5月23日 月曜日 雨
参議院の行政監視委員会に孫さんや小出さんが呼ばれた。少なからず僕は期待を持っていた。でも、テレビ中継は間抜けな質疑を繰り返す衆議院のみで、放映されることはなかった。生まれて初めて、ネット中継で、僕はそれを観た。
政治の現場にどのような「バイアス」がかかっているのか、僕は体験したことがないから分からない。それぞれの参考人の持ち時間が短かったこともあるが、あれだけの確固たる意見と実績とヴィジョンを持っている人たちですら、いつものキレを欠いてしまう何がしかの「力」が働いているのだろう、と僕は想像した。それこそが「この世の闇」の本質に近い部分だろう。
政治家と参考人は同じ「日本語」と云う言語を話している「はず」なのだが、僕の耳にはそう聞こえなかった。総じて政治家の話す言葉にはリアリティーがない。心の底から何かを学び、汲み取ろうとする意志は感じられない。それでも、あのような人たちが呼ばれたことは画期的な出来事であると同時に、ニュースでも殆ど流れない現状が違う意味での「この世の闇」の正体の別の姿を示していると思う。
たとえば、「朝日新聞」は行政監視委員会について、以下のように報じている。
http://www.asahi.com/politics/update/0523/TKY201105230597.html
ネット中継でこの模様を観た人も多いだろう。あの内容が「大新聞」でこのように報じられる。そこに違和感を感じない人が居るだろうか?
「闇」の正体に関してはいろいろ思うことがある。ただし、それを口にすることは慎重にならなければ。下手なことを書こうものなら、一握りで潰される。怖いのではない。敵が巨大なのだから、こちらも頭を使わなければ。屈する屈さないと書く前に、僕らが「飼育」されていることだけは身体に刻んでおきたい。
小出さんが最後にガンジーの言葉を引用していた。僕も好きな言葉を記しておこう。
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あなたのおこなう行動が、ほとんど無意味だとしても、
それでもあなたは、それをやらなければなりません。
それは世界を変えるためにではなく、
あなたが世界によって変えられないようにするためにです。
3.11以降、漠然とおかしいと思っていたものが形としておかしくなったと感じています。事実が事実として伝えられない変な世界。悪い夢をずっと見ているような日々ですが、自分の意思はきちんと持っていたいし、今の状態に流される気もない。今にも未来にも絶対負けたくない!!
「溺れたくないから泳いでいただけで―」
そんな一節が浮かんできた。