11月25日 火曜日 晴れ
さんざん受け取ったなら、その想いを還流させないと。なーんて、力を入れるのは、空回りしがちであまりいい結果を招かない。
豊かな島だけれど、ここでライヴを開催するってことがどんなことかってことくらいは理解してる。主催してくれた人は心配事が多すぎて、いつだって楽しめないってこともね。
それでも、開催するってこと。その意味も理解しているつもり。島で稀にライヴがあると、ハコはパブリックな場所になる。だから、開場から開演まで2時間。かの中華料理屋さんは豚肉の粽を用意してくれてた。(←超絶食べたかったけど、もちろんオーディエンス優先で。あっという間に売り切れたんだって。)
ガキんちょたちが走り回る中、島の民がそれぞれに音楽を楽しんでくれているのが、ほんとうに嬉しかった。嬉しかったんだよ。
後ろ髪を引かれながら、帰ることにする。またすぐにでも戻ってきたいって場所ができたことがとても嬉しいんだけど。
しばらくは屋久島ロスだな、、、、。
いろんなこと、知ったつもりでいたけれど、なーんにも知らないじゃんってことをあらためて知った。あまりにも多くのことを教えられた。
ひたすらに努力する前に、この島の山を登ってみる。それだけでもっと多くのことが身にしみて理解できると思う。猿も鹿も、ただ生きていた。ひたすらに生きてるだけ。LIFEって、そういうことじゃんって、どうして気づかなかったんだろうね。
屋久島。ほんとうにありがとう!!!また戻ってきてもよかですか?
深夜のラジオ番組で、歌手のさだまさし さんが、
屋久島から生中継をされたことがあり、ずっとながいあいだ、
屋久島に憧れて、24歳の3月末に、2泊3日で縄文杉に会いに行きました。まだ、縄文杉に、囲いがなく幹にだきつくことができた時代です。幹に耳を当て、水の流れをを聴きました。血が噴き出るように、木が生きていたんです。在る、って感じで。山の下から登山前に一握り、土を運んでくださいと、麓に立て札があって、8時間あるいて縄文杉の根元に土をまきました。地球が生命体だと感じられたあの感触。いまも、屋久島にのこっているのでしょうか?。宮内勝典、山尾三省、海亀通信、屋久島の川で浄化されたモルダバイドの緑の隕石、わたしの命が終わるまでに確かめたいものがたくさん屋久島にはあります。目が合った野性のヤクシカの瞳の美しさとか。でも、宝物として、年を経てたしかめないほうがよいのかも。小樽のイベントから戻った宿で、屋久杉の特集番組があり、久しぶりにテレビを見て、久しぶりに涙が出ました。なんか、懐かしかったんです。地球上の同種の植物は、土で繋がっていて、遠く離れていてもメッセージをやりとりしている、ってお話が好きです。職場に生えてる、4階建てを越える高さの三本の杉の木が、枯れ始めているんですよね。でも、みんな目にしていても、それに気づかないみたい。ひとり心をいためています。川の水が水面をどんどん低くしていることも心が痛い。カエルやカタツムリを子どもたち、生まれて一度もみたことがないそうです。ファンタジーの生き物にしてしまったみたいです。御神木を敬うことなく、街角フェスティバルのデコレーションに利用するのは、なんだかなぁと思っています。山口洋さんが、これからも屋久島とご縁がありますように。長文失礼しました。
ライブを拝見しました。
私の座っていた席の前に、中学生くらいの男の子がいて、体育座りのままライブを観ていました。最初はじっと聴いていたのですが、終盤になると、同じ姿勢のまま上半身を大きく揺らして踊りまくっていました。
私も屋久島で中学生生活を送ってきたのでよくわかるのですが、あんな“暴力的なまでに激しい”アコギの音や、身体の芯まで響くうねるベース音に触れる経験なんて、日々の生活ではまずありません。
山口さんがピックを渡したあの少年は、ロックンロールの洗礼を初めて受けたことでしょう。それは私が18歳の頃地獄アワーから流れてきた「アフリカ」を初めて聞いたときと同じ感覚だったのかな、と思いました。
少年の姿を見て、このライブは本当に最高だったなあと、しみじみ思いました。素晴らしいライブありがとうございました。
ぜひまた屋久島にいらしてください。
そのときは、ぜひグレッチ持参でお願いします。
昨日のライブ、とても楽しかったです。ありがとうございます。山口さんのギターで何度も宇宙に連れて行って貰いました。
屋久島はライブハウスも無いし、特にロックの生ライブは貴重で、子供達にも良い経験になったのではないかと思います。大人達も良い顔をしてましたよね。
私は移住して8ヶ月ほどですが、山口さんからまだまだ知らない屋久島を知る事が出来て良かったです。
今度はぜひ登山もガッツリしてみてください。良い山が沢山ありますし、巨樹や巨岩も素晴らしいですよ。
またぜひ戻って来てくださいね!!お待ちしております。