまだあるようです。今回のは大人なデザインでとってもいいっすよ。 いつものようにまずは到着後は、草刈りからのスタートになります。山形県長井市の田んぼの草刈りは最盛期に突入していると思います。有志は僕の代わりにぜひぜひ行ってください。むっちゃやりたいんだけど、オレはアルバムを完成させねばならんのです。 なんで、いつもこんな面倒な生き方をしてるのかって。そうやって誰もがやらない道を通るから、固有の音が完成すると信じているからです。都会だけではなく、自然のバイブスも入れたいのです。あと、単純に焚き火がしたい。とってもしたい。星も見たい。美味しい空気が吸いたい。 ようやく一息ついて、まずやりたかったことはバイクに乗る。埃まみれの彼をピカピカにして、ぶーんと家を出たものの、襲ってくるのは熱風。信号待ちではエンジンからの灼熱。1ミリも楽しくない。おまけに、痩せて、ただでさえnothingに近かったお尻の肉がさらになくなり、お尻ですべての体重を支えているハーレーの場合、地獄なのです。お尻の骨が直接シートに刺さってる感じ。ゲル入りの特注シートではもはや追いつかず、さらなる「被せるゲル」をつけてなんとか乗っております。筋トレもいいんだけど、お尻に肉をつけるにはどうしたらいいんだろう。笑。これも老化かな?誰か教えて!

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変化

8月25日 月曜日 晴れ 弾丸で九州から戻ってきました。ほんとうは阿蘇に還ってミキシングに没頭するはずでしたが、関東でやることがまだあるので、一旦仕切り直しです。 先日の渋谷のステージで、12/26にライヴを開催し、アルバムを出す!と言い切ってしまった(軽く後悔 笑)ので、もう出すしかないっつープレッシャーが。でもまぁ、そのくらい自分に負荷をかけないと、この時代、ほんとうにアルバムなんか出せません。 録音があと少し。その後は怒涛のミキシング作業。阿蘇の山の中でやった方がとうぜん「ゆったりとした」仕上がりになります。山の中に機材を運ぶ算段もですが、都会でやれることをやって、山で滞りなく仕上げられるよう、2025年はエンドレスに走り続ける所存でございます。 ところで、ギターが変わってたの気づきました?エレクトリックはもちろんグレッチ一本で。生涯一本のギターって、自分で言うのもなんだけど、そうとうカッコいいと思います。使わなかったけれど、今回からサブにはゴールドトップのレスポールが昇格しております。 ライヴで話した通り、我々浮気性ではまったくありません。デビュー以来、イベンターもPAも照明も同じ。35年変わらないチームHWです。たぶん、そんなの聞いたことがない。素晴らしいマネージメントも含め、彼らがいてくれないと、まるで成り立ちません。 なのになんでギターを変えたのかって。 情熱です。テックと代理店と楽器屋さんが一体となって、バンドの特性に合わせたものを探して持ち込んでくれたのです。バンドは進化します。いつまでも同じじゃない。彼ら、ライヴに足繁く通ってくれて、バンドのサウンドを理解して、細かい調整まで含めて提案してくれます。そりゃ、こっちもぜったいいい音出してやるって燃えますよね。ギターからPAに信号を送るところまで、すべてを見直しました。 ステージに立ってるのはたった3人だけど、そうじゃないのです。こういうことの集合体です。スタッフ全員合わせてのサウンドだと感じてもらえたら、嬉しいです。      

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感謝の日

8月24日 日曜日 曇り   たいせつなライヴの朝に急逝した叔父に感謝を伝えに行く。  2日間のライヴから家に帰り、スーツを着てそのまま空港へ。  大学を卒業して、すぐにミュージシャンになれなかったオレは肉体労働をしていた。そんなオレを見かねた叔父は某広告代理店の就職を「コネ」で世話してくれたのだった。  当然、オレは反故にする。  学生課には「君がやってることはわかってるのか?」と。もちろん、わかっていた。  次に私立高校教師の職をまたしてもコネで世話してくれた。  またしても反故にする。  このあたりで親類から勘当処分が下るのは当然で、肉体労働4年目にオレはミュージシャンになった。  それから20年くらい経過して。  愚母が病気になって看病してるあたりで再会した。叔父は医者で、最後は叔父の病院(院長は従兄弟)にお世話になったから。  「おまえ、いい顔してるな」。初めて褒められた。  毎日、母の見舞いに来てくれたから、会っているうちになんとなく打ち解けて、いろんなことが氷解していった。その病院には地域のじじばばが通っていて、大先生(おおせんせい)と呼ばれていて、「大丈夫だよ!」と声をかけるだけで、彼らの顔が明るくなるのを何度も見た。赤ひげ先生、地域医療かくあるべし。  母親が死んだとき、病院のみなさんで見送ってくれた。その光景が忘れられない。並木の桜が満開だった。  叔父の家にお世話になったお礼を伝えに行ったら、オレのCDがいっぱいあった。気恥ずかしくて、申し訳なくて、嬉しかった。旅館みたいにでっかい家の奥の部屋に白衣がかけてあって、医師としての矜持を感じた。それってオレがギターを磨いてるのと同じじゃんって。そういうところが好きだった。  それから一年に一回くらい、帰郷するたびに挨拶にいくようになった。いつも優しく接してくれた。叔父と叔母に会って、昭和の話を聞いて、祖父と祖母に線香をあげさせてもらう時間が好きだった。  福島の復興に真剣に取り組んでいることと、町の惨状を伝えたら、帯のついた札束を渡された。苦しんでいる人たちのために使ってくれと。  不器用だけれど、根は優しい昭和の人だった。  最後に会ったとき、「葬式に来てくれるか?」と。「当たり前じゃないですか。だから元気でいてください」。そう応えたから、約束を果たしにきた。  たいせつなライヴの朝に亡くなったから、その数日前に亡くなった後輩や、長谷川博一さんや、天上に届くように演奏した。佐野元春さんのタンバリンはひかり、そのものだった。そして素晴らしいバンドはいつだってオレを鼓舞してくれた。  アイルランドの母が亡くなったとき、オレが飛行機で駆けつけて、花束を抱えて悲しい顔をしていたら、村のアホどもがオレにこう言った。  「ヒロシ、彼女の素晴らしい人生を祝福するんだよ!」、と。  それから死生観が変わった。  激動の昭和、平成、令和を生きた叔父は穏やかな顔で眠っていた。院長である従兄弟にはちゃんと素敵なファミリーがあって、叔父の表情の中にある優しさは従兄弟と孫にまで受け継がれていた。  並木に桜は咲いていなかったけれど、永い間、黙っていろんなことを見守ってくれていたのか、と。そう思うとちょっとだけ感傷的な気持ちになった。  父とも叔父とも、一度も乾杯できなかったから、渡辺圭一を呼び出して、焼き鳥屋で飲んだ。博多は焼き鳥屋なのに、豚バラから食うのがルール。その意味不明な感じが好き。お互い元気なうちに従兄弟と飲めたらいいな、と夢想してみる。  今度は天上で母親が叔父を案内する番。なんのかんの言って、母は叔父(兄にあたる)を慕っていたから、今頃仲良くしていてくれたら嬉しい。  誰にだって「死」はもれなく一回だけやってくる。だから、今日をどう生きるべきなのか。そんな当たり前のことを叔父は還暦をすぎたオレに教えてくれた。  それを忘れずに生きていたい。  感謝しかない。

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渋谷にてday#002

8月23日 土曜日 たぶん晴れ クソガキだったときに、ある種の「天啓」を受けて始めたバンドだけど、それを還暦すぎてまで続けられるとは思っていなかった。 そもそも、ここまで生きてるとも思わなかったし。 「バンド」ってものが好きだってこと、込み上げてくる情熱、それは始めたティーンのときと、1ミリも変わらない。バカなんだと思う。 でも、やっぱり「バンド」ってすげぇ、と思うんだよね。固有の訛りみたいなものがあって。全体的にイカれてる。 初日はタイプの違うベーシストが二人いて、今日はベースレスでしょ? まぁ、汲んでください。笑。 帰りの燃料は積んでないんです。マジで。だから、行けるところまで行くんです。落ちたところで、終わりです。だって、ニンゲンはみんな死ぬんだよ。後悔とか、ありえない。そんな怖い生き方はできない。 明日かもしれないし、10年後かもしれない。いつまでもやれるとは思っていない。それがいいんだと思います。ここまで来ると。 それはメンバーの演奏からビンビンに感じます。今日が最後のステージかもな。別に暗い意味じゃなく、そのくらいの覚悟はいつも持っていたいのです。 これからも行けるところまで行くんで、どうぞよろしくね。 あとチームHW。今回は20人くらいいたのかな?プロフェッショナルとしての仕事をほんとうにありがとう。そして、ワンダフルな音楽家たち。冒険家たち。ほんとうにありがとう。ポーラースター、佐野さん。あんなタンバリン聴いたことある?あるわけないよ。目が覚めたよ。そこにすべてが込められてた。ありがとうございました!!!!! 二日間、たくさん来てくれて、ほんとうにありがとう!        

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渋谷にてday#001

8月22日 金曜日 晴れ   都内の某ホテルで書いています。  平日だというのに、きっと日本中から、たくさん来てくれて、ありがとう。  それぞれのポーラースター見つけてくれましたか?  僕は見つけました。それが何なのかって、そんな野暮なことは書きません。少なくともあと10年は頑張れる。笑。  ちょっとだけ書くなら、ディランに呼ばれたロビーの気持ちです。笑。いや、ほんとうに。  ロックンロールって魔法だよね。  佐野さん!進也!TOKIE ! 圭一 !、オレの誇らしいHWスタッフたち。関わってくれたすべての人たち。そして何よりも来てくれた人たち。  ありがとう!

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