5月11日 土曜日 晴れ
昨夜の話。
横丁にあるカウンター6席だけの小さな小料理屋。お店に入ったら、音楽がヴァン・モリソンに変わって、急に思い出した。去年もそうだったこと。覚えてくれてたんだ、去年のこと。っていうより、後で聞いたら、彼女、オレを知ってたんだって。でも、去年も、今年も、そんなこと、ひとことも云わない。そういうの、嬉しい。愛だもんね。
中年ロッカーと若めのおかみさんは「たけのこ」と「ふき」の話をしたよ。
今日の昼。
富山の山と海と心をいただく。欽ちゃんが握る鮨は世界一。今日は時間軸に沿って、僕が頂いたものをどうぞ。って何のblogだよ。
ライヴ。もちろん魂を込めて演奏したよ。富山からもらったものをもう一回循環させるためにね。
欽ちゃんの魂のライヴをタイムラインで。
ヒラメの昆布〆
わたくすは今、富山の山と海を頂いているのです。どうして山って、山が海を作るからです。
最後に欽ちゃんが神業と愛を注入します。
バイ貝です。
ここでお椀が。すいません、写真を撮る前に頂いてしまいました。ほんのり柚子の香りが。
マグロだけは富山のものではありません。本日は和歌山産。
ヤリイカに施された欽ちゃんの職人技。惚れるぜ。
甘エビあたりから言葉少なに。
茶碗蒸しが好きな僕のために、いつも黙って出してくれます。
見てるだけで愉しいよ。
鮨はライヴなんだよねー。
多少の緊張感がまたいいんだよね。わたくす、カウンターではぜったいに飲みません。
職人さんの技を味わう舌がブレブレになるからです。
鯵 !!!!
ほんとうにすごいなぁ。山と海と欽ちゃんのコラボレーション。
トリを飾るのは、富山のホタルイカ。
アンコール! アンコール! アンコールに応えて、ホタルイカ、アゲイン。
こちらもアンコール、バイ貝。
欽ちゃんの仕事場。
ありがとう、欽ちゃん。このパワーで今夜は高岡を焦がすぜ。
今日はクリシュナムルティの言葉を最後に。考えていることをここまで言語化されると、感嘆するしかないっつーか。
心の中で完全な沈黙を守れ。何ものも求めず、何ものも願わず、何ものも追求しない、中心となるものが全く存在しない状態に入れ。そこに愛が存在する。
クリシュナムルティの言葉。染み入りました。自分が努めてこう在るよう。
最後の言葉を体験されたのですね!
どうしても中心に自分を置いてしまいます…
欽ちゃんの魂のライヴで「見てるだけで愉しいよ。」とありましたが、その気持ちガッテンです ♪ 職人技は美しい。
とはいえ。クリシュナムルティさんは人々の幸せを願い、人間の理想の在り方を追求しちゃった求道者?!…って思うと、この矛盾が人間らしくて すごくじんときます。中心軸が愛だったから、素晴らしい功績を残したんじゃないかな。って、偉そうに言って かたじけないでござるな。
お寿司の写真、LIVE的進行が楽しかったです。おなかすいた。
斬新!欽ちゃんのライヴ。ナイス!セットリスト…しばらく寿司食べてないな~泣
こんばんは、いつもブログを楽しみにしています。この前の吉祥寺でのライヴ、「Everything」のリクエストに応えて頂き有難うございました!イントロ、アレンジがメロディラインと響き合って、初めて聴くような、最高のロック・ミュージックでした。ブログの最後の言葉に関連して、最近、「存在条件」「存在」「単純存在」というように、自分で勝手に分けて考えているのですが、オギャーと生まれた「存在条件」が、音楽を奏でるミュージシャンのように「存在」となると思っていて、最近、その枠組みでない「単純存在」という在り方があるのでは、と思っていたことに繋がりがあるように感じました。「単純存在」はニーチェの「権力の意思」になく、それぞれの植物や動物達、それに非生物が、風に吹かれているイメージなんです。時に、激しい環境に置かれることもありますが…。「ソウマネス」、歌、曲、ということを越えているように思いました。ライヴでその曲を聴いた体験は、明日も、いつも、どこでも感じている、人と人の心の働きであるように思いながら聴いていました。アルバム、最高です、何度も聴いています。向井さんの個展にも伺いました。いつかまた、固めの鉛筆で描かれた小さめの作品を拝見したいな、描いて頂けないかな、と思いました。(どこかのタイミングで、ご本人のHPにもお送りしてみようかと思っています。なぜかそういう風に感じたのです)最後に、あんなにキレイなお寿司は見たことがありません…!またライヴに伺います!!
寿司ライブ写真、楽しませていただきました。職人さんって偉大ですね。月並みな表現ですみません。寿司パワーを注入、ライブも充実、goodです。